No | 126755 | |
著者(漢字) | 奥山,輝大 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オクヤマ,テルヒロ | |
標題(和) | メダカを用いた視覚情報依存的な配偶者選択行動の神経基盤解析 | |
標題(洋) | Analysis of the neural basis that underlies female sexual preference depending on visual information in medaka fish | |
報告番号 | 126755 | |
報告番号 | 甲26755 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5700号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Introduction 多くの動物種において、メスは適応度を上げるため、より良い形質を持つオスを選択する。これは「配偶者選択行動」と呼ばれ、形態進化の強い駆動力となると考えられている。例えば、グッピーのメスは尾鰭に橙色の斑点を多く持つオスを選り好むため、グッピーでは近縁種と比較し尾鰭の形態が大きく進化したと考えられている[1]。このような視覚に依存した配偶者選択行動は行動学的知見が多い一方で、モデル動物を用いた実証的研究は極めて少なく、神経・分子基盤はほとんど明らかになっていない。そこで私は、モデル動物のメダカに着目した。メダカは遺伝学的手法が利用可能なだけでなく、性周期がわずか1日なため、毎日配偶行動の解析が可能である。本研究ではメダカのメスの配偶相手の好みを検定する新規な行動アッセイ系を確立し、当該行動に必要な遺伝子と神経細胞を検索、同定した。 Results メスは良く見知ったオスの求愛を受け入れる メダカの配偶行動は、一連のステレオタイプな流れで行われる。オスがメスに対して特徴的な求愛円舞を複数回行い、その求愛をメスは当初拒絶するが、数分後に受け入れることで放卵・放精に至る。まず、配偶相手の視覚情報が配偶行動に与える影響を考えるため新規行動アッセイ系を確立した。行動実験の前夜からオスとメスを様々な視覚条件の元で隔離し、翌朝に隔離解除した後の配偶行動を定量化した。その結果、オスとメスを透明なビーカーを用いて隔離し、互いの姿が見えるように隔離したペア(Group1)では、不透明壁を用いて見えないように隔離したペア(Group2)と比較して、メスの「求愛を受け入れるまでの時間」が有意に短くなることを見出した(Fig.1)。またグループ間でオスの求愛円舞数に差はなかった。このことから、オスを視覚的に認識することで「メスの求愛の受け入れ亢進」が起きる可能性が考えられた。メスの眼球や嗅上皮を外科的に切除した個体を用いてアッセイした結果、求愛の受け入れ亢進は、嗅覚ではなく視覚情報依存的であることが示された。また、配偶相手と異なるオスを見せた場合にはメスの配偶相手に対する求愛受け入れ亢進は起きないため、メスは視覚的に個体識別を行い、「良く見知った(視認した)オスを特異的に配偶相手として受け入れる」可能性が示唆された。 メスによる視認はオスの適応度を上昇させる メスの求愛受入れ行動において、視認されたオスが実際にメスの配偶相手になる(配偶者選択を引き起こす)かを調べる目的で1匹のメスと2匹のオスを用いてアッセイを行った。その際、一方のオスにはGFP遺伝子をホモに持つトランスジェニック系統を用い、GFP蛍光を指標に子の父親検定を行った。2匹のオスの内、一方のみを前夜から視認させたところ、視認したオスの精子を受精する割合が有意に上昇した。以上から、メスによる視認は配偶者選択を引き起こし、オスの適応度を上昇させることが示唆された。メダカの配偶者選択ではメスが見知っている(視認した)ことが、オスの選択における一つの基準となっていると考えられた。 CXCR7, CXCR4 変異体ではメスの求愛受け入れが亢進する 上記アッセイ系を用いて、ENU 処理変異体を対象に求愛受け入れに異常を示すメダカ変異体のスクリーニングを行った。その結果、前夜から視認していなかったオスに対しても、メスが求愛受け入れの亢進を示す変異体として、CXCR7 変異体とCXCR4 変異体を同定した(Fig.1)。また各々の変異体のオスでは求愛円舞数の減少が観察された。CXCR7・CXCR4は共通リガンドCXCL12/SDF-1(ケモカイン)に対する受容体であり、細胞移動などの形態形成に協調的に関与する[2]。CXCR7/4の両遺伝子をそれぞれ特異的にノックダウンするモルフォリノオリゴ(MO)を野生型メダカの受精卵に注入したところ、成体で変異体と同様の行動異常が観察された。以上から、胚発生期におけるCXCR7/4 遺伝子の発現が、オス、メスの両方で正常な配偶行動を行うために必要であることが示された。なお、当該変異体を用いて視運動反応テストを行い、視覚運動能力には異常がないことを確認している。 始原生殖細胞の増減は、メスの求愛受け入れ亢進には影響しない メダカやマウスにおいてCXCR シグナルは、胚発生期に起きる始原生殖細胞(PGC)の生殖巣への細胞移動に関わる[2]。そこでCXCR7/4 変異体における、メスの求愛受け入れの異常な亢進が、生殖巣中のPGC 数の減少によるか検討した。まず、CXCR7 変異体のPGC 数を人為的に増加させる目的で、GFP 蛍光を目安に野生型PGCをCXCR7 変異体へ細胞移植したが、行動異常は回復しなかった。一方、野生型個体のPGC 数を減少させる目的でPGCの生存に必須なDead-End 遺伝子をノックダウンするMOを顕微注入した野生型メス個体を作製したが、野生型と同様の求愛受け入れを示した。以上から、CXCR7/4 変異体の行動異常は、生殖巣におけるPGC数減少に起因するものではないことが示唆された。 CXCRシグナルは終神経GnRHニューロンの形態形成に関わる 近年、マウスとゼブラフィッシュにおいて、CXCR シグナルがGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)ニューロンの発生に関与することが報告され、当該変異体の行動異常がGnRH ニューロンの発生異常に起因する可能性が考えられた[3]。脊椎動物には3種類のGnRH ニューロンが存在するが、その中でいずれの発生にCXCR シグナルが働くかは不明であった。CXCR7-MOとCXCR4-MOの注入の結果、視索前野GnRHニューロンの発生は正常であった一方、終神経GnRHニューロンは細胞移動に異常が生じて、異所的な軸索投射が生じた。また、CXCR7-/- gnrh3-gfp系統では同様に、終神経GnRHニューロンの形態形成異常が観察された(Fig.2)。以上から、メダカでは終神経GnRHニューロンの細胞移動に、CXCRシグナルが必要であることが示された。 終神経GnRHニューロン破壊個体は、求愛受け入れが異常に亢進する 3種類のGnRH ニューロンのうち、視索前野GnRH ニューロンは、脳下垂体へ投射してゴナドトロピン(LH・FSH)の放出制御を介して性成熟・排卵を制御している。一方、終神経GnRHニューロンは網膜・嗅球から小脳に至るまで広範囲に軸索を投射するという特徴的な形態を示し、オスの性的動機付けに関わると示唆されていたが[4]、メスでの役割や配偶者選択行動における役割は不明であった。そこで終神経GnRH ニューロンがメスの求愛受け入れに関与するか調べる目的で、GFP ガイドレーザーアブレーション法により、終神経GnRHニューロン特異的な破壊実験を行った。その結果、終神経GnRH ニューロン破壊個体メスでは「見知らぬオスも受け入れる」という求愛受け入れの異常な亢進、オスでは求愛円舞数の減少が見られ、これはCXCR7/4 変異体の行動異常と同様であった。 オスの視認は、規則的自発発火の頻度を上昇させる オスの視覚情報がメスの終神経GnRH ニューロンへ伝達される可能性を検討するため、電気生理学的手法により、メスの終神経GnRH ニューロンの規則的自発発火パターンを記録した。その結果、配偶行動を頻繁に行う若い成体メスでは、配偶相手のオスを視認した後に自発発火頻度が上昇した(Fig.3)。一方、性成熟前のメスや性成熟してない老齢メスでは自発発火頻度上昇は観察されず、発火頻度は非常に低かった。以上から、オスの視認とメスの終神経GnRHニューロンの自発発火の頻度との間に相関関係があることが示された。 CXCR7 変異体メスは配偶者選択に異常を示す 終神経GnRH ニューロンが求愛受入れだけでなく、適応的意味をもつ配偶者選択行動に関与するか検証するため、上記の1匹のメスと2匹のオスによる配偶者選択アッセイ系を用いて、CXCR7 変異体メスが「視認したこと」を価値基準としてオスを選択するか検討した。その結果、CXCR7 変異体メスは前夜から視認していたオスとも、そうでないオスとも同程度、放卵・放精に至ったことから、配偶者選択行動に異常を示すことが示唆された。 Discussion 本研究ではこれまでブラックボックスであった配偶者選択行動の神経基盤の一端を初めて解明した。メスはオスを視認すると、終神経GnRH ニューロンの自発発火頻度の増加を介して求愛拒絶を解除する可能性がある。また終神経GnRH ニューロンはオスの求愛円舞、メスの配偶者選択の動機付けを制御していることが示唆された。性的動機が上昇すると、オスは求愛、メスは好みの配偶相手を選別する傾向が強くなり、生起される行動様式に性的二型が生じると考えられる。終神経GnRH ニューロンの機能がグッピーなどの他種において保存されているか検定することが、今後の興味深い課題である。 Fig.1 CXCR7/4変異体は、異常な求愛の受け入れを示した Fig.2 CXCR7変異体では終神経GnRHニューロンの回路形成に異常が生じる Fig.3 終神経GnRHニューロンの規則的自発発火頻度 性成熟メスにおいて、交尾相手のオスを視覚的に認識することにより、規則的自発発火の頻度が増加する。生殖能力のない老齢メスや性成熟前メスでは、自発的発火の頻度は低い。 | |
審査要旨 | 多くの動物において、メスは適応度を上げるため、より良い特定の形質をもつオスを選択する。これは配偶者選択行動とよばれ、形態進化の強い駆動力となる。しかしながら、その神経基盤はほとんど不明であった。論文提出者は本研究で、遺伝学的解析が可能なモデル生物であり、性周期が2日と短いメダカを用いてメスの、配偶相手(オス)の好みを検定する新規な行動アッセイ系を構築し、当該行動に必要な遺伝子と神経回路を初めて同定した。 本論文は4章立てで構成されている。第一章ではメダカのメスの好みを検定する新規行動アッセイ系を構築している。メダカの配偶行動では、オスがメスに「求愛円舞」を踊り、メスが求愛を受入れると放卵・放精に至るが、メスが拒絶すると求愛円舞が繰り返される。論文提出者は修士課程において、当専攻動物発生学研究室で行われていたメダカの配偶方法にヒントを得て、メダカのオスを、予めメスに見せておくことで、メスの、求愛円舞を受入れるまでの時間が短くなる(性的動機付けの亢進)ことを見出していたが、博士課程ではメスの求愛円舞受け入れまでの時間を繰り返して計測することで、メスの性的動機付けの程度を定量化できることを示した。 第二章では、メスの性的動機付けに関わる神経機構を解明するため、求愛円舞受入れに異常を示す変異体を調べた。メダカは始原生殖細胞の数が減少すると性転換(性行動も変化)する。CXCR4と7はCXCL12/SDF-1(ケモカイン)を共通リガンドとする受容体で、始原生殖細胞の生殖巣への移動に関わる。これらの遺伝子の弱い変異体の配偶行動を上記アッセイ系で調べたところ、オスを予め見ていたかいなかったかに関わらず、メスの、求愛円舞受け入れまでの時間が短縮する(性的動機付けの亢進)ことを見出した。さらに、オスでは求愛円舞数の減少(性的動機付けの減少)が観察された。予想外なことに、これらの表現型は始原生殖細胞数の減少に起因するものではないことが判明した。この頃、ゼブラフィッシュにおいてCXCRシグナルがGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)ニューロンの発生に関わることが報告された。そこでMOを野生型胚に注入しCXCR4/7の遺伝子機能を阻害したところ、終神経GrRHニューロンの細胞移動に異常が生じた。CXCR7欠失変異体でも同様に、終神経GnRHニューロンの形態に異常が生じた。このことはメダカでもCXCRシグナルが終神経GnR日ニューロンの細胞移動に働くことを示している。そこで、終神経GnRHニューロンをレーザー除去したところ、このメス個体はCXCR4/7変異体と同様に、オスを予め見ていたかいなかったかに関わらず、求愛円舞受け入れまでの時間が短縮し、オスでは求愛円舞数が減少した。またGnRHニューロンの自発発火頻度は予めオスを見ていたメスで上昇することが判明した。これまでGhRHニューロンはオスの性的動機付けに関わることが知られていたが、この知見は、メダカではメスの性的動機付けの制御にも関わることを示している。 第三章では終神経GnRHニューロンが、メスとオスが1対1の際の性的動機付けだけでなく、オスが複数いる際の配偶者選択行動にも関与するか調べる目的で、メスと、このメスが予め見ていたオス、見ていなかったオスの3匹を同じ水槽に入れ、メスの卵がどちらのオスの精子で受精したか調べたところ、野生型の卵はほとんどの場合、予め見ていたオスの精子で受精したが、CXCR7変異体メスの卵は、両方のオスの精子で同程度受精した。このことは、複数のオスが存在する条件でも、メスは予め見ていたオスを配偶相手として選択すること、その選択に終神経GnRHニューロンが関与することを示唆している。 第四章では、終神経GnRHニューロン以外にも性的動機付けや配偶行動に関わる脳領野を同定する目的で、メダカから緊急応答遺伝子c-fosを同定し、これを用いて交尾前後の脳で興奮している領野を調べ、終脳や視蓋など、複数の領野が興奮していることを示している。 以上の知見はこれまでブラックボックスであった配偶者選択行動の神経基盤の一端を初めて明らかにしたものであり、学術的価値が大変高い。特に、終神経(GnRHニューロンがオスのみならずメスの性的動機付けにも関わること、それが遺伝学的に実証された点で、神経科学や行動遺伝学分野で重要な知見であると考えられる。 なお、本論文の研究は岡良隆教授、武田洋幸教授、竹内秀明、久保健雄(東京大学)との共同研究であり、さらに変異体を基礎生物学研究所の研究者から譲与いただく等、多くの研究者のご助力をいただいて完成したものであるが、論文提出者が主体となって実験を計画し、遂行しており、論文提出者の寄与が十分であると判断できる。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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