学位論文要旨



No 126744
著者(漢字) 三桝,信哉
著者(英字)
著者(カナ) ミマス,シンヤ
標題(和) ヌクレオソームとその修飾因子の構造学的及び生化学的研究
標題(洋) Structural and biochemical studies of the nucleosome and their modifying factors
報告番号 126744
報告番号 甲26744
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5689号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,邦史
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 清水,敏之
内容要旨 要旨を表示する

真核生物のDNAは、ヒストンと呼ばれるタンパク質の8両体因子によって巻き付き、ヌクレオソームと呼ばれるDNA-タンパク質複合体を形成している。ヒストンタンパク質のN末端はそれぞれアセチル化、メチル化、リン酸化などの化学修飾の組み合わせによって、クロマチンの構造変化を促し、それに結合する因子によって転写が巧妙に制御されている。ヒストン修飾の中でも、メチル化は転写を正にも負にも制御する非常に興味深い特徴を持つ。私はヒストンの脱メチル化酵素Lysine Specific Demethylase-1 (LSD1)に着目し、LSD1がヌクレオソームをどのように修飾し、転写を制御しているかに着目した。

私は、LSD1単体の構造を分解能2.3 Aで決定し、さらに、LSD1と40アミノ酸残基のH3K4me2ペプチドの複合体を分解能2.7 Aで決定した。H3テイルの占有率を向上させる為にLSD1特異的な阻害剤を開発し、添加剤として用いた。LSD1がH3テイルを折り畳ませる事でH3テイルのほぼ全てを認識し、脱メチル化反応を起こしている事が明らかになった。さらに複合体LSD1-CoRESTとヌクレオソームのモデル、結合実験、メチル化再構成ヌクレオソームの脱メチル化アッセイにより、LSD1はH3/H2Bテイルを要求する事や、H3R26, H3K27のメチル化修飾を認識して脱メチル化している事を証明した。

また、転写因子がどのようにヌクレオソームにアクセスし、転写を制御するのかは未解明な点が多い。私はヌクレオソームと転写因子PC4の構造を分解能3.4 Aと3.6 Aで決定した。PC4がヒストンH3/H4ダイマー、H2A/H2Bダイマーをまたぐ事でヌクレオソームを安定化させている事、テロメアのサイレンシングに働いている事を明かした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は序章を含めた2章からなる。序章は、イントロダクションであり、細胞核の構成、ヌクレオソーム構造とその翻訳後修飾について網羅的な説明がなされている。

第1.1章では、ピストン脱メチル化酵素Lysine Specific Demethylase-1(LSD1の説明と単体の構造解析について述べてある。LSD1はピストンH3リジン4のジメチルを認識し、メチル基を取り除く酵素である。細胞核内では、神経の分化や、ガンに関与している事から非常に重要な酵素と位置づける事が出来る。本論文では、LSD1の可溶性を検討し、ヒストンテイルとの共結晶化を行い、沈殿材を再検討する事で高分解能の結晶化に成功している。最終的にLSD{の単体構造を分解能2.3Aで決定し、LSD1が3つの基本ドメインから成る事と、反応中心に補酵素FADを含んでいる事が明らかにした。

第1.2章では二つの目的で、LSD1阻害剤である2-PCPA誘導体の開発に取り組んだ。一つ目は、単体構造ではピストンH3テイルの構造が見えなかったため、2-PCPA誘導体を用いてヒストンテイルをLSD1の反応中心で固定する事を試みた。またLSD1阻害剤は臨床的にも有望な標的と考えられるため、二つ目の目標として2-PCPA誘導体をよりLSD1に特異的にかつ顕著に反応するように設計する事を試みた。本研究では、2-PCPAとLSD1の複合体を解析し、その複合体の反応中心をLSD1ホモログのモノアミンオキシダーゼと2-PCPAの反応中心と比較する事で、2-PCPA誘導体の阻害値向上を行った。結果、2-PCPA誘導体は阻害値K(inact)/K1で80倍程度の向上がみられた。また、HEK293T細胞にも効く事から、LSD1阻害剤開発の初期段階程度までに達成している。

第1.3章では、第1.2章で開発したLSDI阻害剤用いて、LSD1と40アミノ酸残基のジメチル化H3K4ペプチドの複合体を分解能2.7Aで決定した。2-PCPA誘導体はH3テイルの占有率をLSD1反応中心で向上させていた。その結果、LSDIがH3テイルを折り畳ませる事でH3テイルのほぼ全てを認識し、脱メチル化反応を起こしている事が明らかになった。さらにこの構造により、LSD1-CoRESTヌクレオソームの複合体のモデルを一義的に決定する事を可能とした。またこのモデルを検証する変異体解析も行われており、LSD1がH3/H2Bテイルを両方要求する事が明らかとなった。更に、H3テイルの翻訳後修飾も検証しており、H3R26、H3K27のメチル化修飾を認識する事でLSD1のH3K4』脱メチル化活性を向上させる事が明らかとなった。結果、LSD1が核内の転写レベルをより抑制的な方向に促す事が明らかとなった。

第二章では、転写因子Positive Cofactor4(PC4)がどのようにヌクレオソームにアクセスし、転写を制御するかに着目して、構造解析を行った。PC4はPolII複合体に結合し、転写を制御する因子として同定されており、後にヌクレオソームに結合する事が明らかになっていた。しかし、PC4とヌクレオソームの結合様式は未解明であった。本研究では、ヌクレオソームと転写因子PC4のC末端の構造を分解能3.4Aと3.6Aで決定した。PC4がピストンH3/H4のdisk surface、H2A/H2Bのdisk surfaceに結合する事を明らかにした。更に本研究で解けた構造と、PC4とVP16複合体やp53複合体とのドッキングモデルから、PC4はヌクレオソーム上にドッキングプラットフォー一ムを形成し、別の転写因子複合体により転写を制御している可能性を示した。更に、出芽酵母において、テロメアのサイレンシングを検証した所、PC4を欠損させるとテロメア領域の転写が抑制される事を示した。

当研究では、発表者が第1.2章で作成した阻害剤を用いて、ヒストンH3テイルを固定し、可視化に成功した点が特徴的であった。また、ヌクレオソーム複合体構造の報告例は少なく、転写因子の複合体は初めてである事から.本研究は当該分野における全般的知識を十分に有しており、かつ意義のある物と判断する。

なお、本論文第1.1章は福沢世傑、梅原崇史、仙石徹、横山茂之との、第1.2章は樋口恒彦、梅澤直樹、梅原崇史、佐藤心、横山茂之との、第1.3章は、梅原崇史、佐藤心、須賀則之、横山茂之との、また第2章は、須賀則之、梅原崇史、横山茂之との共同研究であるが、各章の内容に関しては、論文提出者が主体となって実験計画の策定、遂行、分析、検証及び論文執筆を行っていることから論文提出者の寄与が十分であり、論文提出者は独自に研究を遂行できる能力を有していると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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