学位論文要旨



No 126761
著者(漢字) 広瀬,侑
著者(英字)
著者(カナ) ヒロセ,ユウ
標題(和) シアノバクテリアの補色順化を制御する光受容体の生化学・生理学的解析
標題(洋) Biochemical and physiological analysis of cyanobacterial chromatic acclimation sensors.
報告番号 126761
報告番号 甲26761
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5706号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 教授 佐藤,直樹
 東京大学 教授 和田,元
 東京大学 教授 寺島,一郎
 東京大学 准教授 増田,建
内容要旨 要旨を表示する

フィトクロムは、植物や菌類・細菌・シアノバクテリアなどに広く存在する光受容タンパク質であり、赤色光吸収型(Pr)と遠赤色光吸収型(Pfr)の間を可逆的に光変換する(図1)。フィトクロムのGAF ドメインには開環テトラピロールが結合し、そのC-D 環の回転(C15-Z ⇔ C15-Eの異性化)が、吸収型の変換を引き起こす(図2)。一方、近年のゲノム解析の進歩により、シアノバクテリアからフィトクロム様のGAF ドメインを持つ光受容体の一群が見つかった(図3)。これらはフィトクロムと同様に開環テトラピロールを結合するが、赤色光/遠赤色光以外の様々な色を感知することが明らかとなり、「シアノバクテリオクロム」と呼ばれている(Ikeuchi 2008Photochem Photobiol Sci)。これまでに、この光受容体はシアノバクテリアにしか見つかっておらず、光合成によって独立栄養を営むシアノバクテリアが独自の光環境応答機構を進化させてきたことを示唆している。

シアノバクテリアは、光合成の集光装置として、フィコビリソームと呼ばれる集光タンパク質複合体を持つ。フィコビリソームはロッドとコアから構成され(図4)、ロッドによって吸収された光エネルギーはコアを介して光化学系の反応中心へと伝達される。一部の種では、ロッドの集光タンパク質は、緑色光を吸収する「フィコエリスリン(PE)」と、赤色光を吸収する「フィコシアニン(PC)」から構成される。これらの種の多くが、周囲の緑色光と赤色光の量によってPEとPCの量を変化させる現象は100年以上前から知られており、「補色順化」と呼ばれている (Gaiducov 1902 Abh. Preuss. Akad. Wiss)。しかし、その緑色光と赤色光の感知機構の実態は長らく不明であった。また、補色順化には、緑色光の下でPEを蓄積するタイプ(2型)と、緑色光下でPEを蓄積し、逆に赤色光下でPCを蓄積するタイプ(3型)に分けられると考えられてきた(図5)(TD Marsac 1977 J Bacteriol)。

シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803(Synechocystis)は、PCを持つがPEを持たず、そのため補色順化をしないと考えられてきた。しかし、先攻研究の、シアノバクテリオクロム破壊株の網羅的な解析によって、シアノバクテリオクロムの1つであるCcaS が、転写因子であるCcaRを介して、PCの構成遺伝子(cpcG2)の発現を直接制御することが示唆された(Katayama 2006 Research Signpost)。そこで、筆者らは、CcaS がどのような光を受容してcpcG2の発現を制御するのかを調べるため、CcaSの生化学解析を行った(Hirose 2008 PNAS)。CcaSのGAF ドメインは、開環テトラピロールの一種であるフィコシアノビリン(PCB)を結合し、緑色光吸収型(Pg)と赤色光吸収型(Pr)の間を可逆的に光変換した(図6)。そのPg ⇔ Prの光変換反応には、フィトクロムと同様に、PCBのC-D環の回転が起こっていた。また、CcaSのヒスチジンキナーゼドメインは、転写因子CcaRのリン酸化活性を緑色光の元で上昇させた(図7)。つまりCcaSは緑色光のもとでCcaRをリン酸化し、cpcG2の発現を誘導することが明らかとなった。

CcaSは、PEとPCを持ち、2型補色順化を行うNostoc punctiforme ATCC 29133 (N. punctiforme)にも存在する。筆者らはN. punctiformeにおいてccaS およびccaRの破壊株を作製し、補色順化への影響を調べた(Hirose2010 PNAS)。野生株では、緑色光の下でPE が蓄積し(図8)、同時にcpeC-cpcG2-cpeR オペロンの転写が誘導された(図9)。逆に、赤色光の下ではPE が蓄積せず、このオペロンの転写も抑制された。ccaSを破壊すると、cpeC-cpcG2-cpeR オペロンの緑色光による発現が低下するだけでなく、赤色光による抑制も起こらなかった。ccaRを破壊すると、緑色光と赤色光のどちらの下でもcpeC-cpcG2-cpeRの発現が停止し、PE 蓄積も起こらなかった。また、CcaR タンパク質はcpeC-cpcG2-cpeR オペロンのプロモーター領域に特異的に結合した。これらの結果は、CcaS が緑色光下でCcaRをリン酸化し、リン酸化されたCcaR がcpeC-cpcG2-cpeR オペロンの発現を誘導し、PEの蓄積が起こること、逆に、CcaSは赤色光下でCcaRを脱リン酸化することでオペロンの発現を抑制し、PEの蓄積を抑制することを強く示唆している。

さらに、3型補色順化の光受容体として同定されていたRcaE 遺伝子の生化学解析を行い、RcaE がCcaSと同様のPg/Pr 変換を示す事、また自己リン酸化活性がCcaSとは逆に赤色光の下で活性化される事を示した。また、C15-Z, anti 型に固定したPCBをRcaE タンパク質とin vitroで再構成させると、形成されたPg が光照射によってもPr へと変換しなかった。これは、C15-Z/C15-E 変換がPg/Prの変換に必要である事を示している。しかし、驚くべき事に、RcaEのPgとPrの変換は、pH 変化によっても引き起こされた(図10)。C15-ZとC15-Eのどちらでも、低pHではPr が形成され、逆に高pHではPg が形成された。このPgとPrの吸収ピークの変動はヘンダーソンハッセルベルヒ式pH=pKa + log(Pg/Pr)で非常によくフィッティングされた。これらの点は、PCB が脱プロトン化されるとPg が形成され、逆にPCB がプロトン化されるとPr が形成されることを強く示唆している。C15-ZにおけるPCBのpKaは約5、C15-EのpKaは約8-8.5と大きく異なっており、このpKaの変化が中性下でのPg/Pr 変換の要因であると考えられた。つまり、RcaEの光変換の機構は、C15-Z/C15-E 変換によるPCBのpKaの変化と、それによるプロトン分子の脱着であった。Pr/Pfr 変換を行うフィトクロムでは、C15-Z/C15-Eの両方で色素がプロトン化されていることから、RcaEのPg/Pr 変換機構はフィトクロムとは異なる新しい光変換の機構であることが示された。

RcaEに結合したPCBのpKaの変化は、タンパク質を変性すると失われたことから、PCB 近傍のアミノ酸残基がpKaの変換に必要である事が示唆された。そこで、色素近傍の保存された荷電性アミノ酸残基に置換変異を導入したところ、E217とK261の変異体は、Pgは形成するが、光照射によってもPrを形成しなかった(図11)。吸収ピークのpH 依存性と、結晶構造との比較から、K261 がプロトン分子を提供し、E217 がその正電荷を安定化させていることが示唆された。一方、L249をHisに置換した変異体ではC15-ZのPCB がプロトン化され、Prを形成した。これはL249 がC15-ZのPCBの脱プロトン化状態を疎水相互作用によって安定化していることを示唆している。

図1、フィロクロムの吸収スペクトル

図2、開環テトラピロールの構造変化

図3、開環テトラピロール結合GAFドメインの系統樹

図4、フィコビリソームの構造モデル

図5、従来の補色順化のモデル

図6、CcaSのGAFドメインの吸収スペクトル(左)と写真(右)

図7、リン酸化活性

図8、N.punctiformeの野生株、ccaS破壊株、ccaR破壊株の細胞の吸収スペクトルと培養溶液の写真(左下)

図9、cpeC-cpcG2-cpeRオペロンの転写産物のノーザン解析(上)と定量(下)

図10、RcaEの吸収スペクトルのpH依存性

A、B;C15-ZとC15-EのRcaEのGAFドメイン溶液のpH色変化

C、D;pHによる吸収スペクトルの変化

E、D;PgとPrピークのフィッティング

Fig11:RceEのE217Q、L249H、K261M、変異体のpH7.5における吸収スペクトル(左例)と、PgとPrピークのpH依存性のフィッティング(C15-Z;中央、C15-E:右例)

審査要旨 要旨を表示する

本論文「Biochemical and physiological analysis of cyanobacterial chromatic acclimation sensors」(シアノバクテリアの補色順化を制御する光受容体の生化学・生理学的解析)は、3章構成である。第1章ではSynechocystis sp. PCC 6803のフィコビリソームの発現を調節する光応答系を解明、第2章では、グループ2型の補色順化を示すNostoc punctiformeの光応答系を解明、第3章では、グループ3型の補色順化を示すFremyella diplosiphonの光受容体FdRcaEの分光特性および発色の新規分子機構を解明し、これらをまとめることで補色順化の全貌を明らかにしている。

酸素発生型光合成を行う原核生物シアノバクテリアは集光装置として多様なフィコビリソームをもち、光環境に応じてさまざまな調節のしくみが知られている。中でも、補色順化は、赤色光培養でフィコシアニンを蓄積して細胞が青緑色を呈し、緑色光培養でフィコエリスリンを蓄積して細胞が赤色を呈する非常に興味深い現象として100年以上前から注目されてきた。近年、その光応答系の遺伝子が一部推定されていたが、光受容体としての実体はまったく不明であった。

第1章では、Synechocystis sp. PCC 6803のフィコビリソームの発現を調節する光応答系を解明した。Synechocystisはフィコエリスリンをもたないが、光質応答を示すこととその光受容体遺伝子が従来の研究で推定されていた。本研究では、この遺伝子SyccaSを大腸菌とシアノバクテリアで発現精製し、SyCcaSタンパク質が色素フィコシアノビリンを共有結合し、672nmの赤色光を吸収するPr型と535nmの緑色光を吸収するPg型が可逆的に光変換できるまったく新しい光受容体であることを実証した。さらに、SyCcaSタンパク質は緑色光照射で促進される自己リン酸化活性をもつ緑色光受容体であること、そのリン酸基を転写因子SyCcaRに転移することを見出した。

第2章では、グループ2型の補色順化を示すNostoc punctiformeの光応答系を解明した。このグループはフィコエリスリンをもち、補色順化を示すことが知られていた。この生物のccaSとccaRホモログ遺伝子を破壊して、赤色光照射で減少し、緑色光照射で誘導されるフィコエリスリンの蓄積およびその遺伝子の発現誘導が破壊株で消失することを実証した。また、光受容体の遺伝子破壊株は補色順化の中間の表現型を示し、NpCcaSが緑色光でリン酸化を促進するだけでなく、赤色光で脱リン酸化を促進するデュアルセンサーであることを実証した。

第3章では、典型的なグループ3型の補色順化を示すFremyella diplosiphonの光受容体FdRcaEの分光特性および発色の新規分子機構を解明した。この生物で推定されていた光受容体候補遺伝子FdrcaEを大腸菌で発現精製することで、上記のSyCcaSやNpCcaSとよく似た分光特性をもつ光受容体であることを実証した。しかし、自己リン酸化活性の測定によって、CcaSとは反対に、赤色光照射で活性化される赤色光受容体であることを示した。さらにFdRcaEの発色が外液のpHに依存することを見出し、そのpH依存性と各種の部位特異変異導入体を解析した。これによって、色素分子のコンフィグレーションとは別にプロトン化によって赤吸収型になり、脱プロトン化によって緑吸収型に変換されることと、このような変換にリジン261、アスパラギン酸217、ロイシン249が重要な役割を果たしていることを明らかにした。

なお、本論文の第1章は、嶋田崇、成川礼、片山光徳、池内昌彦との共同研究、第2章は成川礼、片山光徳、池内昌彦との共同研究である。しかし、どちらの場合も論文提出者が主体となって研究の立案、遂行を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

以上の結果は、これまでよく研究されていた植物や細菌のフィトクロムとは全く異なる光応答性をもつ光受容体一群を解明し、そのプロトン化・脱プロトン化が発色のしくみであることを初めて実証したものとして、高い評価を受けた。したがって、本審査委員会は博士(理学)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。

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