学位論文要旨



No 126695
著者(漢字) 湯淺,孝行
著者(英字)
著者(カナ) ユアサ,タカユキ
標題(和) 「すざく」衛星による白色矮星および銀河X線背景放射の研究
標題(洋) Suzaku Studies of White Dwarf Stars and the Galactic X-ray Background Emission
報告番号 126695
報告番号 甲26695
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5640号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,貴雄
 東京大学 教授 須藤,靖
 東京大学 准教授 佐川,宏行
 東京大学 准教授 茂山,俊和
 首都大学東京 教授 大橋,隆哉
内容要旨 要旨を表示する

1 研究の背景:銀河系X線背景放射の起源の謎

宇宙では、さまざまな電磁波長において「見かけ上」広がった放射が観測される。これらは、各波長帯域で個別に観測可能な天体とはことなり、天空の広い領域にわたって観測されるため、「背景放射」と呼ばれる。全天から等方的に放射されているものや、銀河系に付随したような表面輝度分布をもつものなどがある。たとえば、ビッグバンの時代の高温宇宙の名残りである「宇宙マイクロ波背景放射」の研究から、宇宙論パラメータがひじょうに高い精度で測定された(Spergel et al. 2003, ApJS,148, 175)。また、Fermiガンマ線衛星を用いた、銀河系拡散ガンマ線放射の研究からは、太陽近傍と1kpc程度離れた星間空間において、宇宙線のエネルギースペクトルがそれほど変わらない事を示し、銀河内での宇宙線の伝搬の理解に寄与した(Abdo et al. 2009, ApJ, 703, 1249)。これらに代表されるように、背景放射は宇宙や銀河系のなりたちや現在の構造を調べるうえで重要な対象である。

本研究ではそれらの放射のうち、銀河系X線背景放射(Galactic X-ray BackgroundもしくはGalactic Ridge X-ray Emission; GRXE)を調べる。GRXEは、銀河バルジや銀河面にそって観測される背景放射であり、そのスペクトル中には鉄などの重元素からの輝線放射が見られる(Koyama et al.1986, PASJ, 38, 121)ため、放射源は高温のプラズマであることが示唆されていた。しかしそのプラズマが「星間空間に拡散してる」のか、「ひじょうに多数の個々のX線天体に重力的に束縛されており、個別には暗すぎるために点描のように『見かけ上』広がって見える」のかは不明であった。これらの解釈は歴史的に、それぞれ「Diffuse説」、「点源説」と呼ばれ、観測結果を説明する上で、さまざまな長所・短所が議論されてきたものの、発見以来40年以上にわたって、起源の確定にはいたっていなかった。

近年、ひじょうに高い空間分解能(<1秒角)を有するChandra衛星を用いた、長時間観測(106秒)によって、GRXEの80%以上が暗いX線点源の集合で説明されることが明らかにされ (Revnivtsev et al.2009, Nature, 458, 1142)、「点源説」を強く支持する結果となった。しかし、個々の天体はひじょうに暗いため、ひとつひとつがどの種族のX線天体であるかを調べるには至っていない。本研究では、「すざく」X線衛星による広帯域・高エネルギー分解能のGRXEデータを用いて、イメージング解析と相補的な役割を果たすスペクトル解析を行い、GRXEを構成するX線天体の種族を明らかにする。

2 本研究の目的:「個別天体の詳細解析」と「GRXEのスペクトル分解」

銀河系の暗いX線天体の観測から、GRXEに寄与している天体は主に、太陽のような「普通の星」どうしの連星系(Active Binary)と、質量降着を伴う白色矮星連星系(激変星=Cataclysmic Variable;CV)であると考えられている。とくに10keV以上の帯域では、磁場をもつ白色矮星(White Dwarf; WD)を含むCVが、GRXEの主要な構成要素であると予想されていることから、本研究ではまず、それらの天体のうち、太陽系近傍に存在し、個別に観測可能なもののスペクトルを「すざく」X線衛星を用いて取得し、数値的に構築した放射モデルと比較することで、「WD質量」をパラメタとしてスペクトル形状を定量化することを試みる。

個別の天体の詳細解析に続いて、18ポインティング (総積分時間106秒)の「すざく」による銀河バルジ観測データから広帯域のGRXEの信号を抽出し、今回構築したIPモデルも用いながら、そのスペクトルを必要最低限のモデルコンポーネントで説明することを試みる。モデルフィットから得られた物理量(プラズマ温度、WD質量、天体の個数密度)を、現在知られているX線天体の種族の値と比較し、これまで考えられていたX線天体だけでGRXEのスペクトルが説明可能かどうか調べ、GRXEの起源の解明に資する。

3 「すざく」衛星による磁場をもつ白色矮星の詳細観測

強磁場WDを含むCVは、その磁場の強さに応じてPolarとIntermediate Polar (IP)という二つのサブカテゴリに分類される。X線帯域でより明るいIPが、GRXEに主に寄与すると考えられているため、本研究ではIPを解析の対象とした。IPでは、図1(上)に示すように、伴星から降着したガスが白色矮星の磁極に向かって自由落下する。超音速となったガスの流れにはWD表面近くで衝撃波が発生し、そこを通過する際に、ガスは加熱され108K以上の高温プラズマとなる。このプラズマは制動放射と重元素からの輝線放射によって冷却しながら表面に降り積もる。自由落下速度は白色矮星の半径/質量比(MWD/RWD)に比例し、衝撃波で加熱されるプラズマの温度は衝撃波面での自由落下速度に比例する。そこで、観測されたスペクトルからプラズマ温度を測定すれば、MWD/RWDが求まり、理論から求まるWDの質量-半径関係を援用すると、WD質量が推定できる。

上記の目的のため、本研究では先行研究(Suleimanov et al. 2005, A&A, 435, 191)の手法を発展させて、図1(右)に示すような、WD質量をパラメタとするX線スペクトルの数値モデルを構築した。このIP放射モデルに含まれる、ヘリウム状や水素状に電離した鉄からの6ー7keV帯域での輝線放射と、10keV以上の帯域での連続成分の折れ曲がり構造は、どちらもプラズマの温度(∝WD質量)を直に反映している。「すざく」搭載のX線CCDカメラと硬X線検出器を用いることで、世界で初めてこれらの特徴を同時に測定でき、高い精度でのモデルとデータの比較が可能となった。

本モデルを用いたIPのスペクトル解析を行うため、私は「すざく」国際公募観測にIPの観測提案を行い、2008年~2009年に7天体の観測(総積分時間3.3×105秒)を実現させた。これらのデータと、他の提案者によって観測された10天体の公開データとをあわせて、17個のIPのサンプルを構築した。これは、X線全天サーベイを行っているSwift衛星がほぼフラックスリミテッドで検出した21天体の80%をカバーしている。

図2(左)に、今回解析した17個のIPのひとつTV Columbaeのスペクトルを例示した。鉄輝線構造と硬X線連続成分が、今回構築したモデルによってひじょうによく再現され、この結果からWD質量は0.97(0.83-1.00)太陽質量と決定できた。残りの天体でも、モデルは観測データを良く再現し、全体として図2(右)に示すような質量分布を得た。今回の分布と磁場を持たないCVの質量分布とを比較すると、Kolmogorov-Sumirnov確率は0.39となり、現段階のデータからは二つの分布の母集団は統計的に大きな差がないと考えられる。17天体の平均WD質量は0.88±0. 23太陽質量と求まった。

4 「すざく」衛星による銀河系X線背景放射の観測

広帯域・高統計のGRXEスペクトルを抽出するため、本研究では図3(左)に示した「すざく」衛星による銀河バルジ領域のマッピング観測の公開データから、明るいX線天体の混入の無い観測を慎重に選択することで、銀経-5°~0°において18ポインティング、合計積分時間106秒に及ぶデータを解析した。空間的なスペクトル変化の有無を調べるため、Region1/2という二つの領域グループに分けてスペクトルを抽出し、X線CCDカメラ(10keV以下)と硬X線検出器(10keV以上)のスペクトルを個別に解析した。とくに、「点源説」を作業仮説とすると、10keV以上の放射は、ほとんどがIPからの寄与であると考えられるため、硬X線スペクトルをIPモデルでフィットしたところ、図3(右)に示すようにモデルはデータをよく再現し、WD質量が0.66(0.59-0.75)太陽質量の場合にベストフィットとなった。10keV以上の帯域のGRXEがIPの集合である事を仮定すると、この値は「銀河内の磁場をもつCV中のWD質量の平均値」と考えることができ、たとえばSloan Digital Sky Surveyにおけるスペクトル観測から得られた1000個以上の孤立したWDの質量(0.593±0.016太陽質量)との比較などにおいて興味深い結果をもたらした。

さらに、X線CCDと硬X線検出器のデータをあわせて、GRXEのワイドバンドスペクトルを説明するために、[低温のプラズマ放射]+[IPモデル]という合成モデルを構築し、2-50keVバンドでフィットを行った。その結果、モデルは図4のようにスペクトル全体をひじょうによく再現し、得られるベストフィットパラメータは、Region1/2でプラズマ温度が1.2-1.5keV、WD質量が0.48(0.44-0.53)太陽質量であった。このプラズマ温度はActive Binaryの温度(1-2keV)とよく一致している。IPモデルのWD質量は、10keV以上の帯域の解析から得られた値よりも小さくなっている。この違いは、10keV以下の帯域で、磁場の無いCV(おもにDwarf Novaeとよばれる種族)からの温度5-10keVのプラズマ放射の寄与があると考えることで説明できる。

今回の結果は、広帯域GRXEスペクトルが、Active BinaryやCVの熱的X線放射スペクトルだけで説明できることを定量的に示した、世界で初めての結果であり、イメージング解析に続いてGRXEの「点源起源説」を強く支持する。

硬X線検出器で得られたフラックスをもとに、GRXEの10keV以上の帯域を構成する「暗い点源」の光度-個数関係(光度関数)を計算したところ、図5中に緑やオレンジで示したような形状を得た。この結果は、太陽系近傍で得られているX線天体の光度関数や、Chandra衛星によって銀河中心領域で直接測定された光度関数とよく一致している。「点源起源説」に対する批判材料となっていた、「実在しないほど大量のX線天体」は必要なく、たとえばそのような「暗い点源」が、現在の装置の観測限界より10倍暗い光度のものまで存在するという合理的な仮定のもとに外挿するだけで、少なくとも10keV以上の帯域のGRXEフラックスは100%説明されることを定量的に示すことができた。

図1 (上) 強磁場白色矮星の表面近くで生じる衝撃波と、そこからのX線放射の模式図。(右) 数値的に計算した降着柱から放射されるX線スペクトル。白色矮星質量が0.3~1.1太陽質量の場合を表示している。

図2 (左) IP天体TV ColumbaeのワイドバンドX線スペクトル(黒)とベストフィットモデル(赤)。インセットは6ー7keV帯域の鉄輝線構造の拡大図。(右) 17個のIP天体の質量分布(ハッチ)。点線はカタログ(Ritter & Kolb 2003, A&A, 404, 301)から作成した、磁場の無い激変星(CV)の質量分布。

図3 (左) 「すざく」衛星で観測した、銀河中心および銀河バルジ領域のX線パノラマモザイク写真。黒い点状の構造は、既知の明るいX線天体。今回の研究でGRXEデータとして使用した、二つのデータセットの個々の観測領域を、HXD/PINの視野に対応する四角で示している。(右) 硬X線検出器で得られた、GRXEの15keV以上の帯域でのスペクトル(黒十字)と、図中のベストフィットパラメタに対応するIPモデル(赤線)。下段はデータビンごとのフィットの残差。

図4 Region 1のGRXEスペクトル(黒)のフィット結果(マゼンタ:低温のプラズマ放射、オレンジ:IPの放射、赤:モデルの合計)。ベストフィットのプラズマ温度は1.44(1.37-1.50)k e V 、W D 質量は0 . 4 8(0.44-0.53)太陽質量。灰色は前景放射とC X B 。下段はフィットの残差。

図5 10keV以上の帯域で観測されたGRXEフラックスを元に計算した、GRXEを構成する「暗いX線点源」の光度関数。緑、オレンジの領域は、それぞれ光度の下限を図中の値で仮定した場合の結果。二つの破線は、個別に観測可能な天体から構築されたX線光度関数。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、X線天文学の長年の謎であった銀河系X線背景放射 (Galactic Ridge X-ray Emission: GRXE)の起源が、個別の白色矮星連星系および Active Binary からのX線放射の重ね合わせで説明できることを、「すざく」衛星による広帯域のX線観測およびモデル解析により示したものである。

本論文は7章から構成される。

まず、1章において、研究の背景、本論文の構成などが示されている。

続いて2章において、本研究の背景が議論されている。主な論点は二つある。

一つは銀河系X線背景放射(Galactic Ridge X-ray Emission: GRXE)の起源に関わるものである。GRXEの起源としては、広がった高温プラズマが起源であるという説(Diffuse説)と、多数の個別のX線天体によるもの(点源説)との二説が提案されてきた。しかし、発見以来40年にわたって、起源の確定には至っていなかった。近年、Chandra衛星の観測により、GRXEの80%以上が暗いX線天体の集合で説明されることが明らかにされ、「点源説」を強く支持する結果となった。しかし、点源の一つ一つがどのような種族のX線天体であるかを明らかにするにはいたっていない。そこで、このGRXEを構成する点源が何であるかを解明することが本論文の最終的な目標である。

もう一つの論点は、上記のGRXEに寄与している天体の候補である。本論文では、その有力な候補として、質量降着を伴う「白色矮星連星系」をあげている。

これらの問題提起を受け、3章においては、GRXEの起源の候補となる「白色矮星連星系」のスペクトルを論じている。ここでは、「白色矮星連星系」のなかでも、X線で明るい Intermediate Polar (IP)というサブカテゴリに注目している。「白色矮星連星系」では、伴星から降着したガスが白色矮星の磁極に向かって自由落下する。その際に白色矮星表面近くで衝撃波が発生する。そこを通過する際にガスは加熱され、108K以上の高温プラズマとなる。プラズマの温度は衝撃波面での自由落下速度に比例し、自由落下速度は白色矮星の半径/質量比に比例する。したがって、X線放射からプラズマ温度を推定すると、白色矮星の半径/質量比が得られる。さらに、理論によるは白色矮星の質量-半径関係を援用することにより、白色矮星の質量を求めることができる。この理論に基づき、本章では、白色矮星質量をパラメータとするX線スペクトル数値モデルが構築されている。

続く4章においては、本研究の観測に用いた「すざく」衛星の概要、および観測結果の解析方法を論じている。

そして、5章において、「すざく」衛星により観測が行われた17個のIPについて、3章で議論した数値モデルを適用し、白色矮星の質量を求めている。こうして求められた白色矮星質量は、軌道運動から求められた質量と、良い一致を示し、本モデルの適用が妥当であることを示している。17個の白色矮星の質量の平均は0.88±0.23 太陽質量となった。

ここまでに得られた知見を用いて、6章において、GRXEの起源を論じている。まず、「すざく」衛星による銀河バルジ領域のマッピング観測の公開データから、明るいX線天体の混入のない観測を選び、広帯域・良い統計のGRXEスペクトルを抽出している。続いて、この広帯域スペクトルをモデル・フィットしたところ、0.48(0.44-0.53)太陽質量のIPモデルに加え、1.2-1.5keVのプラズマを導入することにより、観測結果が良く説明できるこが分かった。後者は、Active Binaryの温度 (1-2keV)と良く一致している。したがって、GRXEスペクトルは、IPとActive Binaryのスペクトルの重ね合わせにより、説明することができる。これは、GRXEの「点源説」を強く支持するものである。

最後に7章において、本論文の結果をまとめている。

このように、本研究では、長年の謎であったGRXEの起源を、広帯域分光観測の結果とモデル解析とにより、IPとActive Binaryという「点源」の重ね合わせで説明できることを定量的に示したものであり、X線天文学研究において、高い価値を持っている。

なお、本論文第5章は、海老沢研、斎藤慧、石田学、牧島一夫、山田真也、中澤知洋、森英之との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測の提案、観測の実行、データの解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(論文)の学位を授与できるものと認める。

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