学位論文要旨



No 126702
著者(漢字) 小山,佑世
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,ユウセイ
標題(和) 銀河団の成長と銀河の進化
標題(洋) Galaxy Evolution in Growing Clusters
報告番号 126702
報告番号 甲26702
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5647号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 本原,顕太郎
 東京大学 教授 吉井,讓
 東京大学 教授 河野,孝太郎
 東京大学 教授 家,正則
 国立天文台 教授 有本,信雄
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、すばる望遠鏡およびあかり衛星を用いた遠方銀河団の広視野観測に基づき、過去の宇宙において「環境」が銀河の性質に与えた影響を考察する。銀河の性質はその銀河の存在する環境と密接に関係しており、たとえば、銀河団のような高密度環境の銀河はそのほとんどが赤い楕円銀河・レンズ状(SO)銀河であるのに対し、フィールドと呼ばれる低密度な環境では青い渦巻銀河が支配的である。つまり、銀河が群れ集まり、銀河団や銀河群のような宇宙の構造が形成されるなかで、銀河はその性質を変化させてきたと考えられるが、それがどのように起こったのか、その物理過程は謎につつまれている。

これを解き明かすためには、遠方宇宙を観測し、実際に過去の宇宙のさまざまな環境下の銀河を調べることが不可欠である。本研究では、赤方偏移0.41の銀河団CLO939+4713(以下、Abell851銀河団)および赤方偏移0.81の銀河団RXJ1716+6708(以下、RXJ1716銀河団)について、すばる望遠鏡やあかり衛星を用いた広くて深いサーベイを行い、銀河団の中心領域のみならず、その周辺に広がる大規模構造に沿って銀河の性質(特に星形成活動)を徹底的に調査した。

まず第2章では、すばる望遠鏡の主焦点カメラ(Suprime-Cam)の狭帯域フィルターNB921を用いて行った、Abell851銀河団領域(z=0.41)の~12Mpc(27×27分角)におよぶHα輝線銀河探査の結果を紹介する。我々は、観測視野内に445個のHα輝線銀河を確認し、それらが銀河団周辺の大規模構造に沿うように分布していることを示した(図1)。ここで、Hα輝線銀河の「色」に着目してみると、非常に興味深い事実が見えてくる。

我々が見つけたHα輝線銀河の多くは青い色を示すが、なかには赤い色(B-I>2)を示すHα輝線銀河が見つかった(図1の赤い□)。そして、このような赤いHα輝線銀河(ダスティー銀河)は、銀河団から離れた銀河群環境に特に高い割合で存在することが分かったのである(図1を参照)。これは、銀河群環境でダストを伴う星形成活動が誘発され、銀河の性質が変化させられつつあることを示している。

第3章以降は、本研究のメインターゲットであるRXJ1716銀河団領域(z=0.81)について、すばる望遠鏡(可視光/近赤外線)およびあかり衛星(中間赤外線)を用いた観測と、得られた結果について述べる。まず第3章では、すばる望遠鏡のSuprime-Camのデータを解析し、測光的赤方偏移の手法によって、RXJ1716銀河団周辺に~10Mpc規模に広がる大規模構造の存在を明らかにした(図2)。そして、この大規模構造に沿って銀河の色を調べ、ちょうど銀河群・フィラメントに対応する「中密度環境」において、急激に赤い銀河が増え始めていることを示した(図3)。銀河の進化はやはり、銀河団の中心部だけでなくその周辺環境でも進行していることが分かる。

このような銀河団の周辺環境における銀河の活動1生を明らかにすることが、本研究の最大の目的であり、第5章および第6章に本研究のもっとも重要なデータおよび結果が示されている。まず、RXJ1716銀河団からやってくるHα輝線は幸運にも1.19μm(OH夜光の谷間)に赤方偏移するため、すばる望遠鏡のMOIRCSの狭帯域フィルターNB119(λ=1.19μm)を用いてちょうど捉えられることに着目し、MOIRCS8視野分の観測を行った。さらに、あかり衛星の広視野赤外線カメラIRCを利用して、RXJ1716銀河団を15μm帯で広く観測した。15μm帯での観測は、この銀河団の静止系7~8μm帯の観測に対応し、ダストに隠された星形成活動を直接捉えることができる(観測視野は図2を参照)。

我々は、これらのデータを合わせて解析を行い、Hα輝線銀河、および15μmで明るい銀河が、いずれも銀河団中心部を避けるように分布していることを示した(図4)。これは、赤方偏移0.8の時代において、銀河団コアはすでに完成し、ほぼすべての銀河は星形成活動を終えているのに対し、そのすぐ周囲には、銀河団へ落ち込もうとする多くの星形成銀河が存在していることを意味する。ここで、銀河の色を調べてみると、Hα輝線銀河はその多くが青い銀河であったが、なかにはAbell851銀河団領域で見つかったような赤いHα輝線銀河も確認された。しかも、そのような赤いHα輝線銀河の多くは、あかり衛星の15μmデータでも検出されており、このことから、赤いHα輝線銀河は徐々に星形成をやめるような穏やかな物理要因によるものではなく、たとえば銀河一銀河相互作用によって引き起こされた激しい星形成活動に付随しているのではないかと考えられる。一方で、15μm銀河は、Hα輝線銀河に比べて系統的に赤い色を示しており、なかには受動的に進化する銀河(星形成を行っていない銀河)が示す赤い色と見分けがつかないほどの銀河もあった。興味深いことに、このようなダスティー銀河(赤いHα輝線銀河や15μm銀河)は、明らかに銀河群程度の中間的な密度環境に多く存在していた(図5)。上述のとおり、このような銀河団の周辺環境は、青い銀河が赤い銀河へと変化を始める(すなわち銀河の星形成活動が止まる)環境でもある。つまり、銀河団周辺部では、ダストを伴った激しい星形成活動が誘発され、星の材料となる銀河のガスの消費が一気に進むことで、銀河の急激な性質変化が引き起こされているのではないかと考えられる。

さらに、個々の銀河についてHα輝線・中間赤外線データを用いて独立に星形成率を求めてみると、多くの銀河についてはHα輝線のダスト吸収量は近傍銀河で知られる一般的な値(およそ1等級)を示したのに対し、なかにはHα輝線で求めた星形成率が、赤外線で求めた星形成率の20分の1以下という小さな値を示すものもあった(図6)。そのような例外的に激しい活動性を示す銀河の多くは可視光で見ると赤い色をしており、中間赤外線のデータがなければ星形成活動の「弱い」銀河であると誤認してしまう可能性のあるものである。しかも、このような「隠された」活動性を示す銀河は、銀河団周縁部に特に多く存在していることを発見した(図6の△印)。本研究の結果は、銀河団銀河の形成・進化の過程と、ダストに隠された活動性が密接に関連していることを強く示唆するものである。

第7章では、本研究で調査したAbe11851銀河団およびRXJ1716銀河団のデータと、過去のさまざまな研究の結果を合わせて、銀河団全体としての星形成活動の時間進化を考察している。特に、銀河団内の星形成率の総和(ΣSFR)を銀河団の総質量で規格化した量(ΣSFR/Mc1)は、赤方偏移1から0にかけて、~(1+z)6に従って急速な減衰をしていることが分かってきた。ただしこの量は、銀河団の質量(Mc1)ともよい相関を示しており、まさに銀河団の成長に伴って、銀河の進化が促進され、星形成活動が抑制されてきたことを示していると考えられる。

以上のように本研究では、初めて赤方偏移0.8という時代まで遡って、Hα輝線と中間赤外線に基づく銀河団の広視野サーベイに成功し、詳細に星形成活動を調査した。特に、銀河団の周辺部には可視光のデータだけでは見落とされてしまうような「隠された」活動性を示す銀河が多く見つかっている。本研究の結果は、遠方銀河団の周辺部が銀河団銀河の進化の重要な役割を担っていることを示している。もしかすると現在の宇宙に見られる銀河団銀河の多くは、過去の宇宙で銀河団へ取り込まれる「前に」、その性質を大きく変化させていたのかもしれない。

図1:Abell 851銀河団の広視野Hα輝線サーベイ。銀河団phot-zメンバー(●印)、通常のHα輝線銀河(□印)、弱いHα輝線銀河(□印)、赤いHα輝線銀河(□印)の分布を示す。特に、赤いHα輝線銀河が銀河群環境に集中していることが分かる。

図2(左):RXJ1716銀河団周囲の大規模構造。測光的赤方偏移によって選ばれた銀河団メンバー銀河のみをプロットしており(黒点)、等高線はその個数密度に基づいて描かれている。緑と赤の四角形は、それぞれMOIRCSとあかりの観測視野を示す。比較のため、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)の視野も右下に示した。図3(右):RXJ1716銀河団領域の銀河の色と銀河密度の関係。銀河群程度の中間的な密度下で、赤い銀河が急に増加していることが分かる。

図4:RXJ1716銀河団中心部における、銀河団メンバー(○印)、Hα輝線銀河(□印)、中間赤外線ソース(●印)の分布。Hα輝線銀河と中間赤外線ソースは銀河団の中心部分をきれいに避けて分布している。

図5(左):環境ごとの色等級図(RXJ1716銀河団領域)。□はHαエミッターで、●はあかり15μmソースを表す。赤い色(R-J>2)を示す星形成銀河が、特に銀河群・フィラメント環境に多いことが見えてきた。

図6(右):Hα輝線、中間赤外線から求めた星形成率の比較。Hα輝線と中間赤外線の両方が検出されたもののみについてプロットしている。特に赤い銀河の中に、A(Hα)が3等級を超える例外的にダスティーな銀河も見られ、またそのような銀河の多くは銀河群やフィラメントの銀河であることも分かる(図の△印)。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、遠方銀河団をすばる望遠鏡およびあかり赤外線衛星で可視・赤外線広視野撮像観測し、そこでの星形成活動が環境にどのように依存しているのかについての新たな知見を示したものである。

本論文は8章から構成される。第1章はイントロダクションであり、銀河進化の環境依存性についてのこれまでの知見をまとめている。

第2章は、赤方偏移z=0.41のAbell851銀河団をすばる望遠鏡の主焦点カメラSuprime-Camで狭帯域撮像観測した結果である。銀河団を中心とした12Mpc(メガパーセク)四方の広い領域に星形成活動の指標となる水素原子輝線Hα(6563A)が強い輝線銀河を445個同定し、それが銀河団を囲む外縁部に重点的に分布していることを見出した。これは銀河団中心での銀河の星形成が終息しつつあるのに対して、外縁部では星形成がなお盛んに行われていることを意味する。この時期の銀河団外縁部では、星形成銀河から、現在の銀河団に数多く見られる星形成を止めた「パッシブ銀河」への転換が進んでいることを示唆している。

第3章から第6章までは、本論文のメインターゲットであるz=0.81のRXJ1716銀河団の観測結果である。第3章ではまず、Suprime-Camによる可視広視野撮像観測から測光的赤方偏移により銀河団銀河の選出を行い、その可視カラーが銀河団周辺から中心に向かうにつれて急激に赤くなることを示した。可視カラーが赤いほど星形成が終わって長い時間が経過していると解釈でき、Abell851同様、銀河団外縁部でパッシブ銀河への転換が進む様子を捉えていることを示唆している。

第4章では、銀河団のパッシブ銀河、特に色等級図の「Red Sequence」上にある銀河の性質を調べ、その数が暗いところで急激に減少していることを示した。これは低質量なパッシブ銀河ほどその形成が遅れるという「ダウンサイジング現象」を確認するものであると同時に、その度合が銀河団のX線光度に相関している可能性も示した。

第5章では、すばる望遠鏡の近赤外線カメラMOIRCSを用いた近赤外狭帯域撮像観測によって、銀河団中心から外縁部までを覆う広い領域においてHα輝線銀河を114個同定した。これら輝線銀河の分布はAbell851同様、銀河団外縁部や銀河群に集中し、カラーが赤いものについては特にその傾向が強く見られた。

第6章は、あかり衛星による中間赤外線15μm帯での広視野撮像観測の結果である。15μm帯は、星形成領域周囲から放射される静止波長8μm付近のPAH(多環芳香族炭化水素)分子輝線に対応し、ダスト吸収をほとんど受けないことから星形成活動の非常に良い指標となる。この観測で同定された119個の銀河団銀河は赤外線光度で1011太陽光度を超える高光度赤外線銀河であった。Hα輝線銀河同様、銀河団の外縁部および銀河群に付随し、銀河団中心にはほとんど存在しないことが示された。これら中間赤外銀河はHα輝線銀河に比して静止可視カラーが赤く、Hα輝線で検出されていないものが多数ある。その多くはパッシブ銀河と同程度赤く、これまでの可視近赤外線観測では多くの星形成銀河が見落とされていることを示した。

第7章では、本論文と過去の文献を合わせ、z<1での銀河団の星形成の時間進化を考察し、銀河団の質量あたりの星形成率が (1+z)の6乗に比例して非常に強く増加している可能性を示した。フィールド銀河の星形成率が (1+z)の3乗にしか比例しないことを考慮すると、銀河団環境では星形成の終息が非常に早く起こっていることを示唆している。

第8章は全体のまとめである。

以上、本論文は遠方銀河団における星形成活動の環境依存性を可視・近赤外・中間赤外の非常に広い波長範囲に渡る観測で明らかにし、遠方銀河団の星形成活動が銀河団の外縁部で活発に行われていることを明らかにしたものである。特に、Hα輝線と中間赤外15μmの二つの星形成指標の広視野観測によって、z=0.81のRXJ1716銀河団の外縁部に多数のダストに隠された星形成銀河が存在することを世界で初めて発見したことは、すばる望遠鏡及びあかり衛星の特性を最大限に生かした独創的成果である。また、銀河団の形成進化のみならず、銀河進化一般においてその環境効果の重要性を明らかに示した点でも学術的価値は極めて高い。

なお、本論文の第2章から第6章にかけては児玉忠恭、仲田史明、嶋作一大、岡村定矩、田中壱、林将央、東谷千比呂、高木俊暢、和田武彦、松原英雄、大藪進喜、田中賢幸、Hyung Mok Lee、Myungshin Imとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、データ解析、及び科学的議論を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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