学位論文要旨



No 126765
著者(漢字) 山田,裕貴
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ユウキ
標題(和) 竹田における農村景観の近代的変容と多層的共同体の関係性
標題(洋) Relationships between Agricultural Landscape Changes caused by Modern Works and Multi-layered Communities in Taketa City
報告番号 126765
報告番号 甲26765
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7406号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中井,祐
 東京大学 教授 沖,大幹
 東京大学 教授 下村,彰男
 東京大学 特任准教授 福井,恒明
 東京大学 教授 伊藤,毅
内容要旨 要旨を表示する

本研究は農村景観を農業土木施設や空間(モノ)、農業・暮らし(コト)、多層的共同体(ヒト)の三者の関係がつくりだすものであると考え、基礎的方法論を人文学・地理学的立場に置きながら、共同体という人間の営みの単位に着目して、景観が生成し変容するメカニズムの解明・記述を試み、農業土木施設や農事の近代化にしたがって共同体のあり方に生じた変化である再組織化を実証的に論考したものである。

多層的共同体とは、哲学者の内山節が提唱した共同体理論で、地域特に農村における共同体とは単独的ではなく多層的に共同体を形成しているものであり、様々な共同体に所属する個人はその中でおりあいを付けて生きているというものである。私たちを取り巻く世界は、近代化されたもので覆い尽くされており、近代化の中で共同体は解体され、個人にまで細分化されていくのだが、農村特に稲作を行っている様な所では、河川からの取水や用水路管理などの、共同財や共同作業が発生するため、必ずしも多層的共同体が解体されてはおらず、多層的共同体は近代的変容を受容しながらも解体ではなく再組織化されたと指摘できる。また本研究では、アレグサンダーが提唱したセミラティス構造とツリー構造を援用し、多層的共同体をセミラティス構造とし、近代化とはセミラティス構造からツリー構造への移行であると解釈している。

景観研究において共同体に着目する意義は、近年に制定された文化的景観の概念が明確にした。文化的景観の最大の特徴はそれまでの「表出された」景観(モノ)の保全ではなく、その景観を「表出する」営為・活動を保全しようとしたところにある。営為・活動そのものを保全しようとすれば、必ずその営為活動を行っている人間あるいは共同体(ヒト)に目を向けざるを得なくなる。棚田のような人間の営為活動によって作り出されている景観は、文化的景観の最たるものの一つである。

本研究で対象とする大分県竹田市は、昭和63(1988)年時の調査において急傾斜地域(勾配1/6以上)の棚田を有する市町村において全国一の耕作面積を誇っている地域である。近世以来、井路と呼ばれる用水路が多様に発達し、稲作が継続的に行われてきた。ただし、竹田においても近代化の波は押し寄せており、近代農業土木技術や農業機械の導入、土地改良区などの法人組織の誕生、ほ場整備などの近代的変容が多岐に行われているが、急峻な地形によって水源が制限されている竹田においては、共同体が色濃く残っていると考えられる。

本研究は、(1)竹田における井路と共同体の存在を網羅的に把握し、(2)近代的変容を整理した上で、(3)モノやコトが近代化を受容していく中で、どのように多層的共同体(ヒト)が再組織化されていったか、(4)またモノ・ヒト・コトの因果関係を探り、(5)その多層性が何によって保たれたかを考察する事を目的とする。

研究方法としては、史実を明らかにする面で二次資料を主に用いる。しかし、小規模な井路や、小さな範囲の歴史は資料としても残っていない場合が多いため本研究では、井路関係者や農家の方々へのヒアリングと現地踏査を行っている。

本論文は大きく6章に分れており、第1章では背景目的を述べ、既往研究を参照し、本研究の独自性を明らかにし、本論文の構成を述べる。第2章では、竹田について稲作に関わる気候や水系、稲作の歴史について整理し概説する。第3章では、竹田の井路について、それを維持管理している共同体のあり方や井路そのものの特徴分析し、井路の特徴と共同体の存在とあり方を網羅的に把握する。第4章では、竹田において稲作に関わる近代化の過程を整理する。ここでは、第3章で明らかにした井路に関して、農業土木施設や空間(モノ)、共同体(ヒト)、農事や暮らし(コト)に分けてその近代化を整理し、近代化における重要な変化点であった明治期~昭和初期、戦後期、昭和後期についてその特徴を述べる。第5章では、具体的な3地区(羽恵/岩瀬/巣原)について、近代化の過程を子細に明らかにした上で、近代的変容の中で多層的共同体がどのように再組織化されたか、モノ・ヒト・コトの相互関係を考察している。第6章では、何が変わらなかったか、多層的共同体が何によって保たれたかを考察している。本研究では以下の事が明らかとなった。

(1) 竹田市には現在101の井路が存在しており、その共同体のあり方は土地改良区、水利組合、地縁的共同体の3種類に大別できる。またそれら井路と共同体のプロットした井路マップを作成し、流路が特定できる土地改良区の井路を分析する事で井路に関する近世的/近代的特徴を明らかにした。(3章)

(2) モノについては、ダム、水路、頭首工、ほ場整備(田の集約)に分け、ヒトについては稲作の共同体と井路の共同体に二分して近代的組織の成立とその特徴を、コトについては機械化の歴史を参照しながら、それぞれ竹田における近代化の過程を整理した。また物理的な景観の変容においてはほ場整備が重要な変化点である事を示し、共同体に関しては、一様に近代化を果たしていない事を指摘した。(4章、付属年表)

(2)'羽恵、岩瀬、巣原の3地区に関する近代化の過程を現地踏査、ヒアリング、二次資料を基に明らかにした。(5章)

(3) 最も大きな物理的景観の変容であるほ場整備の際に、給水系統と田の個人所有がどのように再組織化されたかを分析し、羽恵地区ではセミラティス構造からツリー構造へ移行するが、岩瀬地区と巣原地区においては、給水系統はツリー構造になるのに対して、田の個人所有は共同所有の形態を取るため、セミラティス構造化していく事が明らかになった。

多層的共同体に関しては、当初よりツリー構造を示していた羽恵地区はその構造を崩さないが、近年新たな共同体が誕生する事でセミラティス構造化している。岩瀬地区はセミラティス構造を弱めるものの、その構造を維持する。巣原地区はセミラティス構造を大きく崩すが、近年における新たな共同体の誕生によってセミラティス構造へ再組織化していく事がわかり、いずれの地域もその多層性を再組織化させながらも、多層的共同体が保たれている事を明らかにした。(5章)

(4) 多層的共同体(ヒト)を中心とし、モノ・ヒト・コトの因果関係を見て行くと、外的要因としては、農業(コト)の近代化によって、巣原地区に見られた夜なべ小屋などの地域独自の共同体は消滅する。また農業土木施設(モノ)の近代化はそれぞれの共同体がもつ意味合いを弱めさせるが、共同体の多層性を消滅させるには至らない。なお、巣原地区に見られるように、井路が統合されると多層的共同体のセミラティス構造は一気に崩れる事を明らかにした。

内的要因としては、人口減少により共同体の維持が困難になると、共同体は統合され多層性を失う。また農協のように共同体自体の合併によって、多層的共同体のセミラティス構造を壊すには至らないが、共同体のスケールを二極化させていく。また、このようにセミラティス構造を崩して行く一方で、平成以降に新たな共同体が誕生する事によってセミラティス構造に再組織化していく事が明らかとなった。(5章)

(5) 多層的共同体は3地区において保たれたが、羽恵地区と巣原地区でセミラティス構造へ再組織化したのは、集落への関心や機械の共同利用を主目的とした新たな共同体の誕生であり、岩瀬地区においては旧河道によって出来た右岸と左岸の意味合いが色濃く残り井路が統合されなかった事が起因している。つまり、物理的(外来的)な要因ではなく、意味的(内在的)な要因が多層的共同体の拠り所となっている事を考察した。(6章)

審査要旨 要旨を表示する

景観とは、人間が自然を含む他者と相互に関係を結びながら生を営み続ける、その総体が環境化されたものであり、かつその環境の姿あるいは眺めである。従前の景観研究は、環境化されたその状態を時空間の両面から客観的に記述しようとする人文学・地理学的立場、環境の視覚像がなんらかの価値を生成するという現象に着目してそれを解明しようとする工学的立場に、大きくは二分される。しかしいずれも、人間の継続的な営みにより景観が生成し変容するダイナミックなメカニズムを記述もしくは解明する、という景観の本質に切り込めてはいない。

本論文は、その方法論の基礎を前述二者のうち人文学・地理学的立場におきながら、共同体という人間の営みの単位に着目して、景観変容のダイナミズムに迫ろうとしているという点で、きわめて野心的である。急傾斜地が多く棚田の耕作形態が卓越した地域である大分県竹田市を対象に、その農村景観を、用水路や頭首工・分水施設などの農業土木施設(モノ)、生産活動とそれに伴う農事(コト)、およびそれらを運営してゆく単位である共同体(ヒト)、の三者の関係がつくりだすものと考えて、農業土木施設や農事の近代化にしたがって共同体のありかたに生じた変化を、実証的に論考している。また、共同体を単独的なものとしてではなく、哲学者の内山が提唱している共同体理論である多層的共同体の概念を援用している点、多層的共同体の構造をセミラティス構造とし、近代化によってツリー構造へ移行するという解釈も、本論文の独自性である。第一章では、上記の内容を論文の背景として述べている。

第二章では、大分県竹田市の地形や地質、水系、近世における稲作の歴史を整理している。中でも、一級河川から普通河川や準用河川まで大小様々な河川を網羅的に把握しプロットした図は、それらを水源とする広域な井路網を把握するうえで重要な資料としての価値を有するものである。

第三章では、二次資料、現地踏査、ヒアリングにより101に及ぶ井路と共同体の存在を把握し、土地改良区、水利組合、地縁的共同体の3種に共同体のあり方を大別している。本成果は、竹田市の井路を網羅的に把握した点において資料性が高く評価に値する。同時に、施設や耕作方法が近代化されても、従来の共同体の形態である水利組合が圧倒的に多く存続している点から、共同体は必ずしも一様に近代化されていない事実を明らかにしている点は注目され、また、取水地から受益地までの距離や地質、その起源が近世由来か近代由来か等の分析も行っており、竹田市の井路の特徴を包括的に論じる上できわめて有用な材料を提示している。

第四章では、用水路や頭首工、分水施設などの農業土木施設(モノ)、生産活動とそれに伴う農事(コト)、およびそれらを運営してゆく共同体(ヒト)に関する近代化の過程を、第三章で把握した101の井路について明らかにし、表に整理している。この成果は単に資料的価値を認められるのみならず、モノやコトが近代化されても、ヒトすなわち共同体が一様に近代的に組織化されるわけではないという事実を伺い知る事ができ、本論文における最も重要な知見のひとつと言える。

第五章は、ケーススタディに充てられている。二次資料と現地踏査、ヒアリングをもとに、羽恵地区、岩瀬地区、巣原地区の三地区における農業土木施設(モノ)や農事(コト)の近代的変容と多層的共同体(ヒト)の再組織化の過程を整理した上で、多層的共同体が再組織化していくダイナミズムをモノ-ヒト-コト三者の関係性から明らかにしている。その関係性として、農事(コト)の近代化による地域固有の共同体(ヒト)の消滅や、農業土木施設(モノ)の近代化によって共同体(ヒト)を消滅させるには至らないものの、共同体(ヒト)の意味合いを弱めさせるといったモノやコトの作用による外的要因と、共同体(ヒト)内の人口減少による集約化や、新たな共同体の誕生といった共同体(ヒト)の作用による内的要因がある事を明らかにしている。中でも特筆すべきは、平成に入ってから新たな共同体が誕生する場合、セミラティス構造として再組織化されるメカニズムが働いている事を明らかにしており、現在においても三地区共にセミラティス構造を有しているという指摘は、農村景観の近代化を考察するうえできわめて示唆に富むものである。

第六章では、第五章の分析を基に多層的共同体が何故保たれたのかを考察している。羽恵地区と巣原地区においては機械の利用や集落への関心から新たな共同体が誕生し、岩瀬地区においては旧河道の存在影響して井路が統合されなかった事を考察し、多層的共同体を形成した再組織化のメカニズムは、物理的(外的)な要因というよりはむしろ、共同体の意味的(内的)な要因によって維持された事を実証的に述べている。

以上概観したように、本研究の最も評価すべき点は、竹田市全体における井路と共同体の存在を網羅的に把握し、近代的変容の全体像を整理した資料性の高さと、その上で、三地区において農業土木施設(モノ)、共同体(ヒト)、農事(コト)の三者の関係を基に、農業土木施設(モノ)や農事(コト)の近代化にしたがって共同体(ヒト)のあり方に生じた変化である再組織化のメカニズムを個別に解明・記述した点にある。これは景観の生成・変容のダイナミズムを、モノ?ヒト?コト三者の関係性に着目して記述することを試み、一定の成果を得ているという意味で、今後の景観研究全般へ寄与するところがきわめて大きいものと評価すべきである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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