学位論文要旨



No 126703
著者(漢字) 坂田,悠
著者(英字)
著者(カナ) サカタ,ユウ
標題(和) 活動銀河核の紫外可視長期スペクトル変動と光度変動機構への示唆
標題(洋) Long-term UV-Optical Spectral Variability of Active Galactic Nuclei and an Implication to the Variability Mechanism
報告番号 126703
報告番号 甲26703
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5648号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 川良,公明
 東京大学 教授 海老沢,研
 東京大学 教授 土居,守
 東京大学 教授 小林,秀行
 千葉大学 教授 松元,亮治
内容要旨 要旨を表示する

活動銀河核の中心には巨大質量ブラックホールが存在し、そこに物質が落下するときに解放される重力エネルギーはブラックホール周囲に形成される降着円盤によって変換され、莫大な量の紫外線可視連続光として放射されると考えられている。活動銀河核放射の光度は様々な波長において時間変動することが知られており、この放射の時間変動の性質を調べることは活動銀河核の構造や放射機構を理解するうえで重要であるが、紫外線可視連続放射に時間変動をもたらすメカニズムはいまだ解明されていない。いくつかの理論モデルは提唱されているもののいずれもが光度変動の観測的性質の一部を説明するにとどまっている。

とくに降着円盤を起源とする紫外線可視連続放射について光度変動にともなうそのスペクトルの変化は、降着円盤の放射・変動メカニズムを解明するうえで重要な鍵となる。例えば、降着円盤内での局所的なフレア現象によって光度変動が生じている場合には、降着円盤全体の放射とフレアからの放射のスペクトルは異なると考えられるため、光度変動にともない紫外線可視連続放射のスペクトルは変化すると予想される。一方で、光度変動に関わらずスペクトル形状があまり変化しない場合には、降着円盤の温度構造は変化しないと考えられる。

これまで多くの活動銀河核について、それが明るくなると観測されるカラーは青くなることが示されており、そのような観測結果をもとにGiveon et al. (1999), Webb & Malkan (2000)は活動銀河核が明るくなるとその可視連続放射のスペクトルは青くなると主張した。しかしWinkler(1997)は活動銀河核の光度変動にともなって、ある波長で観測される放射強度と別の波長で観測される放射強度が線形に相関していること示し、このことから光度変動が生じても可視連続放射のスペクトル形状は変化しないと主張した。このように、紫外線可視連続放射が明るくなるとそのスペクトルは青くなるとするものと、紫外線可視連続放射が光度変動してもそのスペクトル形状は変化しないとする対立する主張がなされており、いまだに決着をみていない。

ここで重要となるのは観測される放射のなかに含まれる降着円盤起源の紫外線可視連続放射以外の成分、例えば母銀河中の星からの放射の影響である。一般に紫外線可視連続放射に比べて母銀河からの放射のほうがスペクトルが赤いため、紫外線可視連続放射のスペクトルが光度変動によらず一定であったとしても、観測される両者を合わせた放射は明るくなるとそのスペクトルは青くなり、観測されているカラー変化を説明できる可能性がある。ところがこれまでの研究では、観測される放射に含まれる母銀河成分の評価は必ずしも精確ではなく、ときにはそれを仮定したり無視することもあった。

このような背景のもと本研究では、可視光および紫外線波長域における活動銀河核の多波長長期測光モニター観測データにもとづき、光度変動にともなう多波長光度間の相関関係を調べ、また母銀河中の星からの放射をはじめとする紫外線可視連続放射以外の放射成分を定量的に評価したうえで、光度変動にともなう紫外線可視連続放射のスペクトルの変化を検証し、降着円盤放射の放射・変動メカニズムの解明を試みた。

まず、MAGNUM 望遠鏡によって行われた近傍活動銀河核の最大7年にわたる高精度多波長モニター観測データを用い、可視波長域における降着円盤を起源とする連続放射の光度変動にともなうスペクトルの変化を調べた。母銀河成分の精確な評価のため、ハッブル宇宙望遠鏡による高空間分解画像が存在する9個の近傍セイファート銀河と2個の近傍クエーサーを解析対象とし、強い広輝線を避けるためB, V, I バンド(観測波長λ=4400, 5500, 7900A)での測光データを用いた。同じ日に観測された二つの異なるバンドでの放射強度のペアを一つのデータ点として、B バンドフラックスーV バンドフラックス図およびV バンドフラックスーI バンドフラックス図上にプロットしたところ、全ての天体においてこれらのデータ点は幅広い変光範囲で直線上に分布し、異なるバンドの放射強度のあいだに光度変動にともなう線形の強い相関があることを確認した。さらにハッブル宇宙望遠鏡による高空間分解画像をもとに表面輝度分布フィットによって母銀河の形状パラメータを求め、これを用いて測光アパーチャ内における母銀河放射を評価し、また過去のスペクトル観測から観測バンドに含まれる狭輝線放射の影響を評価して、観測フラックスに含まれる変動しないと考えられる放射成分を見積り、これをフラックスーフラックス図上にプロットした。この結果全ての天体において、非変動成分フラックスの推定誤差の範囲で、それが観測データのフィット直線の延長上にのることがわかった。これらの結果は、可視波長域においては、降着円盤を起源とする連続放射のスペクトルの光度変動にともなう系統的な変化は小さく、光度変動のあいだスペクトルはほぼ一定を保つということを支持している。またすべての天体の可視連続放射は観測期間中に大きな光度変動を示し、近傍活動銀河核2 天体については変動幅が10倍以上に達するものもあった。

次に、Sloan Digital Sky Survey (SDSS)によって行われたStripe 82 領域における最大9年にわたる多波長モニター観測データを用い、紫外線波長域における降着円盤を起源とする連続放射の光度変動にともなうスペクトルの変化を調べた。Stripe 82 領域に存在する活動銀河核のなかから、観測バンドの静止波長が紫外線となりかつ強い輝線を避けられる赤方偏移z=1.05, 1.54, 1.71, 2.35±0.05にあり、十分な精度で測光されている10個の大光度クエーサーを選んだ。やはり同じ日に観測された二つの異なるバンドでの放射強度のペアを一つのデータ点として、フラックスーフラックス図(短波長側はλ(rest)~1400A あるいは~1730A 、長波長側はλ(rest)~2200~3600A) 上にプロットしたところ、全ての天体においてこれらのデータ点は直線上に分布した。さらに観測フラックスに含まれる母銀河放射を、母銀河のバルジ成分の質量とブラックホール質量との相関から、母銀河放射のスペクトルと質量光度比を仮定して見積もった。これをフラックスーフラックス図上にプロットしたところ、10 天体中9 天体について母銀河放射は観測データのフィット直線の延長上にはのらず、紫外線波長域における降着円盤を起源とする連続放射のスペクトルは明るくなると青くなる傾向を示すことを支持するものであった。

以上の観測結果をまとめると、活動銀河核の長いタイムスケールにおける大振幅の光度変動にともなって、降着円盤からの紫外線可視連続放射は、可視波長域ではスペクトル形状はほとんど変化しないと考えられるのに対し、紫外線波長域について大光度クエーサーでは明るくなると青くなる傾向を示すと考えられる。Giveon et al. (1999), Webb & Malkan (2000)を本研究と比較検討すると、彼らは観測される放射のなかに含まれる母銀河成分の評価が不十分であるため、観測された活動銀河核のカラー変化をそのまま降着円盤を起源とする連続放射のスペクトル変化と解釈していたと考えられる。いっぽうVanden Berk et al. (2004)は2回観測されている多数のSDSS クエーサーについて両観測のあいだでの多波長光度変化を調べ、短波長になるほど変光振幅が大きくなることを示した。われわれは彼らの波長-変光振幅関係を仮定して、Stripe 82 領域のクエーサーの紫外線波長域におけるフラックスーフラックス図上の分布が解釈できることを示し、両者の結果が矛盾しないことがわかった。

最後に、紫外線可視連続放射の光度変動にともなうスペクトルの変化についての本研究の結果をもとに、降着円盤放射の光度変動モデルについて考察した。可視波長域では連続放射のスペクトル形状があまり変化しないことから降着円盤の局所的な変化や超新星爆発を起源とするモデルは主要な光度変動メカニズムとしては棄却されると考えられる。X線再放射モデルは、可視波長域において連続放射のスペクトル形状があまり変化しないことを説明できる可能性があるが、活動銀河核のX線光度は一般に紫外線可視光度に比べ1 桁程度も小さいことから大振幅の紫外線可視光度変動をもたらすことは難しく、長いタイムスケールにおける主要な光度変動メカニズムとしては考えにくい。最後に標準降着円盤において質量降着率を変化させるモデルを検討した。このモデルでは可視波長域においては光度変動にともなうスペクトル形状の変化は小さく、われわれの観測に一致する。また紫外線波長域においては、ブラックホールの質量が大きいときには降着円盤からの連続放射は明るくなると青くなる傾向を示し、Stripe 82 クエーサーの紫外線波長域でのフラックスーフラックス図上の分布がこのモデルによって説明できることがわかった。従って標準降着円盤の質量降着率変化モデルは我々の紫外線可視連続放射の光度変動にともなうスペクトルの変化をよく説明できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、可視光および紫外線波長域における活動銀河核の測光モニター観測データに基づいて、活動銀河核のエネルギー源である降着円盤の放射とその変動の物理メカニズムを解明しようとしたものである。セイファート銀河やクエーサーに代表される活動銀河核の中心には超大質量ブラックホールが存在し、そこに落下する物質の重力エネルギーがブラックホール周囲に形成されている降着円盤によって放射エネルギーに変換され、可視光紫外線などの連続放射として観測されると理解されている。放射のメカニズムとしていくつかの理論モデルは提唱されているものの、いずれもが観測の一部を説明する段階にとどまっている。その中でも、観測される連続スペクトルの形状と標準的な降着円盤理論が予言するスペクトル形状との不一致は、この分野における大きな問題である。

本論文は6章よりなる。第1章は、イントロダクションであり、連続放射の光度変化とそれに伴うスペクトル形状の変化が放射のメカニズムを解き明かすための鍵となることが述べられている。先行する観測研究においては、光度が増大するとスペクトル形状が変化することを報告したものや、スペクトル形状は変化しないと報告したものなどがあり、混乱が見られる。申請者は、混乱の主な原因は活動銀河核からの放射と見なされている成分に母銀河からの放射が混入しているために引き起こされたものであると論じ、本論文では両者を正確に分離するとしている。

第2章では、異なる波長の光度をx軸y軸にプロットする「flux to flux法」を紹介し、これを用いて解析を行うことが述べられている。

第3章では、MAGNUM望遠鏡によって行われた比較的近傍にある活動銀河核の7年にわたる可視光近赤外線モニターデータを用い、可視光(波長440~800nm)連続放射の変動を調べた。サンプルはセイファート銀河9天体とクエーサー2天体である。ハッブル宇宙望遠鏡の画像を解析して、母銀河成分を正確に評価した。さらに、近赤外線観測に基づき、中心核をトーラス状にとりまくダストからの熱放射光成分の寄与は、800nmの測光バンドにおいては無視できないことを見出した。これらの成分を考慮した結果、すべての天体において光度変動にともなうスペクトル形状の変化は認められず、可視波長域におけるスペクトル形状は常に一定であることが結論づけられた。

第4章では、Sloan Digital Sky Survey (SDSS)による9年間にわたるモニター観測データを用い、赤方偏移1~2付近の大光度クエーサー10天体の紫外線(波長 140~360nm)連続放射の時間変動を調べた。その結果、10天体中9天体において、連続放射の光度が増大すると、紫外線波長域におけるスペクトルの形状は青くなる(短い波長で光度変動幅が大きくなる)ことが結論づけられた。

第5章は議論である。本章では、本論文の観測結果すなわち「活動銀河核の光度変動にともなって、降着円盤からの可視光紫外線連続放射のスペクトル形状は、可視光領域では一定であるのに対し、紫外線領域では青くなる」を先行研究と比較し、理論モデルに対する制限が議論されている。先行研究の手法を採用した場合、先行研究と同じ結果が得られることや、母銀河成分の混入があれば可視光のスペクトル形状も青くなることが述べられ、こうしたことを考慮すると、本研究と先行研究との間には矛盾がないことが示されている。理論モデルとの比較においては、可視光のスペクトル形状が変化しないことから降着円盤の局所的な変化や超新星爆発を起源とするモデルは棄却されること、可視光紫外線における光度とX線光度を比較するとX線再放射モデルも棄却されることが論じられている。本論文の結果は、観測される活動銀河核の連続スペクトルの変動は標準降着円盤の放射モデルによって説明できること、また連続スペクトルの形状と標準的な理論が予言するスペクトル形状との不一致もダストによる赤化を考慮すると説明できる可能性があることを示唆している。第6章はまとめである。

本論文は、可視光紫外線の光度変動の長期モニター観測データに基づき、活動銀河核の連続光放射メカニズムの本質に迫ったものであり、その学術的意義は極めて高い。本論文は、吉井譲、峰崎岳夫、小林行泰、越田 進太郎、青木 勉、塩谷 圭吾、富田 浩行、菅沼 正洋、内一 由夏、菅原章太、諸隈 智貴、鮫島 寛明との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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