学位論文要旨



No 126764
著者(漢字) 藤山,知加子
著者(英字)
著者(カナ) フジヤマ,チカコ
標題(和) 鋼コンクリート合成床版の損傷機構と交通疲労限界状態の照査
標題(洋) Damage Mechanism and Fatigue Limit State of Steel-Concrete Composite Deck Subjected to Traffic Load
報告番号 126764
報告番号 甲26764
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7405号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 教授 岸,利治
 東京大学 講師 長山,智則
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は,主として橋梁を対象とする合成床版疲労耐久性評価システムの構築である.合成床版の破壊形態と疲労寿命に影響をおよぼすずれ止めによるコンクリートの拘束効果と,鋼材とコンクリート境界面の初期付着および摩擦特性に着目し,実験と数値解析の両面から疲労損傷機構の解明を試みた.その結果,合成床版の破壊過程を明らかにするとともに,数値解析による合成床版の疲労寿命解析の有効性を示した.さらに,合成床版の疲労限界と終局限界を数値解析によって数量化し,鉄筋コンクリート床版とは異なる合成床版の合理的な疲労限界評価指標としてS-N図を示した.

高サイクル荷重が直接作用する橋梁スラブは,疲労破壊の危険性が最も高い部材のひとつである.道路橋においては1960年代に鉄筋コンクリート床版の深刻な疲労損傷問題が顕在化したが,1980年代以降現在までの実物大床版を用いた数々の実験的研究の成果により,疲労問題はひと段落したかに見えた.しかし,近年鋼橋合理化・省力化の観点から研究事例の蓄積された鉄筋コンクリート床版に代わって,鋼コンクリート合成床版(合成床版)が登場するに至った.合成床版の開発研究では,合成構造の破壊形態がスタッドやリブといったずれ止めの諸元に大きく依存することはよく知られていながらも,要求性能として所定の大きさと回数の疲労荷重を上回る強度を付与することのみに力点が置かれてきた.そのため,限界状態を超えたときの復旧性はほとんど検討されていないのである.

これに対し,本研究では,実橋で想定される様々な合成構造のずれ止め形状,界面状態に対して,実験・数値解析の両面からその破壊過程を明らかにし,あらゆるタイプの鋼コンクリート合成床版に対して,損傷度を定量的に評価することを目指している.ゆえに,実験と数値解析との比較においては,部材耐荷力や破壊までのサイクル数の大小のみならず,ひび割れの発生・進展のプロセスおよび破壊モードの再現性にも力点をおいた.数値解析の技術を用いることで,計測や目視調査等では発見できないコンクリート内部の損傷リスクも含めた構造物の性能評価を目指す点が,本研究の特長である.

はじめに,ずれ止め形状と配置,鋼・コンクリート境界面状態を系統的に分析するため,全17体(予備的実験を含む)の合成床版の静的載荷,疲労載荷実験を実施した.また,これまでRC構造物の疲労解析で実績をあげてきたコンクリートの高サイクル疲労を再現する非線形有限要素解析COM3Dに適切な接合要素モデルを導入することで,前述の合成床版各実験の結果を概ね精度良く再現することに成功した.

具体的には,実験結果と数値解析結果の分析から,本研究の条件のもとでリブピッチを版有効高の0.625倍,1.875倍,3.125倍で変化させた場合,合成床版の破壊モードはそれぞれ異なること,曲げ剛性が等価であればI型鋼リブと平鋼リブとの間で有意な性能の差はみられないこと,鋼コンクリート境界面に初期付着力の有無を考慮した数値解析による検討結果から,本実験で使用した供試体では鋼コンクリート境界面に初期付着力が存在したこと,が明らかとなった.以上より,合成構造内に配置するずれ止めは単に鋼とコンクリートの合成作用をもたらすだけでなく,クラックの基点となり合成床版の破壊形態を変化させる要因として認識する必要があることが示された.

続いて,ずれ止めリブとコンクリートとの境界面条件を変えて道路橋設計荷重相当の低荷重域で30万回以上の高サイクル荷重履歴を含む実験,さらに最大耐力の70~90%の高荷重域での低サイクル疲労実験を実施し,それらを鋼・コンクリート境界面初期付着力を考慮したモデルを用いて再現する数値解析を実施した.数値解析は,実験結果を概ね良好に再現し,付着切れが生じる前の初期剛性はリブ形状にかかわらず,鋼コンクリートのずれ抵抗性による合成度とリブの曲げ剛性とによって決定されること,鋼・コンクリート間付着切れに関して部材の耐荷力が一時的に低下すること,界面のほぼ全体が初期付着を消失した後の耐荷力機構は摩擦則を主体としたものへと移行すること,摩擦ずれの増加とともに変形が増大し,鋼材の様々な部位に降伏をもたらして終局に至ること,などが明らかにされた.高荷重域での定点疲労載荷の予測寿命は,本研究で対象とした諸条件のもとでは,実験で得られた疲労寿命の傾向と矛盾しなかった.

以上,冒頭に述べた2つの着目点,ずれ止め形状と配置によって,また鋼材表面の初期付着と摩擦特性の違いによって,合成床版がまったく異なる複数の破壊形態を示すことを実験と解析の両面から明らかにしたことは,本研究の重要な成果である.

次に,合成床版の性能評価に関して,現状,最も信頼性が高いとされる輪荷重走行試験の数値解析による再現にも取り組み,その高い再現性を示すとともに,実際の試験では試験機の性能の限界から依然として不明であった終局状態の評価と,それ以後の損傷プロセスについて予測を試みた.

既往の輪荷重走行試験のうち,本研究で検討してきた1方向リブタイプの例を取り上げ,前述の数値解析手法を用いて,再現シミュレーションを実施した.リブ先端からの水平方向ひび割れの発生から進展,連続化までの損傷過程が再現可能であることを示した.また,水平ひび割れが発生した後でもひび割れ面のせん断伝達機能が失われるまでは床版の急激な耐荷力の低下には至らないこと,やがて水平ひび割れがコンクリートスラブを2層化すること,その後は上層のコンクリートが移動荷重直下で圧縮疲労破壊して版が終局に至るシナリオを示した.つまり,鋼殻で囲まれた合成床版では,コンクリートの疲労損傷にともなう床版としての機能低下が,たわみの急増だけでは計り得ないことが示された.よって,本研究では合成床版の破壊シナリオに沿って,コンクリート内部の水平ひび割れ連続化を疲労限界,また2層化後の上層コンクリート圧縮疲労破壊によるたわみ増大を終局限界と定めた.その関係を静的耐力を基準としたS-N図で提示することで,損傷がたわみの増加に大きく関与する鉄筋コンクリート床版とは異なる合成床版の長期管理・評価の基準として,合理的な指標を示すことができた.これが本研究の第二の成果である.

さらに,鋼コンクリート境界の摩擦が低下した場合を想定したシミュレーションを実施し,コンクリートの疲労損傷がたわみの増加に大きく関与するRC床版とは異なる,合成床版の長期管理・評価の基準として合理的な疲労限界を定める必要性について言及した.その一例として,コンクリートの損傷エネルギーに基づく評価手法を提示した.

本研究の数値解析は界面固着特性など幾つかのモデル簡略化に基づくため,定量的な観点からさらに検証が必要である.本論文で対象とした諸元に限らず,合成床版の終局破壊に至るまでの疲労過程を実験的に明らかにした例は,RC床版に比べて少ない.今後の検証研究を待ちたい.また,数値解析を適切に取り入れることにより,実験的研究のみでは得るのは難しかったいくつかの貴重な成果を提示することができたが,本研究で対象とした合成床版は,様々な合成床版形式の中の1つに過ぎない.今後,本研究の目的である「合成床版疲労耐久性の定量評価システムの構築」の完成のため,他の合成床版に対しても長期管理・評価の基準として合理的な疲労限界の指標を定める研究を継続していきたい.

審査要旨 要旨を表示する

長期にわたる高サイクル交通荷重を直接受ける橋梁床版の疲労耐久性の確保は,社会基盤施設の維持管理の観点から喫緊の課題である。特に建設後20年以上経過した鉄筋コンクリート橋梁床版の早期劣化は,走行安全性確保と維持管理財源の両面で深刻な問題となっている。これに対し,様々な接合諸元を有する鋼-コンクリート合成床版が提案されており,高強度特性の観点から実用化研究が活発に実施されている。高度経済成長期に大量に整備された交通基盤施設の更新が近未来に控えており,疲労寿命を定量的に提示する疲労性能設計の展開は,急を要する技術的課題となっている。

鉄筋コンクリート床版の疲労損傷機構はほぼ解明されており,数値解析による寿命推定技術も過去数年で長足の進歩を遂げている。一方,鋼-コンクリート合成床版の疲労限界状態は,試験装置の容量限界などの理由から,現時点において定量化には至っていない。設計耐用年数に対する安全余裕度と終局限界状態に至る経路,損傷形態が不明であるため,実証実験で観られるコンクリート中のひび割れが許容限界内にあるのか否かの判断が困難となっている。本研究は,高サイクル疲労荷重下における鋼-コンクリート床版の構造応答解析システムを開発し,この問題に対して定量的な設計上の指針を与えることを目的としている。

第一章は序論であり、本研究の背景と目的を述べている。様々な構造諸元を有する既往の合成床版と性能試験法を整理し,製造と施工の合理化と構造強度特性の二面において,将来性の高い社会基盤施設整備の一要素となり得ることを示している。

第二章では,鉄筋コンクリート床版の寿命推定技術の最新の状況を概括し,鉄筋が分散配置されていない鋼-コンクリート合成床版への適用拡張にあたっての課題を整理している。コンクリート中に発生・進展する疲労ひび割れ群を終局限界状態まで追跡する数値解析技術を本研究の主たる武器と位置づけ,非線形有限要素解析法と対数時間積分法を組み合わせて寿命推定する基本アルゴリズムを提示している。

第三章では,固定点高サイクル疲労荷重を用い,ずれ止め鋼材の配置間隔と寸法の組み合わせによって3通りのせん断破壊モードが発生することを,実験ならびに数値解析から明らかにしている。密にずれ止め鋼材を配置すると,鋼材先端から部材水平方向にコンクリート疲労ひび割れが進展・連結することで床版部材を二層化する過程が判明した。同時に,ずれ止め鋼材がせん断補強効果を発揮することで,部材を貫通する押し抜きせん断破壊が抑制されることも判明した。一方,ずれ止め鋼材が離散配置されると,部材の二層化は生じないものの,押し抜きせん断破壊が発生して部材耐力が大幅に低下することを示している。さらに,両破壊モードの中間にあたる二重せん断ひび割れモードが存在することが発見された。これらの破壊モードと寿命は,初期付着特性と剥離以後のせん断摩擦応力伝達特性の両者を代表する新たな境界要素を配置することで,数値シミュレーションが可能となることを実証している。

第四章では,第三章で提示された境界面特性モデルと疲労寿命に関する定量分析を行っている。鋼-コンクリート境界面上の固着力を人工的に除去した実験と解析を実施した。ここで,初期付着力が合成床版構造の疲労強度に占める割合が無視できない程度に大きいことを明らかにしている。セメント硬化体の初期固着力は乾湿繰り返しや温度変化,コンクリートの施工時締固めや養生,コンクリートの乾燥収縮などによって消失し得ることから,寿命設計の上で初期付着力に過大に依存することは適切でないことを示し,ずれ止め鋼材の形状加工を工夫することで初期付着の劣化を補償できることも実証した。

第五章では移動交通荷重下での合成床版の数値寿命解析を行い,コンクリート中の疲労ひび割れの連結に伴う版の二層化の限界状態に対するS-N図(繰り返し荷重振幅-疲労回数の関係),および走行安全性が損なわれる限界状態に対応するS-N図を初めて提示することに成功している。版の二層化は外観観察から確認することが不可能なため,従来,この限界状態を基準とする疲労設計ができなかった。本研究で開発,検証された寿命推定システムにより,現存する床版の余寿命と安全余裕度を定量的に提示することが可能となったのである。また,版の二層化に至る限界状態から走行不能に陥る状態までには,寿命回数で1オーダー程度の余裕代があることが予見された。

第六章で本研究の結論をまとめ、今後の課題について概括している。

本論文において,鉄筋コンクリート床版の疲労寿命推定に開発された直接対数積分型有限要素法が,鋼-コンクリート合成床版にまで適用できるように改善がなされ,版の二層化をもたらす疲労ひび割れ進展モードの機構が解明された。この知見をもとに,新たな構造詳細諸元を有する合成床版も提案された。実証を中心とした基礎モデルの高度化と実用化を視野に入れた疲労寿命数値解析モデルの開発の両者から、本論文の工学上の貢献は大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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