学位論文要旨



No 126752
著者(漢字) 宮澤,日子太
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザワ,ヒコタ
標題(和) ミヤコグサ根粒形成の遠距離抑制に関わるKLAVIER遺伝子の分子遺伝学的解析
標題(洋) Molecular genetic analysis of KLAVIER mediating long-distance negative regulation of nodulation in Lotus japonicus
報告番号 126752
報告番号 甲26752
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5697号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 准教授 杉山,宗隆
 東京大学 准教授 野口,航
 基礎生物学研究所 教授 川口,正代司
 熊本大学 教授 澤,進一郎
内容要旨 要旨を表示する

マメ科植物は窒素固定細菌である根粒菌との共生に際して、根に根粒という器官を形成する。しかし、新たな器官の形成や窒素固定には大きなコストがかかるため、植物は根粒の形成や数を制御している。ミヤコグサではこの根粒形成の制御が破綻したhar1、klavier(klv)、tmlなどの根粒過剰着生変異体が知られており、接ぎ木実験によってHAR1とKLVがシュートで、TMLが根で機能することが示唆されている。さらにHAR1は、シロイヌナズナのCLAVATA1と相同性の高いLRR型受容体キナーゼをコードすることが分かっており、この制御は遠距離シグナル伝達を介して行われると考えられている。根粒形成制御の分子機構に迫るため、本研究ではklvの遺伝学的解析と原因遺伝子の同定を行った。

結果と考察

KLV遺伝子の同定

マップベースドクローニングと相補実験によって、KLVはLRR型受容体キナーゼをコードしていることが明らかになった(図1,図2A-C)。根粒過剰着生以外にも、klvには葉の表側に浮き出るような葉脈、茎の矮化や帯化・二叉分岐といった形態異常、花成の遅延といった多面的な表現型が見られることが報告されている(Oka-Kiraetal.2005)。KLVを含むゲノム断片をklvに導入すると、根粒過剰着生のみならず、その他の多面的な表現型もすべて相補された(図2D-F)。

KLVの遺伝子発現

器官ごとにサンプリングを行ったreal-timeRT-PCRによる解析では、茎頂部で発現が抑制されているHAR1とは異なり、KLVは植物全体的に発現していた(図3A,B)。klvにおいて茎の帯化や二叉分岐に先んじて茎頂分裂組織の形態が異常になることと併せて、このことはKLVが茎頂分裂組織の制御にも関わることを支持する結果であった。HAR1に関してはプロモーターGUS解析によって維管束の師部で高く発現していることが報告されている(Nontachaiyapoometal.2007)。レーザーマイクロダイセクションを用いて本葉の葉肉組織と維管束組織を別々にサンプリングしreal-timeRT-PCRで解析すると、KLVはより特異的に維管束で発現していた(図3C-E)。植物にとって維管束は、遠距離シグナルを輸送するのに適した組織だと考えられるため、KLVとHAR1の維管束での発現は、遠距離シグナルを仲介し根粒形成を制御するのに理に適うと考えられる。

klvにおける維管束の連続性欠損

一方で、klv変異体で葉脈に異常が見られることから、KLVが維管束の形成にも関わっていると考えられていた。透明化した葉では断片化した管状要素が観察されていた(Oka-Kiraetal.2005)が、この断片化した管状要素が異所的に過剰に形成されたものなのか、本来つながるはずの導管の接続に異常があるのかは明らかにされていなかった。そこで、発達初期の第一本葉における葉脈を観察したところ、播種後7日目の側小葉においてklvでは同時期の野生型に比べて導管形成の遅延が見られ断片化していた(図4)。このことから、KLVが維管束の形成を正に制御することが示唆された。

KLVが維管束の形態形成を制御しているとすると、klvで維管束の構造に欠陥が生じ、維管束でのHAR1の発現が低下している可能性が考えられた。しかし、klvと野生型の地上部においてHAR1の発現量に大きな差は見られなかった(図5)。

KLVの遺伝学解析

KLVとHAR1の遺伝学的な関係を調べるため、klvhar1二重変異体を作成したところ、klvhar1二重変異体はklvと同程度の根粒着生数を示した(図6A)。根粒数が相加的でなかったことから、KLVとHAR1は根粒形成の遠距離抑制において遺伝学的に同一経路で機能すると考えられた。なお、二重変異体の根粒数がhar1と同程度ではなくklvと同程度に現象していたことは、HAR1を介した根粒形成の制御機構とは別に、根粒形成を促進すると思われるシュートの生長などにもKLVが関わっていることが影響していると考えられた(図6B)。

次に、システミックな根粒形成抑制活性をもつLjCLE-RS1およびRS2ペプチド遺伝子に対するKLVの関係性を確かめた。LjCLE-RS1/2は毛状根形質転換法によって根で過剰発現させることによって、野生型の植物では根粒の形成を抑制するが(図6C)、har1ではその抑制が効かないことから、HAR1の上流で働くと考えられている(Okamotoetal.2009)。LjCLE-RS1/2をklvの根において過剰発現させた植物体に根粒菌を接種した結果、着生した根粒数はコントロールのGUS過剰発現体に比べて有意な差は認められなかった(図6D)。このことから、LjCLE-RS1/2による全身的な根粒形成の抑制は、HAR1同様にKLVも介して行われることが示唆された。

さらにKLVと根粒形成のシグナル伝達経路の関わりを調べるため、snf2変異体とklvとの二重変異体を作成した。このsnf2は、根粒形成に必要とされるサイトカイニン受容体様ヒスチジンキナーゼLHK1に恒常的な活性化状態となるような変異が入ることで、根粒菌による根粒形成シグナル伝達の開始を経ることなく、根粒菌非存在下で根粒様の器官(spontaneousnodule、自発的根粒)を形成する優性の変異体である(図8E)。これまでにhar1snf2二重変異体では自発的根粒が増加することから、HAR1は自発的根粒の形成も負に制御するということが報告されている(Tirichineetal.2007)。交配したF1を展開したF2世代において、snf2の表現型を示す個体ではklv変異がホモで入ることによって、自発的根粒の数が増加した(図6F)。このことから、自発的根粒形成の抑制にはHAR1同様にKLVも必要とされることが示唆された。自発的根粒形成においては根粒形成のシグナル伝達経路の中でLHK1以降のみが活性化していると考えられるため、根粒と自発的根粒の形成が同様の機構で制御されているとすると、KLVとHAR1を介した抑制は、少なくとも、根粒形成のシグナル伝達経路においてLHK1を含めたそれ以降の経路において作用することが示唆された(図8G)。

これら知見は、根粒形成の制御機構において共に地上部で機能すると考えられるKLVとHAR1 が遺伝学的に同一経路で機能することを支持する結果である。

根粒形成抑制に関わる地上部因子の相互作用解析

Nicotiana benthamianaでの一過的過剰発現系と免疫共沈法を用いて物理的な相互作用を解析したところ、KLVとHAR が相互作用する能力を持っていることが示唆された(図9A 右下パネル4レーン目、9B 右下パネル3レーン目)。またKLV、HAR1 それぞれがホモマーを形成することが示唆された(KLV: (図9A 右下パネル3レーン目、HAR1: 図9B 右下パネル4レーン目)。

まとめ

以上の結果からKLV が機能する分子機構に対するモデルを提唱する。根粒形成の抑制においてKLVは地上部においてHAR1と受容体複合体を形成して根からのCLE-RS1/2 シグナルを受容し、シュート由来の根粒形成抑制遠距離シグナルの生成を活性化すると考えられる。また、茎頂分裂組織の大きさや、葉脈の連続性、花成時期の制御においては、har1 単独変異体ではそれらの表現型が見られないことから、KLVはHAR1とは独立の受容体(例えばKLVのホモダイマーなど)として機能すると考えられる。

図1. KLVのマップポジション。(A) 第一染色体上のKLVとマーカーの遺伝地図。(B) TAC/BAC クローン(黒矢印)の物理地図。LjT09A08とLjB15M22の両クローン内にはそれぞれ配列未解読の領域がある。(C) KLV 遺伝子座に予測された38のORF (太黒矢印)。KLV 候補の遺伝子は赤丸で囲って示した。

図2. KLVによるklv 変異体の根粒形成に関する表現型の相補。播種・感染後21日。(A) 根粒形成。スケールバーは1cm。(B) 根粒形成数。(C)根に占める根粒形成領域の割合。klv [empty]は空ベクターをklvに導入した形質転換体、klv [KLV]はKLVを含むゲノム領域をklvに

図3. 予測されたKLVの構造。SPはシグナル配列、LRRsはロイシンリッチリピート、TMは膜貫通ドメイン、KDはキナーゼドメイン。矢尻はklvでの変異を示す。

図4. KLV receptor like kinaseによるklv 変異体の多面的な表現型の相補。(A) 本葉の向軸側。スケールバーは1cm。(B) 根粒菌非感染で播種後30日後のシュート。白矢頭は茎の二叉分岐の位置。スケールバーは1cm。(C) 花成の開始時期。DAGは播種後日数。nは8から12。

図5. KLVとHAR1の発現解析。(A, B) KLV (A)とHAR1 (B)の相対発現量。Rは根、Hは胚軸、Cは子葉、Sは茎、1は第一本葉、4は第四本葉、Aは茎頂部、Fは花、Nは根粒。花以外は感染、非感染で播種後2週間の植物体からサンプリング。エラーバーは3反復の実験の標準偏差。(C) レーザーマイクロダイセクションを用いたサンプリングの流れ。根粒菌感染播種後2週間の野生型の第一本葉。(D, E) 葉肉組織(m)と維管束組織(v)におけるHAR1 (D)とKLV (E)の相対発現量。エラーバーは3反復の実験の標準偏差。

図6.第一本葉の透明化による維管束導管。根粒菌非感染で播種後7日後における野生型(A)とklv (B)の第一本葉の側小葉。スケールバーは1mm。

図7. (A) klv 変異体でのHAR1の発現。(B) har1 変異体でのKLVの発現。USは根粒菌非感染のシュート、ISは感染時のシュート、URは非感染時の根、IRは感染時の根。エラーバーは3反復の実験の標準偏差。

図8. 根粒過剰着生変異体の遺伝学的解析。(A, B) har1 klv 二重変異体の根粒菌接種3週間後の根粒形成数(A)と非接種で播種後3週間後のシュート長(B)。a, bとcは有意水準0.02で有意差あり。エラーバーは標準誤差。(C, D) 野生型(C)とklv (D)におけるLjCLE-RS 過剰発現時の根粒形成数。根粒菌接種後2週間。nは7から12。アスタリスクは有意水準0.02で有意差あり。エラーバーは標準偏差。(E) snf2 変異体における自発的根粒形成。根粒菌非感染で播種後5週間後。白矢頭は自発的根粒。(F) klv snf2 二重変異体の根粒菌非感染で播種後5週間後の自発的根粒数。klv/klvはklv 変異をホモでもつklv 変異体、klv/KLVはヘテロ個体、KLV/KLVは野生型を示す。nは9から15。アスタリスクは有意水準0.02で有意差あり。エラーバーは標準偏差。(G) 根粒形成のNod factor シグナル伝達経路とKLV・HAR1による根粒形成抑制のモデル。

図9. (A, B) Myc融合KLV (KLV-Myc) (A)とMyc 融合HAR1(HAR1-Myc) (B)をHA融合KLV (KLV-HA) またはHA融合HAR1(HAR1-HA)とともにN. benthamianaで一過的に発現させた。総タンパク質は抗HA抗体を用いて免疫沈降し、総タンパク質と免疫複合体をウェスタンブロッティングで解析した。KLV-HA, HAR1-HA,KLV-Myc, HAR1-Mycの存在は抗HA抗体もしくは抗Myc抗体で検出した。

審査要旨 要旨を表示する

本審査会では、まずマメ科植物と根粒菌との共生関係の概要と、宿主による根粒形成の制御機構に関する先行研究が紹介された。続いて、博士論文の研究内容の発表が行われた。

第一章は、根粒形成をシュートから制御するミヤコグサKLAVIER (KLV)遺伝子の同定と根粒形成抑制経路におけるKLVの位置付けに関する研究である。マップベースクローニングと形質転換による相補実験によって、ミヤコグサのklavier変異体の根粒過剰着生の原因遺伝子がロイシンリッチリピート(LRR)型受容体様キナーゼ(RLK)をコードする遺伝子であることを確定した。次にKLVの根粒形成抑制経路における位置付けを調べるために、根粒形成制御に関わるもう一つのLRR-RLKであるHAR1と遺伝学的に同一経路において機能していることを二重変異体の解析から明らかにした。分泌性のペプチドをコードする二つの遺伝子CLE-RS1、CLE-RS2は全身的に根粒形成を抑制することが知られている。この現象に、KLVが必要であることを毛状根形質転換法によって示した。さらに、KLVによる根粒形成抑制が、根粒形成に必要とされるサイトカイニン受容体LHK1とその下流において作用することを、恒常的活性型LHK1を持つ自発的根粒形成変異体Snf2とklvとの二重変異体の解析によって示した。

第二章では、根粒形成以外のKLVの多面的な機能について結果を報告した。根粒形成以外のKLVの機能を明らかにするため、klv変異体で見られる茎の帯化や葉脈維管束の断片化、遅咲きといった表現型が、KLV遺伝子の導入によって相補されることを確認し、KLVが茎頂分裂組織の大きさや葉脈の連続性、花成開始の促進などの多面的なシュートの制御にも関わる多機能のRLKであることを示した。

第三章ではKLVとHAR1の分子相互作用について解析した。まず、KLVやHAR1が共に葉の維管束で高い発現を示すことを示した後、Nicotiana benthamianaにおいてタグ付きRLKを一過的に過剰発現させ、免疫共沈法によってRLK同士の相互作用実験を解析した。その結果、KLVとHAR1がヘテロマーを形成すること、またKLVやHAR1がそれぞれホモマーを形成することを示した。

以上の結果をうけ、KLVの根粒形成の遠距離抑制に関するモデルを提唱した。そのモデルは、KLVはHAR1とシュートの維管束においてヘテロの受容体複合体を形成し、根において生成したCLE-RS1/CLE-RS2シグナルを受容し活性化する。活性化したKLVとHAR1の複合体はシュート由来のシグナルを生成し、根における根粒形成をLHK1以降のシグナル伝達経路を阻害することで根粒形成を抑制するというものである。また、klv変異体で見られるシュートの表現型はhar1変異体では見られないことから、多面的なシュートの形態形成を制御するシグナル伝達経路において、KLVを含むがHAR1とは独立の受容体複合体が多面的な表現型に関与していることが考えられた。

なお、本論文に記載された研究は吉良恵利佳、佐藤直人、高橋宏和、Guo-Jiang Wu、佐藤修生、林正紀、中園幹生、田畑哲之、原田久也、別役重之、澤進一郎、福田裕穂、川口正代司氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。よって、宮澤日子太提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。

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