No | 126671 | |
著者(漢字) | 勝田,隼一郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カツタ,ジュンイチロウ | |
標題(和) | フェルミ衛星LATによる超新星残骸からのガンマ線放射の研究 | |
標題(洋) | Fermi-LAT Study of Gamma-ray Emission Associated with Galactic Supernova Remnants | |
報告番号 | 126671 | |
報告番号 | 甲26671 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5616号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | SNRは、その衝撃波中で粒子を高エネルギーにまで加速しており、宇宙線加速源の最有力候補と考えられている。近年、SNRのシェルからTeV ガンマ線が検出され、SNRの衝撃波で100 TeVにまで加速された高エネルギー粒子の存在が確認された。その一方で、ガンマ線の放射機構の特定はいまだにできていない。これは、GeV ガンマ線の観測情報が乏しかったことが一因である。2008年6月に打ち上げられたFermi 衛星搭載のLAT 検出器は、20 MeV-300 GeVの広帯域で従来の30倍以上の感度を持ち、< 0.7 度の角度分解能(> 1 GeV)と広視野(全天の約20%)を備えた望遠鏡であり、この帯域でのSNR観測の感度を飛躍的に向上させた。 LAT 検出器のSNR 研究チームは、広がったガンマ線源の解析を精力的に進め、打ち上げ後2年間で明るい9つのSNR からのガンマ線放射の観測に成功し、GeV ガンマ線帯域においてイメージとスペクトルの解析をはじめて可能とした。SNRは銀河面付近に存在しているため、GeV ガンマ線帯域で非常に強く放射する銀河面からのバックグラウンド放射の影響を強く受ける。LATの解析では、このバックグラウンド放射をモデル化し、それを差し引くことでSNR からの放射を評価している。そのため、このモデルの不定性がSNRの検出感度やスペクトルの形に与える影響を評価することが必須である。さらに、観測天体の数を増やし、GeV ガンマ線を放射するSNRの系統的な研究を行うために、従来のような明るいSNR だけではなく、暗いSNRについても解析を進める必要があり、より正確なモデルの構築が必要である。本研究においては、観測可能なSNRの感度を向上させるために、バックグラウンドの不定性などの系統誤差について評価を行い、正確なエネルギースペクトルの形状と空間的な構造を得るために必要な解析手法の研究を行った。その結果、現時点では、スペクトル形状の不定性が< 1 GeVで~4%, > 1 GeVで~10%であり、空間構造の不定性が6%程度であることがわかった。こうした本研究で得られた知見は、現在フェルミ衛星チームの解析において標準的に用いられている。 これまでに観測されたSNRは、若いSNRであるCassiopeia Aを除いて分子雲と相互作用しており、電波でも明るいという共通の特徴がある。さらに、LATで空間的な広がりのある4つのSNR W51C, W44, IC443, W28は全て中年(数万年)のSNRであり、ガンマ線の数GeVにブレイクを持つという共通点がある。この観測事実は、これらのSNRでは粒子の加速過程とガンマ線の放射過程が共通であることを示唆している。実際、スペクトル解析から、放射機構は全てのSNRで、密度の高いガスに加速粒子が衝突することで放射されるπ0 崩壊放射か制動放射で説明できることがわかっている。さらにLATによって、W51Cは非常に高いGeV ガンマ線光度(~1×1036 erg s-1)を持つことが明らかになっている。このガンマ線光度は、どのSNRのTeV ガンマ線光度に比べても10倍以上大きい。これはW51Cでは、これまでTeV ガンマ線光度を説明するためのモデルの場合よりも、効率よくガンマ線が発生していることを意味する。 このような効率的な放射を説明するため、最近、新たなガンマ線放射モデル("crushedcloud"モデル)が提唱された。従来、SNR からのガンマ線は、衝撃波中で加速された陽子がその系から逃げ、周囲の分子雲と衝突し生じたπ0 中間子の崩壊ガンマ線によって説明するモデルが主流であった。一方このモデルは、分子雲・原子雲中に駆動された低速衝撃波(50km s-1< vs <200km s-1)で加速された宇宙線が、衝撃波下流におけるガスの放射冷却の結果として、ガスとともに断熱圧縮されることに着目している。宇宙線、磁場およびガスが超新星爆風の圧力により同時に強く圧縮される結果、電波とガンマ線の放射率が大幅に増大し、観測されるガンマ線光度を説明可能になる。実際、LATで観測されたSNR W44に適用した場合、ガス中にもともと存在していた銀河宇宙線を衝撃波によって再加速するという考え方だけで、観測された電波スペクトル・光度とガンマ線光度を同時に説明できている。 これまでのLATの観測から、SNRの年齢と分子雲との相互作用が、ガンマ線光度に強い影響を持つことが示唆される。この影響を理解するため、我々はこれまで観測されたSNRとは異なる特徴を持つ3つのSNR、比較的若くガンマ線光度が高いW49B、分子雲と相互作用してるが光度の低いHB21、分子雲との相互作用のないS147、の観測を行った。 我々はLATを用いて、W49B 領域から放射されるガンマ線を検出した。さらにスペクトル解析によって、そのエネルギースペクトルが~5 GeVでブレイクを持つことがわかった(図1(a))。W49Bは、その視直径が~4&と小さいため、LATでは空間的に分解できない。そのため観測されたガンマ線が、SNRに付随するパルサーから放射されている可能性がある。我々は、ガンマ線スペクトルの形状やX 線光度の上限値を評価することで、観測されたガンマ線天体がパルサーである可能性は非常に低いことを確認した。観測されたガンマ線光度は0.2-200 GeVで1.5×1036(D/8 kpc)2 erg s-1となり、これまで観測されたSNRで最も高いガンマ線光度を持つことがわかった。 我々はHB21 領域からガンマ線放射を検出し、そのエネルギースペクトルは- 1 GeVでブレイクを持つことがわかった(図1(b))。HB21 領域のガンマ線は電波のシェルと同程度のサイズを持つことがわかり、その光度は2.2×1034(D/1.7 kpc)2 erg s-1 だった。 SNR S147は、分子雲との相互作用のない中年のSNRで、そのシェル上にHαのフィラメントが観測されている。S147は、視直径が~3°で実直径が- 70 pcであり、銀河系で最もサイズの大きなSNRの一つである。我々はこのSNRの領域から、S147と同程度のサイズの広がりを持つガンマ線放射の検出した。これは、中年のSNRであっても分子雲相互作用がガンマ線放射の必須条件でないことを意味する。スペクトル解析により、その形状がベキ関数で表されることがわかり、光度は1.1×1034(D/1.2 kpc)2 erg s-1 だった。 今回のLAT 観測から、我々は3つのSNR からガンマ線を初めて検出し、LATで観測されたSNRの総数を30%増やした。さらに、この論文で用いた暗い天体への解析方法を応用することで、SNRの観測数をさらに増やすことが可能になる。 我々は、観測した3つのSNRのガンマ線と電波のスペクトルを組み合わせることで、多波長における放射機構の計算を行った。ガンマ線の計算では、陽子起源のπ0の崩壊ガンマ線放射、電子からの制動放射、逆コンプトン散乱による放射、を考慮した。我々は、SNR が様々な物理量をとる場合について検討し、上で述べた3つの放射機構がガンマ線の主な放射成分である場合について、それぞれ計算を行なった。この結果、W49Bでは、その非常に高いガンマ線光度の説明が難しいことから、HB21 やS147ではガンマ線と電波のスペクトルを同時に説明できないことなどから、観測されたガンマ線の主成分が逆コンプトン放射である可能性が低いことを確認した。さらに、この放射機構の計算によって、W49Bのシェルに存在する陽子/電子のエネルギー密度が~104-105 eV cm-3と計算された。この値は若い(~300年)SNRであるCassiopeia Aを除いて、これまでにLATで観測されてきたSNR よりはるかに高い値である(e.g., W44:~100 eV cm-3)。 S147は分子雲と相互作用していないので、従来のガンマ線放射モデルでは観測されたガンマ線を説明できない。一方で"crushed cloud"モデルでは、ガンマ線は、圧縮されたガスによって形成されるフィラメントからのπ0 崩壊放射として説明される。 S147のガンマ線のカウントマップは、Hαのフィラメントとの空間的な相関を示唆している(図2)。さらに、S147の空間的な形状が円形である場合とHαの形を持つ場合でLATデータのフィットを行い、Hαの形状の方が高いlikeihoodの値を持つことがわかった。また、NRを6×6の領域に分割して、それぞれの領域でのフラックスを求め比較することで、両者に相関があるという示唆を得た。この解析から、ガンマ線放射がHαのフィラメントから放射されている示唆が得られた。 我々は、"crushed cloud"モデルを用いて多波長エネルギースペクトル解析を行い、密度n0=3cm-3, 磁場B0=3.5 μG, 原子雲充填率(衝撃波を受ける前の原子雲体積/SNR 体積) f=0.6%としたときに、モデルが電波とガンマ線のデータを同時に説明できることを確認した。密度と磁場は原子雲としては妥当な値である。この事は、宇宙線の衝突ターゲットとしての分子雲が存在しなくても、フィラメント形成を通してガンマ線強度を容易に説明できることを示し、モデルを裏付ける結果といえる。モデルで得られたスペクトルは、ガス中に元々存在する宇宙線が再加速された高エネルギー粒子からの放射であると仮定して計算している。このことから、中年のSNR S147では、宇宙線の再加速が行われている、という示唆が得られた。 さらに、W49BとHB21に対しても"crushed cloud"モデルを適用した。その結果、W49Bの高いガンマ線光度を説明するためには、S147で考えられたような宇宙線の再加速だけでは十分でないことがわかった。これは- 2000年と比較的若いW49においては、宇宙線の再加速だけでなく、星間ガスを高エネルギー宇宙線にまで加速するプロセスが共存する事を示唆している。この粒子加速の示唆は、多波長スペクトルの計算で得られた非常に高い粒子エネルギー密度とも整合する。またHB21の光度は、再加速のモデルのみでで矛盾なく説明できることがわかった。 図1: Fermi LAT 検出器による、SNRのガンマ線スペクトル。 図2: SNR S147 付近のLAT カウントマップ。緑のコントアはHαの放射を示す。 図3: SNR S147の多波長エネルギースペクトルと"crushed cloud"モデルによって計算されたエネルギースペクトル(青線)。赤丸はLAT 観測データ、黒丸は電波データ。緑線、青線は、それぞれ電波のフィラメント成分、diffuse 成分を示す。 | |
審査要旨 | 本論文は6章で構成される。第1章はイントロダクションであり、2008年に打ち上げられたGeV観測衛星「フェルミ」を用いてえられた、我々の銀河系内の超新星残骸から放射されるガンマ線の性質を紹介している。これらの天体は総じて数万年の年齢を持ち、分子雲と相互作用しており、衝撃波面で加速された陽子が、近くの分子雲と相互作用してパイオンガンマ線を放射しているものと考えられてきた。著者はこれらの放射が、最近提唱された「CrashedCloudモデル」で大半が説明できることに着目した。このモデルでは、低速の衝撃波において系内宇宙線が再加速され、また物質が放射冷却で圧縮されることでフィラメント状の高密度領域を形成し、この組み合わせで強いパイオンガンマ線を放射する。勝田氏はGeVを放射する既知の超新星残骸と比較して、若い、暗い、分子雲との相互作用が見られない、という3つの異なる天体を解析することで、このモデルの妥当性を検証した。第2章では放射モデルのレビューを、第3章では検出器の性能のまとめをしている。 第4章以後が本論文の主軸である。まず、選んだ3つの超新星残骸のデータ解析を行っている。彼はまず、信号の多くを占める主要なバックグラウンド源である、銀河面GeV放射の推定精度を調べ、系統誤差を初めて定量化した。次にこれを適用してこれら超新星残骸の検出と、GeVガンマ線スペクトルの評価を初めて行った。第5章ではこれを受けて、放射のメカニズムとしてパイオンガンマ線と、相対論的電子による非熱的制動放射によるガンマ線の2つのモデルが、GeV放射を説明できることを示した。さらに、「CrashedCloudモデル」を3天体に適用し、分子雲と相互作用がない超新星残骸では、単にフィリングファクターが低いだけで、他の天体と同様にこのモデルで、電波とGeVガンマ線放射を同時に説明できることを示した。さらに、3天体の中でもっとも若いW49Bでは、系内宇宙線が再加速では不足なほど宇宙線密度が高く、熱的プラズマからの粒子加速が行われていることが強く示唆されることを初めて示した。第6章はまとめである。 勝田氏の成果は、銀河面放射の系統誤差を初めて定量化したこと、分子雲と相互作用がなく、GeVでやや暗い超新星残骸S147の、電波からGeVガンマ線までの広帯域スペクトルが、「CrashedCloudモデル」で説明できることを示したこと。そして若い(~2000年)超新星残骸(W49B)では、そのほかのGeV超新星残骸(~2・4万年)と比較して高エネルギー粒子のエネルギー密度が2-3桁も高く、活発な粒子加速が今でも行われていることの証拠を初めてとらえたことである。 検出器は国際共同利用の衛星であり、放射モデルも勝田氏のオリジナルではないが、3つの異なる性質の超新星残骸に注目してモデルの検証を進め、その妥当性を確かめたことは、独自性が高い。若い超新星残骸W49Bの解析は、「フェルミ」衛星LATチームとの共著であるが、主要な解析および考察は勝田氏が自身で行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 以上により、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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