No | 126746 | |
著者(漢字) | 山岸,有哉 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマギシ,ユウヤ | |
標題(和) | シュゴシンおよびChromosomal Passenger Complex(CPC)のセントロメア局在化機構の解析 | |
標題(洋) | Molecular mechanisms of the centromeric localization of shugoshin and Chromosomal Passenger Complex(CPC) | |
報告番号 | 126746 | |
報告番号 | 甲26746 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5691号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <序> 生物が増殖・発生する際に行う体細胞分裂や、子孫を残すための配偶子を形成する際に行う減数分裂では、複製した染色体DNAを正確に娘細胞に分配することが必要である。染色体分配の異常は、重篤な結果を引き起こすために、細胞は正確に染色体を分配する精巧な機構を備えている。 体細胞分裂では、複製された染色体DNAはコヒーシンと呼ばれるタンパク質複合体によって接着される。コヒーシンによって接着された姉妹染色分体は、分裂期に入ると両極から伸びたスピンドル微小管によって動原体部分が捉えられ、分裂中期において赤道面に整列し、その後両極へと分配される。しかし、分裂初期においては、動原体とスピンドル微小管との間に、姉妹動原体が同方向から伸びたスピンドル微小管に捉えられるシンテリック結合などの誤った結合が存在する。姉妹染色体を赤道面に整列されるためには、このような誤った結合を修正する必要があるが、その中心を担うのがChromosomal Passenger Complex(CPC)である。CPCは、Ark1/Aurora B、Bir1/Survivine、Pic1/INCENP、Nbl1/Borealinという進化的に保存された4つのサブユニットからなるタンパク質複合体である。CPCは、分裂前中期から中期にかけてセントロメアに局在して誤った結合をした動原体を特異的に認識し、動原体とスピンドル微小管との結合を一時的に不安定化することによって、正しい二方向性結合へと導くと考えられている。CPCが誤った結合の修正という機能を果たすためには、セントロメアに局在することが必須であるが、CPCのセントロメア局在の詳細な分子機構は不明な点が多かった。 減数分裂では、1回のDNA複製の後に2回の連続した染色体分配が起こる。減数分裂においても複製された染色体DNAはコヒーシンによって接着されるが、減数第一分裂期には、染色体腕部のコヒーシンのみが分解され、セントロメアのコヒーシンは分解されずに残る。こうしてセントロメアにおいて姉妹染色分体の接着が維持されることで、続く減数第二分裂では姉妹染色体ペアが認識され、分配される。このように減数分裂においては、コヒーシンが段階的に分解されることによって、第一分裂では相同染色体が、第二分裂では姉妹染色体が両極へと分配される。 減数第一分裂期においてセントロメア部分でコヒーシンを分解から保護する因子が、シュゴシンSgo1である。分裂酵母Sgo1は減数分裂期特異的に発現してセントロメアに局在し、フォスファターゼであるPP2Aと複合体を形成することによってセントロメアのコヒーシンを分解から保護している。一方、Sgo1のパラログであるSgo2は、分裂酵母において体細胞分裂期、減数分裂期双方に発現してセントロメアに局在するが、コヒーシンを分解から保護する機能は無く、CPCのセントロメア局在を促進することで姉妹染色体の二方向性結合の確立を促す機能を持っている。シュゴシンは真核生物に広く保存されたタンパク質であり、ヒトにもホモログhSgo1およびhSgo2が存在する。ただし分裂酵母の場合とは異なり、hSgo1およびhSgo2は共に体細胞分裂期、減数分裂期双方に発現してセントロメアに局在し、hSgo1、hSgo2いずれもが姉妹染色分体の接着の保護と二方向性結合の確立に寄与している。 体細胞分裂、減数分裂双方において、種を超えて非常に重要な機能を持つシュゴシンであるが、シュゴシンがその機能を発揮するためには、セントロメアに局在することが必須である。シュゴシンのセントロメア局在化には、動原体に局在するキナーゼであるBub1のキナーゼ活性が必要であることが分かっているが、シュゴシン自体はBub1キナーゼの基質にはならず、Bub1の基質の同定を含め、シュゴシンのセントロメア局在化機構については多くが謎であった。 <結果> 本研究において私は、分裂酵母のシュゴシンSgo1がヘテロクロマチンタンパク質Swi6と直接結合することを発見した。Sgo1は、PXVXLモチーフと呼ばれるコンセンサス配列を介してSwi6のクロモシャドウドメインに結合しており、Swi6と結合できない変異型Sgo1は、正常にセントロメアに局在できず、減数分裂の染色体分配に異常をきたした。これらのことから、Sgo1とSwi6との結合が、Sgo1のセントロメア局在を促進すると結論した。さらに、ヒトSgo1ホモログhSgo1とヒトSwi6ホモログHP1も同様の様式で直接結合しており、HP1がhSgo1のセントロメア局在に必要であることも併せて示した。 ヘテロクロマチンタンパク質Swi6は分裂酵母に3種類存在する恒常的ヘテロクロマチン領域、すなわちセントロメア、MAT(mating type locus)、テロメア近傍に局在する。一方Sgo1が局在するのはセントロメアのみである。このことから、Sgo1の局在をセントロメアのみに限局する機構の存在が予想される。これに関して私は、同時期に当研究室川島による研究で明らかになったBub1キナーゼの基質であるヒストンH2Aのリン酸化が、分裂期にBub1の動原体局在に依存してセントロメア周辺でのみ起こることを発見した。さらに私は、Sgo1がシュゴシンファミリーに保存されたSGOモチーフを介してリン酸化H2Aを含むヌクレオソームと相互作用することを見出し、このセントロメアで特異的に起こる相互作用が、Sgo1とSwi6との相互作用と協調的に働いてSgo1をセントロメアへと局在化させていることを明らかにした。本研究により、シュゴシンSgo1のセントロメア局在化機構の全体像が明らかになった 一方で私は、保存されたキナーゼであるHrk1/Haspinの機能解析を行った。Haspinは、分裂期にヒストンH3 Thr3をリン酸化するキナーゼであり、ヒト培養細胞を用いた研究から、姉妹染色分体の接着の維持に必要であることが分かっていた。分裂酵母のHaspinホモログHrk1の解析を通して私は、Hrk1は姉妹染色分体の接着の維持には不要であるが、セントロメアを含むヘテロクロマチン領域においてヒストンH3 Thr3をリン酸化することでSgo2とは独立にCPCのセントロメア局在を促進し、姉妹染色分体の二方向性結合の確立に寄与することを明らかにした。さらに私は、Hrk1がコヒーシンの相互作用因子として知られていたPds5と直接相互作用することで染色体上へと局在していることを見出した。本研究から、Sgo2のセントロメア局在を促進するBub1によるヒストンH2Aのリン酸化と、Hrk1によるヒストンH3のリン酸化という、2つのヒストンのリン酸化修飾がCPCのセントロメア局在を規定するという興味深い機構が明らかになった。 <展望> Sgo1のセントロメア局在化機構に関する今後の課題としては、Sgo1とリン酸化H2Aを含むヌクレオソームとの相互作用様式をより詳細に明らかにすることが挙げられる。Bub1によるH2Aのリン酸化依存的なSgo1のセントロメア局在制御は出芽酵母においても保存されているが、出芽酵母においては、ヒストンH3の変異体がSgo1のセントロメア局在に影響するという報告もなされている。Sgo1とリン酸化H2Aとの直接の相互作用は検出できていないことを考えると、Bub1によるH2Aのリン酸化は、ヌクレオソーム全体の構造を変えることで、Sgo1とヌクレオソームとの相互作用を制御しているのかもしれない。また、シュゴシンファミリーに保存されたN末端のコイルドコイル領域とPP2Aとの相互作用については、最近そのX線構造が解明された。しかし、今回明らかになったSGOモチーフとヌクレオソームとの相互作用の立体構造の解明は今後の課題である。 一方、Hrk1を介したCPCのセントロメア局在化機構に関する今後の課題としては、Hrk1がH3 Thr3をリン酸化する詳しい分子機構の解明があげられる。Hrk1はヘテロクロマチン以外のコヒーシン局在領域にも局在するにも関わらず、これらの領域でH3 Thr3のリン酸化はほとんど起こっていない。なぜ、ヘテロクロマチン領域でのみH3 Thr3のリン酸化が効率よく起こるのだろうか。これに関して最近、H3lys4のメチル化がin vitroでH3 Thr3のリン酸化を阻害するという報告がなされた。H3 Lys4のメチル化は、ユークロマチン領域のマーカーとして知られており、この修飾が入っているユークロマチン領域ではH3 Thr3のリン酸化が起こりにくいのかもしれない。もう1つ今後の課題としてあげられるのが、Hrk1/Haspinの分裂期特異的な活性化機構である。核移行による制御やCDKなどの他の分裂期キナーゼにリン酸化されることによる活性化などの機構が考えられる。 さらに、シュゴシンおよびCPCのセントロメア局在化機構に関する大きな問題として残されているのは、Bub1の分裂期特異的な動原体局在化機構である。H2Aのセントロメアでのリン酸化はBub1の動原体局在に依存しており、従って、シュゴシンやCPCのセントロメア局在化もBub1の動原体局在に依存している。このBub1の動原体局在化機構については、動原体の構成因子であるKNL1およびBub3が必要であることが示されているが、詳細な分子機構や分裂期特異的な局在の制御機構は不明である。今後の研究によって、Bub1の分裂期特異的な動原体局在化機構を明らかにすることで、シュゴシンおよびCPCのセントロメア局在化機構について、より包括的な理解が得られると考えられる。 図:シュゴシンSgo1のセントロメア局在化機構のモデル(左)CPCのセントロメア 局在化機構のモデル(右) | |
審査要旨 | 本論文は要旨(和文および英文)、序、材料と方法、結果と考察(1章1~9節、2章1~7節)、参考論文および謝辞から構成される。 「序」では、体細胞分裂期および減数分裂期の染色体分配様式の概要が述べられ、減数第一分裂においてセントロメアのコヒーシンを分解から保護する因子であるシュゴシン Sgo1の機能と、染色体の二方向性結合の確立に寄与するChromosomal Passenger Complex(CPC)の機能について、これまでの知見が述べられている。また本研究の目的が共にセントロメアに局在するSgo1およびCPCのセントロメア局在化機構の解明であることが記述されている。 「材料と方法」では、本研究において使用された大腸菌および分裂酵母の遺伝子型と実験方法について詳細に記述されている。 「結果と考察」は2章から構成される。第1章ではシュゴシンSgo1のセントロメア局在化機構、第2章ではCPCのセントロメア局在化機構についての解析結果が記述されている。 第1章において、第1節ではスクリーニングの結果、Sgo1の相互作用因子としてヘテロクロマチンタンパク質Swi6が得られたことが記述され、第2節ではSwi6がSgo1の正常なセントロメア局在に必要であることが述べられている。第3節では、Sgo1とSwi6の相互作用を詳細に解析し、sgo1が結合コンセンサス配列を介してSwi6の進化的に保存されたクロモシャドウドメイン(CSD)に結合することを見出し、Swi6と結合できないsgo1(V242E)変異体を作製したことについて記述されている。そして第4節において、野生型Sgo1をSgo1(V242E)で置き換えた株でswi6破壊株と同様にSgo1のセントロメア局在の減少が観察されたことから、Sgo1はSwi6と直接結合することでセントロメアに局在すると結論づけている。続く第5節、第6節においては、Sgo1とSwi6の相互作用およびこの相互作用がSgo1の正常なセントロメア局在に必要であるということが、ヒトSgo1ホモログhSgo1とヒトSwi6ホモログHP1においても保存されていることが述べられている。第7節では、遺伝学的スクリーニングの結果、シュゴシンファミリーに保存されたSGOモチーフがそのセントロメア局在に必須であることを見出している。第8節と第9節においては、先行研究からSgo1のセントロメア局在に必須であることが分かっていたBub1によるヒストンH2Aのリン酸化がどのようにSgo1のセントロメア局在に寄与しているかを詳細に解析している。その結果、SGOモチーフを介したリン酸化H2Aを含むヌクレオソームとの相互作用が、先に見出したSwi6との相互作用と協調的に働くことにより、Sgo1がセントロメアへ限定的に局在することを見出している。 第2章においては、進化的に保存されたキナーゼであるHaspinの分裂酵母ホモログHrk1の解析を通して、CPCのセントロメア局在化機能が解明されたことが記述されている。まず第1節では、ヒト細胞を用いた先行研究から姉妹染色分体の接着に必要とされていたHaspinが分裂酵母においては姉妹染色分体の接着には寄与しないという実験結果が記述されている。そして第2節において、Hrk1が先行研究において示されていたBub1-H2A-Sgo2・CPCという経路とは独立した経路でCPCのセントロメア局在を促進することを見出している。続く第3節、第4節では、Hrk1がピストンH3 Thr3をリン酸化し、このリン酸化H3にCPCのサブユニットの1つBir1が直接結合することでCPCのセントロメア局在が促進されるということを示唆する結果を記述している。第5節、第6節においては、Hrk1の染色体上への局在化機構にっいて解析し、Hrk1はPds5と呼ばれるコヒーシンの相互作用因子と直接結合することで染色体上へと局在し、ヘテロクロマチン領域においてH3をリン酸化するということが述べられている。最後に第7節において、Bub1によるヒストンH2Aのリン酸化とHrk1によるH3のリン酸化という2つのリン酸化修飾がCPCのセントロメア局在を規定するというモデルを提唱している。 本論文では、今まで多くが謎であったSgo1とCPCのセントロメア局在化機構についてほぼ全容を分子レベルで明らかにしている。しかも、その機構の大部分が進化的に保存されたものである。Sgo1とCPCは共に染色体分配の本質的な制御因子であり、今回得られた結果は大変重要な成果であると考えられる。 本論文に示されたデータは第1章第6節を除き、すべて論文提出者が主体となって行ったものである。従って、審査委員会は全員一致で山岸有哉に博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |