学位論文要旨



No 126741
著者(漢字) 藤田,生水
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,イクミ
標題(和) 分裂酵母の細胞質ダイニンによる核往復運動の発生機構
標題(洋) Mechanism of the nuclear oscillation driven by cytoplasmic dynein in fission yeast
報告番号 126741
報告番号 甲26741
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5686号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 黒田,真也
 東京大学 准教授 大杉,美穂
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

分裂酵母の減数分裂前期の核は、細胞の両極を周期的に往復移動する。この現象はホーステール運動と呼ばれ、減数分裂期の相同染色体同士の対合や組替えを促進していると考えられている。この時期、核膜に埋め込まれた紡錘極体(SPB)に、核内では全てのテロメアが束ねられており、一方細胞質では微小管のマイナス端が束ねられ、細胞表層に向けて放射状に伸びている。微小管と細胞表層が接する点に微小管モーターである細胞質ダイニン(以下、ダイニンと表記)が局在し、微小管上をマイナス端方向に動こうとすることで微小管の牽引が引き起こされ、核が移動すると考えられている。ダイニンの細胞表層への繋留には、細胞表層に局在するNum1タンパク質が必須であると知られるが、その分子機構には未知の部分が多い。本研究ではダイニンを細胞表層に繋留して微小管の牽引を引き起こす分子機構を解明するため、ダイニンの制御因子として知られるダイナクチンに注目し、遺伝子操作と蛍光タイムラプス観察を主な手法として解析を行った。さらに核の周期的な往復運動を発生する機構の解明を目指して、生細胞の微小管動態に基づく計算機シミュレーションモデルを構築し、解析を行った。

分裂酵母ではダイナクチンサブユニットとしてすでにSsm4タンパク質が同定されており、ホーステール運動に必須であると知られている。本研究では哺乳類等のダイナクチンサブユニットARP1、P22/P24、P50/dynamitinとの相同性からそれぞれArp1、Mug5、Jnmlをコードする遺伝子を同定した。2ハイブリッド法により、Ssm4がMug5とJnm1に、またArplがMug5とJnm1に結合することが分かった。さらに免疫沈降によってSsm4とArp1がMug5およびJnmlに依存して相互作用することが分かった。

各ダイナクチンサブユニットの遺伝子破壊株を作製し、その表現型を観察したところ、減数分裂および胞子形成に異常が見られた。arp1破壊株における減数分裂前期のSPBと染色体の動きを観察したところ、細胞の両端を行き来するホーステール運動が著しく損なわれていた。

ダイニン軽中鎖Dli1に蛍光タンパク質を結合して、野生型株におけるダイニンの局在を観察したところ、ダイニンはSPBと微小管に局在し、微小管が細胞表層に接する点に強く局在していた,タイムラプス観察によりダイニンの局在変化を観察したところ.ダイニンは微小管が収縮するのに伴ってプラス端に蓄積し、同時に細胞表層に固定されることで、微小管の牽引が引き起こされている様子が観察された。

次に各ダイナクチンサブユニットの遺伝子破壊株におけるダイニンの局在を観察した。ssm4破壊株ではダイニンはSPBに局在していたものの、微小管への局在が著しく損なわれていた。arp1、mug5、jnmlの各遺伝子破壊株においては、ssm4破壊株とは異なり、ダイニンはSPBと微小管に局在していた。しかし、微小管のプラス端が細胞表層に固定されず、離れてしまう様子が観察された。このときダイニンは収縮する微小管のプラス端に蓄積していた。このことから、ダイナクチンはダイニンを細胞表層に繋留する働きを持つと考えられた。また、微小管のプラス端におけるダイニンの局在を定量したところ、arp1破壊株において野生型株やnum1破壊株と比べてより蓄積している様子が見られた。

ssm4の部分欠失型遺伝子を多数作製し、2ハイブリッド法により解析したところ、Ssm4はその中央領域でダイニン軽鎖Dlclと、C末端領域でMug5と結合することが推測された。このMug5との結合に必須なC末端領域を欠失させたSsm4-dC540変異体を発現する株を作製し、免疫沈降実験を行ったところ、Ssm4-dC540タンパク質ではMug5およびArp1との相互作用が損なわれていた。ssm4-dc540変異体株におけるダイニンの局在を観察したところ、ssm4破壊株とは異なりダイニンは微小管に局在していたが、細胞表層に繋留されず、正常な微小管の牽引が起こらなかった。

野生型株においてArp1の局在は、細胞表層に一過的に局在し、微小管と細胞表層が接する点に強く局在するダイニンと共局在していた。しかし、常にSPBに局在するダイニンやSsm4とは異なり、Arp1はSPBにほとんど局在していなかった、Mug5とJnm1に関しても同様の局在が見られた。Arplとダイニンの共局在はmug5破壊株では見られなかったが、num1破壊株では見られたことから、Num1に依存しないと考えられた。また、Arp1、Mug5、Jnm1の局在とSsm4の局在がSPB近傍で異なっていたことから、微小管のプラス端とSPB近傍とではダイナクチンサブユニットが同一の複合体を形成していない可能性が考えられ、ダイナクチンサブユニット同士の会合と乖離が細胞内で制御されていることが示唆された。

免疫沈降実験により、Num1とダイニン中鎖Dic1がArp1およびSsm4に依存せずに結合することが分かった。細胞表層にドット状に局在したダイニンの挙動を解析したところ、num1破壊株では野生型株やarp1破壊株と比べてダイニンのドットが細胞表層に沿って動きやすい様子が見られた。このことからNum1は細胞表層上でダイニンの位置を固定する役割があると示唆された。

ダイニンのモーター活性に必須である、ダイニン重鎖Dhc1の一番国のAAA+ATPaseドメインに変異を導入したdhcーP1変異体株を作製し、その表現型を観察した。ダイニンの局在を軽中鎖Dli1を指標に観察したところ、微小管に局在し、SPB近傍に異常な蓄積を示していた。この株ではダイニンが細胞表層に繋留されず、微小管の牽引が起こらなかった、

微小管の蛍光タイムラプス観察により、各種変異体株における微小管の伸長および収縮の速度を調べた。伸長に関しては変異体間で大きな差は見出されなかったが、収縮に関してはaRP1破壊株やdhc-P1株において野生型株より顕著に遅くなっていた。一方ssm4破壊株においては逆に野生型株より収縮が速くなっていた。さらに、一細胞あたりの微小管の束の本数を定量したところ、arp1破壊株やssm破壊株、dhc1-P1株において、野生型株やnum1破壊株と比べて多くなっていた。これらのことから、細胞内の微小管の収縮や束化が、ダイニンのモーター活性やダイナクチンによって制御されていると考えらえられた。

核の往復運動を解析するため、生細胞で観察した微小管動態に基づきSPBと核の動きを再現する計算機シミュレーションモデを構築した。微小管のタイムラプス観察などから、ダイニンが微小管を引くカに加えて微小管が細胞表層を押すカを考慮する必要があると考え、そのようなモデルを構築した。微小管の押す力を考慮したモデルは、それを考慮しないモデルに比べて、より生細胞に近い往復運動が再現された。

構築したシミュレーションモデルにおいてパラメータ値を様々に変更することで、一定時間あたりの往復回数に影響を及ぼすパラメータを探索した。その結果、細胞長のパラメータが往復回数に影響することが予測された。実際に様々な細胞長の生細胞を観察し、一定時間あたりの往復回数を測定したところ、短い細胞ほど一定時間あたりの往復回数が多い傾向が見られ、細胞長と往復回数に負の相関関係が見出された。

同様に、シミュレーションにおいてSPBおよび核が細胞質から受ける粘牲抵抗のパラメータ値が、往復回数に影響を及ぼすことが見られた。核内で染色体とSPB間の相互作用が損なわれることが知られるbqt1遺伝子の変異体では、核の体積の大部分を細胞中央に取り残したままSPBが往復運動する。このたbqt1破壊株においては、移動するSPBが細胞質から受ける粘性抵抗が野生型株よりも減少していると考えられた。実際にbqt1破壊株におけるSPBの動きを観察したところ、野生型株よりも移動速度が上昇しており、一定時間あたりの往復回数が多いことが見出された。

本研究は、生細胞観察とシミュレーションの比較を通して、分裂酵母で見られる核の周期的な往復運動が基本的な微小管の性質とダイニンが細胞表層で微小管を引く力とによって引き起こされるというモデルを提唱した。さらに本研究は、細胞生物学におけるシミュレーションの活用が、それによる予測を手掛かりに新たな細胞現象の特性を発見するために有効である実例を示したと言える。

審査要旨 要旨を表示する

分裂酵母細胞では、減数分裂前期の核が細胞の両極を周期的に往復移動する。この現象はホーステール運動と呼ばれ、紡錘極体(SPB)に束ねられた微小管と微小管モーターである細胞質ダイニン(以下ダイニンと表記)によって引き起こされる。学位申請者藤田生水は、ダイニンの制御因子として知られるダイナクチンと、ダイニンの細胞表層への繋留に必須の役割をもつ細胞表層の因子Num1タンパク質に注目し、細胞表層にダイニンを繋留して微小管の牽引を引き起こす分子機構の詳細を解析した。申請者はさらに、核の周期的な往復運動を発生する機構の理解を目指して、生細胞の微小管動態に基づく計算機シミュレーションモデルを構築し、解析を行った。

分裂酵母ではダイナクチンサブユニットの一つのSsm4がホーステール運動に必須であると知られていた。申請者はそれに加え、哺乳類等のダイナクチンサブユニットARP1、p22/p24、p50/dynamitinとそれぞれ相同性をもつ、分裂酵母Arp1、Mug5、Jnm1の遺伝子を本研究で同定した。つぎにこれらの遺伝子破壊株を作製し、その表現型を観察して、いずれも減数分裂および胞子形成に異常をもつことを明らかにした。arp1破壊株では、細胞の両端を行き来するSPBの往復運動が著しく損なわれていた。分裂酵母野生型株ではダイニンはSPBと微小管に局在し、また微小管が細胞表層に接する点にも強く局在する。申請者は、収縮する微小管のプラス端にダイニンが蓄積する様子を新たに明らかにした。ssm4破壊株ではダイニンはSPBには局在するが微小管への局在が著しく損なわれるのに対し、arp1、mug5、jnm1の各遺伝子破壊株においてダイニンはSPBと微小管に局在していた。しかしこれらでは、微小管のプラス端が細胞表層に固定されず離れてしまった。Mug5との結合に必須のC末端領域を欠失させたSsm4を発現する株を作製したところ、完全破壊株とは異なりダイニンは微小管に局在できたものの、細胞表層に繋留されなかった。これらのことから、ダイナクチンはダイニンを微小管に局在させる働きと細胞表層に繋留する働きをもつと考えられた。

Arp1の局在を詳細に観察すると、細胞表層に一過的に現れ、微小管と細胞表層が接する点にダイニンと共局在した。しかし、常にSPBに局在するダイニンやSsm4とは異なり、Arp1はSPBにほとんど局在しなかった。Arp1とSsm4の局在がSPB近傍では異なることから、細胞表層とSPB近傍とではダイナクチンサブユニット構成が同一でないと考えられ、サブユニットの会合と乖離が細胞内で制御されている可能性が示唆された。一方免疫沈降実験から、Num1とダイニン中鎖Dic1がArp1およびSsm4に依存せずに結合できることが分かった。また、num1破壊株では野生型株やarp1破壊株と比べてダイニンのドットが細胞表層に沿って動きやすかった。これらから、Num1は細胞表層でダイニンの位置を固定する役割があると示唆された。生細胞蛍光観察で微小管の伸縮速度を調べたところ、arp1破壊株では微小管の収縮が遅く、逆にssm4破壊株では速かった。以上の結果を総合して、申請者はダイナクチンとNum1がそれぞれ異なる役割を果たしてダイニンを細胞表層に繋留するというモデルを提唱した。

申請者はまた、生細胞での微小管動態に基づきSPBと核の往復運動を再現する計算機シミュレーションモデルを構築した。微小管のタイムラプス観察などから、ダイニンが微小管を引く力に加えて微小管が細胞表層を押す力を考慮することで、押す力を考慮しないモデルに比べてより生細胞に近い往復運動を再現した。次にシミュレーションのパラメータ値を様々に変えてみて、細胞長が一定時間あたりの往復回数に影響を及ぼすと予測した。実際に様々な細胞長の生細胞を観察し、短い細胞ほど一定時間あたりの往復回数が多いことを見出して、細胞長と往復回数の負の相関関係を解明した。同様にして、核内で染色体がSPBから離れてしまうbqt1遺伝子破壊株におけるSPBの移動速度の上昇を予測し、実際に一定時間あたりの往復回数が多いことを示した。

以上、藤田生水は本研究により、分裂酵母で見られる核の周期的な往復運動が、微小管の基本的な動的性質と、ダイナクチンにより局在が可能になったダイニンが細胞表層で微小管を引く力とによって引き起こされているというモデルを提唱した。さらに生細胞観察とシミュレーションの比較を通して、ホーステール運動の特性についての新たな知見を得た。これらの研究成果は、細胞内での小器官の運動メカニズムの理解に重要な寄与をなすものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は山下朗、木村暁、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、藤田生水に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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