学位論文要旨



No 126785
著者(漢字) 高田,誠マルセール
著者(英字)
著者(カナ) タカダ,マコトマルセール
標題(和) テーマ性をもって創出された町並みの価値形成過程と継続的発展に関する研究
標題(洋)
報告番号 126785
報告番号 甲26785
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7426号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 准教授 城所,哲夫
 東京大学 准教授 羽藤,英二
 東京大学 准教授 窪田,亜矢
 東京大学 講師 太田,浩史
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、町並みとしての地域特性を持たざる地域において、擬似的に形成される町並みに内包されうる創造性に着目する

創作的町並みとは、「特定のテーマに基づいた、理想とする町並みの完成像を目標に形成される擬似的な町並み」を指し、その形成過程において、既存の地域資源と異なる価値基準を有するものである。

本研究は、創作的町並みの価値形成と開発手法についての理論的整理を行う第一部(1章と2章)と、事例調査を通じて創作的町並みの価値形成と継続的発展の可能性を探る第二部(3章から6章)、それら事例調査の分析から創作的町並みの空間文化の創出とまちづくり手法としての可能性についての考察を行う第三部(7章)で構成されている。

序章では近年の町並み形成における課題点から本研究が対象とする創作的町並みとその手法の確立の必要性について論じる。序章では文化的景観との対比のなかから、本研究を通抵する創作的町並みの定義づけを行うとともに、創作的町並みを必要とする今日の社会的背景について整理した。

1章では、文化的景観などの既存の価値との対比及び過去の町並み創出事例に対する評価の整理を行い、町並み整備と観光化のなかでの創作的町並み独自の価値形成の可能性について認識論的枠組みを提示した。

2章では地域開発と文化に着目し、開発の階梯のなかでの創作的町並みの位置づけと価値形成の可能性について論じた。また地域開発における町並み要素の活用とその特徴を整理することで、創作的町並みは、対象とするテーマ性と地域空間との関わりから「再現」「移植」「転回」という程度の差があると考え、それら創作の幅とともに、まちづくり手法としての実践論的枠組みを提示した。

1章及び2章における理論的枠組みの整理から、創作的町並みの価値形成と継続的発展を可能にする開発手法として、段階的発展を仮説的に提示した。創作的町並みの価値形成過程と継続的発展はSTEP1「町並み形成とテーマ化の核整備」、STEP2「場の強化と既存空間のテーマ化」、STEP3「テーマ化空間の波及」、STEP4「他地域へのまちづくり活動の波及」の段階的発展のなかでその特異性に対する価値を形成すると仮定した。

3章及び4章では彦根市で実施された2つの隣接する創作的町並みを対象とした調査を実施した。地域空間特性の変容と地域社会に与えたインパクトについて「空間構造」「空間機能」「空間意匠」の観点から分析を行った。地域空間特性の変容をもとに、創作的町並みの価値形成と地域開発としての効果に関して「経済効果」および「コミュニティ効果」の視点から分析し、創作的町並みによる空間文化の形成の可能性について考察した。ここでは彦根事例における創作的町並みの段階的発展についての考察部分を示す。

□「町並み形成とテーマ化の核整備」

創作的町並みによる意匠の導入における歴史的真正性よりも、生活空間の変容が与える影響が大きいことから、計画時に生活空間としての空間特性を可能な限り継承させることを意識した設計、機能の誘導を行うことが必要なことが示された。意匠においては、真正性や表面的な町並み、複製物といった認識はテーマに関わらず存在することと、町並みの意匠の質に対する認識差が生じることが確認されたことから、町並みの創出を行う際の優先順位としては、真正性よりも住民が認識可能な特徴を備えていることが優先されるべき結果となった。特に、大正といった地域との結びつきが弱い要素に対してはその特徴を理解されない傾向がみられたために、より具体的な町並みやテーマ要素を用いることで、住民自身が地域の特徴として認識することが可能なものにすることが求められる結果となった。

□「既存空間のテーマ化と場の強化」

町並み形成後の地域コミュニティが完成した町並みの保全を中心とした活動に移行し、町並み特性を考慮した継続的な創作は発生しにくいことが明らかになった。場の強化や継続的な町並みの形成に関しては、空間利用者による創作を行うための誘導的計画、住民自身の外部空間構成要素などを用いたテーマの取り込みといった創作行為の余地を残しておくこと、町並みを継続的に創作の対象化することが継続的な創作に求められる条件であると考えられた。

□「テーマ化空間の波及」

彦根では町並み整備にあたり異なるテーマを用いたことで、彦根地域内での共有イメージの乖離を生じさせる結果となったことから、先に行われた「テーマ化空間」の影響を受ける地域間においては「テーマ」を複数用いることが好ましくないと判断された。

また、彦根の事例において、創作的町並みとそのテーマ性についての考察を行った結果、土地との関係性が強いテーマとして夢京橋キャッスルロードの江戸風町並みにおける地域アイデンティティの強化を図る方向性と、土地との関係性が弱いテーマである四番町スクエアの大正風町並みにおける日常生活空間の延長から生じる創作空間特性の発展というテーマによる価値形成の方向性の違いが示された。

5章では伊勢市内宮門前町におけるおはらい町及びおかげ横丁による江戸風町並みの整備、大倉山エルム通り商店街によるギリシャ風町並みの整備を対象とした調査を実施、6章では、上海市金山農民画村における町並み創出事例を対象とした調査を実施した。7章では事例調査の結果をもとに、創作的町並みの価値と発展に関する考察を行った。

□創作的町並みの価値に関して

事例調査を通じて得られた創作的町並みにおいて形成される価値について、経済効果及び住民意識において、観光資源的な価値の認識が最も多く発生していることが確認された。伊勢内宮門前町、彦根夢京橋においては、来訪者の獲得及び売り上げの向上などの点から観光資源的な価値を獲得していることが示された。また、彦根市の地域住民を対象に行ったアンケート結果では、歴史的結びつきの強いテーマ及び町並みである夢京橋に関して、観光資源であるとともに地域らしい町並みとしての住民評価を獲得していることが示された。大正というテーマと地域の結びつきが弱い町並みを形成した四番町に関しては、夢京橋と比較した場合にはその評価が相対的に低い結果となるものの、従来の商店街以上の町並み評価を獲得している結果となった。

再現的な町並みでは、町並みの創出そのものを地域の連続性のなかでの動きとして捉える傾向があり、、擬似伝統的な町並み、新たな伝統としての評価を獲得することが明らかにされた。本質性や歴史的真正性の欠如を住民によって認識されるものの、事前協議の段階で町並みへの理解を深めるための活動を十分に行ったことが、擬似的空間ではあるものの、地域らしさを継承した町並みとして定着させることに寄与したと考えられる。

地域主体による聖性を創出しようとする意図が明確にされているのは、伊勢福によるおかげ横丁を中心とした取り組みにおいてであった。地域開発において前提となる伊勢神宮への感謝の気持ちを込めた空間として意味を持たせようとする取り組みのなかで、創作的町並みにいて場の意味を形成しつつあることが示された。

創作的町並み形成における文化要素の転回に関して、芸術要素の利用が即座に町並みとしての価値を認めることには直結しないものの、創作と評価付けをまちづくり活動のなかに仕組むことで、中長期的な創作と価値形成を目的とした開発として位置づけることができる。中長期的な創作を前提とした手法とし、移植的な町並みについても日常生活の延長で取り組むことが可能な要素を創作活動に用いることで、町並みの評価と創作に継続性を持たせることができると考えられる結果となった。

□発展の方向性

創作後の経年変化のなかでのまちづくり活動は、非日常的なハレの空間としての機能を強めていくことが明らかにされた。ハレの場を形成することで地域の継続的な活性化に寄与していることは経済的側面から実証された。経年的な活動のなかでは、ハレの場といった非日常的空間利用において創作的町並みによる経済的基盤を形成することが可能になる。ハレの場としての経済効果、来訪者の継続的な獲得を可能にすることで、継続的な経済基盤を形成しつつ、その一方で日常的な取り組みのなかでの町並み形成、創作を行っていくといった活動の住み分けが創作的町並みの空間文化としての価値を高め、質を深めていくことが可能になると考える。

□価値形成と継続的発展に向けて

テーマと地域空間との関わりが見出しにくいテーマの場合、町並み創出に関わった関係者における評価と住民との評価の間に軋轢が生じることが示された。主体から周辺、利用者にまで、創作的町並みの評価を浸透させるには、継続的発展に向けたまちづくりのなかで、住民が参加可能な取り組みを設けることで日常空間的な利用と町並み形成に深く関わりを生み出すことが必要とされることが明らかになった。

町並みそのものを地域住民が創作の対象とすること、単なる観光化でなく自律的な活動における創作対象にまで、テーマ要素を地域住民の意識に取り入れ発展させることが求められる。そうすることで、町並みそのものの価値と住民の行為に文化性が備わり、経済的価値のみに限定されることのない創作的町並みの段階的な発展が可能になると結論づけた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、町並みとしての地域特性を持たざる地域において、擬似的に形成される町並みに内包されうる創造性に着目したユニークな研究である。ここで、創作的町並みとは、「特定のテーマに基づいた、理想とする町並みの完成像を目標に形成される擬似的な町並み」を指し、その形成過程において、既存の地域資源と異なる価値基準を有するとされる。

序章では近年の町並み形成における課題点から本研究が対象とする創作的町並みとその手法の確立の必要性について論じている。とくに文化的景観との対比のなかから、本研究を通抵する創作的町並みの定義づけを行うとともに、創作的町並みを必要とする今日の社会的背景について整理している。

1章では、文化的景観などの既存の価値との対比及び過去の町並み創出事例に対する評価の整理を行い、町並み整備と観光化のなかでの創作的町並み独自の価値形成の可能性について認識の枠組みを提示している。

2章では地域開発と文化に着目し、開発の階梯のなかでの創作的町並みの位置づけと価値形成の可能性について論じている。創作的町並みは、対象とするテーマ性と地域空間との関わりから「再現」「移植」「転回」という程度の差があると考え、それら創作の幅とともに、まちづくり手法としての実践論的枠組みを提示している。

1章及び2章における理論的枠組みの整理から、創作的町並みの価値形成と継続的発展を可能にする開発手法として、段階的発展を仮説的に提示した。創作的町並みの価値形成過程と継続的発展はSTEP1「町並み形成とテーマ化の核整備」、STEP2「場の強化と既存空間のテーマ化」、STEP3「テーマ化空間の波及」、STEP4「他地域へのまちづくり活動の波及」の段階的発展のなかでその特異性に対する価値を形成すると仮定している。

3章及び4章では彦根市で実施された2つの隣接する創作的町並みを対象とした調査を実施した。地域空間特性の変容と地域社会に与えたインパクトについて「空間構造」「空間機能」「空間意匠」の観点から分析を行った。地域空間特性の変容をもとに、創作的町並みの価値形成と地域開発としての効果に関して「経済効果」および「コミュニティ効果」の視点から分析し、創作的町並みによる空間文化の形成の可能性について考察している。

彦根の事例において、創作的町並みとそのテーマ性についての考察を行った結果、土地との関係性が強いテーマとして夢京橋キャッスルロードの江戸風町並みにおける地域アイデンティティの強化を図る方向性と、土地との関係性が弱いテーマである四番町スクエアの大正風町並みにおける日常生活空間の延長から生じる創作空間特性の発展というテーマによる価値形成の方向性の違いを示した。

5章では伊勢市内宮門前町におけるおはらい町及びおかげ横丁による江戸風町並みの整備、大倉山エルム通り商店街によるギリシャ風町並みの整備を対象とした調査を実施、6章では、上海市金山農民画村における町並み創出事例を対象とした調査を実施している。7章では事例調査の結果をもとに、創作的町並みの価値と発展に関する考察を行っている。

事例調査を通じて得られた創作的町並みにおいて形成される価値について、経済効果及び住民意識において、観光資源的な価値の認識が最も多く発生していることが確認された。伊勢内宮門前町、彦根夢京橋においては、来訪者の獲得及び売り上げの向上などの点から観光資源的な価値を獲得していることが示された。また、彦根市の地域住民を対象に行ったアンケート結果では、歴史的結びつきの強いテーマ及び町並みである夢京橋に関して、観光資源であるとともに地域らしい町並みとしての住民評価を獲得していることが示された。大正というテーマと地域の結びつきが弱い町並みを形成した四番町に関しては、夢京橋と比較した場合にはその評価が相対的に低い結果となるものの、従来の商店街以上の町並み評価を獲得している結果となった。

再現的な町並みでは、町並みの創出そのものを地域の連続性のなかでの動きとして捉える傾向があり、擬似伝統的な町並み、新たな伝統としての評価を獲得することが明らかにされた。地域主体による聖性を創出しようとする意図が明確にされているのは、伊勢福によるおかげ横丁を中心とした取り組みにおいてであった。地域開発において前提となる伊勢神宮への感謝の気持ちを込めた空間として意味を持たせようとする取り組みのなかで、創作的町並みにいて場の意味を形成しつつあることが示された。

このように本論文は、意図的に創造されたテーマ性を持った創作的町並みが、どのようにして生まれ、発展し、保全されているのかを多角的に考察したものである。その中で、町並みの維持管理が重要課題であるとともに、適切な維持管理が行われれば、町並みを支えるデザインコードが基準としての意義を高め、さらに活性化を生むという相乗効果を持つことを明らかにしている。このように創作的町並みの分析を通じて、まちづくりの新たな手法の可能性を明らかにしたという点で、本論文は優れた成果を上げている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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