学位論文要旨



No 126738
著者(漢字) 伊藤,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ケンタロウ
標題(和) mRNA分解酵素複合体CCR4-NOTの作用機構及び生理学的機能の解明
標題(洋) Analysis of the structural organization and physiological importance of the CCR4-NOT deadenylase complex
報告番号 126738
報告番号 甲26738
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5683号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 黒田,真也
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 准教授 程,久美子
内容要旨 要旨を表示する

生物は遺伝子の発現量を制御することにより、細胞の機能発現・ストレス応答・恒常性の維持・発生・分化など様々な生物学的プロセスを実行している。多様な遺伝子発現制御機構の中でもmRNA分解経路は新しい遺伝子発現調節機構として昨今、その生物学的重要性が議論されている。

真核生物のmRNAは転写後、5'末端にキャップ構造、3'末端にポリ(A)尾部構造が付加される。この2つの末端構造にそれぞれ翻訳開始因子やポリ(A)結合タンパク質が動員され、これらのタンパク質間相互作用によりmRNAは環状化される。mRNAの環状化はポリソーム形成を促し翻訳を活性化するだけでなく、mRNA自身をエクソヌクレアーゼによる分解から守っている。このことはポリ(A)尾部構造がmRNAの安定性を規定していることを示唆しており、真核生物のmRNA分解はポリ(A)尾部の短縮(脱アデニル化)から開始される(図1)。脱アデニル化を受けたmRNAは環状構造を維持できず、Processing body(P-body)にてDCP1/2による脱キャップ反応とXRN1エクソヌクレアーゼによる5'末端からの不可逆的な分解を受ける。

CCR4-NOT複合体は酵母からヒトまで進化的に高度に保存された巨大なタンパク質複合体で、近年mRNAの脱アデニル化を担う分子として同定された。CCR4-NOT複合体は細胞内で2.0 MDaと1.2 MDaの2形態をとり、両形態には少なくとも9個のサブユニット(CNOT1-CNOT3, CNOT6/6L, CNOT7-CNOT10)が存在する。このうち、CNOT6/6L, CNOT7/8はmRNAの脱アデニル化活性を有することが報告されており、この活性がCCR4-NOT複合体の主要な機能であると考えられている。しかしながら、機能未知のサブユニットも多く存在し、CCR4-NOT複合体の形成機構や活性調節機構について明らかにされていない。そこで本研究はCCR4-NOT複合体サブユニットCNOT1, CNOT2ならびにCNOT9の機能解析を通じて、当該複合体の形成機構や生理学的重要性に迫ることを目的とした。

1. CNOT1及びCNOT2の複合体形成への寄与

CNOT1及びCNOT2の生理学的機能を解析する目的で、short interfering RNAを用いて培養細胞中の両サブユニットの発現を抑制した時に細胞に現れる影響を検討した。その結果、CNOT1, CNOT2の発現抑制により、細胞にカスパーゼ依存的なアポトーシスが誘導された。酵母を用いた先行研究から、Not1pはCCR4-NOT複合体の足場タンパク質であり、Not2pは酵母特異的サブユニットNot5pを複合体に留め置く役割を担うとされている。そこで、それぞれの発現抑制細胞中のCCR4-NOT複合体の形成状態について詳細な検討を試みた。CNOT1発現抑制細胞中のCCR4-NOT複合体サブユニットの発現をイムノブロットによって検討したところ、CNOT2, 6L, 7, 9の発現がコントロール細胞に比べて大幅に低下していることを見出した。一方、CNOT2発現抑制細胞では当該複合体サブユニットの発現低下は観察されなかった。そこで、CNOT2発現抑制細胞中のCCR4-NOT複合体の形成状態をゲル濾過クロマトグラフィーにより解析した。コントロール細胞において当該複合体サブユニットは2.0 MDa付近の画分に存在していたが、CNOT2発現抑制細胞ではそれらが1.2 MDa付近の画分に顕著に現れた。このことから、CNOT2は当該複合体の安定性に寄与していることが分かった。

次に、CNOT2の発現抑制に因るCCR4-NOT複合体の不安定化が脱アデニル化活性に影響を与えるかを、試験管内再構成系における脱アデニル化活性測定実験で検証した。その結果、CNOT2発現抑制細胞より精製したCCR4-NOT複合体の脱アデニル化活性はコントロール細胞から精製したものに比べて顕著に減弱していることを見出した(図2)。さらに、CNOT2発現抑制による複合体活性の低下が細胞内mRNA分解へ影響を及ぼすかを検討すべく、P-bodyの挙動を観察した。コントロール細胞では一細胞あたり10個ほど観察されたP-bodyが、CNOT2発現抑制細胞では顕著に減少していた。このことから、CNOT2は2.0 MDa CCR4-NOT複合体を安定に保つことで脱アデニル化活性を保障していることが示唆された。

細胞内のmRNAは、ポリソームを形成し翻訳を活発に行う状態とP-bodyにおいて分解を受ける状態の平衡関係にあることが報告されている。これを踏まえると、CNOT2発現抑制細胞で観察されたP-bodyの減少は当該細胞内におけるmRNAの蓄積と翻訳の活性化を意味していると思われる。そこで、CNOT2発現抑制細胞中のタンパク質量を測定することで、上記の仮説を検討した。その結果、単位細胞数あたりのタンパク質量はCNOT2の発現抑制によってコントロール細胞の2倍近くまで増加することが分かった。興味深いことに、CNOT2発現抑制で誘導されたアポトーシスは翻訳阻害剤であるシクロヘキシミドの添加によって抑圧されること、CNOT2発現抑制細胞において小胞体ストレス依存的アポトーシス時に働くカスパーゼ4の活性化と転写因子CHOP/GADD153の発現誘導をそれぞれ見出した(図3)。これらの結果から、CNOT2の発現抑制により細胞に小胞体ストレス依存的アポトーシスが誘導されることが示唆された。また本研究から、CCR4-NOT複合体は細胞内mRNAの翻訳―分解バランスを司る重要な因子であり、当該複合体の機能欠損は細胞の生存に大きな影響を与えることが示唆された(図4)。

2. CNOT9のCCR4-NOT複合体活性への役割と胎児内血管網形成への関与

CCR4-NOT複合体サブユニットCNOT9は、これまでの研究から細胞の分化に関与することが示唆されてきているが、その生理学的意義やCCR4-NOT複合体サブユニットとしての役割については明らかにされていない。最初に、マウスの組織におけるCNOT9タンパク質の発現様式をイムノブロットで検討した。その結果、CNOT9は多くの組織で発現が観察され、特に精巣、脾臓、胸腺などで高い発現を示した。CNOT9の生理学的機能を解析する目的で、Cnot9遺伝子欠損マウスを作製した。Cnot9遺伝子ホモ欠損(Cnot9-/-)マウスは胎生9.5日目あたりで成長遅滞を呈し、胎生11.5日目あたりで致死となった。またCnot9-/-胚は青白く、卵黄嚢に血管が走行していない外見をしていた(図5)。そこで、当該遺伝子欠損マウスの胚性致死の原因を血管形成異常の面から検討することにした。

Cnot9-/-胚の血管網形成について、血管内皮細胞マーカーであるPECAM(Platelet Endothelial Cell Adhesion Molecule)の全胚免疫染色によって検討した。その結果、Cnot9-/-胚の卵黄嚢にも血管網が存在していることが分かったが、野生型胚の卵黄嚢では階層性のある血管網が構築されているのに対し、Cnot9-/-胚の卵黄嚢では原始血管叢様の構造を呈していた(図6)。また、胚体内の血管網形成の指標である体節間を走行する血管の張り出しを評価したところ、野生型に比べCnot9-/-胚では張り出しが弱いことを見出した。さらにOP-9細胞共培養実験において、Cnot9-/-胚の卵黄嚢より回収した細胞から形成された血管内皮細胞コロニーの数・大きさは共に野生型に比べ顕著に減少していた。以上の結果から、Cnot9-/-胚では血管網の成熟・発達過程の異常により胚性致死を呈することが示唆された。

Cnot9-/-胚で観察された血管網形成異常を引き起こす分子機構を解析する目的で、マイクロアレイから得られる網羅的遺伝子発現プロファイルをCnot9-/-胚と野生型胚間で比較した。その結果、Cnot9-/-胚のJag1やCxcr4などの血管形成関連遺伝子の発現に野生型胚との顕著な相違を見出した。興味深いことに、試験管内再構成系においてCNOT9タンパク質は脱アデニル化触媒サブユニットであるCNOT7の活性を抑制した。

以上のことから、CNOT9はCCR4-NOT複合体の脱アデニル化活性を制御することで血管形成関連遺伝子群の安定性を規定していることが示唆された。

図1:mRNA分解経路

図2:試験管内再構成系における脱アデニル化活性測定実験。各細胞より精製したCCR4-NOT複合体をpoly (A)RNAと反応させた。

図3:カスパーゼ4のイムノブロット。CNOT2発現抑制細胞で切断型カスパーゼ4が増加している。

図4:CCR4-NOT複合体の機能欠損が引き起こすmRNA分解不全の概念図

図5:Cnot9遺伝子欠損マウス。(A) 胎生10.5日目のCnot9-/-胚と同腹の野生型。Cnot9-/-胚のほうが野生型に比べて小さいことがわかる。(B, C) 胎生10.5日目のCnot9-/-胚と同腹の野生型の卵黄嚢。野生型には血管が観察されるが、Cnot9-/-胚には見られない。

図6:抗PECAM抗体による胎生10.5日胚の卵黄嚢の免疫染色。野生型に見られるような階層性のある血管網がCnot9-/-胚には見られない。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はmRHA分解の最初の反応である脱アデニル化を担うmRNA分解酵素複合体CCR4-NOTについて、培養細胞及び遺伝子改変マウスを用いた解析を通じて、当該複合体の形成機構や生体における機能の解明を試みたものである。本論文は二章から構成されており、内容を要約すると以下のようになる。

第一章では、CCR4-NOT複合体サブユニットCNOT2について、当該複合体の形成及び脱アデニル化活性に対する機能解析について述べられている。まず、論文提出者は、培養細胞にsiRNAを導入し当該サブユニットの発現を抑制した。CNOT2発現抑制細胞溶解物を用いた免疫沈降実験、GSTプルダウンアッセイ及びゲルろ過クロマトグラフィーを用いた解析から、CNOT2はCNOT3と直接結合すること、CNOT2の発現抑制によって2.OMDaCCR4-NOT複合体は1.2MDaと0.5MDaの2つに分かれることを見出した。これらの解析から、CNOT2は2.OMDaCCR4-NOT複合体を形作る役割を担うことが示唆された。

CCR4-NOT複合体の脱アデニル化活性に対するCNOT2の機能を検討する為、論文提出者は培養細胞から当該複合体を免疫沈降により精製し、試験管内再構成系において脱アデニル化活性を測定した。その結果、コントロール細胞から精製したCCR4-NOT複合体に比べ、CNOT2発現抑制細胞から精製した複合体の脱アデニル化活性が低下していることが分かった。さらに、細胞内mRNA分解の場であるP-b0dyの免疫染色実験から、CNOT2発現抑制細胞中のP-bodyの数がコントロール細胞に比べ有意に減少していることを見出した。これらのことから、CNOT2はCCR4-NOT複合体の脱アデニル化活性の制御に関わるサブユニットであることが示唆された。

論文提出者はさらに、CNOT2の発現抑制が細胞に与える影響について解析し、CNOT2発現抑制細胞において、(1)アポトーシス誘導(2)タンパク質の過剰生産(3)小胞体ストレス依存的アポトーシス経路に関与するCaspase-4の活性化とCHOPの転写量増加を見出した。

以上の解析結果から、CNOT2は2.OMDaCCR4-NOT複合体の構造を維持することで当該複合体が持つ脱アデニル化活性を保障する機能を有することが示唆された。また、当研究は脱アデニル化不全に伴って細胞死が誘導されること、さらにはその制御機構の一端を示したものであり、非常に興味深いものと言えよう。

第二章では、論文提出者が作製したCCR4-NOT複合体サブユニットCnot9遺伝子欠損マウスの表現型解析について述べられている。当該遺伝子ホモ欠損マウスは胎児内血管網形成不全により胎生12.5日目で致死となった。さらに、OP-9細胞共培養系を用いた血管内皮細胞への分化誘導実験から、野生型胚に比べCnot9遺伝子ホモ欠損胚由来の細胞の分化能や血管網形成能が減弱していることを見出した。

CNOT9によって制御されるmRNAを探索すべく論文提出者は、マイクロアレイ解析によって得られた野生型胚とCNOT9遺伝子ホモ欠損胚の遺伝子発現プロファイルを比較した。その結果、当該遺伝子ホモ欠損胚において、血管網形成関連遺伝子群の顕著な発現変動を見出した、これらの遺伝子群の中から・CNOT9の標的mRNAを探索すべく、3'UTRにおけるAUrichelementの有無やGeneOnto1ogy解析に基づいて候補遺伝子を抽出し、定量的RT-PCRにより発現変動の再現性を確認した。その結果、Cxcr4やJag1などの遺伝子について有意に再現性を確認することが出来た。

CNOT9のCCR4-NOT複合体脱アデニル化活性への寄与を検討する為、脱アデニル化触媒サブニ・ニットCNOT7とCNOT9タンパク質を精製し、試験管内再構成系において脱アデニル化活性を測定した。その結果、CNOT7の活性はCNOT9の添加により抑制されることを見出した。このことから、CNOT9はCNOT7の脱アデニル化活性に対して負に働きうることを示唆した。

以上の解析結果から、CCR4-NOT複合体はCNOT9を介して血管網形成関連遺伝子mRNA群の安定性を調節することによって適正な胎児内血管網形成を実現していると考えられる。当研究は血管網形成過程においてmRNA分解レベルでの制御という新たな側面を提唱するものとして大変意義深いと考える。

なお、本論文第一章は井上毅博士、横山一剛博士、森田斉弘博士、鈴木亨博士、山本雅博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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