学位論文要旨



No 126772
著者(漢字) 李,潤貞
著者(英字)
著者(カナ) イ,ユンジョン
標題(和) 商店街における着座空間に関する研究 : コミュニティ形成に寄与する可能性に着目して
標題(洋)
報告番号 126772
報告番号 甲26772
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7413号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 講師 太田,浩史
 東京大学 准教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

買い物は人の生活を維持するための基本的な行動であり、レジャーとして余暇を楽しむ発展的行動でもある。それらの行動が見られる商店街は人の日常生活に欠かせない重要な場であるといえるだろう。マイカーの普及に伴うモータリゼーションの進行や少子高齢化などの人口構成の変化によるライフスタイルの変化などで消費者の購買行動が変化し、大型店が消費者の支持を集め、中心市街地は衰退し、中心市街地を構成している商店街に空き店舗の増加が著しくなった。また、後継者の問題や設備の老朽化などの商店街の内部の問題も商店街が低迷しシャッター通りになる要因となっている。

近年、衰退しつつある商店街に活気を取り戻すための施策、あるいは広く街づくり活動の一環として環境整備やイベントなどが進められているが、それらが有効であるかどうかはまだ明らかでない部分が多い。高齢化率22.5%という5人に1人が65歳以上の高齢者である超高齢社会を迎え、居場所の不在などによる孤独死が社会問題の一つとして懸念されている中で、商店街が地域の伝統や文化およびコミュニティの中心であったことに注目した。

特に、高齢者への配慮および商店街の環境整備の一環として設置されている商店街の着座空間に焦点を当て、その設置状況および設置環境の特徴を把握する。また、着座空間を利用する利用者の行動や評価を分析することで、人々に対する着座空間の働き及びその意義を明らかにすることを目的とする。さらには、着座空間がコミュニティを形成に寄与する可能性を探る。

本論文は、5章で構成している。各章の要点は、以下である。

第1章では、研究の背景として商店街の意義や現状を把握し、着座空間の定義を行った。また、研究の目的、既往研究を述べ、研究の位置付けを示した。

第2章では、商店街において着座空間の設置がもっとも多く見られたセミプライベートスペースに着目し、着座空間を構成する基本的な要素であるベンチ・椅子そのものの働きに注目した。店舗内外を繋ぎ、店舗のイメージ形成に寄与し、利用者にとってアクセスしやすい場である店頭のベンチ・椅子が、商店街を利用する人々の買い物行動に有効に働きかけ、ひいては商店街の利用を促進するという仮説に基づきそれを検証した。

研究の手順として、まず、商店街の店頭にあるベンチ・椅子の設置状況を把握するため、商店街での現地調査を行い、調査対象地の街路特性と、店頭におけるベンチ・椅子の設置状況との関連性を探った。その結果、店頭のベンチ・椅子の設置状況が商店街の街路特性と関係性を持ち、さらに、店舗のセットバックとも関係することがわかった。また、ベンチ・椅子の設置の度合いは業種によって異なっており、その用途も業種によっては、必ずしも身体支持具という本来のものではなく、多様であることが明らかとなった。

次に、店頭にベンチ・椅子が置かれている店の店主を対象としてアンケート調査を行い、店頭のベンチ・椅子に対する設置側の意識を探ることにした。設置側は、店頭のベンチ・椅子に対して、売り上げに繋がる直接的な経済効果を期待するより、客に対するサービスの一つとして認識していることがわかった。また、ベンチ・椅子の座面上を「商品陳列」や「メニュー置き」など、情報提供によるアピール手段として、店の雰囲気を作るためのアイテムとして認識していることが示唆された。

店頭におけるベンチ・椅子に対する利用者の意識を把握するため、複数の商店街を対象として、ベンチ・椅子を利用している人の行動を観察するとともに、利用者を対象としたヒアリング調査を行った。その結果、店頭に置かれたベンチ・椅子は幅広い年齢の人々に利用されており、その人達の休憩行動や、飲食、喫煙、通話など、多様な利用行動を支援していることがわかった。また、ヒアリング調査から店頭に置かれたベンチ・椅子の利用者は、当該の商店街を利用している時間が長く、また、立ち寄る店舗数が多い傾向が見られた。

以上の結果を踏まえ、店頭におけるベンチ・椅子が与える印象を明らかにするため、「飲食業」「物販業」「サービス業」の3業種の典型的店舗を選び、その店頭にベンチ・椅子の有無やその座面上に置かれているモノの有無という異なる条件で、それぞれ3タイプの写真を用いて、実験を行った。

その結果、店頭のベンチ・椅子の存在やその座面上に置かれているモノが業種の違いを問わず、店の印象を高めることに機能し、人の店の利用に有効に働きかけていることが示唆された。

第3章では、商店街において一般に広く開かれたパブリックスペースに設置された着座空間に着目し、その利用状況を調べた。また、多くの商店街が限られた街路状況ではあるが、その中で比較的ゆとりがあるパブリックスペースを設けている団地内商店街を調査対象とした。

特に、商店街に着座空間が多数設置されており、人の利用が多く見られた豊四季台団地内商店街を対象に観察調査を行い、設置現況および利用実態を調べ、利用状況を把握した。

その結果、豊四季台団地内商店街のパブリックスペースに置かれている着座空間は、設置場所によって、開放的か閉鎖的かであり、着座空間の基本的な構成要素であるベンチ・椅子の形状および向きなどの相違があるなど、多様な空間特性を持っていることがわかった。また、その利用のされ方も設置場所によって異なっており、休憩を含む飲食、喫煙、会話、読書など多様であった。

特に、利用のされ方において、設置場所によって午前中の利用が多く見られる場合、午後の利用が多く見られる場合など利用される時間帯が異なっていた。さらに、設置場所によって利用者の性別が異なることがわかった。例えば、午前中に日がよく当たる所には午前中男性の利用が多く見られ、午後に日がよく当たる所には女性の利用が多く見られた。なお、男性と女性は離れた場所を利用する傾向が見られたが、背もたれがあって背中合わせで掛ける場所やベンチが丸型の場所では共用することが多かった。

また、広場に設置されている所は個人の利用が多く、広場から離れた所に設置されている着座空間にはグループの利用が見られるなど、個人や集団によって利用される場所が異なることがわかった。

このように着座空間の利用行動は設置場所や利用時間、利用者の属性によって多様であるが、注目すべき点として、ほぼ同じ時間に決まった場所に同じ顔ぶれのグループが集まることから、そこでコミュニティが形成されていることは、着座空間がコミュニティ形成に寄与する可能性を持っているということである。

第4章では、商店街の着座空間に対する利用実態および利用者の意識を探るために、豊四季台団地および豊四季台団地周辺に住んでいる居住者を対象に行ったアンケート調査の結果を分析し、考察を行った。さらに、アンケート調査の回答者のうち希望者を対象にヒアリング調査を行い、団地居住者や団地周辺居住者の豊四季台団地内商店街および商店街の着座空間に対する利用実態および評価を明らかにし、着座空間がコミュニティ形成に寄与する可能性を探った。さらに、着座空間がコミュニティ形成にどのように寄与しているかを調べた。

その結果、豊四季台団地内商店街は、値段や品揃え、品質についての評価が低いものの、近いという立地的なメリットから利用率が非常に高いことがわかった。また、食料品や日常必需品を買う場所としてよく利用されていることがわかった。

一方、団地内商店街を利用する理由のなかに「顔見知りに会うから」という回答が少なからずあったことから、団地内商店街が住民の交流の場になっていることが推測できた。また、ヒアリング調査で、商店街で知り合った人がいる、サークルの仲間と商店街であって話す、昔からの付き合いの店に寄って店員と話すなど、実際に住民同士また住民と店の間に交流が生じていることが確認できた。

団地内商店街に置かれている着座空間は、本来の機能である休憩する場所として認識されており、実際の利用でも休憩に利用されることが一番多かった。しかし、休憩のみならず、荷物片付けや飲食、喫煙、おしゃべり、時間つぶし、日向ぼっこ、待合せなど多様な使われ方があることが確認できた。

そのことから、団地内商店街における着座空間が、買い物後の一休みの時や荷物整理に使われるなどで利用者の買い物行動を支援し、喫煙や日向ぼっこなど余暇時間を過ごす場を提供し、さらにおしゃべりなどによる人との交流をもたらす場として働くことがわかった。

決まった場所に人の集まりができていることや着座空間で知り合いができてそこで会うなどの事例から着座空間がコミュニティに形成に寄与する可能性があることを確認した。

第5章では、各章をまとめ、1章で提示した本研究の目的である商店街における着座空間の設置環境および使われ方また、その意義を考察し、それらが商店街でのコミュニティ形成に寄与する可能性を総合的に探り結論を述べた。

商店街の着座空間は、本来の目的である休憩行動だけに留まらず人の行動や心理に有効に働き、様々な行動を支援する役割を持っていることが本研究を通じてわかった。その中でも特に注目すべきことは、客と店、知人同士、さらには見知らぬ人同士が着座空間を通して出会い、交流が生まれ、つながりを持つなど、着座空間でコミュニティが形成される可能性を各調査から分析、考察し、明らかにしたことだ。今後これらの多様性やコミュニティ形成のための計画的要件を明らかすることが課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、商店街における着座空間について、人々に対する働き、意義を明らかにし、コミュニティ形成に寄与する可能性を探るものである。

商店街の低迷、超高齢社会を迎え、居場所の不在などによる孤独死が社会問題となっている中で、商店街が高齢者の居場所となりえること、商店街は地域の伝統や文化、コミュニティの中心であったことが背景となっている。

本論文は、5章で構成されている。

第1章では、研究の背景として商店街の意義や現状を把握し、着座空間を定義し、研究の位置付けをした。

第2章では、セミプライベートスペースに着目し、着座空間を構成する基本的な要素であるベンチ・椅子そのものの働きに注目し、実際の設置状況を把握し、利用者の行動を観察し、設置側および利用者の意識をアンケート・ヒアリングにより調査した。

店頭のベンチ・椅子の設置は業種により異なり、用途も必ずしも身体支持だけではなく、多様であることを明らかにした。

店主を対象とするアンケート調査から、設置側は、客に対するサービスの一つ、店の雰囲気作りと認識していることを明らかにした。

店頭のベンチ・椅子は幅広い年齢構成の人々に利用され、休憩、飲食、喫煙、電話など多様な利用行動を支援し、商店街の利用時間を長く、立ち寄る店舗数を多くする役割があることをヒアリング調査から明らかにした。

店頭にベンチ・椅子を置くこと、それらの上に情報提示や雰囲気作りのモノが置かれることが店舗イメージ形成にどのような影響を与えるか、飲食・飲酒業、物販業、サービス業を想定した3種類の写真を用いた実験の結果、店頭のベンチ・椅子の存在やその座面上に置かれているモノが業種の違いを問わず、店の印象を高めることに機能し、人の店の利用に有効に働きかけていることを明らかにした。

第3章では、商店街のパブリックスペースに設置された着座空間に着目し、利用状況を調べた。商店街に着座空間が多数設置され、人の利用が多く見られた豊四季台団地内商店街を対象に観察調査を行い、設置現況および利用実態を把握した。

パブリックスペースに置かれている着座空間は、多様な空間特性を持ち、利用のされ方も設置場所によって異なり、休憩を含む飲食、喫煙、会話、読書など多様であること、設置場所によって利用時間帯が異なり、利用者の性別が異なり、個人か集団かによって利用場所が異なることを明らかにした。

着座空間の利用行動は設置場所や利用時間、利用者の属性によって多様であるが、ほぼ同じ時間に決まった場所に同じ顔ぶれのグループが集まることがわかり、そこでコミュニティが形成され、着座空間がコミュニティ形成に寄与する可能性を持っていることを示すことができた。

第4章では、アンケート調査、ヒアリング調査から、豊四季台団地居住者や周辺居住者の商店街の着座空間に対する利用実態および評価を明らかにし、着座空間がコミュニティ形成に寄与する可能性を探った。

団地内商店街を利用する理由のなかに「顔見知りに会うから」という回答が少なからずあり、団地内商店街が住民の交流の場になっていることが推測でき、ヒアリング調査で、商店街で知り合った人がいる、サークルの仲間と商店街であって話す、昔からの付き合いの店に寄って店員と話すなど、住民同士また住民と店の間に交流が生じていることが確認できた。

着座空間は、本来の機能である休憩する場所として認識され、実際に利用されることが一番多かったが、荷物片付けや飲食、喫煙、おしゃべり、時間つぶし、日向ぼっこ、待合せなど多様な使われ方があることが確認できた。

着座空間は、買い物後の一休みや荷物整理などで利用者の買い物行動を支援し、喫煙や日向ぼっこなど余暇時間を過ごす場を提供し、さらにおしゃべりなどによる人との交流をもたらす場として働いていることを明らかにした。

決まった場所に人の集まりができていることや着座空間で知り合いができてそこで会うなどの事例から着座空間がコミュニティに形成に寄与する可能性があることを確認することができた。

第5章では、各章をまとめ、商店街の着座空間は本来の目的である休憩行動だけでなく、人の行動や心理に有効に働き様々な行動を支援する役割を持ち、客と店、知人同士、さらには見知らぬ人どうしが出会い、人と人の交流が生まれ着座空間でコミュニティが形成される可能性があることを明らかにした。

以上のように本論文は、商店街における着座空間の人々に対する意義を明らかにし、それがコミュニティ形成に寄与する可能性を示した。

今後の公共空間の計画に、特に重要な知見を提示するものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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