学位論文要旨



No 126704
著者(漢字) 佐藤,眞弓
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マユミ
標題(和) 大質量星形成領域のVLBI位置天文観測による銀河系渦状腕構造の研究
標題(洋) The Spiral Structure of the Milky Way Galaxy Traced by VLBI Astrometry of Massive Star-forming Regions
報告番号 126704
報告番号 甲26704
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5649号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 郷田,直輝
 東京大学 教授 川邊,良平
 東京大学 准教授 奥村,幸子
 東京大学 准教授 宮田,隆志
 鹿児島大学 教授 和田,桂一
内容要旨 要旨を表示する

我々の太陽系の属する銀河である銀河系(天の川銀河)は渦巻銀河であることが知られている。渦巻銀河の渦状腕は星形成が活発な領域で、高温の若い大質量星が周囲のガスを電離して出来るHII領域によって渦状腕の形を辿るごとができる。半世紀以上にわたって銀河系渦状腕について数多くの研究がなされてきたが、我々自身が円盤内に位置するため、銀河系の3次元構造を明らかにするのは非常に困難であり、渦状腕の基本構造(腕の本数、ピッチ角など)についても、いまだに研究者間の見解が一致していない。銀河系の渦状腕構造の解明が困難である最大の要因は、渦状腕を描くHII領域までの正確な距離が求まっていないことである。可視光波長での測光学による距離計測は、銀河系円盤方向には円盤中の星間ダストによって遮られ、数kpc 以内でしか用いることができない。一方、電波観測で広く用いられる運動学的距離は、銀河回転の円運動モデルから天体の速度がずれた際に非常に大きな距離誤差につながる問題点がある。銀河系の真の構造を解明するためには、仮定を含まず直接的な、かつ、正確な距離計測が肝要である。

本研究の目的は、VLBI(超長基線電波干渉法)の高い位置天文学精度を用いて、Hii 領域に付随する星形成領域にある強い電波源(メーザー天体)の年周視差を直接計測し、Hii 領域によって形作られる銀河系の渦状腕構造を明らかにすることである。年周視差(距離)計測と同時に天球面上の天体の絶対位置と絶対運動が求まるため、視線速度と合わせて、天体の3 次元位置と3 次元運動という完全な情報が得られ、銀河系渦状腕の構造と運動を調べることができる。本研究では、日本のVERA 望遠鏡と米国のVLBA 望遠鏡を用いて、大質量星形成領域5 天体(NGC 281、G14.33-0.64、W51 Main/South、OH 43.8-0.1、G45.07+0.13)に付随する22 GHz 水メーザー源の年周視差計測に成功した。検出した年周視差はそれぞれ、NGC 281 が0:355-0:030 mas(距離2:82±0:24 kpc)、G14.33-0.64 が0:893-0:101 mas(距離1:12-0:13 kpc)、W51 Main/South が0:185-0:010 mas(距離5:41+0:31-0:28 kpc)、OH 43.8-0.1 が0:166-0:007 mas(距離6:02+0:27-0:24 kpc)、G45.07+0.13 が0:168-0:010 mas (距離5:95+0:38-0:33 kpc)である。

年周視差計測において、W51 Main/South、OH 43.8-0.1 やG45.07+0.13のように赤緯が+10°前後の天体については、アンテナ仰角約30°以下の位置誤差の大きいデータを使わないことによって、位置計測の精度が最大で4倍程度向上することが実験によってわかった。

NGC 281は銀河面から約300 pc 離れた星形成領域で、円盤中の複数の超新星爆発によって生じたスーパーバブルの中で誘発的星形成が起きたと見られる興味深い天体である。本研究で計測した距離2.82-0.24 kpc より、この天体はペルセウス腕のfar-sideに位置すると考えられる。NGC 281 内に検出したすべてのメーザーが系統的に銀河面から更に遠ざかる運動を示しており、銀河面に対して垂直方向の速度成分は約20km s-1である。これは、NGC 281 が円盤内の爆発起源であることを示唆する最も直接的な証拠である。スーパーバブルの膨張速度は銀河面に平行ならびに垂直方向ともにそれぞれ約20km s-1と見積もられ、そこから得られるタイムスケールはともに約20Myrで一致している。NGC 281の水メーザー年周視差計測で求めた距離と運動から、NGC 281 スーパーバブルの立体構造は銀河面に対して平行方向に扁平で約650 pcの直径を持つと見られ、バブルの膨張が円盤中の磁場によって円盤方向に拘束されている可能性が考えられる。

本研究で求まったG14.33-0.64の距離1:12-0:13 kpc から、いて座腕までの距離は運動学的距離の2-3 kpc より近く、約1 kpcの距離であると考えられる。したがって、Taylor & Cordes(1993)の銀河系渦状腕モデルにおける銀河系中心方向へのいて座腕の非軸対称な凹みは、運動学的距離の誤差によるものである可能性が高い。また、W51はいて座腕のtangent point(接点)付近、すなわち太陽-W51-銀河系中心が直角をなす位置に近いと視線速度から示唆されるので、本研究で計測したW51の距離から幾何学的に、銀河系中心までの距離をR0=8:3-0:46 (statistical)-1:0 (systematic) kpcと見積もった。

我々は、VERAとVLBAによる最新の結果を合わせて、本研究で計測した5 天体を含む31の星形成領域の年周視差・固有運動から、各天体の位置と銀河系回転に対する特異運動を求めた。本研究のいて座腕4 天体においては、G45.07+0.13とW51 Main/Southは特異運動が小さく円軌道と見られるのに対し、OH 43.8-0.1とG45.07+0.13は大きな特異運動を持っている。渦状腕全体の運動を見たとき、ペルセウス腕といて座腕の天体は銀河系回転に対して平均V(src)=-20km s(-1)と大きな特異運動を持っている。一方、オリオン腕と外縁部腕は特異運動が小さく、銀河系回転モデルで用いた円運動と一致している。また、これらの天体の運動に対する最小二乗フィッティングにより、LSRにおける銀河系回転速度は、Θ0=233±9km s(-1)と求まった。

我々はまた、3つの銀河系渦状腕(いて座腕、ペルセウス腕、オリオン腕)のピッチ角iをフィッティングにより求めた。得られた結果は、いて座腕がi=14.°3-3.°2、ペルセウス腕がi=14.°2-5.°7、オリオン腕がi=27.°8 -6.°5、いて座腕{オリオン腕がi=26.°3-1.°7である。いて座腕とペルセウス座腕のピッチ角は銀河系の4 本腕モデル(Vallee 1995, ApJ, 454, 119)とよく一致している。オリオン腕はおそらく、いて座腕からW51 やG45.07+0.13の位置付近で分岐していると考えられる。あるいは、他の可能性として、いて座腕-オリオン腕とした領域はオリオン腕に属し、いて座腕が内側の渦状腕(たて・みなみじゅうじ腕)からより大きなピッチ角i=36.°4-10.°3で分岐していることも考えられる。後者の解釈は、最新の数値シミュレーション結果(Baba, Saitoh, & Wada, 2010, PASJ, 62, 1413)ともよく一致する。今後さらに銀河系内縁部の年周視差計測天体数を増やすことで、渦状腕の分岐点が正確に求まると期待される。

図1 (上)VERAとVLBAで計測された年周視差にもとづく31の星形成領域の銀河系内の位置分布。本研究の5 天体は赤丸で示されている。(下)銀河系回転モデルに対する各天体の特異運動。

図2(上)銀河系中心からの距離Rに対する各天体の回転速度。R0=8.4kpcを仮定した。(下)渦状腕ごとのピッチ角フィッティング。直線の傾きがピッチ角に対応している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、日本のVERA望遠鏡と米国のVLBA望遠鏡の高い位置天文精度を用いて、HII領域に付随する大質量星形成領域にある強い電波源(メーザー天体)の年周視差および固有運動を計測し、星形成領域の3次元的位置と視線速度の測定とを合わせた3次元運動という情報を新たに得て、星形成領域によって形作られると考えられる銀河系の渦状腕構造の解明を行った研究である。本研究は、従来の研究と比較して、星形成領域までの距離や領域の3次元的運動をより精度良く決めることができ、それによって、銀河系の渦状腕構造に関して新しい知見を与える重要な結果を導いている。

本論文は、8章からなる。第1章は、イントロダクションであり、銀河の渦状腕構造研究の重要性、渦状腕構造の過去の研究結果のレビューや本論文の目標が述べられている。さらに、VLBI(超長基線電波干渉法)による位置天文観測方法とVERAおよびVLBAに関する説明が記述されている。

第2章では、銀河面から約300pc離れた大質量星形成領域であるNGC281に対して、VERAによって行った位置天文観測(距離と運動速度)の結果が述べられている。年周視差計測によって直接的に得られた距離は、系統誤差の評価に改善の余地があるものの2.82±0.24kpcと求められ、NGC281はペルセウス腕の奥側に位置すると結論づけられている。さらに、NGC281内に検出したメーザー天体の系統的運動から、NGC281が、銀河円盤内での爆発起源であることが示された。また、NGC281の立体構造は、銀河面に対して平行方向に扁平で約650pcの直径をもち、バブルの膨張が銀河円盤中の磁場によって円盤内に拘束されている可能性が示された。

第3章は、いて座腕にある星形成領域G14.33-0.64に対してVERAによって行われた観測結果が述べられている。年周視差測定により、距離は1.12±0.13kpcと求まり、従来運動学的距離で求められていた距離より2-3kpc近いことが示された。従って、以前に指摘されていたいて座腕の非軸対象凹みは運動学的距離の誤差によるものだと示唆されている。

第4章には、いて座腕のW51に対してVLBAを用いて観測した結果が記述されている。W51の距離は、5.41±0.310.28kpcであり、また銀河回転に対する特異運動は小さいことが示された。

第5章は、VLBAを用いてOH43.8-0.1とG45.07+0.13に対する観測結果が示されている。OH43.8-0.1の距離は、6.02±0.270.24kpc、G45.07+0.13は、5.95±0.380.33kpcであることが示された。

第6章では、位置計測精度とアンテナの仰角との関係が述べられている。W51、OH43.8-0.1、G45.07+0.13のような赤緯が約10度前後の天体について調べたところ、アンテナ仰角が約30度以下の位置誤差の大きなデータを使わないことによって、位置計測精度が最大で4倍程度向上することが示されている。

第7章は、本研究で観測を行った5つの星形成領域の観測情報、さらにはVERAとVLBAを用いた他の星形成領域天体の年周視差および固有運動の情報を組み合わせた結果を用いて、新しく得られた銀河系構造に関する研究成果が記述されている。第一には、W51が腕の接点付近にあることを利用して、W51までの距離から幾何学的に求めた銀河系中心までの距離が8.3±0.46(統計誤差)±1.0(系統誤差)kpcと示されている。次に、3つの銀河系腕(いて座腕、ペルセウス腕、オリオン腕)のピッチ角が求められている。得られた結果として、いて座腕が14.3±3.2度、ペルセウス座腕が、14.2±5.7度、オリオン腕が27.8±6.5度、いて座―オリオン腕が26.3±1.7度と示されている。いて座腕とペルセウス座腕のピッチ角は、銀河系の4本腕モデルから予測される値とよく一致していること、さらにオリオン腕はいて座からW51付近で分岐している可能性が示唆されている。また、他の可能性として、いて座―オリオン腕とした領域は、オリオン腕に属し、いて座腕が内側の渦状腕からより大きなピッチ角(36.4±10.3度)で分岐している可能性も示唆されている。さらに、星形成領域の全体的な分布は、理論シミュレーションで示されている非定常的な渦構造モデルともよく一致しており、モデルもいて座―オリオン腕領域が1つの腕であることを示唆しているため、渦状腕構造は非定常モデルで再現できる可能性がでてきた。最後に、渦状腕全体の運動をみたとき、ペルセウス腕といて座腕の天体は銀河系回転に対して回転と反対方向(速度は負の値)に各々速度が-18±1km/s、-25±2km/sと大きな特異運動を持っていることが示された。一方、オリオン腕と外縁部腕は特異運動が小さく、銀河系回転モデルを用いた円運動と一致している。また、局所静止基準(LSR)における銀河系回転速度は、233±9km/sと示された。

第8章は、結果のまとめ、および今後、高精度位置測定の観測数を増やし、理論シミュレーションとの比較も行うことによって渦状椀構造とその起源のより明確な解明を目指す展望が記述されている。

以上の結果は、銀河系渦状腕の構造や運動速度に関して新たな観測結果から、銀河系渦状腕や星形成領域の理解に新しい知見を与えるものである。従来の測光距離または運動学的距離は仮定やモデルを介しており不定性が大きかった。今回の研究は、VERAやVLBAによる高精度な年周視差計測により、直接的な距離測定やさらに新たな運動速度測定を行ったものであり、銀河系渦状腕構造の研究に重要な知見を与えるものである。なお、本論文は、廣田朋也氏、本間希樹氏、小林秀行氏、笹尾哲夫氏、Mark J. Reid氏等との共同研究であるが、論文提出者が主体的にデータ解析や科学的成果の導出を行ったものであり、その寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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