学位論文要旨



No 126732
著者(漢字) 角井,康貢
著者(英字)
著者(カナ) カクイ,ヤスタカ
標題(和) 核内微小管による染色体配置変換を介した分裂酵母の減数分裂期組換えと染色体分配との連携機構
標題(洋) Coordination of meiotic recombination and faithful chromosome segregation through nuclear-microtubule-dependent chromosome rearrangement in fission yeast meiosis
報告番号 126732
報告番号 甲26732
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5677号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 准教授 末次,志郎
 東京大学 准教授 大杉,美穂
内容要旨 要旨を表示する

細胞が分裂・増殖するためには、複製した1組の染色体ゲノムを正確に2つの娘細胞へと分配することが不可欠である。このような体細胞分裂において、染色体の分配にエラーが生じると染色体ゲノムの倍数性が崩れ、異数体が生み出される。異数体は癌化した細胞で頻繁に観察されることから、染色体分配のエラーは細胞の癌化や細胞死の主な原因の1つであると考えられている。したがって、細胞は様々な工夫を凝らして正しい分配を行うことで、異常な細胞が生み出されることを防いでいる。

細胞は自己が増殖するのみならず、次世代へと命を繋ぐために子孫を残すことが必要となる。このため、配偶子である精子や卵(酵母では胞子)を作らなければならない。配偶子は、その形態や染色体ゲノムの特殊性から特別な分裂様式である減数分裂により生み出される。減数分裂における染色体分配のエラーは異常な配偶子を生み出し、子孫の生存に重篤な悪影響を及ぼすこととなる。このような減数分裂の異常は、ダウン症に代表される遺伝疾患や胎生致死の主たる原因となることが知られており、世代交代を繰り返し、生物が種を維持していくためにも減数分裂における染色体分配は厳密に制御されていなければならない。体細胞分裂が「個体」の維持に重要であるのに対して、減数分裂は「種」の維持に重要となる。

体細胞分裂においては、DNA複製と染色体分配とが1回ずつ交互に繰り返されて細胞の増殖が起きる。これに対して減数分裂では、DNA複製の後、高頻度な組換え、さらに2回連続した染色体分配が続けて行われ、最終的に配偶子が作られる。減数分裂に特徴的な現象として、高頻度な組換えが起きること、および染色体分配が2回連続して行われることが挙げられる。これらの特徴はそれぞれ、子孫の遺伝的な多様性を生み出すためと、ゲノムの倍数性を半減させるために非常に重要な役割を担っている。各々の現象については研究が進められ、その分子メカニズムが明らかになりつつある。しかしながら、高頻度な組換えと2回連続した染色体分配という2つの異なる現象が高度に連携していると予想されるにも関わらず、それらを連携させている分子メカニズムについてはほとんど解析がなされておらず、数多くの不明な点が残されている。そこで私は、配偶子の多様性を生み出す「組換え」と配偶子の生存に関わる「染色体分配」がどのように連携しているかについて、その分子メカニズムの解明を目指した。

私が解析に用いた分裂酵母Schizosaccharomyces pombeは、体細胞分裂と減数分裂とで染色体の核内配置が大きく変化することが知られている(図1)。体細胞分裂期の間期においては、染色体の中央領域に形成される微小管結合部位キネトコアがスピンドル極体(SPB;高等生物の中心体に相当〉近傍に集、合している。他方、染色体の末端領域であるテロメアはSPBから離れた位置に存在する。このような染色体配置はRablorientationと呼ばれている(図1a)。SPB近傍に存在するキネトコアは、分裂期に入るとSPBから伸長してきた微小管によって直ちに捕捉され、比較的容易に微小管とキネトコアの結合が完了すると考えられる。すなわち、微小管の形成中心であるSPB近傍にキネトコアを予め集合させておくことで、分裂期での微小管によるキネトコアの捕捉を手助けしているといえる。これに対して減数分裂前期には、染色体の核内配置は体細胞分裂の配置をちょうど反転させた形になる(図1b)。すなわち、テロメアがSPB近傍に集合し、それと入れ替わるようにキネトコアがSPBから遠位に存在している。この染色体配置はその見た目からブーケ構造と呼ばれ、真核生物の減数分裂において広く観察されている。ブーケ構造は、染色体末端を束ねることにより相同染色体のペアリングを促進して、減数分裂における高頻度な組換えを効率的に遂行するために重要な役割を果たしていると考えられている。このようにブーケ構造は組換えを促進するためには効果的な染色体配置であるが、キネトコアがSPBから離れて存在しているため、染色体分配に必須な微小管によるキネトコアの捕捉が効率的に起きず、続いて行われる減数分裂での染色体分配にとって不都合である。したがって、組換えとそれに続く分裂期での染色体分配とを連携させる未知なるメカニズムが存在する可能性が示唆された。私は染色体の挙動を詳細に観察することで、これら2つの異なる働きを持つプロセスを連携させる分子機構について解析を行った。

本論文では、微小管、キネトコア、SPBをそれぞれ3種類の異なる蛍光タンパク質により可視化することで、生細胞における挙動を同時にリアルタイムで観察できるシステムを構築した。顕微鏡観察の結果より、減数第一分裂における染色体分配開始に先立って、ブーケ構造からRablorientationへと染色体配置の変換が起きることがわかった。そして、この時期に特異的な核内微小管構造が形成されることを発見した.同様の核内微小管構造はこれまでのところ報告がなく、新規の構造と思われる。この核内微小管は、組換え期のブーケ構造において核内に散在していたキネトコアをSPBへと集合させる役割を担っていた。さらに、核内微小管の形成には微小管結合タンパク質複合体TACC/AIp7-TOG/Alp14が必要であった。驚くべきことに、TACC/Alp7・TOG/AIp14複合体は微小管結合タンパク質であるにも関わらず、微小管に依存せずに減数分裂期のキネトコアに局在した。キネトコアにおけるTACC/AIp7-TOG/Alp14複合体の機能およびその重要性に迫るために、キネトコアに存在するAlp14のみを特異的に破壊する人工的な実験系を構築した。その結果、核内微小管がキネトコア方向へと伸長しても、捕捉されないキネトコアが頻繁に観察された。このことは、キネトコア特異的なAlp14の破壊により微小管とキネトコアの接着に欠陥が生じることを示している。すなわちTACC/AIp7-TOG/Alp14複合体は、核内微小管の形成に関与するのみならず、キネトコアにおいて微小管との接着に重要な役割を果たしていることがわかった。以上の結果から、減数分裂ではTACC/AIp7-TOG/AIp14複合体による核内微小管システムが、SPBから離れたキネトコアを効率的に集合させることで、染色体の核内配置変換を促進し、多様性を生み出す「組換え」と正確な「染色体分配」とを連携させている可能性が示唆される。

図1.分裂酵母の染色体の核内配置

a.体細胞分裂間期の染色体配置。5PB近傍にキネトコアが集合し、テロメアはSPBから離れた位置に存在するRabl orientationとなっている。b.減数分裂前期(組換え期)の染色体配置。体細胞分裂問期とは異なリ、テロメアがSPB近傍に集まりキネトコアはSPBから解離するブーケ構造を形成している。分裂酵母では組換えを促進するために、減数分裂前期において細胞内を核が往復運動するホーステール核運動が起こっている。

審査要旨 要旨を表示する

学位申請者角井康貢は、分裂酵母を用いて減数分裂における組換えと染色体分配の連携機構を解析した。減数分裂の組換え期において、染色体はいわゆるブーケ構造を形成している。ブーケ構造とは、染色体末端テロメアがスピンドル極体(SPB;高等生物の中心体に相当する分裂酵母の細胞小器官)に集合し、いっぽう染色体の中央部に存在する微小管結合部位キネトコアはSPBから遠位に位置する染色体配置である。体細胞分裂の際には、キネトコアがSPBに集合してテロメアは遠位にあり、染色体はちょうど逆の、姉妹染色分体を両極に分配しやすい配置をとっている。申請者は減数分裂時の組換えに適したブーケ構造からどのように正確な染色体の分配が起こるかに興味をもち解析を行った。

申請者はまず細胞の多色ライブイメージングにより、減数分裂における染色体のキネトコアとテロメアの挙動をSPBの挙動と同時に観察した。その結果、分裂期の開始に先立って組換えのための染色体配置であるブーケ構造が解消され、テロメアはSPBから解離してキネトコアがSPB近傍に集合することを見いだした。また、従来法を改良したGFP-チューブリン観察系を用いて、減数分裂における微小管の挙動を観察し、減数第一分裂の開始前の核内に、他の時期には見られない放射状の微小管構造が形成されることを発見した。申請者はさらに、この核内微小管がキネトコアをSPBへと運搬することを明らかにした。この核内微小管によるキネトコアの運搬に関わるタンパク質の探索を行った結果、既知の微小管モータータンパク質は関わっておらず、Dam1複合体が運搬に重要であった。

申請者は引き続きこの運搬システムについて、体細胞分裂においてスピンドル微小管の形成に関与することが知られている微小管結合タンパク質複合体TACC/Alp7-TOG/Alp14の関与を調べた。その結果、Alp7-Alp14複合体が欠けると核内微小管が十分に形成されず、キネトコアの回収や染色体分配に顕著な異常が見られた。さらにAlp7-Alp14複合体は、体細胞分裂時とは異なり、減数分裂時には微小管に依存せずにキネトコアに局在できることがわかった。キネトコアにおけるこの複合体の機能を解析する目的で、キネトコアでAlp7-Alp14複合体が切断される変異体を作製したところ、この変異体では微小管とキネトコアの接着が確立せず、キネトコア集合に遅延が見られ、染色体分配に異常が生じた。これらのことから、染色体配置の変換を分裂期の開始までに完了しておくことが、減数分裂における正しい染色体分配に重要であることが示唆された。減数分裂時にはAlp7-Alp14複合体が微小管非依存的にキネトコア局在したため、その局在機構についての解析を進めたところ、接合フェロモン受容MAPK経路およびNdc80-Nuf2複合体に依存したキネトコアの再構築と、染色体分配に関わるMoa1タンパク質および細胞周期を制御するCDK(Cyclin-dependent kinase)活性などが必要であることがわかった。

申請者は最後に、減数分裂のブーケ構造の解除においてテロメアがSPBから解離する分子機構について解析を行っている。テロメアはキネトコアとは異なり、核内微小管の形成には依存せずに解離した。減数分裂特異的転写因子Mei4の解析から、CDKの活性化によりSPBからのテロメアの解離が誘導されることが明らかとなった。さらにCDKによるリン酸化の標的因子の探索を行った結果、テロメア解離に伴い、テロメアから局在が消失するテロメア結合タンパク質Rap1を候補として見いだした。非リン酸化型Rap1変異体ではテロメアがSPBに結合したまま減数分裂の分裂期へと進行した。よって、Mei4によるCDKの活性化がRap1のリン酸化を介して、テロメアのSPBからの解離を制御していることが明らかとなった。

以上、角井康貢は本研究により、減数分裂ではブーケ構造から新規核内微小管構造に導かれて染色体配置の変換が起きることで染色体が正確に分配されていることを解明した。その分子メカニズムとして、キネトコアはCDK活性の上昇に伴い形成される核内微小管によりSPBへと集合し、テロメアはCDKによりRap1がリン酸化されることでSPBから解離することを明らかにした。これらの研究成果は、染色体の配置変換が減数分裂において組換えと染色体分配とを連携させていることを明確に示す重要なものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は佐藤政充、田仲加代子、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、角井康貢に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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