学位論文要旨



No 126667
著者(漢字) 石川,真之介
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,シンノスケ
標題(和) 太陽フレアにおける粒子加速の硬X線撮像分光観測による研究
標題(洋) Hard X-ray Investigations of Particle Acceleration in Solar Flares
報告番号 126667
報告番号 甲26667
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5612号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 黒田,和明
 東京大学 教授 山本,明
 東京大学 准教授 横山,央明
 JAXA宇宙研 准教授 坂尾,太郎
内容要旨 要旨を表示する

1 太陽フレアの硬X線観測

太陽フレア中には非熱的な分布をとる加速された粒子が存在しており、そのエネルギーは電子で~MeV までと相対論的にまで達するが、粒子加速の機構や全体像はいまだ十分に解明されていない。フレアにおける熱的プラズマが数keVのX 線を放射するのに対し、~30keV以上の硬X 線では加速された電子からの非熱的制動放射が主要な成分となる。そのため、太陽の硬X 線観測は太陽フレアにおける粒子加速を研究するのに非常に重要な手段である。

太陽観測衛星ようこう(1991-2001年) 搭載の硬X 線望遠鏡(HXT)は、フレア中の磁気ループの両端が彩層に突き刺さっている点(フレアループの「足元」)と、磁気ループよりも上空のコロナ中の空間の両方に硬X 線源が存在することを突き止めた。ループ上空の硬X 線源は、太陽フレアが磁気リコネクションにより起きているという強い示唆を与えるとともに、磁気リコネクションが起きている近傍に加速された粒子が存在していることを示している。これは、HXTの~5 秒角という優れた位置分解能による30keV以上のイメージングにより実現された成果である。

粒子加速がどのように起こっているかを調べるためには、それぞれの硬X 線源のスペクトルを比較することが必要であるが、ようこう/HXTは14-93keVを4 バンドに分けた撮像観測を行うのみであり、分光性能が不足していた。また、~150keV以上の相対論的電子がどこに、どの程度分布しているかを調べるためには、~150keV以上の硬X 線のイメージングが必要である。これらの目的を達成するため、ようこうにを引き継ぐ太陽硬X 線観測衛星HESSI がカリフォルニア大バークレー校が中心となって開発され、2002年に打ち上げられた。RHESSIは2.3 秒角という位置分解能に加え、3keVから~10 MeVという幅広いエネルギー帯域と<100keVで~1keVという高いエネルギー分解能を持ち、高分解能・広帯域による太陽フレアの硬X 線撮像分光観測を初めて実現している。

本論文では、RHESSIで初めて実現された広帯域・高分解能を生かし、今までの観測全ての中から、150keV以上でイメージング可能な全てのフレアのイメージング解析と、コロナ中の硬X線源が最もはっきりとループ上空に観測されているイベントの探索及び撮像分光解析を行った。さらに、RHESSIのダイナミックレンジではループ上空に硬X 線が見られないようなイベントについても同様の研究を行うため、硬X 線集光撮像という新しい手法に注目し、硬X 線ロケット実験FOXSIを進めている。本論文では特に、FOXSIに向けた高分解能半導体検出器の開発を行った。

2 相対論的に加速された粒子からの硬X線放射の空間分布のサーベイ

RHESSIにより初めて観測可能となった、フレア中の150keV以上の相対論的高エネルギー電子の空間分布を調べるため、150keV以上の硬X 線イメージングを、イメージング可能な全てのフレアについて行った。>300keVの放射が検出された26個のフレアの全てについて、継続時間全体で積分したところ、21 イベントでイメージを作成することができた。残りの5つのフレアはfluence が数百photon/cm2 以下で、カウントが不十分なためイメージングできなかった。10個のフレアでは2つの足元を分解してイメージングできたので、それぞれのフレアについて、2つの足元におけるスペクトルの光子指数を別々に推定した。その結果、それぞれのフレアにおいて2つの足元の光子指数の差は誤差の範囲で0.6 以内であり、ようこう/HXT 、RHESSIによる100keV以下のみの観測と同様の結果が得られた。したがって、相対論的に加速された粒子が、フレアループの両側でそれぞれ非相対論的な粒子とほとんど等しい割合で存在することを初めて示すことができた。

今回イメージングを行った全フレアに関してコロナからの相対論的硬X 線が検出されていないかどうかを検証したが、すでに知られている3つの巨大フレア以外では有意な硬X 線源は確認できなかった。これはダイナミックレンジが低いためであり、現在の観測手法の限界である。

3 ループ上空の硬X線源の撮像分光観測

ようこうではできなかった、フレアループ上空と足元の両方の硬X 線源のスペクトルを比較するため、RHESSI が今まで観測した中でコロナ中の硬X 線が最もはっきりとループ上空に観測されているイベントを探し出し、撮像分光解析を行った。我々が探し出したのは2003年10月22日に起きたフレアで、~150keVまで硬X線が検出されている。35-100keVのイメージ中では、片方の足元に加えコロナからの放射もはっきりと見られ、コロナ中の硬X 線源は熱的フレアループよりも~6000km 上空に位置していた(図1 、左) 。それぞれの硬X 線スペクトルは単一成分のべき関数でよく再現され、光子指数は足元で3.6±0.3、コロナ上空で5.1±0.4であり(図1、右) その差は1.5±0.5であった。これは、それぞれの硬X 線源が単一のべき関数分布の電子により、密度の低いループ上空のコロナと、ループ足元の密度の高い彩層をターゲットとする制動放射によるものであると考えてコンシステントな結果である。

ループ上空の硬X 線源内に加速されていない熱的電子も含まれているとすると、それらは加速された電子によりエネルギーを与えられてただちに超高温に加熱されるはずであるが、対応するような高温の放射は観測されていない。これは、この領域内には低エネルギーの熱的電子はほぼ存在せず、ほとんどの電子が加速されていることを示唆している。そこで、加速された電子は最初全てループ上空の領域に存在し、足元の放射はループ上空から降下した電子によると仮定して、粒子数やタイムスケールの推定を行った。ループ上空の領域内の全ての電子が加速されいているとすると加速された電子の密度と制動放射のターゲットとなるイオンの密度は一致すると考えられる。薄いプラズマをターゲットとした非熱的制動放射のモデルに従って計算すると、領域全体の加速された電子数は30keV以上で7×1035個、密度は2×109cm-3 程度と見積もられる。一方、ループの足元で彩層に衝突してエネルギーを失う、30keV以上の加速された電子の数は、毎秒2×1034個程度である。太陽外縁の向こう側にもう片方の足元が隠れており、2つの足元で失われるエネルギーは同等であるとすると、コロナ上空で加速された電子が全て足元に降下するタイムスケールは17 sと見積もられる。このタイムスケールは、コロナ上空の硬X 線源のライトカーブから推定される減衰のタイムスケールの20 sと近い値である。そのため、コロナ上空の硬X 線源を撮像分光できたこのフレアについては、コロナ上空の領域中で全ての電子が加速され、逃げ出した電子がループに沿って彩層に達するという最も単純なモデルが成り立つことを示すことができた。このモデルが、コロナからの硬X 線放射のより弱い一般的なフレアについてどの程度普遍的に成り立つかは、今後の観測によって検証する必要がある。

4 硬X線集光撮像による高感度観測計画と搭載検出器の開発

RHESSIのダイナミックレンジでは解析できないほどコロナからの硬X 線放射が微弱なフレアも同じように撮像分光解析を行うために、新しい観測手法として、我々は近年実現しはじめている硬X 線望遠鏡を用いた硬X 線集光撮像に注目している。硬X 線望遠鏡を使えば、ようこう/HXTやRHESSIで必要とされた画像再構成が不要であり、ダイナミックレンジを飛躍的に向上させることができる。さらに、小さい体積の焦点面検出器でも大きな有効面積を実現できるので、荷電粒子等によるバックグラウンドを抑えて感度を向上させることが可能となる。

我々は、カリフォルニア大バークレー校、NASAとともに、2011年10月の打ち上げ予定の太陽観測ロケット実験FOXSIを進めている。FOXSIは太陽フレアの硬X 線集光撮像観測という全く新しい手法を実証するとともに、これまでの感度では不可能であった、静穏領域で加速された粒子からの放射の観測を目的としている。観測エネルギー帯域は5-15keV、望遠鏡は焦点距離2 mで12 秒角の分解能を持ち、RHESSI 衛星の100倍の感度を達成する見込みである。

FOXSIには、~100 μm 以下の位置分解能と、ロケット実験でも容易に実現可能な-20℃程度の温度の下で~1keV以下のエネルギー分解能を持ち、~100 counts/s 程度のカウントレートで観測可能な焦点面検出器が必要である。これらの要求を実現するフライト用検出器として、高分解能の両面シリコンストリップ検出器(DSSD)と低ノイズの読み出しASICを開発した。開発したDSSDのストリップ間隔は75 μmで、2 mの焦点距離に対して8 秒角に対応する位置分解能を持つ。検出器は-20℃ 、バイアス電圧300 Vの下で正常に動作し、14keVのガンマ線ラインに対して430 eVという非常に優れたエネルギー分解能を達成した(図2 、左) 。また、シャドウイメージを取得して優れた位置分解能のイメージング性能を実証し、FOXSIの科学的要求を満たすことを確認した(図2 、右) 。

さらに、搭載機器を改良する予定の2 回目の打ち上げ(FOXSI 2)に向け、10keV以上でも検出効率の高いテルル化カドミウム(CdTe) 半導体による両面ストリップ検出器のプロトタイプを開発した。この検出器でもシャドウイメージの取得に成功し、CdTe 半導体による高分解能の撮像分光検出器というコンセプトを実証することができた。

図1: 2003年10月22 日に起きたフレアの、RHESSI 衛星により観測されたイメージとスペクトル。左:SOHO 衛星による195°Aの極端紫外線のイメージに重ねた、12-15keV(赤、熱的プラズマ)と35-100keV(青、加速された電子)の等高線。右:放射全体(黒)、フッティングにより得た熱的(赤) 及び非熱的(青) 成分、イメージから得たループ上空(マゼンタ)と足元(緑)のスペクトル。ループ上空と足元のスペクトルは光子指数5.1 、3.6のべき関数で表される。

図2: 太陽硬X 線観測ロケット実験FOXSI 用に開発した両面シリコンストリップ検出器による、放射線源のシャドーイメージとスペクトル。エネルギー分解能430 eV 、位置分解能75 μmという優れた分解能を達成した。

審査要旨 要旨を表示する

磁気プラズマ中での粒子加速は、宇宙で普遍的な現象であり、太陽フレアはその最も身近な現場の一つである。1991年に打ち上げられた日本の太陽衛星「ようこう」は、軟X線から硬X線まで広帯域で高い角分解能を実現し、10年の長きにわたり活躍した。中でも1992年1月13 日に起きた太陽フレアの際に、名古屋大学の増田智らにより、軟X線は磁気ループを満たす高温プラズマから放射されるのに対し、硬X線はループの2つの足元に加え、ループ頂上のやや上空からも放射されていることが発見された。この「磁気ループ上空放射源」は、磁力線の繋ぎかえで解放されたエネルギーが粒子加速に転化される核心部分と見られるが、例数が少なく、また「ようこう」のエネルギー分解能が限られていたため、その本質には未解明の部分が多かった。

そこで申請者は、2002年に打ち上げられた米国の太陽観測衛星 (RamatyHigh-Energy Solar Spectroscopic Imager)を用い、米国グループと共同でこの現象の探求を行なった。論文では第1章の導入に続き、第2章では太陽フレアの基礎過程と先行研究の結果が説明され、「磁気ループ上空放射源」の重要性が述べられる。第3章では、RHESSI 衛星の搭載装置とその基本性能がレビューされる。「ようこう」の後継機に当たる同衛星は、小田稔らが開発した回転すだれコリメータをゲルマニウム検出器と組み合わせ、3keVの軟X線から17 MeVのガンマ線まで、太陽フレアに対して、撮像と分光の高い能力を有する。

第4章で申請者は、が打ち上げ後に受けた太陽フレアのうち、ガンマ線領域(>300keV)で検出できた26例を統一的に解析し、うち21例で、「ようこう」では手の届かなかった150-450keVの帯域で、フレア画像の合成に成功した。結果は多くの場合、ループ足元に対応する「2つ目玉」の構造をもつ。これは従来から知られていたように、磁気ループ頂上部などで加速された電子がループ両端へと下降し、足元に突入するさい非熱的制動放射を放射する結果と解釈できる。2つの放射源のガンマ線強度比は、硬X線エネルギー域 (50-100keV)での強度比と、誤差の範囲で一致した。これは加速された電子がループ両端へと降下する仕組みが、電子のエネルギーに大きく依存しないことを意味する、新しい結果である。しかし他の研究者がすでに発見していた1例を除き、ガンマ線領域では「磁気ループ上空放射源」は検出されなかった。

そこで申請者は第5章で、より低エネルギーでの画像を探査した結果、2003年10月22 日のフレアの際、30-100keVの硬X線領域で、太陽光球面から約2.5万km 上空のコロナ中に浮かぶ「磁気ループ上空放射源」を検出し、その硬X線強度の最大時刻より8秒ほど遅れて、足元硬X線源の明るさが最大になることを発見した。さらに、空間分解した分光解析からは、磁気ループ上空硬X線源のスペクトル (30-100keV) が非熱的であること、またその光子指数は足元硬X線のものに比べて約1.5 だけ軟らかいことが明らかになった。

第6章では、このフレアの観測結果が理論的に解釈された結果、ループ上空硬X線源には2×109cm(-3)の高い密度をもつ非熱的電子が充満し、熱的プラズマの密度はずっと低いことが示された。さらにループ上空源と足元源の間に見られる、スペクトルや時間変化の違いから、加速された電子がまずループ上空で10-20 秒にわたり閉じ込められ、そこで「薄い標的」型の非熱的制動放射を行なった後、ループ足元に降下して太陽彩層部で「厚い標的」型の非熱的制動放射を行なったと解釈できることを示した。これは「ループ上空放射源」の理解を大きく進める新しい研究成果である。

第7章と第8章では、太陽フレアのより高感度な撮像分光観測を目指し、米国のロケット実験FOXSI 計画に向けた開発実験の成果が記述される。申請者は、硬X線反射鏡の焦点に置く撮像型硬X線検出器として、75μmのピッチをもつ両面ストリップ型テルル化カドミウム検出素子を中心となって開発し、2011年に予定されているロケット実験への見通しを開いた。

以上のように申請者は、太陽フレアにおける電子加速の過程に新しい知見を導き、将来の観測に向けて展望を拓くことにも成功した。よって本研究は博士(理学)の学位を授与するに値することを、審査員の全員一致により確認した。本研究は、米国カリフォルニア大学ロバート・リン教授、サム・クルッカー博士、東京大学/JAXAの高橋忠幸教授らとの共同研究であるが、その中で申請者は、データ解析や結果の解釈、検出器の開発などにおいて主導的役割を果たしており、共同研究者からの同意承諾書も完備している。

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