学位論文要旨



No 126700
著者(漢字) 上塚,貴史
著者(英字)
著者(カナ) カミヅカ,タカフミ
標題(和) M型ミラ型変光星HV2446およびIRAS04544-6849の中間赤外線分光モニター観測 : いつどこでシリケイトダストは生まれるのか?
標題(洋) Mid-infrared Spectroscopic Monitoring of M-type Mira Variables: HV2446 and IRAS04544-6849 : When and Where is Silicate Dust Born?
報告番号 126700
報告番号 甲26700
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5645号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,卓也
 東京大学 准教授 田中,培生
 東京大学 准教授 梅田,秀之
 国立天文台 准教授 浮田,信治
 国立天文台 准教授 泉浦,秀行
内容要旨 要旨を表示する

本研究ではM型ミラ型変光星HV2446 およびIRAS04544-6849に対する中間赤外線分光モニター観測を実施した。結果、中心星の変光に伴って変化する非晶質シリケイトフィーチャーの変動が観測された。この変動をモデル解析したところ、新規のシリケイトダストの形成の影響とみられる変化が可視光極大期に存在することを発見した。この変動と観測スペクトルは、恒星近傍で効率的なダスト形成を可能とするフォルステライトの内殻と放射強度を稼げる近赤外線を吸収するシリケイトの外殻からなる二層のダストシェルモデルで説明できることがわかった。恒星近傍におけるフォルステライトの存在は星風駆動の観点から観測的な調査が求められている。またシリケイトダストの形成過程の理解は古くからの研究課題である。本観測の結果はこれらに対し重要な示唆を与えるものであり、中間赤外線分光モニター観測が新たな切り口を与える可能性を示した。

ミラ型変光星は小・中質量星の進化の最終段階である漸近赤色巨星の一種であり、脈動変光や星風による質量放出の存在が特徴である。漸近赤色巨星の質量放出は恒星から宇宙空間への重要な物質還元機構の一種であるが、星風の駆動機構の解明は現在も天文学の課題である。ミラ型変光星の星周には固体微粒子(ダスト) が存在している事が知られており、ダストにかかる輻射圧は星風駆動源の有力な候補である。ミラ型変光星は恒星の化学組成の違いから、炭素過多のC型・酸素過多のM型・中間のS 型に分類される。このうちC 型ミラ型変光星については、脈動により浮き上がった物質から炭素質のダストが生まれ、ダストにかかる輻射圧で星風が駆動されるというシナリオが理論的にも検証され、観測データとの直接比較もなされるようになってきた。一方でM型ミラ型変光星の星風駆動の理解は遅れている。M型変光星の星周に形成されるダスト(星周ダスト)の主成分に珪酸塩鉱物(シリケイト)の存在が知られている。シリケイトダストにかかる輻射圧は有力な星風駆動源として挙げられるが、輻射圧を受けやすい近赤外線を吸収するシリケイトは恒星付近では温度が高くなりすぎ存在できず、星風の有効な駆動源になりえないと指摘され、近年問題となっている。一方、恒星付近でも温度が高くなり過ぎないシリケイトであるフォルステライトを用いた星風駆動が問題解決の糸口となると指摘されている。この点からシリケイトダストの存在領域・形成過程を観測的に探る事は星風駆動機構の解明に有効である。

シリケイトダストの分布や形成を探る一つの手段に、シリケイトダストが中間赤外線領域で放つシリケイトフィーチャー(10 ミクロンフィーチャー・18 ミクロンフィーチャー)のモニター観測がある。シリケイトフィーチャーが中心星の変光に伴って変動する事は古くから知られており、その要因としてダストの温度変化・形成・破壊が挙げられていた。この現象の詳細な調査は先行研究のOnaka et al. (2002)によるM型ミラ型変光星Z Cygの観測で進められた。この研究では二変光周期の間に七回の観測が行われ、シリケイトフィーチャーの変動が観測された。モデル解析の結果、その変動は中心星の光度変化に伴うダストの温度変化でよく説明される事が確認され、顕著なダストの形成・破壊などは見られないという結果が得られている。また、この解析を通してダストの温度環境の調査も可能であり、分布領域の調査としても有効な手段である事が示された。そこで本研究では、さらなる中間赤外線分光モニター観測として大マゼラン雲に存在するM型ミラ型変光星HV2446・IRAS04544-6849を観測し、シリケイトダストの分布や形成・破壊の有無を調査した。

観測には米国の打ち上げた赤外線天文衛星スピッツァー宇宙望遠鏡に搭載されている中間赤外線分光装置Infrared Spectrograph (IRS)を用いた。観測は低分散分光モードを用い、波長5-38 ミクロンにおける分解能率60-127の分光データを取得した。両天体とも一変光周期の間に六回の観測が実施された。観測されたスペクトルから、中心星の可視光極大期に向けてシリケイトフィーチャーが顕著になる事や、10 ミクロンフィーチャーが18 ミクロンフィーチャーに対して相対的に強くなり、温度の高いシリケイトの増加を表す形状に変化するという先行研究の観測結果と同傾向の変化が観測された。

観測データを先行研究と同様に、光学的に薄い一成分球対称ダストシェルモデルで解析した。その結果、両天体とも可視光極大期を除く五つの観測のスペクトル変動はダストシェルの温度変化で説明できるが、可視光極大期の観測についてはそれだけで説明できない事が確認された。ダストシェルが温かくなると10 ミクロンフィーチャーが18 ミクロンフィーチャーに対して相対的に強くなるという形状の変化と、放射強度の絶対値の増加という変化が現れる。しかし可視光極大期の観測スペクトルの形状は10 ミクロンフィーチャーが強く温かいダストの存在を示す一方、これに見合う放射強度の増加が見られないという様子が観測された。

この現象を解釈すべく、観測天体のSpectral Energy Distribution(SED) からダストに入射する放射強度を予想しその温度分布を推定したところ、シリケイトフィーチャーの形状から予想される高温にダストシェルが加熱されている可能性は否定され、既存のダストシェルの放射に超過した成分が加わる事で放射形状に異常が現れたと解釈できる結果を得た。この超過は新規のシリケイトダストの放射であると解釈される。この超過は可視光極大期前の観測では見る事が出来ず、可視光極大期後の観測でも見られない。これらから新規ダストの形成は二観測間の約100 日程度の短期間に行われ、次の100 日間の間に既存のダストシェルへの拡散もしくは破壊が起きて見えなくなっているものと考えられる。本モデル解析の結果、ダストシェルの内径はおよそ13-20 恒星半径と求められた。このような恒星から遠い領域で急速なダストの形成が可能かどうかをモデル解析の結果を利用して推定したところ、ダストシェルの内壁近傍でも大きく見積もって100 日間に1nm 前後のダストしか形成できない事が分かった。これは通常考えられている星周ダストより小さい。このため放射への寄与は小さく超過の放射を説明できない。また、このように恒星から離れた領域でシリケイトダストが形成されるとすれば星風を用いた物質の輸送が必要になるが、シリケイトダストが形成される前に星風が駆動される事は現状では不自然である。以上の点から、一成分ダストシェルモデルでは観測結果を上手く説明できないと結論した。

より自然な解釈として、本研究では近赤外線を吸収するシリケイトでできたシェルの内側にフォルステライトのシェルが存在し、恒星近辺までシリケイトが存在しているような描像を提案した。恒星付近のフォルステライトの存在は星風駆動やダスト形成の観点から支持を得られる。一方、近赤外線を吸収するシリケイトダストの存在は観測的な指摘があり、本研究でもモデル解析の際にその存在なしには観測スペクトルを説明できなかった。これらの事から二種類のシリケイトダストが存在する描像は自然なものと考えられる。この二成分ダストシェルモデルを用い、改めて観測スペクトルの解析を行った。その結果、可視光極大期以外のスペクトルは再びダストシェルの温度変化でよく説明でき、可視光極大期のスペクトルだけが再現されないという結果を得た。この事から、二層のシェルを用いたモデルでも超過のシリケイト放射の存在が必要であることがわかった。これを新規に形成されたシリケイトダストの放射と考えると、本モデルにおいても観測事実を説明するには急速なダスト形成が起きる必要がある。その実現性を調べる為、再びシリケイトダストの成長速度を見積もった。本モデルではダストシェルが恒星近傍まで存在するため、脈動に伴う高密度領域の出現が期待される。この中であれば観測結果を説明できる十分な速度のダスト成長が実現することがわかった。このことから可視光極大期におけるスペクトル形状の異常は高密度領域の出現に伴う新規ダストの形成が原因であると結論付けた。超過成分の消滅については、既存のダストシェルへの拡散の可能性と輻射場の変化に起因する温度上昇や拡散した際の圧力降下に伴う昇華温度の低下による昇華の二つの可能性が考えられる。超過の放射強度から見積もられた新規ダストの質量は一周期に放出が期待されるダストの質量より多いものだった事から、一部のダストは昇華し、残りのダストは既存のダストシェルに供給され、超過成分の消失につながったものと考えられる。

以上から、二天体の中間赤外線スペクトルの変動は従来の研究で良く用いられてきた一成分のダストシェルモデルでは理解できず、放射の強度を稼ぐ外側の層と急速な新規ダスト形成を可能とする内側の層の存在を示しており、後者の存在は恒星付近に存在可能なフォルステライトの存在を示唆するものと解釈される。この結果は急速なダスト形成の兆候をとらえた事が鍵となっており、中間赤外線分光モニター観測がシリケイトダストの形成過程の研究・および星風駆動機構の研究に対して重要な手法になりうる事が明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、低中質量星の進化の最終段階であるミラ型変光星の中間赤外線スペクトルに見られるシリケイトフィーチャーの時間変動から、その星周エンベロープ中での固体微粒子(ダスト)形成の証拠を初めて捉え、ダスト形成の整合的なモデルを提唱したものである。

本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションであり、ミラ型星に至る終末期の星の内部構造とその進化、分子層やダスト層といった星周環境や質量放出現象についてのこれまでの理解を要約し、本研究がターゲットとするシリケイトフィーチャーの時間変動は1990年代から認識されているが、体系的なモニタリングの先行研究は1例しか存在しないことが紹介されている。

第2章では、観測に用いたスピッツアー宇宙望遠鏡とその観測装置の一つである赤外線分光装置(IRS)の紹介の後、衛星の運用上の制約からマゼラン雲の天体が長期のモニタリング観測に最適であり、その中でシリケイトフィーチャーの強いHV2446とIRAS04544-6849を選択したことが述べられている。そして、変光周期における位相に基づいた観測時期の選定やデータ解析の詳細について述べ、観測結果のスペクトルを提示している。

第3章では、ダストの空間分布モデル(ダストシェルモデル)の定式化の解説の後、ダスト吸収率の波長プロファイルを典型的観測スペクトルのモデルフィッティングから求める手法とその結果が述べられている。まず、スペクトルの短波長端である5-8ミクロン帯で黒体放射フィットして連続光の見積もりを行い、これをスペクトル全体から差し引いてシリケイトのスペクトル形状を導出する。吸収スペクトルはダスト吸収率と黒体放射の積で表されることから、仮定するダストシェルの温度に対応してダスト吸収率の波長プロファイル(オパシティモデル)が求まる。以降では複数のオパシティモデルを用いて議論を行う。

変光の各位相で取得されたスペクトル形状をこのオパシティモデルを用いてフィッティングし、ダストシェル内端の温度とフラックスレベルに相当するパラメーターαを得る。両方の天体に対して、ダストシェルの内端温度は変光の最大光度時に高く最小光度時に低くなり、先行研究と整合的である。一方、αは最大光度時にのみ他の周期の値と有意に異なることが示され、これまで考えられてきたスペクトル形状の変化を温度の変化のみで説明することはできず、ダスト粒子の形成などによる追加的な放射を伴うものであることを確認した。

第4章では、まず第3章の結論の信頼性についての議論を行っている。最も重要となるのは連続光成分の差し引きである。第3章では黒体放射でフィットを行ったが、連続光は星光球からではなく星の周りに広がる分子層から出ている可能性が高い。そこで、2層平板モデルを用い分子層の主成分である水蒸気の放射スペクトルをシミュレートして差し引きし、その結果は黒体放射による連続光の差し引きの結果と区別できないほどにしか変わらないことを示している。

この確認の後、ダストの主成分であるシリケイト粒子の形成モデルについての考察を行っている。まず、シリケイトダストが安定に存在できる温度・圧力範囲と、結晶成長の核形成率・成長率の見積もりを行い、星からの流出ガス中では、観測結果を説明するのに必要な量のシリケイトダスト粒子の形成は不可能であることを示した。この問題の解決策として、2層のダストシェルモデル、すなわち、「内側シェルには近赤外線吸収率の低い粒子、外側シェルには鉄などを含むことにより近赤外線吸収率の大きい粒子からなるモデル」を提案している。近赤外線吸収率が低いダスト粒子は星からの放射エネルギーの吸収率が低いため、星のより近く(内側シェル)に存在することができる。星の近くでは密度が高く、星の脈動ショックによる高密度化などの効果を合わせて考えると、内側シェル内端では短時間に必要な量のシリケイト粒子を形成可能であることを示した。

第5章はまとめである。

星の進化の最終段階にあたるミラ型星は、星間空間ダストの形成場所として重要な場所であると認識されているが、具体的ダスト形成プロセスは未同定のままである。一つの説として、不定期に大量のガスが星から放出されその際にダスト粒子が形成されるというシナリオがあるが、今回の結果は定常的なガス放出においてもシリケイトダストが形成されていることを強く示唆するものである。また、定常的なガス放出においてはシリケイトダスト粒子の成長速度が不十分であるとの定説に対し、通常のダストシェルに加えて近赤外線吸収率の低い粒子からなるダストシェルを持つモデルを提案して粒子成長速度の問題を解決しており、観測データのみならず考察に置いてもオリジナリティの高い研究である。

本研究は、村上 浩、尾中 敬、田邊俊彦、宮田隆志、山村一誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータ解析、分析、検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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