No | 126673 | |
著者(漢字) | 鎌田,耕平 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カマダ,コウヘイ | |
標題(和) | 最小超対称標準模型における平坦方向の宇宙論的帰結 | |
標題(洋) | Cosmological consequences of flat directions in minimal supersymmetric standard model | |
報告番号 | 126673 | |
報告番号 | 甲26673 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5618号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 初期宇宙のインフレーションは、宇宙の一様等方性、平坦性、および構造形成の種を説明する上で、非常に魅力的な理論であり、現在その存在はWMAP 等による宇宙背景放射の観測などからも強く支持されている。さらに、インフレーションはそれ以前の物質と反物質の非対称、すなわちバリオン非対称を薄めてしまい、その後バリオン非対称を生むメカニズム、バリオン数生成機構が働かないと、反物質が物質に比べて極端に少ない現在の宇宙は作られない。しかし、これら初期宇宙で起こった現象の根底にある物理は未だ理解にはほど遠く、多くのモデルが提案されてはいるものの、そのどれもが決定力に欠けている。これは、それらのエネルギースケールが非常に高く、素粒子標準模型を越えた物理を要求すること、そして、それらの実験的または観測的痕跡が非常に限られていることに起因する。 一方、超対称標準模型は有望な素粒子標準模型を物理の一つであり、これに基づく宇宙論を調べることは現実的な宇宙モデルを構築するための第一歩であろう。超対称標準模型は現象論的に様々な興味深い特徴を持っているが、中でも平坦方向"の存在は重要である。平坦方向とは古典的極限においてスカラー場のポテンシャルが0になる場の配位であり、これは超対称模型の一般的な特徴である。量子効果等を考慮することによって平坦方向に沿ったポテンシャルはわずかに持ち上がり、それにより宇宙論において様々な役割を果たしうることが知られている。本博士論文においては特に素粒子標準模型を最小限に超対称に拡張した最小超対称標準模型(MSSM)に存在する平坦方向に関わる宇宙論的現象のうち、バリオン数生成に有力な候補であるアフレック・ダイン機構(以下AD 機構)と興味深い特徴を持つMSSM A タームインフレーションに注目し、その整合性と観測可能性を考察した。 AD 機構はバリオン数やレプトン数をもった複素スカラー場、すなわちスカラークオークやスカラーレプトンが平坦方向に沿って大きな場の値を取りうることを用いたバリオン数生成機構である。この機構では、インフレーション中に大きな値を持ったスカラークォークやスカラーレプトンがその後のダイナミクスで凝縮を起こし、その際にバリオン非対称を生成する。バリオン数を持ったスカラー場の内部空間での角運動量がバリオン数密度に対応するためである。この機構の利点は、比較的低いエネルギースケールでバリオン非対称を作ることができ、それによりグラビティーノと呼ばれる超対称性理論に現れる粒子を大量に生成してしまうことにより生じる「グラビティーノ問題」が回避可能であることである。AD 機構に伴って、スカラー場が空間的に局在化したQ ボールと呼ばれる非位相的ソリトンが生成されうることが知られている。Q ボールはバリオンU(1) 対称性によってその存在と安定性が保証されているが、暗黒物質となる可能性が指摘される等、多くの注目を集めてきた。さらに近年、そのQ ボール生成の際に発生する重力波が現在計画されているDECIGO、BBO などの重力波干渉計で検出可能ではないかという議論が行われている。もしこのような重力波が検出できれば、これまで皆無であったバリオン数生成機構の観測的証拠になり、非常に重要な研究対象であるといえる。そこで本博士論文では、現在知られているほぼすべてのQ ボール生成シナリオにおいて、どのようなパラメータで重力波が将来計画の検出感度に達しうるかを網羅的に調べた。これによりQ ボール由来の重力波の観測が宇宙論、素粒子論にどのような意味を持つかが明らかになるためである。重力波の検出可能性は、その生成時の大きさとその後の宇宙の熱史によって決まるが、一般に生成時に大きな重力波を発生するようなQボールは、それ自体がその後宇宙のエネルギーを支配してしまい、その間にせっかく作った重力波を薄めてしまうことに注意する。その結果、ほぼすべてのシナリオにおいて、重力波が検出感度に達することはなく、唯一熱的ポテンシャルでQ ボールが作られるときのみ、重力波が検出しうるようなパラメータ領域が非常に小さくはあるが存在することを示した。逆に、もしこのような重力波が観測されれば宇宙論および素粒子論に伴う様々なパラメータがほぼ一意に決定されることになるが、このパラメータ領域では現在のバリオン数を説明することは非常に難しく、バリオン数生成に必要なCPの破れに微調整が必要であることを示した。 MSSM A タームインフレーションは、最小超対称標準模型(MSSM)に存在する平坦方向に沿ったスカラー場の運動によってインフレーションを起こす模型である。平坦方向に沿ったスカラー場のポテンシャルは、ポテンシャルの微調整を行うことによって鞍点を持ち得、そこにスカラー場がとどまることによってポテンシャルエネルギーを用いて宇宙を加速度的に膨張させることができる。しかし、この模型が働くためにはスカラー場がその鞍点に一様静的に値を非常に精確に取らなければならない。ポテンシャルの微調整は何らかの対称性を課すことによって正当化できるがこの初期値の微調整は正当化するのが難しい。そこで本博士論文では、MSSM A タームインフレーションより前の熱揺らぎ、および量子揺らぎをもった現実的な宇宙の初期状態を考え、MSSM Aタームインフレーションがどのような状況下で実現しうるかを調べた。その結果、熱揺らぎ、量子揺らぎはスカラー場の配位の一様性を壊す方向に働き、MSSM A タームインフレーションを起こすにはそれ以前の適切な時期に適切な別のインフレーションが無ければならないことを示した。 本博士論文では、AD 機構の伴うQ ボール生成とMSSM A タームインフレーションというMSSM 平坦方向に伴う初期宇宙で起こった現象についてより深い考察を加えた。我々はまだ初期宇宙で何が起こったか、そしてMSSM がそこでどのような役割を果たしたかについて充分な理解は出来ていない。しかし、本博士論文での研究によりそれらに対する新たな知見が得られたといえよう。 | |
審査要旨 | 本論文は6章からなる。第1章は、イントロダクションであり、本論文の研究対象となっている、インフレーション、バリオン生成、および超対称性理論について、歴史的背景およびそれを研究する動機について書かれている。 第2章以降が本論文の主要部分である。第2章から第4章が前半部で、物質反物質非対称生成機構の一つであるアフレック・ダイン(AD)機構に伴うQ ball生成の際に放出される重力波の観測可能性を調べている。第5章が後半部で、最小超対称標準模型(MSSM)の枠組みでインフレーションを起こす、MSSM Aタームインフレーションの初期値問題を調べている。第6章は結論となっている。 第2章ではAD機構及びQ-ballについて議論されている。AD機構に伴うQ ballは理論モデルやインフレーション後の再加熱温度によって様々なタイプになり得るが、この章では現在知られている全ての種類のQ-ballについて、その性質が網羅的にまとめられている。第3章では、Q-ballの生成後の進化、および崩壊について議論されている。第4章では第2章、第3章でまとめられたQ-ballの性質を用い、Q-ballから放出される重力波とその検出可能性が論じられている。大きな振幅を持った重力波はQ ball生成時に放出されうるが、その後のQ ball自身が宇宙のエネルギーを支配する期間に薄められ、現在ではDECIGOやBBO、LISAといった将来計画で検出可能な振幅にはなり得ないことが示された。特に、現在の物質反物質非対称を説明できるような理論パラメータでは観測は絶望的であることが示されている。 第5章では素粒子標準模型を最小限に超対称に拡張した最小超対称標準模型(MSSM)の枠組みでインフレーションを起こす、MSSM Aタームインフレーションの初期値問題が調べられている。現実的な初期状態として、輻射優勢期と別のインフレーションが考えられた。結論として、そのどちらも初期条件を微調整するのは難しいことが示された。 第6章は結論にあてられている。またAppendixにおいては、本論文で用いられたQ-ball蒸発についての解析がまとめられている。 なお、本論文第3章・第4章の一部は千葉氏、粕谷氏、山口氏との共同研究、第5章は横山氏との共同研究に基づいているが、論文提出者が主体となって計算を完成し解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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