学位論文要旨



No 126686
著者(漢字) 辻,直人
著者(英字)
著者(カナ) ツジ,ナオト
標題(和) AC外場により駆動された非平衡相関フェルミオン系の理論
標題(洋) Theoretical Study of Nonequilibrium Correlated Fermions Driven by ac Fields
報告番号 126686
報告番号 甲26686
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5631号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 准教授 島野,亮
 東京大学 准教授 杉野,修
 東京大学 准教授 羽田野,直道
 東京大学 教授 岡本,博
内容要旨 要旨を表示する

相互作用するフェルミオン多体系は、そこに内在する様々な揺らぎを反映して外部からの制御に対して多彩な応答を示す。温度やバンドフィリング、磁場などの静的な制御に対しては理論的理解が格段に進んできている一方、系を非平衡状態に駆動するような動的な外場に対する応答は未解明の部分が多い。そのような外場により非平衡特有の物性を発現させることができれば相関多体系の新たな可能性を拓くことになり、基礎物理としても応用的見地からも非常に興味深い。実際近年の実験技術の進歩により、電子系や冷却原子系などで外場によって非平衡状態に駆動された量子多体系の時間発展を観測することが可能になってきている。特に電子系に対する超高速ポンプ・プローブ分光測定により、外場によって相関電子系の物性を制御し、あるいは「相転移」を引き起こすことができる(光誘起相転移)ことが徐々に明らかになってきた。物性を制御することは凝縮系物理学の主要課題であり、相関多体系の非平衡状態における振る舞いの理解が求められている。

ところが平衡状態と異なり、相互作用する多体系の非平衡状態は理解が十分になされているとはいえない。その理由として次の2点が挙げられる:

(1) 多粒子系の統計分布は系の物性を支配するが、非平衡状態では一般にどのような分布が実現されるか分かっていない。平衡状態では統計力学が確立しており、フェルミ粒子系の場合、相互作用の有無に依らずフェルミ・ディラック分布(図1左)f(w)=ゲタで特徴づけられる(Tは温度)。しかし、光などのac外場が印加されると周波数Ωという新たなエネルギースケールが導入され、Ωが系の励起エネルギーと同程度であれば分布は容易に平衡分布から大きくはずれ得る(図1右)。今まで非平衡統計力学の一般論の確立を目指して多大な努力がなされてきたが、特に興味がある相互作用する多粒子系で非平衡分布を決定することは、非平衡定常状態に限っても理論的に非常に困難であった。

(2) 系のダイナミクスは散逸の有無によって大きく異なる。特に定常的にac外場で駆動する状態を考えるときには散逸の効果は重要になる。開放系では外場により注入されるエネルギーが環境に逃げ出すエネルギーと釣り合っているのに対し、孤立系では注入されたエネルギーは内部に溜めこまれるため、エネルギーの流れに大きな違いが生じる。相関多体系の中でも電子系は一般に開放系と考えられるが、その時間発展を考えるときには専ら孤立系として扱われ、散逸の効果は真剣に考慮されてこなかった。

このような点に動機づけられ、本論文で本著者はac外場で駆動された相関フェルミオン系の非平衡状態を研究した。そして以下のオリジナルな結果を得た。

相関フェルミオン系の非平衡定常状態

本著者は厳密に解ける最もシンプルな熱浴のモデルとしてButtiker熱浴を相関フェルミオン系に導入し、Keldysh形式に基づいて非平衡定常状態を決める方程式系を導いた。これは減衰率という一つの現象論的なパラメーターで散逸を記述する枠組みになっている。また系が外場からされる仕事と熱浴に散逸するエネルギーとが非平衡定常状態で釣り合っていることを示し、それまでランジュバン方程式系で知られていた原田・佐々関係式を相互作用する電子系のモデルに拡張した。

新たな理論的方法論の提案: フロッケ動的平均場理論

時間的に周期的な外場に駆動された状態を扱うフロッケ(Floquet)の方法が知られている。一方、相互作用する多体系を解くには小さな系での厳密対角化しか主に知られていなかった。本論文ではフロッケの方法と動的平均場理論を組み合わせ、さらに前述した方法で散逸を考慮することで、動的な相関効果(自己エネルギーの周波数依存性)をとり入れながら強いac外場に駆動された多体系の非平衡定常状態を解く理論アプローチを提案する(フロッケ動的平均場理論)。また、一粒子グリーン関数だけでなくバーテックス補正も含めた相関関数の計算方法を確立した。

光誘起絶縁体-金属転移のフロッケ動的平均場理論による解析

このフロッケ動的平均場理論を用いて、光のもたらす興味深い現象の典型として光誘起絶縁体金属転移の解析を行った。具体的には、可解模型であるファリコフ・キンボール模型とハバード模型(相互作用U 、エネルギーギャップ Eg)に対してスペクトル関数や分布関数(図2)、光学伝導度σ (図3)を計算し、次のような豊富な振る舞いが生じることを見出した。

(1)Eg<Ω」≦Uのとき、Drude的なピークがσ(v)の低エネルギー部分に現れ、光誘起絶縁体金属転移をしていることがわかる。

(2)Eg<Ω」<Uのとき、σ(v)のv=U-Ω付近にミッドギャップ吸収が現れる。これは光誘起されたフロッケバンド(図2右)がギャップ内にできたことに起因する。

(3) σ(v)のv=Ω付近に共鳴構造(ディップやキンクで、左右非対称)が現れる。これは非平衡特有の量子補正効果から来ている。

(4)Ω>Uのとき、σ(v)に負の部分が現れ、エネルギー利得が生じている。これはバンド内で反転分布が実現していることによる。

これらに伴い σ(v)の変化に対応する3次の非線形光学感受率X(3)を評価し、同様の特徴が見られることを示した。また、平衡状態で知られていた -和則が、時間的に周期的な外場中の相関電子系における非平衡定常状態でも成立していることを示した。

ac外場によるバンド反転と斥力引力転換

多体系が環境から孤立して散逸がないときのac外場中の時間発展を、時間依存動的平均場理論と量子モンテカルロ法により斥力ハバード模型に対して求めた。適当な振幅を持つac外場を非断熱的に突然印加すると、二重占有率 〓が自由粒子の値0.25を超えて大きく増加することがわかった(図4左)。これはフェルミ粒子間に働く相互作用が有効的に斥力から引力に転換されていることを意味する。分布関数を評価することで、バンド構造がac外場により反転し負の温度状態(反転分布)が実現されていることによるものとわかった(図4右)。本論文では、ac外場誘起の引力相互作用がもたらすものを、特に超伝導との関連で議論した。

まとめと今後の展望

以上のように、ac外場中の相関フェルミオン系の非平衡状態について、散逸があるときのないときに分けて方法論を構築し、ならびに非平衡特有の現象を見出した。本著者が開発したフロッケ動的平均場理論は、今後この分野で標準的な解析手法となることが期待される。また、本論文で得られた様々な結果は将来実験で確認されるべきものである。ポンプ・プローブ分光については電子のコヒーレントな応答が見られるようさらなる時間分解能の向上に期待したい。冷却原子気体での実験は技術的な困難がなく、すぐに実行可能と考えられる。

今後の課題としては、フロッケ動的平均場で解く際に必要となる不純物問題の解法の改良、連続的なac外場だけでなくパルス状の外場にも拡張すること、電子系で重要な電子・格子相互作用を取り入れること、また孤立系で如何にして対称性が破れ得るかさらに考察する、などが挙げられる。

図1.(左)フェルミ・ディラック分布。(右)ac外場で駆動された系の非平衡分布。

図2.ac外場中のファリコフ・キンボール模型の(左)状態密度(実線)、占有密度(灰色領域)、(中央)分布関数、(右)スペクトルA(k,ω)関数 。

図3.ac外場中のハバード模型の光学伝導度。(左) Eg<Ω」<U、(中央)Ω~U 、(右)Ω>U 。

図4. (左)様々なac外場の振幅Aに対する二重占有率の時間発展。(右)ac外場によるバンド反転とそれに伴う反転分布。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。

第1章は、序論であり、本研究で展開される研究の背景となる実験状況、および理論体系の概要が述べられている。

第2章は、本研究のテーマである非平衡現象に関する理論的定式化について述べられている。特に、非平衡グリーン関数を用いた定式化(Kadanoff-Baym formalism)について詳しく議論している。また、熱浴との接触を考慮した非平衡定常状態に関してもグリーン関数を用いた定式化を行い、エネルギー散逸とのエネルギー収支機構を議論している。さらに、本論文の重要な内容のひとつである多体相互作用系の非平衡状態を取り扱う方法として動的平均場理論(DMFT)の導入を行い、上述のグリーン関数の方法の適用方法について、この方法が厳密に遂行できるFalicov-Kimball模型の場合およびその他の場合での具体的計算方法が詳しく述べられている。

第3章は、本論文のテーマである周期的外場で駆動された系の性質を取り扱う理論背景の重要な一つであるFloquet理論の概要と、それをDMFTと組み合わせた新しい理論の構築について説明している。これまで、Floquet理論は、主に小さな系での厳密対角化を用いる方法しか知られていなかったが、この展開は新しい試みである。散逸を考慮することで、動的な相関効果を自己エネルギーの周波数依存性としてとり入れ、強い周期的外場に駆動された多体系の非平衡定常状態を解く理論アプローチ(フロッケ動的平均場理論)を構築している。さらに、一粒子グリーン関数だけでなくバーテックス補正も含めた相関関数の計算方法を詳述している。

第4章では、前章までで説明された理論を光で誘起された非金属―金属転移現象に応用し、散逸がある場合の光学伝導度を求め、その特徴を議論している。特に、周期的外場によって駆動されている状況下での光学応答について新しい知見を得ている。具体的には、厳密に計算を遂行できるFalicov-Kimball模型をまず詳しく解析し、外場の周波数と系のギャップの大きさとの関係によって、スペクトル関数、占有密度関数、光学伝導度に特徴的な振る舞いが生じることを見出している。特に、Drude的なピークが光学伝導度の低エネルギー部分に現れ、光誘起絶縁体金属転移をしていることや、外場の周波数付近に共鳴構造(ディップやキンクで、左右非対称)が現れることを明らかにしている。これは非平衡特有の量子補正効果である。

第5章は散逸が無い場合に、周期的外場のもとでの系の量子力学運動をDMFTによって解析している。特に、突然印加された場合、二重占有率の時間的な変化を調べ、その値が自由粒子の値0.25を超えて大きく増加することを明らかにした。このことから、この系ではフェルミ粒子間に働く相互作用が有効的に斥力から引力に転換されていると結論し、また分布関数を評価することで、バンド構造が周期的外場により反転し、熱力学的に存在しない負の温度状態(反転分布)逆転状態の発生の可能性について重要な数値的データを得ている。さらに、周期的外場誘起の引力相互作用がもたらす可能性として、超伝導実現の可能性について議論している。

第6章は、全体のまとめに当てられている。

これらの成果は、相互作用する多体系が、有限の強さの周期外場で駆動されているときの物性の特徴を明らかにする理論構築と、その理論の適用により光学応答のスペクトルに新しい特徴を発見し、また駆動による新奇状態の誘導など新しい物性研究を拓くものであり、本研究の物性物理学での成果は評価に値するものと考える。

なお、第3-4章は青木秀夫、岡隆史、第5章は青木秀夫、岡隆史、Phillip Werner氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究推進したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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