学位論文要旨



No 126737
著者(漢字) 石黒,伸茂
著者(英字)
著者(カナ) イシグロ,タダシ
標題(和) シュゴシン-PP2A複合体はI型カゼインキナーゼ依存的なセパレースによるRec8の切断に拮抗する
標題(洋) Shugoshin-PP2A counteracts casein-kinase-1-dependent Rec8 cleavage by separase.
報告番号 126737
報告番号 甲26737
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5682号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 白髭,克彦
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
内容要旨 要旨を表示する

〈序〉

真核生物が分裂の過程で遺伝情報を安定に保持していくためには、遺伝情報の本体である染色体を正確に分配する必要がある。染色体分配を正常に進めるにあたって必須なプロセスの一つが、複製と連動して生じる姉妹染色分体ペアの物理的な「接着」である。姉妹染色分体ペアに接着が存在すると、分配するべきペアを識別できるだけでなく、動原体が両極から伸びてきたスピンドル微小管によってそれぞれ捉えられた場合、スピンドル微小管による牽引力に拮抗する形で姉妹動原体間に張力が発生する、細胞はこの張力が発生しセ場合にのみ正しい分配の準備ができたと認識するチェックポイント機構を有することで、正確な染色体分配を保証している。

姉妹染色分体間の接着を担う因子はコヒーシン複合体と呼ばれ、Smcl、Smc3、Scc3/SAさらにα一kleisinの4つのサブユニットからなるリング状の構造を取っている。コヒーシン複合体はそのリング内に姉妹染色分体ペアを抱え込む形で接着を確立し、その接着は分裂中期まで維持されると考えられている。分裂中期に染色体の整列が完了すると、チェックポイントが解除され、その結果活性化されるセパレース(separase)と呼ばれるプロテアーゼによってα一kleisinサブユニットが切断される。これによって、コヒーシンによる染色体の接着が解除され、分裂後期が開始される。α-kleisinには体細胞分裂期型(Rad2Dと減数分裂期型(Rec8)のものが存在するが、両者の間にはseparaseによる切断制御に違いが見られる。体細胞分裂期で主に発現するRad21は、分裂後期への進行に伴い染色体全体に渡り一過的に切断される一方、減数分裂期でのみ発現するRec8は減数第一分裂後期において染色体腕部では切断を受けるが、セントロメア周辺のRec8の切断は減数第二分裂まで保護される。このようなコヒーシンの段階的な分解により、減数第一分裂で相同染色体の分離が起き、続く減数第二分裂で姉妹染色分体の分離が起きることを保証している。この減数第一分裂におけるセントロメアRec8の切断保護を担うのがシュゴシン(Sgo1}プロテインフォスファターゼ(PP2A)複合体である。Sgo1は進化的に保存された因子で分裂酵母では減数第一分裂期特異的に発現しセントロメア周辺に局在化する。またRec8の保護には、SgoIとの相互作用を介してセントロメア周辺に濃縮されたPP2Aの脱リン酸化酵素活性が必要であることが知られている。このことから、Rec8の切断の促進には何らかのキナーゼを介したリン酸化反応の寄与が示唆されるが、これまでにそのキナーゼが何であるか、あるいはRec8の切断を促進するリン酸化が何を標的とするかについては明らかになっていなかった。そこで私は、減数分裂期にSgo】-PP2Aに拮抗してRec8の切断を促進するキナーゼとその標的因子を同定することで、減数分裂期に特徴的なコヒーシン複合体の段階的な分解制御を担う分子機構を明らかにすることを目的とし本研究を行った。

〈結果〉

上記のキナーゼの取得のために、遺伝学的スクリーニングを行った。通常、発現がみられないRec8を体細胞分裂期に強制的に発現させるとRad21を発現している野生型と同様にRec8は一過的な切断制御を受ける。しかし同時にSgolを発現させるとSgol-PP2Aによってセントロメア周辺のRec8が切断から保護されるために細胞は染色体不分離に伴う生育阻害を示す。よって、体細胞分裂期においてもSgo1-PP2Aに拮抗する何らかのキナーゼに依存したRec8の切断制御機構の存在が示唆される。したがって、このキナーゼの活性が低下するような変異株ではRec8の切断効率が低下する結果、染色体不分離に伴う生育阻害を示すと考えられる。そこで、Rec8の発現誘導が可能な分裂酵母株に対するランダムな変異誘発により、Rec8の発現に依存した生育阻害と染色体不分離が起こる変異体のスクリーニングを行った結果、1型カゼインキナーゼ(CK1)をコードするhhρ2+の変異株が単離された。次に、減数分裂期においてもHhp2がRec8の切断を促進する機能をもつか検討を行った。もう一つのCK1パラログであるHhp1とHhp2、両者の活性を抑えたCκ『1変異体を作製し解析した結果、減数分裂期においてもRec8のリン酸化レベルおよび切断性の低下が見られたことから、実際にCK1が減数分裂期においてRcc8コヒーシンの切断を促進する制御を担うキナーゼであることが示された。また'11v々roにおいてRec8はCK1によるリン酸化の基質となることが明らかになったことから、次にRec8の減数分裂期におけるCK1依存的なリン酸化残基を同定する目的で、野生型およびCK1変異株の減数第一分裂中期からそれぞれ調製したRec8タンパク質を質量分析により解析した。その結果、CKIによるRec8のリン酸化残基としてセリン412番(S412)が同定された。またこの周辺にはS412を含めて7か所のCK1標的コンセンサスが密集して存在したため、それら全てをアラニンに置換したアθc8-7A変異体を作製したところ、減数第一分裂期の染色体分配が完全に阻害された。またin vitroでRec8-7Aタンパク質がCK1によってリン酸化されないことに加え、減数分裂期でRec8-7Aタンパク質の切断効率が著しく低下していることも明らかになった。これらの結果から、CK1がRec8を直接リン酸化することによって、その切断を促進的に制御していることが示唆された。

減数第一分裂期でCK1は、Sgo1-PP2Aと同様にセントロメア周辺に局在することから、セントロメアではSgol-PP2Aの脱リン酸化活性とCK】のリン酸化活性が拮抗し、それらのバランスによって、Rec8の切断性が変化しうるのではないかと考えられた、そこで、通常CK1のリン酸化活性を上回るSgo1-PP2Aの脱リン酸化活性によりRec8が切断から保護されていると推測されるセントロメアへ過剰」量のCK1を局在化させたときに、sgo1破壊株と同様の、セントロメアのRec8が切断から保護されない表現型を示すかどうかを検証した。Sgo1-PP2Aはセントロメア内のヘテロクロマチン領域に局在する。そこでヘテロクロマチン局在化能を有するペプチド配列であるクロモドメイン(CD)をCK1に融合したCKI-CDを発現したところ、キナーゼ活性依存的に減数第二分裂前期にセントロメアRec8の消失が観察された。このときSgo1-PP2Aの局在量には変化が見られなかったことから、CK1-CDはSgol-PP2Aの脱リン酸化活性を上回り、セントロメアのRec8をリン酸化型にすることで減数第一分裂後期の段階でseparaseによる切断を誘起したものと考えられる。以上の結果から、次のようなモデルが想定される(図1)。減数第一分裂期に入るとRec8は染色体全体にわたりCK1によるリン酸化をうけseparaseによって切断されやすい状態となる一方、セントロメアではSgo1-PP2Aが集積していることから、CK1依存的なリン酸化に拮抗する脱リン酸化がおこりRec8は切断されにくい状態が維持される。その結果、減数第一分裂後期でseparaseが活性化すると染色体腕部のRec8は切断されるがセントロメアのRec8は切断から保護されると予想される。本研究を通じて、減数分裂期に特徴的である一回の複製に続く連続した二回の染色体分配の履行を支える分子基盤の一端が、CK1とSgo1-PP2AによるRec8のリン酸化を介した切断制御によって担われていることを明らかにした。

〈まとめと展望〉

本研究において、分裂酵母Rec8のS412の周辺残基を巡るCKIのリン酸化とSgo1-PP2Aの脱リン酸化のバランスが、段階的なRec8の切断制御を可能にしていることが明らかになった。しかし、r8c8-7A変異体がほぼ切断されないのに対しck1変異株では効率は下がるもののRec8の切断自体は有意に観察された。この原因として他のキナーゼがRec8の切断に対して重複する機能を有している可能性が考えられる。最近、出芽酵母を用いた研究からCK1とDDK(Dbf4dependentkinase)がRec8の切断を促進的に制御するという報告があり、分裂酵母でもDDKはCK1と重複した機能を持つ候補因子の一つである。また、本研究で行ったRec8の切断を促進的に制御するキナーゼのスクリーニングは体細胞分裂期の細胞で行ったため、減数分裂期特異的に発現している遺伝子は単離されない、したがってそれらの中にRec8の切断を促進するキナーゼが存在する可能性も考えられる。上記のことを踏まえて、将来的にはDDKの寄与について調べるとともに、さらなるキナーゼの特定のために減数分裂期のcDNA発現ライブラリーを用いて、Rec8依存的な生育阻害を抑圧できるような遺伝子の探索も進めたい。また、CK1依存的なRec8の切断制御メカニズムが進化的に広く保存されている可能性についても検討したい。

図1.Rec8の切断制御におけるCK1とSgo1-PP2Aの拮抗モデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文は要旨(和文および英文)、序論、材料と方法、結果と考察(1~10章)、まとめと展望、参考文献および謝辞により構成される。

「序」では、染色体分配における姉妹染色分体の接着の重要性や、その機能を担う因子であるコヒーシン複合体の性質、および染色体分配に際しコヒーシン複合体が染色体から脱理するメカニズムに関して、これまでの知見が、体細胞分裂と減数分裂での対比をした上で述べられている。また、本研究の目的が減数分裂型コヒーシンRec8を切断から保護する因子Sgo1-PP2A複合体に拮抗してRec8の切断を促進する未知のキナーゼとその基質の同定及び解析であることが記述されている。

「材料と方法」では、本研究に使用した大腸菌株と分裂酵母株の遺伝子型と培地、および実験手法についての詳細な記述が為されている。

「結果と考察」は全10章から構成されている。第1章ではRec8の切断に必要なキナーゼを遺伝学的スクリーニングするための戦略および、それによってI型カゼインキナーゼδ/εアイソフォーム(CK1)をコードするhhp2+遺伝子が該当するキナーゼの遺伝子として取得されたことが述べられている。第2章では、hhp2+遺伝子の完全破壊株がRec8発現下で染色体不分離を起こすことが示されている。第3章、第4章では2つのCK1、Hhp1とHhp2が減数分裂において重複する活性を持ち、Rec8の切断性をリン酸化に寄与することが明らかにされている。第5章では、減数第一分裂中期の分裂酵母細胞から精製したRec8タンパク質の一次配列上のリン酸化残基を質量分析によって特定した結果について述べられており、さらに、これをもとに作成されたrec8-S412A変異株とS412周辺のCK1コンセンサスにアラニン置換変異を追加したrec8-7A変異株の表現型(第6章)、およびその表現型がRec8の切断性の低下に起因するものであること(第7章)が示されている。第8章ではセントロメアにCK1の活性があることが示されSgo1-PP2Aと拮抗する可能性を指摘している。これを受けて第9章、第10章では、実際にセントロメアに集積させたCK1がSgo1-PP2Aに拮抗すること、および両者の拮抗関係がRec8上に特定された切断性に寄与のある7箇所のリン酸化残基を巡って成立していることが述べられている。

「まとめと展望」では、他の重複する機能を持つキナーゼの存在について、リン酸化によってRec8タンパク質の切断性が上がることの分子的な解釈について、およびCK1依存的なRec8切断制御メカニズムの高等動物における進化的保存性について論じられている。

本論文によるCK1依存的なリン酸化を介したRec8の切断制御機構の証明は、Sgo1-PP2A依存的なRec8の保護機構を裏付けると同時に、今までに推測されてはいたが実態が分かっていなかったRec8の切断を促進的に制御するキナーゼを初めて特定した点において重要な成果であると考えられる。

なお、本論文の第1章は田中晃一との、第4章、第6章、第8章は作野剛士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、審査委員会は全員一致で上記の者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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