学位論文要旨



No 126680
著者(漢字) 白井,智
著者(英字)
著者(カナ) シライ,サトシ
標題(和) 低エネルギースケールのゲージ伝播と複合暗黒物質
標題(洋) Low energy scale gauge mediation and composite dark matter
報告番号 126680
報告番号 甲26680
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5625号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 諸井,健夫
 東京大学 教授 小林,富雄
 東京大学 教授 駒宮,幸男
 東京大学 教授 梶田,隆章
 東京大学 准教授 松尾,泰
内容要旨 要旨を表示する

素粒子標準模型は大きな成功をおさめている。現在までの物理学実験の多くは標準模型によってよく記述することができる。しかし、その標準理論は未だに完全な成功を収めたとはいえていない。観測的観点に立つと、その存在がほぼ確実視されている暗黒物質や暗黒エネルギーとは何者なのかという問いには無力である。理論的観点からは、いわゆる階層性問題、つまり、重力スケールと電弱スケールがなぜここまで違っているのかということ、などの問題がある。このような困難に立ち向かうため、「標準理論を越えた物理」(Beyond Standad Model, BSM)を築こうとする試みが多くなされてきた。そのような中、超対称性(SUSY)を導入した標準模型(SUSY Standard Model, SSM)というのは非常に有望である。トップダウン的な考え方では、超対称性というのは、弦理論のような量子重力理論の構成のためには非常に重要なものである。またボトムアップ的考え方では、電弱スケールに超対称性があると、階層性問題が解けるだけでなく、(模型には依存するが) 安定性、中性性、生成機構の観点から適切な暗黒物質の候補が存在する。さらには、奇跡的にも2×10(16) GeVという高エネルギーで標準模型の3つのゲージ結合定数がほぼ統一する。このことは大統一理論への強い示唆を与える。超対称性理論はトップダウン的なアプローチからもあ素粒子標準模型は大きな成功をおさめている。現在までの物理学実験の多くは標準模型によってよく記述することができる。しかし、その標準理論は未だに完全な成功を収めたとはいえていない。観測的観点に立つと、その存在がほぼ確実視されている暗黒物質や暗黒エネルギーとは何者なのかという問いには無力である。理論的観点からは、いわゆる階層性問題、つまり、重力スケールと電弱スケールがなぜここまで違っているのかということ、などの問題がある。このような困難に立ち向かうため、「標準理論を越えた物理」(Beyond Standad Model, BSM)を築こうとする試みが多くなされてきた。そのような中、超対称性(SUSY)を導入した標準模型SUSY Standard Model, SSM)というのは非常に有望である。トップダウン的な考え方では、超対称性というのは、弦理論のような量子重力理論の構成のためには非常に重要なものである。またボトムアップ的考え方では、電弱スケールに超対称性があると、階層性問題が解けるだけでなく、(模型には依存するが) 安定性、中性性、生成機構の観点から適切な暗黒物質の候補が存在する。さらには、奇跡的にも2×1016 GeVという高エネルギーで標準模型の3つのゲージ結合定数がほぼ統一する。このことは大統一理論への強い示唆を与える。超対称性論はトップダウン的なアプローチからもあるいはボトムアップの現象論的な観点からしてももっともらしく思われる。

しかしながら、超対称性は必ずしも良い結果だけをもたらすとは限らない。例えば、多くの超対称標準模型では非常に大きなフレーバを破るプロセスを予言してしまい、現在までの実験と矛盾してしまう。また、重力子の超対称性パートナーであるグラビティーノという粒子はしばしば、グラビティーノ問題と呼ばれる宇宙論的な問題を引き起こすことが知られている。そのような中、低エネルギースケールのゲージ伝播模型というのは非常に魅力的である。この模型ではグラビティーノはeV 程度の非常に軽い質量をもち、グラビティーノ問題がないことが知られている。また、この模型では、フレーバ問題もない。

このように、低エネルギースケールのゲージ伝播模型は非常に魅力的であるが、一つ大きな問題がる。それは暗黒物質の存在についてである。実はこの模型では適切な暗黒物質の候補が存在しないのである。多くのSSMではニュートラリーノと呼ばれる粒子かグラビティーノが暗黒物質になるのだが、ニュートラリーノはこの模型では安定な粒子ではなく、暗黒物質になれない。また、グラビティーノは軽すぎて、適切な暗黒物質の候補になれない。これはニュートリノが暗黒物質になれないのと同じ事情である。

幸いなことに、低エネルギースケールのゲージ伝播模型にはメッセンジャーと呼ばれる粒子が存在し、この粒子が暗黒物質の候補になる可能性がある。しかし、もっとも単純な模型では、このメッセンジャー粒子は、いくつかの観点から暗黒物質として適当な性質を持っていないことが分かる。例えば、その模型で予言される暗黒物質の量は現在の宇宙を再現するには多過ぎる。さらに、仮に適切な量が生成されたとしても、暗黒物質の直接検出実験と矛盾してしまう。

そこで、この論文では、メッセンジャー模型に修正を加えて、暗黒物質になる可能性を調べた。もし、メッセンジャーが未知の強く相互作用するゲージ群SU(5)に属しているのならば、閉じ込め効果によってメッセンジャーは陽子のような複合状態を作る。この複合粒子が暗黒物質として適切な性質をもつことを議論した。また、このような暗黒物質がの直接検出実験や宇宙線観測などにどのようなシグナルをもたらすかを調べた。その結果、この暗黒物質の直接検出については非常に難しいことが分かった。宇宙線に関してはこの模型は面白い予言をし、パラメータ領域によっては、近年報告されたPAMELA 実験における、陽電子超過を説明できことがわかった。さらに、この模型が予言するLHC シグナルについても議論した。この模型は高エネルギーのレプトンまたは光子が生成されることを予言する。それらのシグナルを使ったLHCでの発見モードや発見可能領域を調べた。その結果、ほとんどのパラメータ領域が√s=14 TeV、積分ルミノシティーO(1) fb-1でテスト出来ることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなる。第1章はイントロダクションであり、本論文で扱われている超対称模型について、歴史的背景とそれを研究する動機が書かれている。第2章では超対称模型の基礎的事項をまとめた後、低エネルギースケールゲージ伝播模型で重要となるグラビティー粒子の現象論が解説されている.特にグラビティーノ質量が16eV以下というパラメータ領域が宇宙論的観点から極めて興味深い理由が説明されている。そして第3章には複合暗黒物質模型構築で用いる超対称ヤンミルズ理論の性質がまとめられている。

第4章から第6章が本論文の主要部分である、まず第4章において、複合暗黒物質を可能とする低エネルギースケールゲージ伝播模型が構築されている。これはSU(5)(hidden)ゲージ相互作用によって超対称性が破れる模型であり、標準模型粒子との相互作用が極めて弱い複合粒子を持つ。本論文ではまず、その複合粒子が宇宙暗黒物質としてふさわしい性質を持っことが示されている。この複合粒子は極めて強いSU(5)(hidden)ゲージ相互作用による結合状態であり、ユニタリティからの上限値に近い対消滅断面積を持つことが期待される。そのような粒子が暗黒物質となるには質量密度の観点から質量が100TeV程度である必要があるが、本論文は、そのような質量スケールはグラビティーノ質量がO(1)eVとなる場合、超対称性の破れのスケールと関係付くことを指摘した。第5章は、複合暗黒物質の直接・間接検出の考察にあてられている。特に、複合粒子の安定性が重力スケールで破れている場合、複合粒子は10(26-30)秒という極めて長い寿命で崩壊する。本論文は暗黒物質崩壊により生成される様々な宇宙線のフラックスを計算し、FERMI衛星によるγ線の観測が最も強い制限を与えることを明らかにした。そして第6章では、LHC実験で低エネルギースケールゲージ伝播模型を発見する手法が議論されている。本論文は上LHC実験におけるシグナルを系統的に解析し、高エネルギー光子モードとレプトンモードを用いることで極めて広いパラメータ領域でシグナルが発見可能であることを明らかにした。複合暗黒物質模型の提唱、その直接・間接観測に関する考察、そしてその模型のLHC実験による検証方法の研究は、世界初である。本研究は、超対称模型を構築し実験的に検証する上での有用な指針を与えるものであり、重要な成果である。そして第7章は、結論と議論にあてられている。

なお、本論文第4章及び5章は、濱口幸一氏・中村栄太氏・柳田勉氏との.第6章は中村栄太氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって計算を完成したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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