学位論文要旨



No 126677
著者(漢字) 齊藤,遼
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,リョウ
標題(和) 原始ブラックホールの観測的痕跡 : 重力波と宇宙線
標題(洋) Observational Signatures of Primordial Black Holes : Gravitational Waves and Cosmic Rays
報告番号 126677
報告番号 甲26677
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5622号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任准教授 吉田,直紀
 東京大学 特任教授 柳田,勉
 東京大学 教授 高橋,忠幸
 東京大学 教授 坪野,公夫
 東京大学 准教授 大橋,正健
内容要旨 要旨を表示する

本学位論文では、「原始ブラックホール(Primordial Black Hole, PBH)」と呼ばれる宇宙初期に形成されたブッラクホールが暗黒物質の大部分、もしくはその一定部分を占めているという可能性を論じた。原始ブラックホールが暗黒物質を占めていた場合に期待される観測的な痕跡を調べることによって、暗黒物質の起源に対する示唆を得ることを目標とし、本論文では2つの痕跡、「重力波」と「宇宙線」の解析を行った。

「重力波」

原始ブラックホールを形成するためには、宇宙初期に非常に密度が高い領域が存在している必要がある。その密度過剰領域を生み出す原因として代表的なものとして、宇宙初期に存在したランダムな密度揺らぎが挙げられる。原始ブラックホールを生み出すために必要となる密度揺らぎの振幅は非常に大きいため、その密度揺らぎは原始ブラックホールと同時に重力波も生み出すことが期待される。本論文では生成される重力波と原始ブラックホールの質量や存在量の関係を詳細に調べ、主に次の2点を示した:1)暗黒物質の候補となる原始ブラックホールはLISA、BBO、DECIGOなどの将来計画されている宇宙重力波干渉計を用いて調べることができること。想定される振幅は非常に大きく、将来計画の主要なターゲットとなること。2)密度揺らぎのスペクトルが非常に鋭いピークを持っていた場合には、太陽質量の数千倍程度の質量を持つ原始ブラックホールは存在できないこと。中間質量ブラックホールはULX(Ultraluminous X-ray source)の候補となっている。この結果は原始ブラックホールがその起源を説明する可能性を一部の質量範囲で排除する。

「宇宙線」

暗黒物質の構成要素が原始ブラックホールのみではなく、複数の物質によって担われている可能性も考えられる。その代表的な候補として考えられるのが、WIMP (Weakly interacting massiveparticle)である。宇宙に原始ブラックホールとWIMPが共存していた場合、原始ブラックホールの周囲のWIMPはそれらに降着し、UCMH(Ultracompact minihalo)と呼ばれる高密度のハローを形成する。UCMH内部におけるWIMPの密度は非常に高く、太陽系周辺の暗黒物質の密度の7桁から8桁程度の値を持っている。WIMPの対消滅確率はその密度の2乗に比例しているため、UCMHの内部では非常に頻繁に対消滅過程が起こっている。そのため、原始ブラックホールが暗黒物質のごく一部のみを占めているような場合であっても、宇宙線のフラックスの増幅が期待される。本論文では、宇宙線の中でも電子と陽電子に着目し、この増幅効果によってPAMELA衛星によって観測されている陽電子過剰を説明することができるかどうかを調べた。結果として、原始ブラックホールが地球質量を0桁から4桁下回る程度の質量を持つならば、ガンマ線の等方成分の観測などと矛盾することなく、陽電子過剰を説明できることを示した。また、このシナリオをテストするために陽電子過剰を説明するUCMHがガンマ線の点源として観測できるかどうかを調べ、WIMPの性質や原始ブラックホールの質量によっては将来の地上観測によって観測可能であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションとして、原始ブラックホールと宇宙の暗黒物質、およびその観測的痕跡について本論文の目的に照らし合わせながら解説している。原始ブラックホールとは、初期宇宙の密度揺らぎから生成されるコンパクトな物体であり、生成機構や時期により定まる質量スペクトルを持つと理論的に予言されている。宇宙の暗黒物質の主要な成分ともなりうると考えられており、観測的な証拠あるいは何らかの制限を得ることは重要である。これまでに、主に重力レンズ現象の観測などからその存在数や典型的質量に対して強い制限が与えられているが、およそ月質量あるいはその10万分の1程度までの質量をもつならば暗黒物質の有力な候補となる。本論文の目的は、原始ブラックホールの生成機構と、その際に放出される重力波についての理論的研究を行い、将来の重力波検出実験および高エネルギー線観測によって原始ブラックホールの痕跡を検出する方法を提案することである。

第2章では原始ブラックホールの生成機構に関する理論モデルが紹介される。標準的な一様等方宇宙モデルに基づき、宇宙初期の密度揺らぎの進化を記述する方程式を導入し、密度揺らぎの波長と生成されるブラックホールの質量およびその時期の対応を明らかにする。また、これまでに得られた、重力レンズ現象やX線およびガンマ線宇宙背景放射の強度の観測による制限を順に解説している。注目すべき原始ブラックホールの質量範囲を定めており、本研究の目的につながっている。

第3章では原始ブラックホール生成時に放出される重力波の振幅を解析的に取り扱う。宇宙初期でのスカラーおよびテンソル揺らぎ(それぞれ密度ゆらぎと重力波に対応する)の発展方程式を導入し、高次摂動法を用いて重力波の振幅の発展を計算する。原始ブラックホールの生成モデルとしては、ある波長においてのみ密度揺らぎの振幅が特異に大きいモデルを考える。密度揺らぎ超過を箱形関数を用いて記述し、放出される重力波振幅を計算し、現在の宇宙における重力波としての痕跡を振動数依存性も含めて明らかにした。すでに稼働している重力波検出実験および将来の計画の感度計算を行い、将来のスペース重力波衛星による観測で十分検出が可能であると結論づけた。原始ブラックホール生成時に重力波が放出されるというアイデアは新しく、将来の重力波観測が大きく期待される。

第4章では、2009年に報告された宇宙線中の陽電子数超過に着目している。この未解明の問題について、暗黒物質が原始ブラックホールと超対称性粒子の2成分から成る理論モデルを考案し、暗黒物質崩壊および対消滅による高エネルギー粒子の生成によって解決することを提案する。原始ブラックホールと微視的な暗黒物質粒子が共存する場合には、原始ブラックホールがいわば種となってその周辺に暗黒物質粒子を引きつける。このようにして宇宙早期に形成される「マイクロ暗黒ハロー」は現在の天の川銀河にも多数残存すると考えられ、その場合には微視的な暗黒物質の局所的密度が場所により大きく異なる。高密度領域では暗黒物質対消滅率が増加し、太陽系近傍での宇宙線中陽電子数超過を説明しうるとともに、点状ガンマ線源となると考えられる。申請者は将来のガンマ線望遠鏡によりそのような点源を観測できると結論づけた。

第5章では得られた結果と将来の観測への展望を議論し、本論文を総括する。

なお、本論文第3章は横山順一氏との共同研究をもとにしているが、原始ブラックホール形成時の重力波放出という着想は論文提出者本人が得たものであり、密度揺らぎの発展や重力波スペクトルなど主要な結果は全て論文提出者が計算し、考察を与えたものでオリジナルな成果と判断する。また、第4章は白井智氏との共同研究をもとにしている。マイクロ暗黒ハロー生成と暗黒物質粒子対消滅の痕跡については共同研究者との議論をもとに発展したものであるが、ハロー中の密度分布や高エネルギー粒子生成率の計算遂行から結果の解析まで論文提出者がおこなったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

暗黒物質の正体は宇宙論および宇宙物理学に残る大きな謎の一つである。本論文はその候補として原始ブラックホールを提案し、その質量や存在量に重力波とガンマ線の観測によって迫る方法を提案した。現在稼働中、および将来に計画されている重力波実験やガンマ線望遠鏡計画に大きな示唆を与える。初期宇宙に生成される重力波の検出へ向けた重要な第一歩であり、世界最先端の研究であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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