学位論文要旨



No 126774
著者(漢字) 権藤,智之
著者(英字)
著者(カナ) ゴンドウ,トモユキ
標題(和) 技術採用者の視点に着目した木造軸組構法の変遷に関する研究
標題(洋)
報告番号 126774
報告番号 甲26774
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7415号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 藤田,香織
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 准教授 腰原,幹雄
 東京大学 教授 安藤,直人
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景・目的

現在、我が国の木造住宅分野では、耐震性・断熱性の向上などを意図した様々な技術開発が行われ、プレカット工法や高気密・高断熱構法などの新しい住宅技術が1990年以降、急速に普及している。一方、木造住宅の供給主体に着目すると、現在でもその少なくない部分は工務店と呼ばれる小規模な住宅生産者によって供給されており、その技術的仕様も個々の工務店によって決定されている。そのため、優れた住宅技術が開発されたり、何らかの政策的誘導を行おうとしても、それが個々の工務店に採用されない限り実際の木造住宅生産に用いられることはないし、普及までに多くの期間がかかる可能性もある。そのため、新たな技術開発を実際に供給される木造住宅に結びつけ、多くの日本人が暮らす住環境の向上に役立てるためには、工務店が住宅技術をどのように決定しているかを明らかにする必要がある。

こうした新技術の採用者に着目した技術変化の研究は農業技術分野などの他分野で普及理論として多くの研究蓄積がある。これと同様に、数多くの技術採用者からなる我が国の木造住宅分野についても、技術採用者の視点に基づく分析が有効だと考えられる。しかし、具体的な技術変化のデータに基づき、工務店の技術決定メカニズムを明らかにした既往の知見は極めて希少であり、それに用いる詳細かつ具体的な技術変化のデータもほとんど蓄積されていない。

以上のような認識に基づき、本研究の目的を、近年の木造軸組構法住宅の構法変化について、それを起こした工務店の視点から連続的に把握し、その変化が起こる仕組みを実証的に明らかにすること、とする。具体的な目的として以下の3点を設定した。

i)筆者修士論文では構法変化を連続的に記録する手法を提案し、3工務店に対し実践した。これをより多くの工務店に対し適用し、構法変遷のデータを蓄積・整理する。住宅全体の変化が起こる過程や、聞き取り調査で挙げられた要因から、対象工務店で構法変化が起こる仕組みを明らかにする(3章)

ii)対象を個々の工務店から同一地域や同一目的の工務店(特定の工務店集団)に対象を拡大し、その集団内部において、地域や集団全体と個々の工務店の構法との関係や、工務店毎の構法の多様性、同一方向への変化が個々の工務店に受入れられる過程を明らかにする(4章)。

iii)i)、ii)を踏まえ工務店の視点から、構法の変え方がどのようなものであったか、主体的に構法を変化させるにはどのような変え方が必要になるかを考察する(5章)。

1章 序論

1章では、上記の研究背景、目的および方法、既往研究と用語の定義、本研究の位置づけ、研究の構成についてまとめ、本研究の枠組を提示する。

2章 木造軸組構法住宅の変化に関する既往の知見の整理

2章では、3章、4章で行なうデータ収集・分析で着目すべき点や、本研究の位置づけを明確にすることを目的とする。まず、2.2節では既往研究や統計等の資料を基に木造軸組構法住宅の構法・生産に関連する研究の変遷を実態把握、改良の観点からまとめた。次に、2.3節では既往研究や統計等の資料において、木造軸組構法住宅の構法を把握する手法をアンケート調査、聞き取り調査、実例調査に分けてそれぞれの特徴や課題を整理した。2.4節では構法変化の分析について、既往研究で指摘された要因や構法計画分野で提示されたモデル、また技術採用者の視点に着目した普及理論における技術変化のモデルについてまとめた。以上から、本研究の特色は個々の工務店が近年の構法変化をどのように起こしたかを対象とする点、構法変化は図面調査を用いて、要因は聞き取り調査を行なうことで精度の高い構法変化の把握を試みる点、要因に加え普及理論の知見も踏まえた分析を行なう点、の3点が挙げられる。

3章 個々の工務店が用いる木造軸組構法住宅の構法の変遷

3章では工務店20社の構法変遷調査をまとめる。調査は資料調査、聞き取り調査、分析の3段階からなる。資料調査では工務店が保管している図面や見積書といった資料を基に、1年おきに1住宅を選んでその構法を記録する。工務店20社のうち3社は筆者修士論文と同一の工務店、10工務店は4章で取り上げる新住協会員工務店であり、比較的新構法採用に積極的な工務店を対象としている。記録する項目は部材毎に断面寸法や材質など約70項目である。変遷データは付録として巻末にまとめた。

作成した変遷データを基に、3.2節では部位毎に見られた変化をまとめている。特に特定の工務店に特徴的な構法変化が見られた場合は聞き取り調査から要因なども合わせて詳しく述べる。3.3節では住宅全体の構法変化が起こる過程を分析するため、「仕様一致度」や「併用期間」等を用いた分析手法を提案・実践し、工務店20社について構法の変え方の特徴を明らかにした。また3.4節では構法変化の要因については、聞き取り調査結果を元に新たに変化の契機と方向性とに大きく分類し、両者のクロス集計などを行なうことで要因の特徴や傾向について分析した。

4章 特定の工務店集団の構法変遷調査

4章では、特定地域や共通する取り組みが見られる複数の工務店を対象とした構法調査を行ない、同一の条件の中で工務店毎に見られる多様性や、近年の構法変化が異なる工務店に取り入れられる過程、地域や特定のグループからの影響等の観点から分析した。対象は以下の5事例である。

4.2 新住協採用工務店10社の構法変遷調査

高気密・高断熱構法の中から通気構法等の採用時期の早い新住協(新木造住宅技術研究協議会)を対象として選び、会員工務店10社(北海道5社、本州5社)が新住協の仕様をどのように取り入れたか明らかにする。変化の過程を、情報入手段階、導入段階、改良段階の3段階に分けて聞き取り調査を行い構法、生産両面での導入時の課題や、工務店毎に行なわれた改良について具体的に明らかにする。

4.3 兵庫県丹波・篠山地域の地域材利用調査

地域材利用の取り組みが個々の工務店にどのように受入れられたかを、兵庫県丹波・篠山地域の5工務店および木材流通フロー各段階(素材生産、製材など)計20主体を対象とした聞き取り調査から明らかにする。フロー各段階の地域材利用に向けた取り組みや課題、工務店各社の構法の差異を明らかにする。

4.4 沖縄県の木造住宅生産者調査

木造住宅着工数が日本全体と比較して極めて限られる沖縄県においても、近年、木造軸組構法住宅着工数の増加が見られる。これがどのような要因によるものかを、工務店、設計事務所、プレカット工場などを対象にした聞き取り調査、資料収集から明らかにする。また現在、沖縄県でどのような構法の木造軸組構法住宅が供給されているかも同時に明らかにする。

4.5 小規模住宅生産者による構造金物開発に関する調査

近年、我が国で普及が進む構造金物には大工、工務店といった小規模住宅生産者が開発したものが複数見られる。中でも沖縄県の大工が開発したクレテックは現在、日本で最も普及している構造金物と言われる。本研究では全国に向けて販売されている6金物について、それを開発した小規模住宅生産者への聞き取り調査、資料収集から、その開発が行われた具体的なプロセスを明らかにし、その特徴や持ちうる長所・課題を明らかにする。

4.6 JBN超長期優良住宅先導的モデル事業の構法調査

超長期優良住宅先導的モデル採択事業であるJBN「ちきゆう住宅」として初年度に建設された木造軸組構法2階建住宅462棟について構法の実態を3章の変遷調査と同様の方法で明らかにする。「ちきゆう住宅」の規定の影響や部位毎の共通性・多様性、工務店毎の申請棟数の差による特徴について分析する。

5章 工務店による構法の変え方

5章では3章、4章で収集した構法変化の事例を元に、工務店による構法の変え方について構法変化プロセスと構法変化の類型の2点から考察した。

まず5.2節の構法変化プロセスでは、認識上変化と個々の住宅の変化の2点に分けて考察した。認識上の変化では、変化の契機から始まり、変化の方向性の重み付と構法の選択肢を付き合わせることで具体的構法を決定する。ここでは、具体的な変化の契機がない限り工務店の構法変化プロセスは始まらないこと、変化の方向性の重み付と構法の選択肢は同時並行的に決定され重み付の仕方に工務店の特徴が見られること、また構法の選択肢には構法レベル等によって様々な選択肢が見られることを指摘した。

次に、住宅の変化について導入と改良に分けて考察した。考察にあたり、個々の住宅とは別に個々の住宅の構法決定の基準となる住宅像を認識上に設定しその変化も合わせて考察した。導入段階では、特殊な条件下で導入された構法が標準化する事例から、導入時に得られるハウツー知識の重要性を指摘した。次に改良では、既に使った構法に関するネガティブな情報が変化の契機になり、工務店の生産システムと個々の住宅、住宅像の変化が連続的に起こる変化が複数の事例に共通して見られる点を指摘した。

以上の構法変化プロセスに関する考察を踏まえて、5.3節では地域などの住宅プロトタイプに着目し、これが生まれるプロセスについて「漸進的な摺り合わせ」と「特殊解からの普遍化」の2つに類型化できる点を指摘した。その上でこの2類型が、工務店が自らの条件に合った構法を獲得していくプロセスについても当てはまるとし、2類型を構法変化プロセスに沿って比較する一方、両類型に共通する点として工務店は個々の住宅生産を行ないながら、その指針となる住宅像もより条件に合ったものに変化させている点を指摘した。

6章 結論

6章は本研究の結論である。本研究の成果として3章から5章の結果を1章で設定した3つの具体的な目的に沿ってまとめると同時に、成果を踏まえた今後の課題を記した。

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文「技術採用者の視点に着目した木造軸組構法の変遷に関する研究」は近年の木造住宅技術の変遷を,変化をおこす主体である工務店の視点から連続的に把握し,技術変化の仕組みを実証的に明らかにすることを目的としたものであり,全6章で構成されている.

第1章は序論であり本研究の背景・目的・意義と構成が示されている.

第2章は既往の研究と各種統計に基づき,木造軸組構法住宅の構法・生産に関する研究の変遷を調査手法及び分析方法に着目して整理したものである.木造軸組構法住宅の構法変化を明らかにすることを目的とした調査は主にアンケート調査,聞き取り調査,実例調査であり,それぞれの特徴として,アンケート調査は全体的な傾向を把握するに適しているが調査項目が量的に限定される,個別の構法変化の要因等の分析が困難,回答者の記憶に依存する.聞き取り調査では逆に,調査項目を増やすことが容易である,個別の構法変化の要因分析には適するが対象工務店数が量的に限定され,前者と同様に回答者の記憶に依存する.実例調査は,量的に限定されるため通時的な変化を抽出することが困難であることを明らかにしている.既往の研究方法およびその結果に基づき,本研究では木造軸組構法住宅の構法変化を把握するために,複数の工務店を対象に各工務店の図面および見積書を1年に1棟ずつ選択し,20年~40年分を整理し構法変化を通時的に把握する.更に個別の構法変化の要因に関する聞き取り調査を行うという,聞き取り調査と実例調査を併用した調査方法としたことが述べられている.

第3章では,個別の工務店20社を対象とし,2章で提示した手法によりその構法変化を約70項目の部位毎に記録し,変遷データ表を作成している.構法変化の過程を分析するために「仕様一致度」および「併用期間」といった新たな分析手法を提案しその効果の検証も行っている.更に,聞き取り調査の結果と併せ,構法変化の要因は変化の契機と方向性に大別できることを示している.構法変化の契機としては,法規・制度,施主の意向,他の住宅関連主体からの影響,生産プロセス,他の構法との連関があげられ,変化の方向性としては性能および施工性の向上,経費の削減があげられることを指摘している.

第4章は3章の結果等を踏まえて選出した,5つの工務店集団を対象としてその構法変化およびその変化の起こる仕組みを現地調査・聞き取り調査等を通じて分析している.例えば,「新住協会員工務店」の節は1990年代前半に多く見られる断熱構法の変化に着目し,高気密高断熱構法に取り組む集団の一つである新木造住宅技術研究協議会(新住協)の会員工務店10社を対象としたものである.高気密高断熱構法を例に新しい構法がどのように工務店に取り入れられているか(採用過程)を明らかにしている.申請者は採用過程を,情報入手段階,導入段階,改良段階の3段階に分け,各段階での課題および取組を工務店毎にまとめている.

また,「兵庫県丹波・篠山地域の地域材利用」の節は,1990年代以降に特に盛んになった国産材および地域材利用が,結果的に各部位の標準仕様(樹種や寸法)の変化の要因となる点に着目し,兵庫県丹波・篠山地域の工務店5社を対象に聞き取り調査を行ったものである.同地域の森林組合,製材所,設計事務所,再資源化施設,行政等20主体も併せて聞き取り調査を行うことにより,木材資源の素材生産から流通,設計施工等そのフローを体系的に明らかにすると同時に,地域材利用の採用過程を明らかにしている.

以上のように,4章では同一条件のもとで工務店毎にみられる構法の多様性,特徴的な構法変化が異なる工務店にとりいれられる過程及び地域や特定の集団からの影響等について個別に詳細に分析が行われている.

第5章では,3,4章の調査結果をもとに工務店による構法変化の仕組み(変え方)について,そのプロセスと類型の2点から考察を行っている.工務店における標準的住宅像(プロトタイプ)がうまれるプロセスは「漸進的な摺り合わせ」と「特殊解からの普遍化」の2つに類型化できることが示されている.また,特定地域内および集団内の構法決定には「他工務店との距離」が構法変化の方向性の重み付けに影響を与える事例が多い点等を指摘している.

第6章は本論の結論であり,工務店が近年の木造軸組構法住宅の構法をどのように採用,決定しているかの仕組みを調査事例に基づき解説している.

わが国の住宅の大半を占める木造軸組構法住宅は何万社もある工務店という小規模住宅生産者によって生産されており,極めて多様であると同時にその全体像を把握することは困難であることが知られている.本論文は,比較的新構法導入に積極的な工務店20社および5つの工務店集団に調査対象を絞ることにより,木造軸組構法住宅の技術的な変化を連続的に示すと同時に,その要因分析を通じて幾つかのプロトタイプを提示している.限定された調査対象ではあるものの,多様な木造住宅の技術的な変化の仕組みの一端を明らかにすることに成功していると同時に,住宅構法研究に広く摘要可能な調査・分析手法を提示している.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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