学位論文要旨



No 126786
著者(漢字) 飛野,智宏
著者(英字)
著者(カナ) トビノ,トモヒロ
標題(和) 複合微生物系に対する基質特異的な微生物探索手法としてのショットガンアイソトープアレイ法の開発
標題(洋)
報告番号 126786
報告番号 甲26786
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7427号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 栗栖,太
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 准教授 佐藤,弘泰
内容要旨 要旨を表示する

微生物群集機能は,都市活動を支えていく上で重要な役割を担っている.活性汚泥法に代表される廃水処理プロセスや微生物機能を活用した環境修復技術(バイオレメディエーション技術)は,微生物群集の機能を上手く活用することで,様々な組成の汚濁・汚染物質の分解・除去を可能としている.一方で,管路の腐食劣化や水処理膜の目詰まりなど,微生物活動に由来する弊害も存在する.いずれにおいても,今後のプロセスの向上に向けて,微生物群集中に存在する有用/有害な微生物を直接的に制御することのできる技術が求められる.そのためには,これまで主にブラックボックスとして扱われてきた微生物群集中において,個々の微生物の持つ機能を把握することが必要である.しかしながら,従来の単離培養法では環境中のほとんどの微生物が培養困難であること,また16S rRNA遺伝子配列に基づいた系統解析は試料中に存在する微生物構成の把握には非常に強力な方法であるものの,機能に関する情報を提供することができないといった限界がある.また,特定の機能遺伝子を対象とした解析は,対象とする物質の分解遺伝子が既知の場合のみ有効であり,またその遺伝子の存在のみでは必ずしも実際の環境中での機能の発現と一致しないという限界がある.

近年の微生物解析手法の発展の中においても,stable isotope probing(SIP)法やmicroautoradio-graphy-fluorescence in situ hybridization(MAR-FISH)法に代表される同位体トレーサー法と分子生物学的手法を組み合わせた手法は,実際の環境条件に近い条件にて,微生物群集中の個々の微生物の機能とその系統を結び付けることが可能な技術として,現在広く用いられるようになった.さらに,isotope array法として,16S rRNAを標的とするマイクロアレイと放射性同位体トレーサー法を組み合わせることで,微生物群集構造と機能をよりハイスループットに解析することが可能な手法も報告されている.これらの手法は,従来の分子生物学的手法を用いて得られる系統的情報に加えて,同位体標識の有無,すなわち対象物質の資化という評価軸を加えることのできる非常に優れた手法である.しかしながら,MAR-FISH法およびisotope array法は塩基配列情報が入手可能な微生物しか検出できず未知の微生物は解析対象から除外されてしまうこと,またSIP法は超遠心分離による標識核酸の分離が不明瞭であり,多数の試料に適用する場合には多くの労力を要するといった,それぞれの手法における欠点がある.

そこで本論文では,同位体トレーサー法と分子生物学的手法を組み合わせた手法の中でも,既知の塩基配列情報に依存することなく,かつハイスループットな検出を可能とする手法として,ショットガンアイソトープアレイ法の開発を行った.ショットガンアイソトープアレイ法では,対象試料中の微生物群集全体に由来するDNA断片配列をプローブとするメンブレンアレイにより,放射性同位体トレーサーを資化した微生物に由来する14C-DNAを検出する.この手法の特徴として,解析対象の微生物構成や遺伝子配列などの知識を必要とせず,様々な試料に対して全く同一の手順で解析を行うことが可能であるという利点を持つ.また,複数の培養条件で得られるハイブリダイゼーション後のシグナルプロファイルを比較することにより,異なる環境条件において特異的/普遍的に基質の資化に関与する微生物種のスクリーニングに活用することが可能である.さらに,検出されたプローブの塩基配列情報に基づき,当該微生物を特異的に検出するためのプローブやPCRプライマーを設計することが可能であり,当該微生物の挙動を追跡するためのツールを提供することができる.ショットガンアイソトープアレイ法の開発にあたって,特異性,検出感度,環境試料への適用可能性の3点を検討することを主な目的とした.

特異性の検討では,Pseudomonas属の純菌株から作製したランダムなゲノム断片プローブからなるメンブレンアレイを作製し,各純菌株のDIG標識DNAとのハイブリダイゼーションを行った.プローブ長とシグナル強度には正の相関が観察されたが,プローブ長と特異性には有意な相関は観察されなかった.そのため,比較的長いゲノム断片プローブ使用することで,特異性を損なうことなく感度を向上させることが可能であることが示された.ランダムに選んだ2,000 bp程度のゲノム断片をプローブとして用いた場合,厳しい条件(75°C)でのハイブリダイゼーションを行うことで,ほとんどの非特異的シグナルを排除することが可能であった.また,使用した純菌株の全ゲノム配列を用いた解析の結果,検討に使用した同属異種の株間では90%を超えるような相同性を配列はほとんど存在せず,特異的シグナルと非特異的シグナルの強度には明確な差があることが明らかとなった.プローブ-ターゲット間の配列相同性とシグナル強度の関係から,ランダムに選んだ2,000 bp程度のゲノム断片プローブを用いた場合でも,ロングオリゴヌクレオチドプローブを使用したマイクロアレイと同程度の特異性を達成可能であることが示された.以上の結果から,ショットガンアイソトープアレイ法を用いた検出において,同属異種の微生物のような近縁な株間であっても非特異的シグナルの影響を低く抑えて検出を行うことが可能であると結論付けられた.

検出感度の検討では,[1-14C]酢酸ナトリウムを用いた純菌のトレーサー培養により得られた14C-DNAを使用し,同一株から作製したゲノム断片プローブとのハイブリダイゼーションを行った.超音波を用いてターゲットDNAを約400 bp程度に断片化することで,制限酵素による断片化と比べて感度が2倍程度向上することが明らかとなり,その結果,検出に必要となるターゲット14C標識DNAの量は400,000 dpm/ml bufferであると見積もられた.この結果と合わせて,トレーサー培養中の14Cの収支を見積もることにより,複合微生物系に適用する際に,検出対象とする微生物のトレーサー基質資化への寄与度を仮定することで,必要となるトレーサー基質の量を推定可能であることが示された.

環境試料への適用として,14C酢酸ナトリウムおよび14Cメタノールをトレーサーとして活性汚泥にショットガンアイソトープアレイ法を適用した.その結果,有意に陽性であるシグナルを得ることに成功し,環境試料に適用可能であることが示された.また,基質資化微生物相の違いをシグナルパターンの相違として検出することができた.SIP法とreal-time PCRを用いた検証実験の結果,一部の例外を除き,ショットガンアイソトープアレイ法で検出されたプローブ配列は,投与した基質を資化した微生物由来であることが確認された.陽性であったプローブの塩基配列に基づいた遺伝子データベース検索による微生物種の特定は困難であったものの,得られた塩基配列に基づいて設計したPCRプライマーにて当該微生物を追跡可能であることが示された.

ショットガンアイソトープアレイ法で検出される放射線シグナルの信頼性を評価可能な方法として2-ray hybridizationを提案し,その有効性に関して理論的考察および実験的検討を行った.理論的考察では,必ずしも擬陽性シグナルを判別することできないという限界とともに,信頼性が低く擬陽性シグナルの可能性が高いシグナルを判別可能であるという利点を持つことが示された.また,純菌株を用いた基礎的検討の結果,検出系に起因する検出効率およびGC含量に応じた標識効率の差をそれぞれ補正することにより,放射線シグナルと化学発光シグナルの比(2-rayシグナル比)はある程度一定の範囲の値をとることが示された.また,純菌を使用した2-ray hybridizationの模擬試験では,非特異的シグナルの2-rayシグナル比は特異的シグナルと比べて概して低い値となり,非特異的シグナルの大部分を判別可能であることが示された.また,活性汚泥へのショットガンアイソトープアレイ法の適用結果に2-ray hybridizationを用いた結果,2-rayシグナル比のみでなく放射線シグナル強度も考慮することで,擬陽性の可能性が高く信頼性が低いシグナルを判別可能であることが示された.

以上の結果から,ショットガンアイソトープアレイ法は,複合微生物系内の未知の微生物も対象とし,網羅的かつハイスループットに特定化合物の資化を行う微生物を探索可能な手法として,その有効性が示された.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「複合微生物系に対する基質特異的な微生物探索手法としてのショットガンアイソトープアレイ法の開発」と題したもので、微生物生態系の場において特定の機能をもつ微生物を検出するための手法を開発したものである。環境工学においては、生物学的廃水処理法や、バイオレメディエーション技術による地下水・土壌汚染浄化など、微生物群集の機能を利用した環境浄化・対策技術がある。従来より、処理対象物の分解可能性の判断、さらには処理性能の予測やその効率化を行うために、群集中のどの微生物が対象とする物質の分解に関与しているかを明らかにする試みがなされてきている。近年、Stable isotope probing(SIP)法やMicroautoradiography-Fluorescence in situ Hybridization(MAR-FISH)法、Isotope array法など、同位体元素をトレーサーとして用いる分子生物学的手法の開発により、対象物質を資化する微生物の解析が可能になってきた。しかしながら、SIP法は遠心分離による標識核酸の分離が不明瞭であり、MAR-FISH法、Isotope array法は塩基配列情報の入手可能な微生物しか検出できない。

本研究では、前もって塩基配列情報を必要としない検出手法として、ランダムに断片化された微生物ゲノム断片を用いたアレイ(ショットガンアレイ)によるアイソトープアレイ法の開発を行っている。本論文は、この新規な微生物生態系解析手法について、実験的に検討を行い、手法としての有用性を示したものである。本論文は以下の8章より構成される。

第1章では研究の背景と目的、および論文構成を記している。

第2章では、同位体トレーサーを用いた分子生物学的手法と、DNAアレイ法について既往の研究をまとめている。

第3章では、本論文中で用いた実験方法についてまとめている。

第4章では、ショットガンアレイ法の特異性についての検討を行っている。検討には全ゲノム配列既知のPseudomonas属の純粋培養菌株4株を用いている。その結果、同属異種の菌株においては、高度に保存されているrrnオペロン配列では特異的な検出は不可能であるものの、そのほかの配列では条件を厳しくすることにより、特異的なシグナルを非特異的なものと比べ10倍以上の強度で得ることができることを明らかにしている。これより、ロングオリゴヌクレオチドプローブによるマイクロアレイと同程度の特異性が達成可能であると示している。

第5章では、放射線検出系で得られる検出感度の向上と、必要となるトレーサー量の検討を行っている。用いた放射線検出装置の検出下限(2dpm/spot)に対し、2000bpのDNA断片プローブとのハイブリダイゼーションにより、基質の資化に10%寄与した微生物を検出するために必要となるターゲット14C標識ゲノムDNAは400,000dpm/mlであると見積もっている。

第6章では、実際の解析対象として廃水処理装置の活性汚泥を用い、手法の有効性を示している。硝酸還元条件で酢酸およびメタノールを活性汚泥に投与することにより、96個のプローブからなるショットガンアレイのうち酢酸投与で20個、メタノール投与で19個のプローブが陽性と検出され、うち11個は両方の基質で陽性であった。陽性となったプローブの塩基配列は、データベースとの配列相同性が最大でも85%であり、現状では微生物種の特定には遺伝子データベースが不十分であることが明らかとなった。さらにショットガンアイソトープアレイによる検出結果を、安定同位体プローブ法により検証している。5個の陽性プローブと4個の陰性プローブについて特異的なPCRプライマーを設計し、同位体を取り込んだDNA画分を調べたところ、1つを除き検出結果が正しいことを検証している。この結果より、ショットガンアイソトープアレイ法が実際の微生物生態系において、基質を資化した微生物を特異的に検出できる手法であることを示している。

第7章では、ショットガンアレイにおけるプローブの特異性を判別する方法として、2-ray hybridization法を提案し、その有効性を理論的かつ実験的に検討している。その結果、非特異的なシグナルの大部分が判別可能であることが純粋菌株を用いて示されている。さらに、第6章の結果を検証し、放射線シグナル強度と2-ray hybridizationの結果を併せて考慮することで、信頼性の低いシグナルを判別することに成功している。

第8章では、本研究のまとめを示すとともに、本手法の特徴を生かした適用方法について示し、さらに今後の課題についてまとめている。

微生物群集解析の技術が進化するにつれ、微生物生態学からの群集解析のアプローチは、メタゲノム解析をベースとする網羅的解析技術へと進展しており、環境工学において有用な機能を解析したいという、いわば目的からのアプローチとの乖離が進んでいる。本研究では、このような流れとは一線を画し、機能と系統を結びつけようとするより直接的な方法を提案し、かつ手法の有用性を検証しているものであり、きわめて新規性が高く、技術開発としての完成度も高いものである。さらに本研究成果は微生物生態学との境界領域における学際的な研究であって、微生物生態学においても大きな意義をもつものである。以上のような観点から、本研究は都市環境工学の学術の発展に非常に大きく寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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