学位論文要旨



No 126693
著者(漢字) 水本,哲矢
著者(英字)
著者(カナ) ミズモト,テツヤ
標題(和) 光子とのkinetic mixingを利用したエネルギーeV領域の太陽hidden sector photonの実験的探索
標題(洋) Experimental search for solar hidden sector photons in the eV energy range using kinetic mixing with photons
報告番号 126693
報告番号 甲26693
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5638号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 森山,茂栄
 東京大学 教授 須藤,靖
 東京大学 教授 山本,智
 東京大学 准教授 瀧田,正人
 東京大学 准教授 大谷,航
内容要旨 要旨を表示する

標準模型は素粒子の物理をよく記述しているが、強いCP問題、階層問題、フレーバーの問題等があり、これらを解決する必要がある。これらの問題を解決する方法として、更なるゲージ対称性を導入する方法がしばしば提案されてきた。一方、弦理論は一般相対性理論と量子力学を統一する有力な理論と考えられている。この弦理論においても更なるゲージ場の存在が考えられている。この新たなゲージ場の導入において最も単純なケースはU(1)対称性に関するものであり、この対称性に対応するゲージボソンは「hidden photon」と呼ばれ、Okunは質量を持ったhiddenphotonが光子と混合するモデルを提唱している。

hidden photonは通常の物質とは直接相互作用をしないため、検出するのが困難である。そのため、今までhidden photonに関する様々な実験的、理論的探索が行われてきたが、現時点ではhidden photonの存在が確認されていない。hidden photonの性質として光子との混合によるhidden photonから光子への、光子からhidden photonへの転換があげられるが、この性質を利用していろいろな実験が行われてきた。例えば、光子からhidden photonへの転換を利用して、レーザー光を用いてhidden photonを実験室で発生させ、その痕跡を探す「light shining through walls」と呼ばれる実験があげられる。また、hidden photonが存在すれば太陽は強力なhidden photon発生源になりうるので、太陽内部で生成されたkeV領域のエネルギーをもつhidden photonを地上に設置した検出器で検出する実験もCERNのCASTグループにより行われた。また、hidden photonの存在がクーロン力の逆二乗則に修正を加えることになることを利用して、クーロン力の逆二乗則の精密測定結果を利用して、hidden photonの存在を確認する取り組みが行われた。しかし、現時点ではhidden photonの存在を示す証拠は見つかっていない。

hidden photonが光子と混合する性質からkeV領域だけでなく、eV領域のエネルギーをもつhidden photonも太陽で大量に発生していると考えられる。このエネルギー領域では太陽内部だけでなく、太陽表面から放出される光が宇宙空間中でhidden photonに変わったものも地球に降り注いでいると考えられる。そこで、このeV領域のエネルギーをもつ太陽由来のhidden photonを探索できないかと考えた。

eV領域のエネルギーをもつhidden photonを検出するにはhidden photonから光子に転換し、転換光子を光検出器で検出する必要がある。ここで、hidden photonの光子への転換確率は転換領域の長さ、真空度、hidden photonのエネルギー、質量、hidden photonと光子の混合のしやすさを示す混合角χなど複数のパラメータに依存する。ここで、hidden photonの光子への転換確率は物質中では大きく抑制されるので転換確率を高い状態で保つには転換領域を真空にする必要がある。また、今までの実験結果から混合角χは非常に小さいことが予想され、きわめて少ない転換光子を検出する必要がある。そのため、感度の良い測定を行うためにはシングルフォトンを検出でき、ダークカウントレートの小さい光検出器を用いる必要がある。また、転換光子が可視光領域であることからS/N比を高めるため転換光子を放物面鏡等で集光する方法が有効である。

以上より、太陽由来のeV領域のエネルギーをもつhidden photonを探索するためにはhidden photonの転換領域を形成する真空容器、転換光子を集光する放物面鏡、転換光子を検出する光検出器を組み合わせた実験装置を用いる方法が有効であると考えられる。ただし、放物面鏡のサイズ、転換領域の長さ、光検出器の感度など実験装置の最終的な感度は複数のパラメータに依存しており、実験装置の設計には、実現可能なサイズの検出器で既存の実験を上回る感度の測定が行えるかを見積もる必要がある。そこで見積りを行い、見積り結果をもとに実験装置の設計、製作を行った。

太陽hidden photonを探索するためには実験装置を太陽に向け、追尾する必要がある。今回の測定ではhidden photon実験装置を既存の実験装置で太陽を追尾することのできる太陽アクシオン探索実験装置(Sumicoと呼ばれている)にのせて測定を行う手法を取った。

本実験では、太陽hidden photon探索実験を22日間ほど行った。太陽追尾は日の出、日の入り前後のそれぞれ5時間ほどの間行い、それ以外の時間帯には太陽を追尾しないバックグラウンド測定を行った。もし太陽を追尾して測定したデータからバックグラウンドデータを引いたときに光検出イベントが残れば、それは太陽hidden photonの転換光子が検出されたことを意味する。しかし、本実験で用いた光検出器にはダークカウントレートに温度依存性があり、この影響を取り除く必要がある。そこで、光検出器の温度を測定、記録し、データの解析の際に温度変化の影響を取り除く作業を行った。

実験結果からは、hidden photonの存在を示す証拠は見つからなかったが、実験結果を用いて、混合角χの上限値をもとめた。その結果、hidde n photonの質量がmeVあたりにおいて他の実験結果に比べて最も厳しい上限値をつけることができた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は9章からなる。第1章は本実験の目標と重要性を説明するイントロダクションであり、第2章では実験的探索を行う対象となるhidden sector photonの紹介を行い、第3章では太陽から飛来する可能性のあるhidden sector photonの特性について述べるとともに検出器デザインに必要なパラメータの決定を行い、第4章では太陽を追尾するための追尾装置として用いた装置についての紹介を行い、第5章では検出器の構造及びその構成物についての詳しい記述がなされ、第6章では検出器の幾何学的諸条件を確認するとともに太陽追尾の精度について議論し、第7章では探索実験で取得したデータの提示および解析方法の詳細が述べられ、第8章では系統誤差の評価及びそれを用いた探索結果の解析およびhidden sector photonと光子の混合角度に対する上限値を求めた。第9章は全体のまとめである。

素粒子の標準理論には様々な問題が残されているが、それらを解決する理論や、弦理論等において新たなゲージ対称性の存在が示唆されている。もしそれらの中に新たなU(1)対称性があれば、新たなゲージボゾンである``hidden sector photon"が存在する。この実験では小さな質量を持つhidden sector photonの存在を実験的に検証するのが目的である。Hidden sector photonは物質と直接相互作用しないため検出は困難であるが、hidden sector photonが小さい質量を持ち、通常のphotonとmixingを持つとすれば真空中で通常のphotonへ転換する可能性がある。Hidden sector photonの源として太陽を考えた場合、数eVのエネルギーを持つhidden sector photonが最もフラックスが大きいことが期待される。このhidden sector photonを検出するために、論文提出者は真空容器、放物面鏡、光検出器等で校正されるhidden sector photon検出器を設計、製作した。さらにその検出器を太陽に向かって追尾できるように、論文提出者の研究室が保有する太陽アクシオン探索用の実験装置に設置することによりhidden sector photonの実験的探索を行うことが出来た。

太陽追尾装置の上下角が限られているため、測定は日の出と日の入りの前後に行われた。また、太陽追尾を行っている際の信号にはバックグラウンドが含まれるが、それを実験的に見積もるために太陽を追尾せずに測定することによってバックグラウンドを差し引く方法を取った。バックグラウンドは光検出器として採用した光電子増倍管のダークノイズと呼ばれる現象が主たるものであるが、そのノイズは光電子増倍管の温度に依存しているため測定に用いたデータのうち温度変動が少ない時期を選び、さらに太陽追尾データとバックグラウンドデータを0.1度刻みに分類し、同じ温度範囲のデータ同士を差し引くことによりこの影響を最小化した。その解析には宇宙線由来のバックグラウンドの影響や、長期間にわたるダークノイズの変動、光電子増倍管のゲインの変動等による影響を考慮した。その結果残念ながらhidden sector photon由来の信号を有意に発見することはできなかった。実験結果から、photonとmeV程度の質量を持つhidden sector photonの間の混合角χに対して新たな上限値をつけることができた。例えば、将来宇宙背景輻射の観測によりニュートリノの有効種類数が標準理論からずれていることが分かった場合、photonがこのパラメータ領域のhidden sector photonへ転換したためと解釈することが可能である。そのような場合この論文によって与えられたhidden sector photonへの制限は学術的価値が高い。

なお、本論文は蓑輪眞他3名による共同研究によるものであるが、検出器のデザインから各部品の選定、製作、組み立て、設置、観測、解析の全てに渡って論文提出者がほぼ一人で主体的に進めてきたものである。規模は小さいものの全てのコンポーネントに対し精通している必要がある。今回hidden sector photonは発見できなかったものの、一部のパラメータ領域では世界初の感度を持って探索を行った結果を出した。将来の宇宙論的観測への有用性もある。このように宇宙素粒子分野に対する寄与は大きいと判断される。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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