学位論文要旨



No 126777
著者(漢字) ファン クィ タン
著者(英字)
著者(カナ) ファン クィ タン
標題(和) ベトナムにおけるコンクリート施工リスク評価システムの構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 126777
報告番号 甲26777
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7418号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 加藤,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

ベトナムにおけるコンクリート構造物の施工時のリスク管理が極めて複雑な問題となっている.最近,ODAによる開発途上国建設プロジェクトの事例として,ベトナムで2007年9月26日に建設中のカントー橋(Can Tho Bridge)のアプローチ支間において,架設中の鉄筋コンクリート箱桁が二径間にわたり25m程の高さから崩落事故で死者54名,負傷者80名の大惨事となってしまった。カントー橋は日本の建設会社の3社のJVが工事を担当しており,2008年末に完成する予定だった。

しかし、ベトナムでのコンクリート施工現場に事故が多発にも関わらず新しい安全対策、品質管理並びにリスクマネジメントに関する研究は見当たらない。その上、労働安全衛生法に国際安全規格ISO/IEC Guide 51をそのまま導入したが、実際にガイド51の通り実施・普及されていない状況である。このような状況を踏まえ,筆者の研究は「ベトナムにおけるコンクリート施工時のリスク特定ならびにリスク低減」を最終目的として取り組んだ。

本研究ではベトナムにおけるコンクリート施工リスク評価に関する研究で、ベトナムでの初めての研究であり、土木・建築の業界の観点で考え、コンクリートの性能・機能に悪い影響を及ぼす施工リスク並びに型枠支保工の不具合を評価対象範囲にした。ちなみに、本研究の「施工リスク」は要求されたコンクリート構造物の性能・機能の未達成に起因する不具合・施工障害による経済負担および型枠支保工の不具合による物的損害・人的損害を対象に、その発生確率と経済負担との組み合わせを施工リスクと定義した。

上記の最終目的を達成するために筆者の研究では以下の3回の調査を行い、本研究で定義した「施工リスク」のリスク特定ならびにリスク低減に必要となる基礎データを収集した。ベトナム建設協会(VIFCEA),ベトナムコンクリート協会(VCA),ベトナム建築協会(VAA)の3協会を通じて,実際の施工に携わっている建設関連各社の現場所長経験者,あるいはこれと同級の職責と現場経験を有する方を対象としてアンケート・ヒアリング調査を実施した。調査結果はベトナムにおけるコンクリートの施工に起因する不具合の発生確率とその対処費用,低減策に関する実際のデータ,型枠支保工の事故発生要因・事故防止対策等を役に立つと考えられる一部の基礎情報として把握できた。

● 第1回調査

調査実施時期:2008年11月初旬~12月下旬

調査目的:ベトナムにおけるコンクリート施工時,不具合発生率・損害額等に関する調査

● 第2回調査

調査実施時期:2009年7月下旬~9月下旬

調査目的:ベトナムにおける型枠支保工の事故発生要因、発生確率、損害に関する調査

● 第3回調査

調査実施時期:2010年7月下旬~8月中旬

調査目的:ベトナムでのコンクリート施工時において発生確率あるいは損失額の高い不具合・施工障害に対する発生要因とリスク低減策に関する調査

本研究はEvent Tree 解析法(ETA)、Fault Tree解析法(FTA)を利用し、調査結果であるコンクリート施工時における不具合と施工障害を対象にリスク評価を検討した。本研究ではコンクリート構造物の施工および型枠支保工の施工に関わるリスク要因(リスクを発生させる要因)は多岐にわたるため、発生する様々なリスクも多岐にわたる。そのため、様々なリスク発生確率とその損害を直接評価するのは非常に困難である。一般的にイベントツリーおよびフォールトツリー解析法の利点はこのような多岐発生リスクを定量的に評価することに良く適用され、本研究もこの理由でイベントツリーおよびフォールトツリーを採用した。

上記のETA、FTAおよび国際安全規格ISO/IEC Guide 51の主要リスク評価手法であるR-mapを利用した上、調査結果に基づき施工障害・不具合が損害額に及ぼす影響を検討し,ベトナムにおけるコンクリート構造物の施工リスクを低減するために必要となる基礎資料を収集・整理・提供することによって施工リスク低減策を図り、特に以下の項目を明らかにすることをサブ目的として実施した。

(1)どの施工障害・不具合の発生率が高いかを把握

(2)ベトナムにおけるコンクリート施工時のリスク低減に対する考え方を整理

(3)イベントツリー解析法の基礎データである各不具合・施工障害の発生確率及び全体損害額を把握

(4)コンクリート施工及び支保工のリスク(=ハザード(危険源)*起こり得る確率)特定に関して把握

(5)国際安全規格ISO/IEC Guide 51 (JIS Z8051)を用い、ベトナムにおける土木・建築分野(型枠支保工)への適用性を一例として検討

(6)数回調査によりベトナムの建設関連業者に対してコンクリートの品質管理及び施工リスクへの関心・認識を深める

(7)ベトナムにおけるコンクリート構造物の施工時の主要な不具合と施工障害を対象にした独自のリスク評価システムを構築

本論文では、全7章で構成され,各章の概要及び主な内容を下記のようにまとめる。

第一章では、ベトナムにおけるコンクリート施工時リスクマネジメントの実状を踏まえ、日本と比較の上、本研究の意義,成果の位置付け,重要性及び論文の構成を論じた。

第二章では、本研究と関連する既往の研究について、主にリスクマネジメントの一般論(リスク定義、リスクコミュニケーション、リスク評価方法、リスク管理プロセス)、コンクリート構造物のリスクマネジメントの概念、重要性、コンクリート施工に関わる不具合要因究明とその発生費用の調査研究及びISO/IEC Guide51 (国際安全規格)のR-map解析法の特徴・適用性に関する研究などを本研究との関連を中心にまとめた上、これまでの研究では何が欠けていて、本研究目的を達成するためには、何が新たに必要になるのかを、第2章のまとめに述べた。

第三章では、ベトナムにおけるコンクリート施工時,構造物の性能・機能に大きな影響を及ぼす不具合発生確率及び損害を把握するための主目的とした第1回調査結果をまとめた。本章ではリスク評価に当たって,リスク定量的評価値の算出式を新たな式を提案し、コンクリート構造物の機能・性能に大きく関わる26種類のリスク要因と施工障害を抽出し、四つの分岐のイベントツリー解析図を作成した。イベントツリー解析法により数ケースのリスクカーブを作成し,リスクカーブの感度を分析することと共に日本とベトナムにおけるコンクリート構造物のコンクリート施工リスク評価の比較に取り組むことを実施した。

第四章では、第1回調査(不具合発生確率及び損害に関する調査)に続いてベトナムにおけるコンクリート施工時,不具合発生要因・リスク低減策を把握するための主目的とした第3回調査結果をまとめた。第1回調査で把握した発生確率が高い不具合である「圧送不能、かぶり厚さの不足,配筋の誤り,引渡し前ひび割れ,引渡し後ひび割れ,充填不良,強度不足,漏水,鉄筋腐食,設計値を超えるたわみ,コールドジョイント,不等沈下,出来形不良,仕上げ不良」に関する不具合発生要因とリスク低減策を調査し、フォールトツリー解析法に基づき、リスク評価並びに要因の発生経路を分析した。日本と比較した上,ベトナムにおけるコンクリート施工障害・不具合に対して各低減策をまとめた。

第五章では、ベトナムにおける型枠支保工に関わる事故発生要因,発生頻度,物的損害・人的損害に関わる情報を把握するための主目的とした第2回調査結果をまとめた。本章では型枠支保工の安全管理に必要となる事故発生要因の究明として,ベトナムにおける型枠支保工の事故発生要因と思われるリスクを抽出し,物的及び人的の損害に対する五段階でリスク評価し、要因の発生経路分析用フォールトツリー解析図を作成した。さらに、国際安全規格であるISO/IEC Guide 51 (JIS Z8051)のR-map解析法を用い、ベトナムにおける土木・建築分野(型枠支保工)への適用性を一例として検討した。ISO/IEC Guide 51の解析法であるR-mapの縦軸にはより客観的かつ正確にリスクを評価するために発生頻度のレベル(頻発、しばしば発生、時々発生など)と共に発生確率も同時設定したことを提案した。

第六章では、ベトナムにおけるコンクリート施工時のリスク評価システム構築の概要について論じた。本章では日本コンクリート工学協会が提案したコンクリート品質管理の一つ手法であるコンクリート構造物の施工リスク評価手法を用い、本研究の調査データ結果を基にベトナムにおけるコンクリート構造物の性能・機能に関わるコンクリート品質管理システム構築をケーススタディーとして検討した。また、金融工学において頻繁に使用されているフォールトツリー手法とRISK MAP手法 (ISO/IEC Guide 51)を利用し,完成品とは言えないまでも、ベトナムにおけるコンクリート施工にあたって型枠支保工の安全管理システム構築に取り組み、CAN THO橋崩落事故をケーススタディーとして調査結果を検証した。

第七章では、本論文における総括の結論として論文の全般的なまとめについて述べた。

審査要旨 要旨を表示する

ファンクィタン氏から提出された「ベトナムにおけるコンクリート施工リスク評価システムの構築に関する研究」は、現在、世界各国で主要な社会資本ストックを構成している鉄筋コンクリート構造物を対象に、建設工事現場において、作業者の不注意、施工管理者の不適切な処置、設計者の無配慮などによって生じる工事の遅延、不具合・施工欠陥の発生、人的被害の発生などの結果として生じる経済的負担をリスクと捉え、そのリスクを軽減することを目的とした論文である。ベトナムにおいては、数年前に鉄筋コンクリート構造に関わる建設工事現場において多くの死者を発生させた事故が発生しており、現地の条件に即して、事故の再発防止のための方策を提示することは、ベトナムの建設工事の安全性の向上にとって極めて重要であると言える。また、ベトナムでは、現在多くの鉄筋コンクリート構造物の建設が急ピッチで進められているが、技術力の不十分さを理由に品質管理面での問題が指摘されており、鉄筋コンクリート構造物の品質、特に耐久性に関わる問題が将来浮上する可能性があるため、建設工事現場等における品質管理面での改善策を提示することも、ベトナムの鉄筋コンクリート構造物の品質向上にとって極めて重要であると言える。本論文は、このような問題の解決に資する研究であると言え、現地においてのアンケート調査やヒアリング調査を通じて実態を把握し、その結果を元に解析・分析を行って、鉄筋コンクリート構造物の建設工事現場における品質管理面・安全面での改善策を提示したものである。

本論文は7章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景、目的、位置づけ、特色、意義などが的確に述べられている。

第2章では、本研究に関連する既往の研究成果、すなわち、リスクマネージメントの概念や方法、鉄筋コンクリート構造物に生じる不具合などについて調査が行われ、技術の現状が要領よく纏められているとともに、本研究の目的を達成するために解決すべき課題が的確に整理されている。

第3章では、ベトナムにおいて、コンクリート構造物の施工に関わる技術者を対象に鉄筋コンクリート構造物の施工障害・不具合に関して行ったアンケート調査結果が纏められており、不具合の発生確率、不具合の発生によって生じる損害額、不具合を未然に防止するための費用などを元にイベントツリー解析がなされており、ベトナムにおける施工に関わるリスク(施工リスク)の実態と特徴が的確に整理されるとともに、日本の施工リスクとの違いについて十分な分析がなされている。また、施工リスクを生じさせる主要因の抽出もなされている。

第4章では、第3章で行われたアンケート調査結果から抽出された発生確率の高い不具合を対象に、その原因を明らかにするためのフォールトツリー解析が実施されており、日本の現状との比較がなされるとともに、ベトナムの特徴が浮き彫りにされ、不具合発生に至る過程とその低減策について的確に取り纏められている。また、調査データを基に、ベトナムにおけるコンクリート構造物の施工リスクを低減するための品質管理システムの構築が試みられている。

第5章では、第3章と同様に、ベトナムにおいて、鉄筋コンクリート工事における型枠・支保工に関わる事故の発生の要因・頻度・損害に関して行ったアンケート調査結果が纏められ、事故の発生要因およびリスクの状態について、それぞれフォールトツリー解析およびRisk Map解析が行われ、ベトナムにおける主要な事故発生要因と高リスクの発生要因を明らかにするとともに、ベトナムにおける型枠・支保工に関わるリスクの低減策、すなわち、安全管理システムの構築が試みられている。

第6章では、ベトナムを対象に実施された調査・解析によって得られた成果の汎用性について論じられており、ベトナムと同様の経済・技術レベル、気候条件および国民性を有する地域では有益な情報となり得ることが示されている。また、鉄筋コンクリート構造物の施工リスクに関して、リスクへの一般的対応策としての保有・回避・低減・移転という観点での提言もなされている。

第7章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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