学位論文要旨



No 126758
著者(漢字) 木下,温子
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,アツコ
標題(和) シロイヌナズナ頂端分裂組織維持機構におけるCLVシグナル伝達系の解析
標題(洋) Study on the CLV signalling pathway maintaining apical meristem in Arabidopsis
報告番号 126758
報告番号 甲26758
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5703号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 教授 平野,博之
 東京大学 教授 中野,明彦
 熊本大学 教授 澤,進一郎
内容要旨 要旨を表示する

高等植物の胚発生以後の形態形成は、茎頂分裂組織と根端分裂組織からなる頂端分裂組織で行われる。頂端分裂組織は、未分化状態を保ちながら分裂・増殖する細胞群であり、茎頂-根端両軸方向への成長や各器官原基の形成に必要な細胞を提供する。この頂端分裂組織の維持機構に関して、興味深い突然変異体が単離されている。シロイヌナズナclavata (clv)突然変異体では茎頂分裂組織の肥大化や、花器官数の増大など顕著な表現型が観察され、一方でwuschel (wus) 突然変異体では茎頂分裂組織の縮小や、花器官数の減少など、clv 突然変異体とは対照的な表現型が観察される。これら突然変異体の解析から、茎頂分裂組織のサイズ決定には、細胞外ドメインにleucine rich repeat (LRR)をもつ受容体様キナーゼCLV1とキナーゼ領域を欠くLRR 型受容体様タンパク質CLV2、さらに膜結合型タンパク質キナーゼであるCORYNE (CRN)/SUPPRESSOR OF LLP1 2 (SOL2)が、分泌性のリガンドであるCLV3を認識することで、細胞非自律的な情報伝達系が駆動することが重要だと考えられている。このCLV シグナル伝達系の下流ではホメオドメイン型転写因子であるWUSの遺伝子発現が抑制され、一方WUSはCLV3の発現を促進することから、WUS-CLV3 間の負のフィードバック機構の存在が示唆されている。しかしながら、CLV3 やWUSの単離から10年以上経過しているにも関わらず、このシグナル伝達系で機能する分子は、未だ、ごくわずかしか単離されていない。また根端分裂組織においても、茎頂分裂組織のCLV シグナル伝達系に類似した経路が存在することが示唆されているものの、その分子実態はほとんど明らかにされていない。そこで本研究では、近年当研究室で確立された、MCLV3 ペプチドによるケミカルジェネティクスの手法を用い、CLV シグナル伝達系で機能する新規シグナル因子を単離するとともに、これを用いてシロイヌナズナ頂端分裂組織維持の遺伝的調節機構を包括的に理解することを目的として実験を行った。

1. MCLV3 ペプチドの作用機構の解析

MCLV3は、CLV3のC 末端に保存されたCLE ドメインのうち、12 アミノ酸配列を化学的に合成したペプチドである。MCLV3をシロイヌナズナ植物体に投与すると、茎頂分裂組織の欠失や根端分裂組織の縮小など、内生のCLV3を過剰に発現させた場合と同様の表現型が観察された。一方、clv1、clv2、clv3 突然変異体を、MCLV3 ペプチドを含む培地中で生育したところ、clv3 突然変異体は野生型同様、茎頂分裂組織が欠失したのに対し、clv1、clv2突然変異体はドーム状の茎頂分裂組織を維持していた。さらに、MCLV3 ペプチドを含む培地中で生育したpWUS::GUS、pCLV3::GUS 形質転換体の茎頂分裂組織を観察したところ、いずれのレポーター融合遺伝子も発現レベルが低下していた。このことから、MCLV3 ペプチドはCLV1、CLV2を介した内生のCLV シグナル伝達系で機能し、WUSの発現を抑制していることが明らかとなった。

2. CLV シグナル伝達系で機能する新規因子の探索

高濃度MCLV3 ペプチド添加時における花茎伸長抑制を指標に、EMS 処理種子、activation tag line種子、Fox line種子を用いたスクリーニングを行い、37個体のMCLV3 ペプチド耐性突然変異体候補を得た。このうちEMS 処理種子から得られた突然変異体個体についてマップベースクローニングを行い、この原因遺伝子がLRR 型受容体様キナーゼをコードするRPK2であることを明らかにした。

rpk2 突然変異体の表現型を詳細に観察したところ、MCLV3 ペプチドに対する耐性に加え、茎頂分裂組織の肥大化や花器官数の増加など、clv 突然変異体と類似した表現型を示した。さらに、in situ hybridization、及びレポーター遺伝子の発現解析の結果、RPK2は茎頂分裂組織の広い領域に発現することが明らかとなった。また、rpk2 突然変異体においてWUS 遺伝子の発現レベルの上昇が検出され、一方でwus rpk2 二重変異体においてはwus 突然変異体と同様に茎頂分裂組織が欠失する表現型が観察されたことから、WUS 遺伝子発現はRPK2に制御されることが示唆された。さらに、カリフラワーモザイクウイルスの35S プロモーターを用いてRPK2 遺伝子の過剰発現体を作出したところ、複数の形質転換体において茎頂分裂組織の欠失や花器官数の減少など、wus 突然変異体に類似した表現型が観察された。以上の結果から、RPK2はCLV3の下流、かつWUSの上流で、WUS 遺伝子の発現を抑制する機能をもつ因子であることが強く示唆された。

3. 受容体CLV1、CLV2、RPK2 間における、遺伝学的・生化学的相互作用の解析

2.で得られた知見は、CLV3の既知の受容体であるCLV1、およびCLV2においても共通に観察される。そこで、本研究で単離された受容体RPK2と、CLV1、CLV2との相互作用を検証するため、遺伝学的、生化学的な検証を行った。clv1 rpk2、clv2 rpk2、clv1 clv2、そして、clv1 clv2 rpk2という各二重、三重突然変異体を作出し、茎頂分裂組織の表現型を観察したところ、単一突然変異体、二重突然変異体、三重突然変異体の順に茎頂分裂組織のサイズは大きくなり、三重突然変異体はclv3 単一突然変異体とほぼ同サイズの茎頂分裂組織をもっていることが明らかとなった。このことから、CLV1、CLV2、RPK2はCLV3のシグナルを伝達する3つの独立な経路であることが遺伝学的に示唆された。次に、RPK2の生化学的性質を明らかにするためNicotiana benthamianaの葉における一過的発現系を用いた免疫沈降実験を行った。この系においては、RPK2はCLV1、CLV2 いずれとも結合しないことが明らかとなった。この結果はRPK2 がCLV1、CLV2と独立の経路で機能するという、遺伝学的解析結果を支持するものである。一方、異なる二種類のタグを付加した融合タンパク質による免疫沈降実験から、RPK2 が自身との結合能を持つことが示された。このことから、茎頂分裂組織においてRPK2は自身と結合し、二量体あるいは多量体として機能している可能性が示唆された。

4. 根端分裂組織におけるMCLV3 ペプチド作用機構の解析

clv1、clv3、およびsol1 各突然変異体をMCLV3 ペプチド存在下で生育させ、主根長を計測したところ、野生型同様顕著な伸長阻害が観察された。一方、clv2、crn/sol2、およびrpk2各突然変異体はMCLV3 ペプチドに対する耐性を示し、高濃度MCLV3 ペプチド存在下においても一定の主根伸長が観察された。以上の結果から、MCLV3はCLV2、CRN/SOL2、およびRPK2を介して根端分裂組織の縮小効果をもたらしていることが推察された。一方、根端分裂組織の静止中心で特異的に発現するWUS 関連遺伝子、WUS homeobox-containing (WOX)5 遺伝子にGFPを融合したキメラ遺伝子を導入した形質転換体にMCLV3 ペプチドを投与しその表現型を観察したところ、MCLV3 ペプチドの有無に関わらずGFPの蛍光が観察されたことから、MCLV3 投与による根端分裂組織の縮小には、WOX5は関与していないと考えられた。

以上、本研究ではケミカルジェネティクスの手法を用いてCLV シグナル伝達系で機能する新規受容体様キナーゼRPK2を単離した。遺伝学的・生化学的解析により、RPK2は既知の受容体であるCLV1 やCLV2と独立に機能することが示され、CLV シグナル伝達系で働く第3の経路であることが示唆された。また、RPK2 およびCLV2、CRN/SOL2は茎頂のみならず、根端においても、CLV3 様リガンドの下流で分裂組織の維持機構に関与する可能性が示唆された。今後はRPK2のリガンドの特定、さらに下流で機能する因子を探索するとともに、これら受容体の機能を詳細に解析することで、植物の頂端分裂組織を維持する制御系のメカニズムが明らかになると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、植物の頂端分裂組織の維持機構を分子遺伝学的、植物生理学的に解析したものであり、5章からなる。第1章では、General introductionとして、植物の頂端分裂組織の構造や、これを維持する分子機構など、先行研究で得られている知見を紹介している。第2章では本研究で使われた材料と方法について記述されている。第3、4章は実験の結果と考察であり、第3章では合成ペプチドであるMCLV3の作用機構について、第4章ではこれをツールとして用いたサプレッサースクリーニング、およびその結果得られた新規受容体様キナーゼの機能解析について述べられている。第5章では得られた結果を受け、頂端分裂組織の維持機構を司る細胞間シグナル伝達系において、リガンドが受容される様式について総合的に考察している。

植物の頂端分裂組織は、茎の先端に位置し、地上部の全体を作り出す茎頂分裂組織、および根の先端に位置し、根系の発達をもたらす根端分裂組織からなる。このうち、茎頂分裂組織に関しては低分子ペプチド性リガンドCLAVATA (CLV)3を介した細胞間シグナル伝達系がその維持機構に重要であることが示されているが、根端分裂組織においてはその関与が明確ではない。論文提出者は、このシグナル伝達系による2つの頂端分裂組織に共通した維持機構を知る目的で、シグナル伝達系で機能する新規因子の探索、および機能解析を行った。

論文提出者はまず、シグナル伝達系で機能する新規因子の探索に有効なツールの確立のため、合成ペプチドであるMCLV3の作用機構について解析を行っている。MCLV3はリガンドであるCLV3のうち保存性の高い12アミノ酸配列を化学的に合成したもので、植物体に投与することにより、茎頂分裂組織の欠失や根端分裂組織の縮小などCLV3遺伝子の過剰発現と同等の効果をもたらすことが報告されているが、その作用機構はこれまで明らかにされていなかった。論文提出者は、内生CLV3リガンドの受容体であるCLV1、CLV2、CRN/SOL2の機能欠損型変異体が、MCLV3に対して耐性を示すことを見いだし、MCLV3が内生のCLVシグナル伝達系を介して機能することを明らかにした。また、clv2、およびcrn/sol2変異体が茎頂分裂組織のみならず、根端分裂組織の縮小効果においても、MCLV3に耐性であることを示し、茎頂分裂組織と根端分裂組織では部分的に共通の因子が機能している可能性を提示している。これらの結果から、茎頂分裂組織における内生のCLVシグナル伝達系の構成要素、および根端分裂組織において同様のシグナル伝達系が存在する可能性について検証するために、MCLV3は有用な分子ツールとなることが示唆された。

次に、論文提出者はMCLV3による茎頂分裂組織の欠失に耐性を示す突然変異体の探索を行った。そして、その内1つの突然変異体についてマップベースクローニングを行い、その原因遺伝子がLRR型受容体様キナーゼをコードするRECEPTOR-LIKE PROTEIN KINASE (RPK) 2であることを明らかにした。さらに、このRPK2に関して、遺伝学的解析、および発現解析を行うことにより、RPK2が既知のCLV3受容体をコードするCLV1、CLV2、CRN/SOL2と同様に、CLV3の下流で、かつ標的遺伝子であるWUSCHEL (WUS)の上流で機能することを見いだした。さらに、CLV1、CLV2、RPK2間の遺伝学的、および生化学的相互作用を検証することにより、これら3つの受容体が独立に機能することを示し、以上の結果から、RPK2がCLV3の第3の受容体として機能していると結論づけた。この結果は、RPK2の茎頂分裂組織での役割を初めて見いだしたものであり、また、複数の受容体による受容機構を実験的に証明したものであり、高く評価された。

なお、本論文第4章は、別役重之、刑部祐里子、水野真二、名川信吾、Yvonne Stahl、Rudiger Simon、篠崎和子、福田裕穂、澤進一郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。よって、木下温子提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。

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