学位論文要旨



No 126751
著者(漢字) 地,貴志
著者(英字)
著者(カナ) ハマヂ,タカシ
標題(和) 群体性ボルボックス目Gonium pectoraleにおける性決定遺伝子領域の探索と分子進化学的解析
標題(洋) Identification and molecular evolutionary analysis of the mating type locus in the colonial volvocalean alga Gonium pectorale.
報告番号 126751
報告番号 甲26751
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5696号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野崎,久義
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 教授 田嶋,文生
 東京大学 准教授 廣野,雅文
 東京大学 准教授 高野,敏行
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究背景

卵生殖の生物は、同型配偶の生物を祖先として複数の系統群で独立に進化したと考えられる。そのうち特に後生動物と陸上植物はそれぞれ高度に多様化しており、卵生殖の代表的な系統群でありながら、いずれも近縁な同型配偶の生物が知られておらず、同型配偶から卵生殖に到る「雌雄の二極化」という進化過程を辿るのは困難である。

卵生殖が出現した系統群の中でも、単細胞・同型配偶緑藻 Chlamydomonas reinhardtii(以下、Chlamydomonas)に近縁な群体性ボルボックス目の緑藻類には、雌雄の二極化の「モデル系統群」として3個の利点がある。1) Chlamydomonasと卵生殖 Volvox carteri(以下、Volvox)の分岐から2億年前(Herron et al. 2009)で、同型配偶から異型配偶を経て卵生殖に到る各段階の生物が現存し、培養株が確立されている(図1)。2) Chlamydomonas (Merchant et al. 2007)とVolvox (Prochnik et al. 2010)でゲノム配列が公開されている。3) Chlamydomonasでは1980年代から性決定・性分化に関与する遺伝子群が明らかになってきていて、性決定遺伝子領域(mating-type locus [MT])の構造が決定された(Ferris &Goodenough 1994; Goodenough et al. 2007)。MTは両性(交配型)で配列が異なって組換えが抑制されており、両交配型のMTに存在する「交配型非特異的」遺伝子群の他に、片方のMTにしかコードされていない「交配型特異的」遺伝子が複数存在している。これら交配型特異的遺伝子のうち、MID(minus-dominance) 遺伝子が性を決定する鍵因子で、Chlamydomonasではマイナス交配型にコードされていて、優性に機能する。また、Chlamydomonasのプラス交配型特異的な FUS1は、プラス配偶子細胞の接合突起上に局在して相手になる細胞の性を認証しているタンパク質をコードしている。

従って、雌雄の二極化の分子生物学的基盤を解明するために、群体性ボルボックス目の同型配偶~卵生殖の生物で MTの遺伝子群を比較する必要がある。しかし、MTは組換えが抑制されているために進化が速く、長年に亘って MTの交配型特異的遺伝子ホモログのクローニングは不成功だった(Ferris et al. 1997)。近年になって、群体性ボルボックス目の異型配偶 Pleodorina starriiで雄株からMIDオーソログが同定された (Nozaki et al. 2006)。続いて Volvoxでも、同じくMID オーソログが同定され、更にその周辺ゲノム領域も BAC ライブラリを用いたクロモソーマルウォーキング法によって決定され、MTの全貌が明らかになった (Ferris et al. 2010)。

Volvoxの雌雄のMTは Chlamydomonas MTの約 5倍の大きさであり、交配型特異的遺伝子の数は増大し、交配型非特異的な遺伝子群も雌雄で両極化していることが明らかになった (Ferris et al.2010)。しかし、これら MTの差異が直接的に雌雄の二極化に影響したかを検証するには、Chlamydomonas よりも Volvoxに近縁な同型配偶の群体性ボルボックス目の知見が必須である(Charlesworth & Charlesworth 2010)。

従って、本研究では群体性ボルボックス目の同型配偶 Gonium pectorale(以下、Gonium)を研究対象とし、方針は以下 1)~3)の通りである。1) 両性の配偶子から mRNAを抽出し、縮重プライマーを用いた RT-PCR 法によって MID オーソログを同定する。2) 両性の株のBAC ライブラリを構築し、得られている MID 配列をプローブとしてスクリーニングを行い、クロモソーマルウォーキング法によって周辺領域の配列を順次決定する。3) 見出された交配型非特異的な遺伝子を利用して、対になる交配型 MTの塩基配列を決定する。

2. マイナス交配型特異的遺伝子 GpMIDとGpMTD1の同定

Chlamydomonasのマイナス交配型決定遺伝子 MID (CrMID)は、DNA 結合のためのロイシンジッパー構造をとる「RWP-RKドメイン」を有する転写因子と考えられている (Ferris & Goodenough1997)。既に決定されていた MID ホモログのRWP-RK ドメインのアミノ酸配列の保存性に着目して設計した縮重プライマーによって、GoniumのMID部分配列を探索した。Goniumのマイナス交配型から得られた MID 類似配列を基に全長 cDNA 配列とゲノム領域の配列を決定し、GpMIDとした。GpMIDはマイナス株のみにコードされ、窒素飢餓によって転写産物量が増加した。系統解析の結果、MID ホモログは単系統となり、相互にオーソログであることが示された(図2)。

得られた GpMID ゲノム DNA 配列を起点とした inverse PCRを行い、GpMIDの5' 上流にChlamydomonasのマイナス交配型特異的遺伝子 MTD1 (CrMTD1)に相同性の高い配列 GpMTD1を見出し、全長 cDNA 配列とゲノム DNA 領域の配列を決定した。GpMTD1は GpMIDと互いに逆の方向へとコードされていて、5'上流のプロモータ領域を共有していた。GpMTD1はマイナス交配型株のゲノム上にシングルコピーで特異的にコードされており、転写産物量は窒素飢餓によって上昇していた。

3. 交配型別BACライブラリの構築とクロモソーマルウォーキングによる性決定遺伝子領域配列の決定

Goniumプラス株・マイナス株それぞれのBAC ライブラリを構築し、GpMTD1部分配列をターゲットとするプローブを最初に用いてマイナス交配型 MTを含む BAC クローンのスクリーニングを端として、ショットガンシーケンスによる配列決定を用いたクロモソーマルウォーキング法によって隣接する領域を有するクローンを順次決定した。この作業の中で見出された Chlamydomonasの交配型非特異的遺伝子に類似の配列から、プラス交配型MTを探索するプローブを作成するためのプライマーを設計し、同様にクロモソーマルウォーキングを遂行した。BAC スクリーニングが困難な場合は、TAIL-PCR または inverse PCRによって隣接領域の配列を決定した。また、ChlamydomonasとVolvoxのMTに共通する交配型特異的遺伝子配列をを基に相同配列を探索し、これをプローブとした BAC スクリーニングを行った。その結果、Goniumの両性で構造が大きく異なる MT 領域が Goniumでは少なくとも 400kbに亘り、Chlamydomonas MT (200~300kb) よりも明らかに拡大しており、MAT3 (後述)を含む 12個の交配型非特異的遺伝子の存在が判明した(図3)。また、Volvoxでも ChlamydomonasでもMTに連鎖した遺伝子のうち Goniumでは少なくとも4個がMTとは連鎖していないことが示唆されていた(表1)。

今回のクロモソーマルウォーキングによって決定されたプラス交配型 MTの配列中にChlamydomonasのプラス型特異的遺伝子 FUS1 (CrFUS1) 類似配列が見出された。全長 cDNA 配列を決定して、この遺伝子をGpFUS1とした。GpFUS1とCrFUS1のアミノ酸配列の間の一致は 31.2%であり、急速な進化が推察される。ただし、疎水性プロットの比較では、N 末と C 末に疎水性の高い領域が見出され、N 末はシグナルペプチド、C 末は膜結合領域として機能していると推測され、GpFUS1も CrFUS1と同様にプラス交配型配偶子の細胞膜に局在し、両性の配偶子の認識に寄与することが示唆された(図4)。

4. 性決定遺伝子領域上にコードされた交配型非特異的遺伝子の分子進化

Volvoxの雌雄の両 MTの交配型非特異的遺伝子群は、Chlamydomonas MTのものに比べて、同義・非同義置換率が共に高くなっている。特に、哺乳類網膜芽細胞腫の原因遺伝子で細胞周期の調節を行う Retinoblastoma 遺伝子のVolvox ホモログ MAT3は、雌雄双方のMTにコードされているものの、雄の有性生殖ステージにおいて正常なスプライシングが阻害されるため、配偶子の雌雄分化における役割が推察されている (Ferris et al. 2010)。今回のGonium MTにおける MAT3をはじめとする交配型非特異的遺伝子群の同義・非同義置換率は Chlamydomonasと同様にVolvoxのものより著しく低い値を示した。MAT3部分配列を用いた系統解析の結果、同型配偶のGoniumとの分岐以降、雌雄性を獲得した卵生殖のVolvoxの系統で MAT3の交配型(雌雄)特異性が高まったことが示唆された(図5)。

5. 総合考察

本研究では卵生殖 Volvoxに近縁である同型配偶の群体性ボルボックス目 GoniumのMTを探索・解読し、交配型特異的遺伝子ホモログ 3個 (GpMID, GpMTD1 & GpFUS1)を同定することができた。同型配偶のChlamydomonasとGonium マイナス交配型および Volvoxの雄は MID オーソログに加えて、MTD1 ホモログをもつため、両遺伝子の性分化に関する重要性を示唆する。一方、両性の配偶子認証に重要な FUS1 ホモログは同型配偶のChlamydomonasとGonium プラス交配型 MTに存在するのに対して、卵生殖 Volvoxにはゲノム中に存在が確認されていない (Ferris et al. 2010)。このことは卵生殖への進化過程で配偶子の接合様式が著しく変化した (Nozaki & Itoh 1994)のに伴って FUS1は機能を喪失し欠落したと考えられる。また、群体性ボルボックス目において MT が拡大する傾向が見られ、特にGonium MAT3 が MTの中に編入されていることが判明し、雌雄二極化に伴う MAT3のMTでの交配型(雌雄)分岐の前段階を反映していると考えられる。Goniumは Chlamydomonas よりも Volvoxに近縁であるにもかかわらず (Nozaki et al. 2000)、Chlamydomonasと同様にMT 上の交配型非特異的遺伝子の両性ハプロタイプ間の同義・非同義置換率が低く抑えられていることが明らかになった。従って、Volvoxの卵生殖の進化に直接影響していると考えられる両性のMTの交配型特異的遺伝子群の新規参入と、交配型非特異的遺伝子群の両極化 (Ferris et al. 2010)は単細胞から群体になった後、Goniumのように拡大された MTで起きたことが推測される(図6)。

Charlesworth, D. & Charlesworth, B. 2010 Curr. Biol.20, R519.Ferris, P.J. & Goodenough, U.W. 1994 Cell 76, 1135.Ferris, P.J. & Goodenough, U.W. 1997 Genetics 146,859.Ferris, P. et al. 1996 Mol. Biol. Cell 7, 1235.Ferris, P.J. et al. 1997 Proc. Nat. Acad. Sci. USA 94,8634.Ferris, P.J. et al. 2002 Genetics 160, 181.Ferris, P. et al. 2010 Science 328, 351 (12th co-author Hamaji, T.).Goodenough, U. et al. 2007 Semin. Cell Dev. Biol. 18,350.Herron, M.D. et al. 2009 Proc. Nat. Acad. Sci. USA 106, 3254.Merchant, S.S. et al. 2007 Science 318, 245.Nozaki, H. & Itoh, M. 1994 J. Phycol 30, 353 .Nozaki, H. et al. 2000 Mol. Phylogenet. Evol. 17, 256.Nozaki, H. et al. 2006 Curr. Biol. 16, R1018.Prochnik, S.E. et al. 2010 Science 329, 223.

図1. 群体性ボルボックス目・雌雄二極化のモデル系統群

図2. MID ホモログを含む RWP-RK 遺伝子群のアミノ酸配列系統樹(ML/NJ/NP)

図3. 本研究で解読されたG. pectorale MTの模式図とC. reinhardtii "R"ドメインのサイズ比較

図4. FUS1アミノ酸配列の疎水性比較(Kyte & Doolittle法)

表1.Goniumに見出された遺伝子のVolvox およびChlamydomonasのMTにおける構成の比較

図5. MAT3アミノ酸部分配列の近隣結合法系統樹

図6. 本研究で示唆された雌雄二極化の分子進化学的過程

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなり、第1章は、イントロダクションであり、第2章はゴニウム(Gonium pectorale)のマイナス交配型特異的遺伝子MIDとMTD1の同定、第3章は交配型別BACライブラリの構築と前章で明らかになった交配型特異的遺伝子をプローブに用いた性決定遺伝子領域(mating-type locus [MT])の探索とゲノム解読、第4章は両性のMT上にコードされた交配型非特異的遺伝子の分子進化、第5章は総合的な議論が述べられている。

群体性ボルボックス目は雌雄の性が未分化な同型配偶から雌雄性をもつ卵生殖への進化を遺伝子レベルで探る「モデル系統群」であり、近縁な単細胞性同型配偶のクラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)では、両性の遺伝子組成と配列が異なるMTが知られていた。しかし、雌雄性をもつ群体性ボルボックス目でMTがどのようになっているかは最近まで明らかではなかった。2006年になって、群体性ボルボックス目の異型配偶 Pleodorina starriiで雄株から MIDオーソログが同定され、2010年には卵生殖ボルボックス(Volvox carteri)のMID オーソログの同定と周辺ゲノム領域解読が実施された。その結果、ボルボックスの雌雄のMTはクラミドモナス約 5倍の大きさであり、交配型特異的遺伝子の数は増大し、交配型非特異的な遺伝子群も雌雄で両極化していることが明らかになった。しかし、両生物間のMTの差異が直接的に雌雄の二極化に影響したかを検証するには、ボルボックスにより近縁な同型配偶の群体性ボルボックス目の知見が必須であると考えられた。

従って、本研究では群体性ボルボックス目の同型配偶ゴニウムのMTの探索とゲノム解読を実施した。第2章では縮重プライマー法によって、ゴニウムのMID配列(GpMID)を探索した。更に、得られた GpMID ゲノム DNA 配列を起点とした inverse PCR から、クラミドモナスのマイナス交配型特異的遺伝子 MTD1 (CrMTD1)に相同性の高い配列 GpMTD1を得た。GpMIDとGpMTD1は共にマイナス交配型株のゲノム特異的にシングルコピーでコードされていた。第3章では、ゴニウムの交配型別BACライブラリの構築と前章で得られたマイナス交配型特異的遺伝子をプローブに用いたマイナス交配型 MTを含む BAC クローンのスクリーニングとショットガンシーケンスによる配列決定を行い、これを端としたクロモソーマルウォーキング法によって隣接する領域を有するクローンを順次決定した。更に見出されたクラミドモナスの交配型非特異的遺伝子に類似の配列から、プラス交配型MTを探索するプローブを作成し、同様にクロモソーマルウォーキングを遂行した。その結果、ゴニウムの両性で構造が大きく異なる MT 領域が少なくとも 400kbに亘り、クラミドモナスMT (200~300kb) よりも明らかに拡大しており、MAT3 等の12個の両性のMTにコードされた交配型非特異的遺伝子の存在が判明した。また、プラス交配型のMT中にクラミドモナスのプラス交配型特異的遺伝子 FUS1 (CrFUS1) 類似配列GpFUS1が見出された。第4章では、ゴニウムMT上にコードされた交配型非特異的遺伝子の分子進化の解析であり、ゴニウムMTにおける MAT3 等の交配型非特異的遺伝子群の同義・非同義置換率はクラミドモナスと同様にボルボックスのものより著しく低い値を示した。MAT3部分配列を用いた系統解析の結果、同型配偶のゴニウムとの分岐以降、雌雄性を獲得した卵生殖のボルボックスの系統で MAT3の交配型(雌雄)特異性が高まったことが示唆された。

以上のように論文提出者は本論文において、重要であると議論されながら、これまで性決定遺伝子領域や性特異的遺伝子がまったく不明であった群体性ボルボックス目の同型配偶ゴニウムに着目して、独自に性特異的遺伝子を探索し、両性のBACライブラリを構築して進化生物学的解析を実施した。その結果、同型配偶から卵生殖に至る雌雄性の進化過程の直前でMTが拡大されるが、MTの交配型非特異的遺伝子群は両性で未分化であるという、雌雄性進化の前段階的なゲノム構造をはじめて示すことができ、極めてオリジナリティーの高い研究成果となった。

なお、本論文第2章の一部はParick J. Ferris・Annette W. Coleman・Sabine Waffenschmidt・高橋文雄・西井一郎・野崎久義との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観察及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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