学位論文要旨



No 126716
著者(漢字) 山崎,正稔
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,マサトシ
標題(和) 海産梯子状ポリエーテルyessotoxinの生合成研究
標題(洋) Biosynthetic Studies on Yessotoxin, a Marine Ladder-Frame Polyether
報告番号 126716
報告番号 甲26716
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5661号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 准教授 加納,英明
 東京大学 教授 阿部,郁朗
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

海洋に生息する植物プランクトンは海洋のバイオマスや有機化合物の主要な生産者である。これらのうち、特に渦鞭毛藻は複雑な構造を有し強力な毒性や生物活性を示す二次代謝物を生産していることが知られている。これらの化合物研究では、単離構造解析や合成研究に比べて、生理活性物質の作用機序や生合成研究ははるかに遅れている。これまでに生合成研究が報告された化合物を構造的特徴から分類すると、分子内に複数のエーテル環を有するポリエーテルカルボン酸、マクロライド、直鎖状ポリエンポリール、そしてエーテル環が縮環した梯子状ポリエーテルに分けられ、これら二次代謝物の炭素骨格は酢酸ユニット(m-c; m: 酢酸のメチル炭素, c: 酢酸のカルボニル炭素)の繰り返しから形成されるポリケチド経由で生合成されている。しかしながら、分岐メチル基やエキソメチレン部分では酢酸のメチル炭素同士が結合したm-m 結合が観測され、放線菌などが生産するポリケチド化合物と生合成パターンが異なることが明らかとされている。さらに梯子状ポリエーテルbrevetoxinの生合成はさらに複雑で、酢酸ユニットの繰り返しがほとんど見られず、多くのm-m 結合が観測された。このことより、渦鞭毛藻が生産する海産梯子状ポリエーテルの生合成は放線菌などに由来する従来のポリエーテルの生合成とは大きく異なることが示唆された。

近年、放線菌が生産するポリエーテルの生合成研究は遺伝子解析により急速に進歩しているが、渦鞭毛藻のポリケチド遺伝子はまだ同定されていない。そこで、13C または18O 標識前駆体を取り込ませて渦鞭毛藻Protoceratium reticulatum が生産する梯子状ポリエーテルyessotoxin (YTX, 図1)の炭素と酸素の起源を明らかとし、梯子状構造の形成機構を推定することとした。YTXは2つのtrans 縮環した連続の六員環構造(A-D 環とH-K 環)を有している。この連続した六員環は多くの梯子状ポリエーテルに見られるため、この構造の標識パターンを明らかにすることで、海産梯子状ポリエーテルの生合成機構における基本則を導き出せると考えた。

2. 炭素の起源

YTXの炭素の起源を明らかにするために、渦鞭毛藻P. reticulatumの培養開始時に[1-13C]、[2-13C]、[1,2-13C2] 酢酸、[1-13C] グリコール酸、または[methyl-13C] メチオニンを各々添加して40 日間培養した。藻体をメタノールで抽出し、二層分配とカラムクロマトグラフィーを用いて標識YTXを精製した。

13C NMR 測定より非標識YTXとピーク高を比較した。[2-13C] 酢酸では55個の全炭素のうち37個が標識され、それらは6個の分岐メチル炭素のうち5個とほとんどのオキシメチン炭素であった (図2a)。また[1-13C] 酢酸ではエーテル環のメチレン炭素を中心に15個が標識された (図2b)。[1,2-13C2] 酢酸標識実験よりYTX 中には15個の酢酸ユニットが見られ、さらに炭素鎖の伸長は1、2 位から始まることが分かった。酢酸で標識されなかった1、2 位および50 位はそれぞれグリコール酸とメチオニンで標識された。これらの結果からYTX 中のすべての炭素の由来を明らかにすることができた。

YTXの標識パターン (図3) より、YTXの2つ連続した六員環構造 (A-D 環とH-K 環)は単純な酢酸の繰り返しからではなく、酢酸のClaisen 縮合 (m-c-m-c)の脱炭酸によって生じたC3 (m-m-c) ユニットから形成されていた。さらに七、八員環構造はC3 ユニットで作られる六員環構造に酢酸ユニットを挿入することで環の大きさを調節していることが分かった。またオカダ酸やamphidinol 類ではm-m 結合が主にメチル基やエキソメチレン部分で見られることから、C3 ユニットは梯子状ポリエーテルの基本的な生合成単位であることが明らかとなった。

渦鞭毛藻の二次代謝物に見られる特徴的なm-m 結合の形成機構について、これまでに2つの推定経路が提唱されている。1つはFavorskii 型転移反応 (スキーム1a)で、シクロプロパノン中間体を形成し、続くフラビン介在ヒドロペルオキシドの攻撃と脱炭酸によりm-m 結合が形成される。もう1つは酸化的脱炭酸による機構 (スキーム1b)で、エポキシド中間体の形成に続き脱炭酸によって生じたアルデヒドの酸化、そして次の酢酸ユニットの縮合によりm-m 結合が形成すると推定している。

しかしながら、これらの経路では分岐メチル基の形成機構を説明することができない。バクテリア由来のポリエーテルでは分岐メチル基は一般にメチオニンあるいはプロピオン酸に由来している。YTXの標識パターンより分岐メチル基はC50を除いて酢酸のメチル炭素由来であったことから、別のメチル化の生合成経路があると推定できる。スキーム1cに推定される分岐メチル形成機構を示した。

すなわち、β-ケト前駆体とアセチルCoAのアルドール縮合によってβ- ヒドロキシメチルグルタリル様中間体を生成し、続いて加水分解と脱炭酸を経てβ- ヒドロキシメチル体が得られると考えられた。このβ- ヒドロキシメチル体は脱水後にYTXの側鎖のエキソメチレン部分も形成できる。同様に、アセチルCoA がC19とC26で酢酸のカルボニル炭素と縮合してメチル基を形成している。このように、分岐メチル基とエキソメチレンはこの推定経路によって生合成されている一方で、C50はこの分岐メチル化では形成できないため、他のポリエーテルにも見られるメチオニン経由で形成していると考えられた。

次に、スキームに示したm-m 結合の形成機構を確認するために[2-13CD3] 酢酸標識を行った。重水素の同位体効果を用いて13C NMR 測定を行ったところ、C3 ユニット(m1-m2-c)のm1には同位体シフトのピークは観測されなかった。これはm1炭素が酸化されてケトンを経由して脱炭酸反応が進行したため重水素が軽水素に置換されたと考えられた。さらに、酢酸のメチル由来の分岐メチル炭素では2つの重水素が保持された同位体ピークが観測されたため、スキーム1cの形成機構が起こることが示唆された。

3. 酸素の起源

本研究において、梯子状ポリエーテルyessotoxinの全炭素と酸素の起源を明らかにした。これにより海産梯子状ポリエーテルの炭素鎖の伸長が他の海産ポリケチド化合物と異なることを示した。また、32 位のヒドロキシ基は酢酸由来で、炭素鎖の伸長時にケトンが還元されて形成されることが示唆された。そして、エーテル環酸素は分子状酸素由来で、スキーム2のような炭素鎖の伸長後に一原子酸化される経路を経てYTX が生合成されていることが裏付けられた。

図1 Yessotoxin (YTX)

図2 標識および非標識YTXの13C NMR スペクトル (CD3OD, 100 MHz)

図3 YTXの標識パターン

スキーム1 推定される生合成経路

スキーム2 YTXの推定生合成機構

図4 18O2 標識YTXの脱硫酸ピークのCID-MS/MS プロダクトイオンスペクトル

審査要旨 要旨を表示する

ポリエーテル天然化合物はその化学構造にエーテル環を多く含む化合物群の総称であり、古典的には放線菌の生産する抗生物質の一部に代表される。これらは脂肪酸と同様に炭素2個からなる酢酸のチオエステルであるアセチルCoAが同一方向(head-to-tai1)に縮合伸長して合成されるポリケチドと呼ばれる化合物に分類されており、生産微生物の培養において安定同位体を含む酢酸を栄養源に用いる手法による標識によりこれが裏付けられている。このうち光合成生物である植物プランクトンのうち原始的な真核生物である渦鞭毛藻が生産するポリエーテル類が近年になって多く報じられ、これらは放線菌の生産する抗生物質と異なり炭素鎖伸長の過程で酢酸のカルボニル炭素が脱落していることが数例知られており、渦鞭毛藻が生産するポリケチドの特徴とされている。本論文ではこうしたポリエーテルのうち、エーテル環がすべて縮合して梯子状構造になったyessotoxin(下図)に関して上述の標識実験を行い、その結果によりこの炭素脱離機構を論じている。加えてエーテル環酸素原子の由来についても論じている。

本論文は第1~5部からなる本論からなり、巻末に参考文献と本研究の結論に至った分光分析の生データが掲載されている。第1部の序論では、本論文での研究主題の背景に関して、これまで知られているエーテル環を含むポリケチド天然物の代表例、および放線菌由来の抗生物質を含めたポリケチド天然物の生合成研究により得られている知見が紹介されている。そしてこうした背景を受けた本研究の意義が述べられており、その位置付けが明確になっている。

第2部ではyessotoxinの生産渦鞭毛藻の培養によるC-13炭素同位体の標識実験に関して記されており、この結果本化合物はグリコール酸を出発とした酢酸による炭素鎖伸長により生合成されること、そしてその過程で酢酸の概ね一分子おきにそのカルボニル炭素が脱離していることを明らかにした。さらに重水素化酢酸による標識実験を行い、カルボニル炭素の脱離機構に関して示された知見が述べられている。また炭素一原子の側鎖はメチオニンによる一箇所を除き酢酸のメチル炭素由来であることを明らかにし、これは主鎖伸長の過程でここでの主鎖形成酢酸のメチル炭素への側鎖形成酢酸のアルドール縮合と続く脱炭酸によるものであるとの提唱がなされている。

第3部では本化合物の酸素原子の由来に関して、0-18同位体による標識実験について述べられており、分子末端のグリコール酸由来のものと環外に置換した酢酸由来のヒドロキシ基を除き、エーテル環の酸素はすべて分子状酸素に由来することを示した経緯が述べられている。これはエーテル環の形成機構として炭素鎖の二重結合が酸素分子により酸化されたポリエポキシドカ弐、協奏的に閉環することで梯子状ポリエーテルが形成されるという従来の仮説を、初めて実験的に裏付けた画期的な成果である。

第4部では以上の実験結果を踏まえた本研究の結論が述べられており、第5部では追試を可能とする実験内容の詳細が記されでいる。本研究のうち研究立案の一部は共同研究者の助言を受け、また質量分析実験の一部は外部に委託したものであるが、渦鞭毛藻の培養による同位体標識および実験結果の解析とその考察はすべて本論文提出者によって行われた。よって同人の貢献寄与は十分と判断できる。

従って、本論文提出者である山崎正稔は、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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