学位論文要旨



No 126753
著者(漢字) 吉田,千枝
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,チエ
標題(和) 新奇のミヤコグサ根粒過剰着生変異体plentyの単離と表現型解析
標題(洋) Isolation and characterization of a novel hypernodulation mutant, plenty, in Lotus japonicus.
報告番号 126753
報告番号 甲26753
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5698号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺島,一郎
 東京大学 教授 渡邊,雄一郎
 東京大学 准教授 舘野,正樹
 東京大学 准教授 杉山,宗隆
 基礎生物学研究所 教授 川口,正代司
内容要旨 要旨を表示する

序論

マメ科植物と窒素固定細菌(根粒菌)の共生は、共生特異的器官である根粒を基盤とする。根粒内部では根粒菌が分子状窒素(N2)をアンモニウム(NH3)に還元し、窒素源として宿主植物に供給する(共生窒素固定)。マメ科植物は、共生窒素固定により、窒素源に乏しい土壌でも生育することができる。ただし、植物は、共生窒素固定のエネルギー源として、根粒に大量の糖を投入する。このため、マメ科植物には、自身の成長に適正な規模の根粒を維持する機構があると考えられている。

適正規模の根粒を保つ機構として、根粒数を制御する機構が知られている。現在、二つの制御機構が明らかにされている。一つは、「根粒形成の自己制御(autoregulationof nodulation, 以下AON)」と呼ばれる全身的な負のフィードバック制御である。マメ科モデル植物ミヤコグサ(Lotus japonicus)から単離された根粒過剰着生変異体har1の解析から、AONの分子基盤は、地上部のHAR1を介した長距離シグナル伝達経路と考えられている。もう一つは、エチレンによる局所的な根粒数の制御である。これは、別のマメ科モデル植物タルウマゴヤシ(Medicagotruncatula)から単離された根粒過剰着生変異体sickleの解析により、明らかになった。

根粒数の制御機構を基盤とする適正規模の根粒維持機構の解明において、根粒数の制御が破綻した根粒過剰着生変異体は極めて有用である。しかし、ミヤコグサではhar1以外に, klv, tmlという二つの変異体が単離されるにとどまっている。私は、新たな根粒過剰着生変異体の単離を目的として共生変異体のスクリーニングを行い、新奇の根粒過剰着生変異体plentyを単離した。本論文では、plentyの表現型解析を中心に進めた研究の成果を論じる。

I. plentyの単離と根粒過剰着生表現型

イオンビーム照射したミヤコグサMiyakojima (MG-20)種子から得られたM2 世代7,017個体から、根粒過剰着生変異体を3系統単離した。相補性検定を行ったところ、そのうち1系統が新奇の根粒過剰着生変異体であった。plentyと名付け、根粒過剰着生表現型を解析した。

plenty変異体は、野生型の3~5倍多く根粒を形成し(図1D)、根粒形成領域も拡大していた(図1E)。一般的に、根粒数が増えると、根粒サイズは小さくなり、根粒数が減ると、根粒サイズは大きくなる。これまで知られている根粒過剰着生変異体(har1, klv, tml)ではすべて、根粒数が増える一方、個々の根粒は野生型よりもずっと小さい、という報告がなされている。ところが、plentyでは、根粒数が増えているのに、根粒が小さくなっているようにみえなかった。実際、plentyの根粒(図1C)は、平均サイズもサイズ分布も、野生型根粒(図1B)とまったく差がなかった(図1F, G)。したがって、plentyは、根粒数が増えても、根粒が小さくならないという、新奇の根粒過剰着生表現型を示している。PLENTYは少なくとも根粒数の制御に関与している。

野生型との接木実験により、根粒過剰着生表現型に関与する器官を特定することができる。har1では、地上部が関与することが明らかになっている(図2)。plentyと野生型とを相互に接ぎ、plentyの地上部と根のどちらが根粒過剰着生表現型に関与するかを解析した。その結果、根がplentyの接木個体のみ、根粒過剰着生表現型を示した(図1H)。このことから、根のPLENTYが、根粒数の制御に関わっていることがわかった。

II. PLENTYのマッピング

SSRマーカーを用いた連鎖解析により、plenty変異は、ミヤコグサMG-20 第2染色体長腕のTM0308近傍に位置づけられた。plentyがこの領域に約20kbの欠失部位をもつことから、この欠失領域に原因遺伝子が存在すると考えられる。ミヤコグサデータベースによると、この欠失領域に二つの遺伝子が存在する。このうちのどちらか一方、あるいは両方がplentyの原因遺伝子である可能性が高い。

III. plentyと既知の根粒数抑制経路との関係

PLENTYは根粒数の制御に働く因子と考えられるので、これまでに知られている根粒数の抑制機構とPLENTYとの関係を解析した。

har1との接木実験で、har1/ plentyの根粒数が相加的に増加した(図2)。このことは、PLENTYが、HAR1を介したAON経路で働く根の因子ではないことを示唆する。また、plentyのエチレン感受性は野生型と変わらなかった(データ示さず)。したがって、plentyはエチレンによる局所的抑制経路とは関係していない。plentyは、これまでに知られていない根粒数抑制経路の存在を示している。

IV. plentyと硝酸による抑制機構との関係

外部の硝酸が根粒形成と根粒肥大成長を抑制することは、古くから知られている。plentyの根粒形成と根粒肥大成長が、外部の硝酸に応答して抑制されるか否かを解析した。

plentyの根粒径は、培地中の硝酸濃度に依存して野生型と同様に減少した(図3A)。感染糸数と根粒原基数も、硝酸濃度が高くなるにつれて減少した(図3B)。ただし、野生型ほど劇的に減少しなかった。したがって、plentyは、硝酸による根粒肥大成長の抑制には完全に応答し、硝酸による根粒形成の抑制には部分的に耐性をもつ、といえる。

V. plentyの根粒過剰着生表現型と成長阻害との関係

根粒菌接種後3週間の野生型とplentyの乾燥重量を比較すると、シュート・根ともにplentyでは有意に減少していた。一方、plentyの根粒重は、野生型よりも有意に重かった(データ示さず)。plentyでは、数多くの根粒がほとんどすべて肥大成長して窒素固定活性をもつために、根粒に大量の糖が奪われて、シュートと根の成長が阻害されている可能性があった。そこで、窒素固定活性を測定したところ、plentyの個体あたりの窒素固定活性は、野生型の2.5倍も大きくなっていた(表1)。その値は、har1 およびtmlよりも、突出して高かった。plentyでは、過剰な窒素固定活性が成長阻害の原因となっている可能性が高い。このことから、根粒数が増えたときの根粒肥大成長の抑制は、窒素固定活性の制御という点から非常に重要であることが初めて示された。

まとめ

PLENTYは、エチレンによる抑制経路とは関係していない。また、HAR1を介したAON経路にも関与していない。PLENTYは、未知の根粒数抑制経路で機能する新奇の因子である。

plenty 変異体では、根粒数が増加するのに、根粒肥大成長が抑制されない。これは新奇の根粒過剰着生表現型である。plentyにみられる成長阻害の原因は、根粒数が増加したときに根粒の肥大成長が抑制されないことによる個体全体の過剰な窒素固定活性である可能性が高い。根粒数が増加すると根粒サイズが減少する理由はよくわからなかったが、根粒数と連動して根粒サイズを調節することは、共生窒素固定を適正規模に制御するために必要な制御であり、その重要性がplenty 変異体によって初めて示された。

図1plentyの根粒過剰着生表現型

(A-G) ミヤコグサ根粒菌M. loti接種後3週間の個体の根粒数、根粒形成領域率、根粒径、および根粒サイズ分布。(A) 根粒菌接種後3週間の個体。野生型MG-20(左)とplenty変異体(右)。(B, C) 根粒画像B: MG-20, C: plenty. (D) 根粒数、(E) 根粒形成領域率(主根長における根粒形成領域長の割合。根粒形成領域長とは最初と最後の根粒間の長さ)、(F) 根粒径、(G) 根粒サイズ分布。(H) 野生型とplentyの接木植物の根粒数。接木後、根粒菌を接種し、4週間後に根粒数を計測した。値は平均値±標準偏差。H以外のN=7~8。

P<0.01 by Student's t-test (D, E), by Dunnettmultiple comparison test (H).

図2plentyとhar1の接木

接木個体に根粒菌を接種し、4週間後に根粒数を計測した。値は平均値±標準偏差。アルファベットは有意差を示す。

P<0.01, byTukey-Kramer multiple comparison test.

図3硝酸に対するplentyの応答

異なる硝酸濃度(0, 5, 10mM)で育てた個体の根粒径、感染糸数、根粒原基数。硝酸0mMのときの値を100とした相対値。(A) 根粒菌接種後3週間の根粒径、(B) 接種後10日の感染糸数と根粒原基数。

□MG-20, ■plenty. N=5.

表1根粒菌接種後3週間の個体の窒素固定活性・根粒乾重量・根粒数

窒素固定をになうニトロゲナーゼは、アセチレンをエチレンに還元する活性をもつので、アセチレン還元活性を測定した。測定値は、生成されたエチレン分子量(pmolmin-1)を、植物個体あたりおよび根粒乾重量mg あたりで示している。根粒数は、合計の他、pink: 窒素固定活性のある有効根粒数、white: 窒素固定活性のない無効根粒数を示した。数値は平均値±標準偏差。N=3~6. アルファベットは有意差を示す。

P<0.01, byTukey-Kramer multiple comparison test.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章では、マメ科植物と根粒菌による共生窒素固定系の概要と、宿主による根粒形成の制御機構、特に自己制御(Autoregulation of nodulation; AON)に関する研究の背景について紹介してある。

第2章には、AONの分子機構を明らかにする目的で行った、ミヤコグサ新奇根粒過剰着生変異体の単離について述べてある。C6+イオンビームを照射したミヤコグサMiyakojima MG-20種子から得られたM2 世代7,017個体から、根粒過剰着生変異体を3系統単離した。相補性検定ならびに連鎖解析により、そのうちの1系統が新奇の根粒過剰着生変異体であることが判明したので、plentyと名付けた。plenty変異体の根粒過剰着生形質は、劣性の1遺伝子制御によるもので、マッピングにより、その遺伝子座は第2染色体長腕のTM0308近傍に位置づけられた。plenty変異体には、その領域に約20kbの欠失が生じており、欠失領域に含まれる二つの機能未知遺伝子が原因遺伝子の候補である。

第3章では、plenty変異体の根粒過剰着生の表現型解析について述べてある。plenty変異体は、野生型の3~5倍多く根粒を形成し、根粒形成領域も拡大していた。これまで単離された根粒過剰着生変異体では、根粒数が増加するが、個々の根粒のサイズは小さくなる。しかしplentyでは、根粒数は増加するにもかかわらず、根粒サイズが小さくならなかった。plentyと野生型とを相互に接ぎ、plentyの地上部と根のどちらが根粒過剰着生表現型に関与するかを解析した結果、根がplentyの接木個体の、根粒過剰着生表現型を示した。他の根粒過剰着生変異体であるhar1またはtmlとplentyの二重変異体では、根粒数が相加的に増加した。plenty変異体のアセチレン還元活性(ARA)を計測すると、野生型およびhar1、tmlのARAよりも顕著に高かった。根粒数ではhar1、tmlの方が多いにもかかわらず、plentyのARAの方が高いのは、個々の根粒サイズが野生型のサイズに肥大することが原因であると考察している。

第4章では、plenty変異体の形態と成長特性について述べられている。plenty変異体は野生型よりも小型であり、この表現型は常に根粒過剰着生表現型と共分離していた。また、根粒菌接種、非接種によらず、plenty変異体は、根、地上部ともにコンパクトな形態となることから、PLENTYは根と地上部の形態形成にも関与していることが示された。plenty変異体では側芽の数が増える傾向がみられ、さらに、接木実験によってplentyの根が側芽の数の増加に関与していることが示唆された。根粒形成したplenty変異体の総根粒重は野生型よりも顕著に大きく、根と地上部の重量は野生型よりも有意に小さかった。硝酸を与えて根粒の肥大成長を抑制すると、plenty変異体の根と地上部の重量は野生型と同じレベルに回復した。過剰な根粒形成が原因となってplenty変異体の生育に負の影響が出ると結論づけた。

第5章では、今後の研究の可能性を詳細に議論してある。

このように、論文提出者は、根粒形成の抑制機構のさらなる解明につながる新奇の根粒過剰着生変異体plentyを単離し、PLENTYが、HAR1を介した全身的なAONとは異なる新奇のAONにおいて機能していることを示した。また、この変異体は、根粒数が増えても根粒サイズが減少しない新奇の根粒過剰着生表現型を示し、それが個体全体の過剰な窒素固定活性につながっている可能性を指摘した。さらに、個体全体の過剰な窒素固定活性が、植物の生育に負の影響を与える可能性も示唆した。一方でPLENTYは個体の形態形成にも関与していると考え、接ぎ木実験により、地上部の側芽成長の抑制において根のPLENTYが機能している可能性を示した。今後は、PLENTYが根粒形成の抑制とともに形態形成にどのように関わっているのかを解析することにより、根粒共生と形態形成メカニズムをつなぐ新たな知見を得ることが期待される。

なお、本論文の第2章、第3章、第4章の主要な部分は、野口(舟山)幸子、川口正代司との共著論文として公表されているが、論文提出者が研究全般にわたりほぼ独力で行ったものである。

このように論文提出者の研究能力は高く、得られた結果も重要で新しい。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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