No | 126762 | |
著者(漢字) | 緑川,貴文 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミドリカワ,タカフミ | |
標題(和) | シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803における光化学系遺伝子制御機構の解析 | |
標題(洋) | Analysis of photosynthetic gene regulation in cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803 | |
報告番号 | 126762 | |
報告番号 | 甲26762 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5707号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 酸素発生型光合成生物はシトクロムb6/f 複合体を介して直列につながった光化学系II複合体 (PSII)と光化学系I複合体 (PSI)を光環境の変化に応じて調節する必要がある。原核生物シアノバクテリアでは光化学系遺伝子群が遺伝子発現の段階からある程度統一的に制御されるが、具体的な制御因子はあまりわかっていない。光化学系I複合体のコアサブユニットをコードするpsaAはその光応答がよく研究されてきた重要遺伝子のひとつであり、光化学系の調節の際に主要なターゲットとなる。本研究ではpsaAを主として光化学系遺伝子の発現調節機構の解析をおこなった。 1. Rrf2型転写因子Slr0846によるpsaA発現制御機構の解析 Rrf2型転写因子Slr0846はシアノバクテリアの一部に保存されたタンパク質である。われわれはslr0846遺伝子破壊株においてクロロフィル蓄積量が大きく低下することをみいだした。マイクロアレイ解析により野生株と破壊株の転写産物を比較したところ、破壊株ではpsaA発現量が顕著に低下していた。大腸菌よりSlr0846をHisタグ融合タンパク質として発現させ、ゲルシフト実験をおこなったところ、psaA上流配列への結合が確かめられた。以上の結果からSlr0846はpsaA遺伝子の正の制御因子であることが示された (Midorikawa et al. 2009)。 2. psaA低発現株のサプレッサー変異の解析 slr0846破壊株ではpsaA発現量が顕著に減少しているため、通常光培養条件においてPSI/PSII比が低く、生育速度が野生株よりも遅くなっている。この破壊株から生育速度が野生株程度に回復する現象がみられたため単離培養したところ、psaA量がある程度回復する疑似復帰変異株が複数得られた。疑似復帰変異株の一部ではpsaAコアプロモーターP1コンセンサス配列のスペーサー領域に1塩基欠失がみられた (図1A)。プライマー伸長法により転写開始点ごとの転写量を比較したところ、プロモーターP1, P2ともに転写量が増加していたが、特にP1で顕著であった (図1B)。変異したプロモーターをレポーター遺伝子につなげ、野生型プロモーターと比較したところ転写活性が4倍以上に増加していた (図1C)。psaAは発現量の非常に高い重要遺伝子であるが、スペーシングの変化によりさらに転写活性が増加することが明らかになった。また、変異はグアニンが9塩基連続している領域におきており、同様の変異が異なるクローンの親株からみつかったことから、この領域は変異のホットスポットとなっていると考えられる。 3. Hik8-RpaAによる光応答機構 シアノバクテリアは暗所において遺伝子発現の大部分が停止するため、長時間の暗条件下では転写産物のほとんどが分解される。光照射やグルコース添加により遺伝子発現が誘導されるが、これに関わる制御因子はみつかっていない。従属栄養的に生育できない Synechococcus elongatus PCC 7942においては、ヒスチジンキナーゼ (HK)であるSasAが概日リズム依存的にOmpR型レスポンスレギュレーターであるRpaAへリン酸化シグナルを渡すことがわかっているが、RpaAが直接制御する遺伝子は不明である。一方、グルコースにより完全従属栄養的な生育が可能なSynechocystis sp. PCC 6803 (Synechocystis)においてはSasAと相同性の高いHKであるHik8が従属栄養培養時の解糖系遺伝子群の発現に重要であることが報告されている。これらのことからHik8-RpaAがSynechocystisにおいて光・グルコース添加などに応答してグローバルな遺伝子発現制御をおこなうのではないかと考えた。 rpaA破壊株・hik8破壊株の光応答 野生株の解析により、暗条件下における培養時間が長くなると光照射によるpsaA転写活性の回復が遅くなることがわかった (図2)。また、48時間以上の暗処理においてrpaA破壊株では転写活性の回復が野生株よりもあきらかに遅くなっていた。転写活性の低下はhik8破壊株においても同様であった (図3A)。また、光化学系アンテナタンパク質cpcBやhik8破壊株で影響が報告されているgap1, fbaA, fdaといった解糖系の遺伝子発現にも同様の影響がみられた。一方、PSIIのD1タンパク質をコードするpsbA2/psbA3ではこの差はみられず、野生株・両破壊株共にすみやかに転写が開始された (図3B)。翻訳阻害剤リンコマイシンを添加し、光照射をおこなったところpsaA転写活性の回復は阻害されたがpsbA2/psbA3転写活性には影響がなかった (図4)。以上の結果からHik8-RpaAは翻訳を必要とする転写活性化に大きく寄与していることが示された。 rpaA破壊株・hik8破壊株のグルコース応答 暗条件下においた細胞にグルコースを添加しpsaA発現をしらべたところrpaA破壊株・hik8破壊株では転写活性の回復が光照射条件と同様あまりみられなかった。また遺伝子の発現は一過的であった。シアノバクテリアでは呼吸による還元力もチラコイド膜上にあるNDH複合体を介してPQへ渡されることが知られている。発現の誘導はb6/f 複合体の阻害剤であるDBMIBを添加することで抑制された。以上の結果からプラストシアニン以降の電子伝達鎖のレドクス状態がHik8-RpaAを介した転写活性化のシグナルとして機能すると考えられる。 RpaA結合配列の探索 RpaAがpsaA制御に直接関与する可能性を検討するためpsaA上流配列に対してゲルシフトアッセイ及びDNaseIフットプリントを行ったところ、RpaAがpsaA上流に3カ所あるHLR1 (high-light regulatory 1)といわれる配列の1カ所のみを認識することが明らかとなった (図5A, B, C)。HLR1はRpaAと相同性の高い強光応答性転写因子RpaBの結合配列である。しかし、RpaBと比較して結合の特異性が低かった。またHLR1が上流配列に存在している遺伝子sll0528, cpcB, hliAについてゲルシフトアッセイを試みたがシフトバンドは検出されなかった。現在、in vivoにおけるRpaAとpsaA上流の結合領域との関係を明らかにするため、HLR1配列に変異を導入したプロモーターを用いてin vivoでの影響を検討中である。 考察 本研究によりHik8-RpaAが光照射・グルコース添加によるレドクス変化に応答し、グローバルな遺伝子発現に機能していることが示された。光やグルコースによる電子伝達鎖のレドクス状態の変化がHik8自体もしくは何らかの受容体により感知され、Hik8からRpaAへリン酸化シグナルが渡り、RpaAがなんらかのグローバルレギュレーターの転写をおこなうことでpsaAや解糖系遺伝子群など多くの遺伝子の転写活性化を行っているのではないかと考えられる (図6)。また、RpaAの結合が確認されたpsaAではRpaA自体がアクティベーターとして機能している可能性もある。RpaAの直接的なターゲットとなっているグローバルレギュレーターの候補としては高度に保存されている必須転写因子RpaBやシグマ因子等が挙げられ、rpaA破壊株におけるこれらの遺伝子発現を現在解析中である。 図1 A: 変異が見られたプロモーター領域の概略赤字で示した領域に一塩基欠失がみられた 矢印: 転写開始点-35, -10: コンセンサス配列HLR1: RpaB結合配列 B: プライマー伸長法による転写産物の比較Δ: slr0846破壊株ΔG: 一塩基欠失のみられた疑似復帰変異体 C: レポーター遺伝子によるプロモーター間の発現比較WT: 野生型プロモーターΔG: 一塩基欠失型プロモーター 図2 暗処理24, 48時間後、光照射によるpsaA発現 (WT: 野生株) 図3暗処理72時間後光照射による遺伝子発現 (CL: 連続光) 図4 暗処理72時間後光照射による遺伝子発現(lin: リンコマイシン) 図5 A: psaAプロモーター構造とゲルシフト解析に用いた領域 B: RpaAをもちいたゲルシフト解析加えたタンパク質量は0.25μg, 0.5μg, 1μg 矢印: RpaA-DNA複合体 C: RpaA, RpaBをもちいたDNaseI footprintアッセイ赤線はタンパク質により保護された領域 図6 予想されるレドクス応答モデル | |
審査要旨 | 本論文「Analysis of photosynthetic gene regulation in cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803」(シアノバクテリア Synechocystis sp. PCC 6803における光化学系遺伝子制御機構の解析)は、3章構成である。第1章では、Rrf2型新規転写因子Slr0846の役割を解析、第2章では、slr0846破壊株から単離した議事復帰変異株から見出したpsaAコアプロモータの変異の解析、第3章では、psaAを含む多くの遺伝子の発現を調節するHik8とRpaAシステムの解析を行ない、全体として光合成の光化学系I複合体の反応中心遺伝子psaAの発現調節の研究成果をまとめて報告している。 植物やシアノバクテリアが行う酸素発生型光合成は、光化学系Iと系IIが直列につながり、それぞれ独自の集光装置を備えている。これらの光化学系が線状につながった電子伝達経路は水分子から電子を取り出し、二酸化炭素還元のための還元力とATPを供給する。一方、系Iの周りには環状電子伝達経路があり、おもにATPを供給する。そのため、それぞれの環境やエネルギー需要に応じて、系Iと系IIを過不足なく励起することが非常に重要である。このような調節は光合成装置の活性調節と装置をコードする遺伝子の発現調節の両方で行われている。本研究では、後者の調節を、もっとも代表的な系Iの反応中心遺伝子psaAを用いて明らかにしたものである。 第1章では、psaAを調節する新規転写因子を同定した。これはRrf2型転写因子に属するSlr0840で、シアノバクテリアに広く分布するこれまで機能不明の転写因子であった。これをコードする遺伝子slr0846を破壊した株で、系I複合体の蓄積とpsaA転写産物の大幅な低下を見出した。転写開始点P1とP2からの転写産物はどちらも低下していた。また、破壊株は通常の光条件で増殖が低下し、強光下ではとくに生存に必要であった。Slr0846タンパク質を調製し、psaAプロモータDNAへの結合をゲルシフト法で探索し、結合領域を推定した。 第2章では、psaAコアプロモータの-10/-35配列のスペーサー領域の1塩基欠失変異が転写活性を上昇させることを見出した。1章で作製したslr10846破壊株は中光において光合成増殖が遅く、この状態で長く培養することで、本疑似復帰変異株を多数取得した。これらのpsaAプロモータ全域をシーケンスして、唯一の変異としてコアプロモータP1内部の1塩基欠失を見出した。これをレポータ遺伝子につないで、高い転写活性を確認した。またpsaAの2つの転写開始点のうち、とくにP1に強い影響を見出した。P1コアプロモータの近傍には強光応答に関与する転写因子RpaBが結合するHLR1-C配列が存在するので、この変異プロモータの発現を調べ、強光応答性に影響がないことを確認した。本来psaAプロモータはシアノバクテリアの遺伝子の中でもとくに転写活性の高いが、この変異によってさらに活性が高くなるという興味深い結果である。また、シアノバクテリアの-35配列は遺伝子によってははっきりせず、-35配列との関係を示す点でも重要な知見である。 第3章では、psaAを含む多くの遺伝子の発現を調節するHik8とRpaAシステムを明らかにした。従来、Hik8はグルコース応答、別の種でHik8ホモログがRpaAにシグナルを伝えることが示されていた。本研究では、Synechocystisにおいて、グルコースや光刺激に応答してHik8がRpaAを介してpsaAや解糖系の遺伝子fda, gap1, fbaAなどの発現を誘導することを見出し、阻害剤DBMIBで阻害される作用点をもつことなどを明らかにした。 なお、第1章は、松本浩二、成川礼、池内昌彦との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案、遂行を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 以上の結果は、これまで重要と考えられていた光合成の反応中心の遺伝子psaAの複雑な転写制御における新規の転写因子Slr0846およびRpaAの役割を解明し、コアプロモータの新たな特性を見出した点で、光合成の環境応答に大きな貢献をするものと認められた。したがって、本審査委員会は博士(理学)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。 | |
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