学位論文要旨



No 126681
著者(漢字) 杉山,昇平
著者(英字)
著者(カナ) スギヤマ,ショウヘイ
標題(和) 低エネルギーゲージ伝播模型における宇宙論からの制限の研究
標題(洋) Cosmological constraints on low-energy gauge-mediated supersymmetry breaking models
報告番号 126681
報告番号 甲26681
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5626号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 村山,斉
 東京大学 教授 横山,順一
 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 准教授 浅井,祥仁
 東京大学 教授 鈴木,洋一郎
内容要旨 要旨を表示する

超対称性を持った模型は素粒子標準模型における階層性問題の解決策として注目されている。標準模型に超対称性を持たせた最小限の拡張はMSSMとよばれ、ゲージ結合定数の統一などの好ましい点がある。超対称粒子は100GeVから1TeV程度の質量を持つと期待される。超対称性が本当に存在するなら現在稼働している加速器実験であるLHC実験で近い将来発見されるだろう。

グラヴィティーノは超対称性をゲージ化した超重力理論が予言する粒子である。グラヴィティーノは様々な宇宙論的問題を引き起こすことが知られている。多くの場合、宇宙の再加熱温度に厳しい上限が与えられる。再加熱温度は、宇宙の物質と反物質の非対称性の起源の説明である、バリオン数生成のシナリオに関わる。熱的レプトン数生成シナリオのように、10^9GeVほどの高い再加熱温度が要求されることがある。

16eVの軽いグラヴィティーノにはこれらのグラヴィティーノ問題がないので、好ましい模型である。グラヴィティーノの質量は超対称性の破れのスケールの自乗に比例する。超対称粒子の現実的な質量スペクトルを得るには、超対称性の破れのセクターとMSSMセクターとの間に直接的な結合があってはならない。超対称性の破れの効果はなにがしかの機構で伝播される。超対称性の破れのスケールが低いときにはゲージ伝播模型が現実的な質量スペクトルを生成する。

この学位論文では16eV以下の質量を持つ低エネルギーゲージ伝播模型への宇宙論からの制限を研究した。低エネルギーゲージ伝播模型はグラヴィティーノ問題の観点からは好まれるが、現象論的な点や模型の構築の点で容易でない部分もある。

まず、準安定真空の問題を扱った。超対称性により多数のスカラー粒子が導入されるせいで、ほかに真空ができ、電弱対称性を破る真空が不安定もしくは準安定になることがある。準安定な場合はその寿命が宇宙年齢より長ければ、模型として許される。

ミニマルゲージ伝播模型はCPの問題やゲージ伝播模型におけるμ問題を解決できる。この模型は非常に予言的で数個のパラメーターしか持たない。低エネルギーミニマルゲージ伝播模型は、二つのヒッグスの真空期待値の比であるtanβが大きいことを予言する。そのため電荷保存を破る真空が現れることがある。我々は真空が準安定な場合にその寿命を数値計算により評価し、この模型のパラメータへの制限をみた。その結果、メッセンジャー粒子の超対称な質量に対して超対称性の破れが比較的大きく、かっ超対称性を破るセクターとメッセンジャーの結合定数がメッセンジャーの二重項と三重項とで違う場合には、この制限が強く効きうることがわかった。後者の条件は繰り込み群から期待される性質である。

準安定な真空はダイナミカルに超対称性を破る模型を構築する上でも関係がある。準安定真空での超対称性の破れを考えると模型の構築が格段に容易になり、可能性が広がることが知られている。ゲージ伝播模型での低い超対称性の破れのスケールは、このようなダイナミカルスケールとして生じていると考えられる。

ダイナミカルに超対称性を破る模型に、メッセンジャーを結合させることで、ゲージ伝播模型を実現させれば、超対称性の破れの全体像が得られるだろう。最近の研究によれば、そのような模型では、たいていの場合、真空が準安定になってしまうことが明らかになってきた。

我々は準安定真空となるような低エネルギーゲージ伝播模型で、その安定性からの制限を調べた。初期宇宙の高温状態での真空の熱的遷移を考え、そこからの制限も調べた。これを満たす模型は宇宙の熱的な歴史と無撞着であるといえる。後者の問題の方がより強い制限を与え、スクォークの質量がlTeV以下となることがわかった。スクォークがこの程度に軽ければ、LHC実験での発見が期待できる。

我々はまた、暗黒物質の問題を考えた。観測により暗黒物質の存在が明らかとなっているが、これは素粒子標準模型以外の新粒子の存在の、現在得られている唯一の証拠である。MSSMには暗黒物質の候補がある。MSSMでは、バリオン数やレプトン数を破る相互作用を禁止するために、Rパリティと呼ばれる離散的対称1生が仮定されることが多い。このおかげで最も軽い超対称粒子(LSP)は安定で、暗黒物質となる。最も期待の持てる例としてはニュートラリー一ノがある。ニュートラリーノはWIMP暗黒物質、すなわち弱い相互作用をし100GeVのオーダーの質量を持つ暗黒物質、に分類される。暗黒物質直接検出実験は多くのグルーパ行っているが、WIMP暗黒物質の検出を狙って設計されている。

ゲージ伝播模型ではグラヴィティーノがLSPとなる。グラヴィティーノが暗黒物質になるシナリオは先に述べたグラヴィティーノ問題を生ずる。低エネルギーゲージ伝播模型ではグラヴィティーノは観測されている暗黒物質残存量の非常に小さな割合を占めるにすぎない。暗黒物質の主要な割合を占める粒子はこの模型にはない。特に、低エネルギーゲ-ジ伝播模型の文脈でWIMP暗黒物質の研究はなされていなかった。我々は低エネルギーゲージ伝播模型にWIMP暗黒物質となる粒子を導入する拡張を行った。この模型でどのようなパラメーターで暗黒物質の残存量が説明できるか明らかにした。また、直接検出実験、加速器実験での検証可能性を論じた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章よりなる。第1章はイントロダクションであり、本研究の背景、重力子の超対称パートナーであるグラビティーノの宇宙論的な問題点についてまとめてある。特に16keVよりも軽いグラビティーノが好ましいことが述べられている。第2章では軽いグラビティーノを出せる模型である、超対称性の破れのゲージ・メディエーション機構についてレビューしている。期待される超対称粒子の質量スペクトル、そして模型の抱える問題がまとめられている。第3章で杉山氏自身の研究である、タウの超対称性パートナーが不安定性を引き起こし、電磁気や色力学のゲージ対称性を破ってしまわないことからの、超対称性標準模型への制限を求めている。第4章は超対称性を破る場の理論の模型の一般的な性質をレビューし、具体的な模型の例、一般にゲージーノの質量を充分出すことの困難を解説している。第5章は自身の研究で、一般に第4章で述べる様な模型では宇宙が模型の準安定状態にあり、真の基底状態への遷移が宇宙年齢の137億年よりも遅くなくてはいけないこと、それが模型のパラメーターにどのような制限を与えるかが議論されている。またグラビティーノが軽い模型では暗黒物質の候補がなくなるが、第6章では新たな粒子を導入することでゲージ・メディエーションでも暗黒物質を出せる拡張模型を提案している。第7章は論文の内容の簡潔なまとめである。

この研究は、超体制理論の模型の中でも近年注目を浴びているゲージ・メディエーション機構を用いて軽いグラビティーノを出す宇宙論的にも好ましい点が多い模型について系統的に研究したもので、素粒子現象論の最先端の研究であり、特に他の研究者がしばしば無視して議論を進める宇宙の準安定性についてきちんと調べた意義の高いものである。

準安定状態が基底状態に遷移する確率の計算は技術的にむずかしいもので、杉山氏はこの計算を担当し、精度の高い計算手法を開発、応用してこの研究を実現した。既にPhysicsLettersBに3編の論文を出版(予定)しており、上記の研究内容は国際的に認知されている。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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