学位論文要旨



No 126776
著者(漢字) 金,秀耿
著者(英字)
著者(カナ) キン,スキョン
標題(和) 日射ダイレクトゲインとヒートポンプを利用した蓄熱式床暖房システムに関する研究 : 省エネルギー性の高い床暖房システムの実験とシミュレーション
標題(洋)
報告番号 126776
報告番号 甲26776
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7417号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 前,真之
 東京大学 特任教授 柳原,隆司
 東京理科大学 准教授 長井,達夫
内容要旨 要旨を表示する

日本は北海道の一部地域を除き、主な政治や文化の拠点となる地域においては、比較的温暖な気候を有する。そのため、昔からの日本の民家は夏の暑さに耐えるための配慮が多くされており、夏の日射を遮る厚い屋根は持っていたが、冬の壁や床の断熱や気密はあまり考慮されていない。そのため、冬季は厳しい室内環境である家が多くあった。その後、暖房機器や住宅の断熱・気密性能が発展すると共に、人々の持つ室内温熱環境への快適水準も高くなっている。このような傾向は、更なるエネルギー消費の増大につながる恐れもあるため、これからは快適性と省エネルギー性のバランスのとれた暖房システムの工夫が必要となってくる。

床暖房は、床面からの放射熱を利用し暖房をする方式であるため、強制対流による気流感が無く、均一な室内温度分布を持つ快適性の高い暖房方式と言われている。なお、ヒートポンプは外気の熱を室内へ搬送させ暖房に使うことで1の電力投入で3以上の熱量を製造できる省エネ機器と言われている。近年、この二つの要素を組み合わせた暖房システムが普及しつつあり、その効率についても年々向上している。そこで、2008年の修士論文では高断熱の外皮を持つ住宅において温水ヒートポンプ(以下、温水HPとする。)を熱源とする床暖房システムについて検討を行った。結果、住宅の断熱性能を向上させることで暖房負荷を削減し、かつ床暖房パネルの熱伝導性を上げることで、温水HPで製造した低温水(約35℃~40℃の温水)でも床暖房が十分に出来る可能性を確認した。

本研究では、さらに昼間に日射ダイレクトゲイン(以下、DGとする。)と潜熱を利用して日射を蓄える潜熱蓄熱材(以下、PCMとする。)を加えた暖房システムを考えた。日射を取り入れる大開口を持つ高断熱外皮、PCMを組み込んだ床暖房パネル、パネルに温水を送る温水HP、そして補助暖房や冷房を受け持つファンコイルユニットで構成される暖房システムを計画する。本システムの特徴は、床のPCMにDGを蓄熱させることにより、日中のオーバーヒートを避けると同時に夕方の暖房に寄与させることで、暖房負荷の削減を狙うことである。さらに、温水HPによって造られる熱で足りない負荷を賄う。なかでも深夜電力で造られる熱は、昼間より安いコストで製造されるから、これを最大限利用することが経済的である。よって、本システムを省エネに使用するためには、上記の二つの熱を優先的に利用する必要がある。そのためには、日中の日射量を事前に予想して前夜にPCMへ蓄熱すべき熱量(温水HPを稼動させて製造する)を定めることになる。もしPCMの蓄熱量が不足すれば、補助暖房が必要となり、余分なエネルギーが消費される。逆に、蓄熱量が多すぎれば、日中に室はオーバーヒートしてしまい、DGが無駄になる。したがって、蓄熱量の過不足はできるだけ避けなければならない。よって、天気予報を活用し温水HPの深夜運転によって蓄熱すべき量をできるだけ正確に予測することが望ましい。

本研究では、本システムの実証フィールドとして実験棟を製作し、実験を通して本システムの熱特性を把握する。また、本システムの熱挙動を予測する数値計算プログラムを作成し、それを駆使してシステムのエネルギー性能の把握を行うことで、本システムの総合的な評価を行おうというものである。論文の構成は、序論と実験により得られた結果をまとめた1部、シミュレーションを用いて得られた結果をまとめた2部、そしてまとめによる構成される。

第1章「序論」では、本研究の研究背景や目的、本システムの概要について述べる。また、本システムで用いるPCMパネルの概要を述べる。

第1部「日射ダイレクトゲインの利用した蓄熱式床暖房システムの特性把握に関する実験研究」では、実験を通して本システムの熱特性を把握した内容である、第2章から第6章にかけて構成される。

第2章「予備実験を通じた基礎特性把握」では、PCMパネルの基礎的な特性を把握するとともに、その測定方法の検討を行った。D1200mm×W800mm×H80mmのPCMの入った床暖房パネルの試験体を製作し、パネルの中をヒーターで加熱した後、PCMの放熱挙動を、同容積の水の放熱挙動と比較を行った。さらに、日射のある屋外に試験体を設置し、DGによる床仕上げ材の取得熱量やPCMへの蓄熱量を把握した。床表面での各熱成分の熱収支を明確にし、床仕上げ材の物性値の差における床取得熱量の変化を確認した。

第3章「フィールドとしての屋上実験棟の建設及び性能検証」では、本床暖房システムの実証フィールドとしての実験棟を製作し、本システムの性能や特性を把握するために設けた測定項目について述べる。さらに、実験棟の基本性能となる断熱性能や気密性能、換気量を、測定を通して把握した結果について述べる。

第4章「屋上実験棟における日射ダイレクトゲインの把握」では、実験棟の各部位で取得する日射量の検証を行った。本システムはDGを暖房に利用しており、日射の挙動を精織に把握するは最も重要である。本章では、実験棟が取得する日射を窓面入射日射、窓面透過日射、床面入射日射に分けて各部位での日射量を測定した。なお、負荷計算で使用される計算式を用いて、屋外での水平面全天日射量と法線面直達日射量のデータから実験棟の各部位が取得する日射量の推定値を求めた。その推定値を測定値と比較するとこで、推定値が正しいことを確認した。なお、床面入射日射量については日向部分と日陰部分を分けて測定する必要があることを確認した。

第5章「夜間の温水ヒートポンプ運転制御による日射熱利用に関する検討」では、日中のDGを無駄なく利用することで夜間の温水HPによる蓄熱量(以下、温水蓄熱量とする。)を最小限にする運転方法を検討した。まず、PCMの潜熱量を利用できる最も低い送水温度の検討を行った。さらに、温水蓄熱量を変化させながら、日中のDGによる蓄熱量(以下、日射蓄熱量とする。)の挙動を確認した。温水蓄熱量を変化させるために夜間通水の行う系統数を調整する方法を検討した。敷設された前系統の8系統を通水しケース、窓付近に敷設されている4系統に通水をとめケース、窓付近の6系統に通水を止めたケースをそれぞれ試した。最後に、明日の天気予報を参照し今晩の通水系統数を定め、「日射蓄熱率」、「日射取得比率」という指標で評価した。結果、系統数を少なくするほど日射の蓄熱率が高く、温水蓄熱量を減らすことで日射をより多く利用できることを確認できた。しかし、2系統を通水したケースは昼間の補助暖房が稼動し、全体の投入熱量が多くなる傾向が見られ、日射予測による適切な通水系統の制御が重要であることを確認した。

第6章「本システムにおける冷房負荷熱量の確認および日射遮へいの効果検証」では、本システムが冷房負荷に及ぼす影響を検討した。また、日射遮へい物の差異による冷房負荷の削減効果を比較した。さらに、異なる外気条件で測定された実験データを用いて重回帰分析を行い、外気温度と南面総日射量を変数とした冷房負荷を推定できる回帰式を作成した。この式により、同外気条件での冷房負荷を比較した結果、PCMパネルの有無による日冷房負荷の差はあまり無いが、PCMが昼間に熱を吸収し、夕方に再放熱する挙動を確認した。また、日射遮へいを行うことで約3.5割程度の冷房負荷を削減できることを確認できた。

第2部「シミュレーションによる潜熱蓄熱式床暖房システムの性能把握に関する研究」では、数値シミュレーションを通して本システムのエネルギー性能について検討した結果を第7章から第8章にかけて述べる。本研究では、床面にPCMを持つ蓄熱式床暖房システムを再現できるシミュレーションツールとして共同研究として開発が進めている「AE-CAD(拡張版)」を用いた。「AE-CAD」は「建築環境ソリューションズ」の宮島氏により作られた熱回路網負荷計算ソフトであり、(拡張版)でPCMの相変化過程による蓄・放熱挙動および、入射日射の室内各部位の到達量まで詳細に計算できるようになった。これを用いて、床面の到達日射量及び、PCMへの蓄・放熱量をより正確に検討することで、本システムの総合的な性能評価を行った。

第7章「本システムのシミュレーションによる再現のための予備検討」では、「AE-CAD(拡張版)」の計算概要を紹介した。また、計算結果の検証を目的に、1部で得られた実験結果を「AE-CAD(拡張版)」の計算結果と比較を行った。それぞれ異なる室内状態での室内状態での室内空間温度、各部位表面温度、各部位吸・放熱量、PCM温度や室内処理負荷の項目を検討した。PCMパネルの敷設されていない非空調状態、PCMパネルの敷設された非空調状態、FCUで室内温度を制御した状態とPCMパネルに通水を行った状態の4ケースを対象として試した。結果、実験と計算結果が良く一致し、この計算ソフトを用いて本システムを検討できることを確認した。

第8章「ケーススタディによるシステムの性能評価」では、「AE-CAD(拡張版)」を用いてケーススタディを行い期間暖房負荷や期間消費エネルギー量を比較することで、本システムの性能を把握した結果を述べる。まずは、PCMの構成の異なる各種パネルの差によるシステムの性能変化を検討した。結果、PCMの蓄熱容量の不足による性能低下が少々見られたもののPCMの相変化温度の差による性能変化はほぼ見られなかった。さらに、異なる暖房システムとの比較で本システムのエネルギー性能評価を行った。他の暖房方式としてはエアコン暖房システムと非蓄熱式床暖房システムを用いた。結果、日射の多い東京地域では7~10%の暖房負荷の低減が、長野や札幌では3~5%の暖房負荷の低減が見られた。期間消費電力量においては、エアコン暖房と本システムが同程度の値を示すことを確認できた。また、住宅の断熱水準における各種暖房性能を比較した結果、断熱水準が劣っている住宅で、日射の利用による省エネ効果が高いことが確認できた。本システムが東京地方にも多数存在する断熱水準の低い住宅での暖房エネルギー削減に寄与できると考えられる。

第9章「結論」では本論文のまとめを示すと共に、今後の展望、及び課題について述べる。

本研究では、冬季の室内への入射日射を暖房に有効に活用することを試み、高断熱外皮、日射ダイレクトゲイン、蓄熱式床暖房パネルと温水HPを用い、床暖房システムを計画した。さらに、実験とシミュレーションを通してシステムの熱特性やエネルギー性能の把握・評価を行った。結果、日射による省エネ効果を確認でき、本システムを用いることで最も高効率な暖房システムであるエアコン暖房システムと同程度のエネルギー消費で床暖房が可能ということが示された。また、全国に多数存在する断熱性能の劣る住宅における日射熱利用の方法を提案することができた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、省エネ性と快適性の両立という観点から、日射ダイレクトゲインを住宅の暖房に利用するための研究成果をとりまとめ、論述したものである。日射の暖房利用に関しては既に多くの研究があり、20年前までは日本においても様々なソーラーハウスの研究が行われた。しかし、その後は高断熱・高気密住宅の省エネ性と快適性に注目が集まり、ソーラーハウスの研究はやや衰退した。21世紀に入り、本格的な地球温暖化対策や低炭素社会の創造が叫ばれるようになった今日、太陽エネルギーの利用は太陽光発電として大きな産業を形成しようとしている。しかしながら、太陽熱利用も、初期コストや太陽エネルギーとしての利用効率を勘案すれば、決して捨て去るべきものではなく、より奨励されるべきものである。

本論文は、このような背景と立場から、現在かなり普及し確立された技術と見なされるようになった木造住宅の断熱・気密の技術、温水床暖房の技術、ヒートポンプの技術を前提条件とし、これらにさらに、日射ダイレクトゲイン(以下「DG」という)と潜熱蓄熱材(以下「PCM」という)の利用という要素を加えて、ダイレクトゲインタイプのソーラーハウスを現代流に甦らせるための条件と方法について論述したものである。本論文と本研究の成果は、先進諸国のニーズである温暖化対策と快適性確保に大いに貢献できるものと考えられる。

本論文は2部構成であるが、前半は主に実験により得られた結果について、後半はシミュレーションを用いて得られた結果について論述されている。以下、各章の概要を要約する。

第1章は序論であり、本研究の背景や目的、本システムの概要、特に本システムで用いるPCMについて述べている。第2章から第6章までが実験について記述した部分である。

第2章では、PCMパネルの基礎的な特性を把握するとともに、それらの測定方法に関する検討が行われた。PCMの放熱挙動や床仕上げ材の取得熱量の性状に関する実験が行われ、挙動や性状が確認された。

第3章~第6章では、本論文で対象とした床暖房システムを実際に装備した実験棟を使って行った実験に関して、成果を論述している。第3章は、この実験棟の建築と設備の内容や測定システム、および建物としての基本性能となる断熱性能・気密性能・換気量について述べたものである。

第4章は、実験棟の各部位で取得する日射量の検証について論述したものである。本システムはDGを暖房に利用しており、日射の挙動を精緻に把握することは非常に重要である。ここでは、各部位の日射量に関する予測式を導き、その予測式による予測値を実測値を用いて検証し、予測式の使い方と予測値の妥当性を確認した。

第5章では、日中のDGを無駄なく利用することによって温水ヒートポンプのエネルギー消費を削減する運転方法を検討した。各運転方法における熱量やエネルギーは、「日射蓄熱率」と「日射取得比率」という指標を定義し、それらを用いて評価を行った。その結果、系統数を少なくするほど日射の蓄熱率が高くなり、温水蓄熱量を減らすので、日射をより多く利用できることが分かった。しかし、2系統を通水したケースは昼間の補助暖房が稼動するので、全体の投入熱量が多くなる傾向が見られ、日射予測による適切な通水系統の制御が重要であることも判明した。

第6章では、本システムが冷房負荷に及ぼす影響を検討した。その結果、PCMパネルの有無による冷房負荷の差はあまり無いが、PCMが昼間に熱を吸収し、夕方に再放熱する挙動が確認された。また、日射遮蔽を行うことで、35%程度の冷房負荷を削減できることも分かった。

第7章以降が本論文の第2部であり、数値シミュレーションによる本システムのエネルギー性能について論述されている。本研究では、床面にPCMを持つ蓄熱式床暖房システムの挙動を計算できるシミュレーションツールとして「AE-CAD(拡張版)」を用いた。第7章は、「AE-CAD(拡張版)」による計算結果と実験結果を比較検証し、このツールが本研究におけるツールとして十分な計算精度と妥当な結果を導くものであることを確認した。

第8章では、「AE-CAD(拡張版)」を用いて行ったシミュレーションスタディについて論述した。期間暖房負荷や期間エネルギー消費量を比較することによって、本システムの性能を把握した。その結果、PCMを使用しない場合に比べ、日射の多い東京地域では7~10%の暖房負荷の低減が、長野や札幌では3~5%の暖房負荷の低減が見られた。また、エアコン暖房と本システムの期間消費電力量は同程度であることを確認した。さらに、断熱水準が劣っている住宅ほど、日射の利用による省エネ効果が高いことを確認できた。

第9章では本論文のまとめと今後の展望・課題について示した。

以上、本論文は、日射ダイレクトゲインと温水ヒートポンプを熱源とする、PCM使用の蓄熱式床暖房パネルについて、実験と数値シミュレーションを通してシステムの熱特性やエネルギー性能を明らかにし、当該システムを学術的に評価した。その成果は、環境の時代である今世紀においては、きわめて有意義なものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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