学位論文要旨



No 126787
著者(漢字) 渡部,春奈
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ハルナ
標題(和) 雨天時流出過程における道路塵埃の毒性評価とwhole sediment TIE手法による毒性要因推定
標題(洋)
報告番号 126787
報告番号 甲26787
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7428号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 准教授 中島,典之
 東京大学 准教授 栗栖,太
 国立環境研究所 主任研究員 鑪迫,典久
内容要旨 要旨を表示する

都市の河口域や沿岸域における底質汚染は、水域生態系の基盤となる底生生物に直接的な影響を及ぼすため、底泥に底生生物を直接曝露させる毒性試験を用いた毒性評価が必要不可欠である。さらに効果的な浄化対策を実施するためには、その毒性要因を特定できることが望ましい。そこでUS-EPAにおいてToxicity Identification Evaluation(TIE)という手法が開発された。これは排水や間隙水、底泥などの試料に物理化学的な処理を施して有害化学物質群を分画・除去した後、毒性試験を行い、毒性低減時に除外されていた有害化学物質群を主要な毒性要因として推定する手法である。底泥を対象としたwhole sediment TIEについては、2007年にガイドラインが発表されたが、分画手法は完全には確立されておらず、環境底泥に適用した研究例も少ないため、知見を増やすことが求められている。

一方、底質汚染起源に着目し、その毒性影響と原因を把握することは、汚染底泥の毒性要因推定や汚染対策の役に立つと考えられる。特に、汚染起源物質が水域へ流入し、底泥へ蓄積していく過程における毒性変化を評価することで、その汚染起源が底質毒性に及ぼす影響を評価し、汚染対策が必要な場所や降雨条件などを明らかにすることができる。本研究では、都市域のノンポイント汚染起源として重要な道路塵埃に着目した。

道路塵埃は自動車の排ガス中微粒子や路面由来の微粒子などからなり、重金属類やPAHs、フッ素系界面活性剤などの有害化学物質が高濃度で蓄積している。よって道路塵埃の生態毒性影響が懸念されるが、多くの既存研究は道路排水を対象として、雨に溶出する画分だけを、藻類やミジンコなど水生生物を用いて評価してきた。塵埃粒子自体の毒性評価としては、有機溶媒抽出物の遺伝毒性評価やヨコエビに対する毒性評価などの研究例があるが、有機溶媒抽出物は疎水性有機化合物の毒性を過大評価し、あるいは親水性の高い無機化合物(重金属類やアンモニアなど)の毒性を除外してしまう可能性がある。したがって底生生物を道路塵埃に直接曝露することで毒性評価を行う必要がある。

以上の研究背景を踏まえて、第一に都市河川底泥を対象に、底生生物であるカイミジンコを用いて、whole sediment TIE手法の適用性について評価し、手法上の課題の検討や改良を試みることを目的とした。そして第二に、底質汚染起源として道路塵埃を着目し、カイミジンコを直接曝露させることで毒性評価を行った。このとき様々な条件で道路塵埃の前処理を施すことで、雨天時流出過程を模擬し、その時の毒性変化を評価した。第三に、whole sediment TIE手法の適用によって道路塵埃の毒性要因推定を試みた。

第4章では都市河川底泥を用いてwhole sediment TIE手法の適用性評価を行った。毒性試験には底生生物のカイミジンコ(Heterocypris incongruens)を6日間試料に直接曝露させるOstracodtoxkitを用いた。毒性は6日後の致死率と、対照試料の参照底泥に対する成長阻害率の算出によって評価する。都内河川底泥は12試料中7試料において致死毒性を示し(致死率20%以上)、11試料において成長阻害毒性を示した。これに、whole sediment TIEの標準的な有害化学物質分画手法である吸着剤添加法を適用することで、主要な毒性要因の推定を試みた。その結果、疎水性吸着剤であるAmbersorbによって、12試料中1試料において致死率、6試料において成長阻害率が対照系Baselineに対し有意に低減したため、Ambersorbで除去される疎水性の有害化学物質が成長阻害要因として推定された。一方、重金属類を除去するChelex-100(陽イオン交換樹脂)、アンモニアを除去するZeolite(アルミナケイ酸塩)を添加した系では、致死率および成長阻害率は低減されず、一部の試料で逆に成長阻害率が増加した。この結果に加え、重金属類およびアンモニアの分析結果と、カイミジンコに対する毒性応答データ(半数致死濃度LC50など)との比較によって、重金属類およびアンモニアは毒性要因ではないことが確認された。

また、致死毒性を示した7試料中6試料においては、どの吸着剤でも致死毒性が低減されなかった。原因として、吸着剤の吸着容量の不足、陰イオン系有害化学物質の関与、複数の有害化学物質の関与を想定し、吸着剤添加法の改良を試みた。上記の標準法では毒性が低減できなかった底泥を対象に、陰イオン交換樹脂を導入や吸着剤添加量の増量、複数の吸着剤の同時添加を実施した。結果、Ambersorbの増量と底泥の希釈によって、致死率および成長阻害率が有意に低減された。しかし、陰イオン交換樹脂による毒性低減は見られず、陽イオン交換樹脂Chelexの増量に至っては、逆に底質からの重金属類の溶出を促進することが分かった。

Ambersorbの増量により、疎水性物質が致死毒性要因および成長阻害要因の一つとして推定されたが、Ambersorb添加後の致死率は約60%とまだ高く、他にも毒性要因が存在すると考えられた。候補として、吸着剤では除去しきれない、粒子結合態の有害化学物質が挙げられる。このような画分を除去する方法として、模擬消化管液による固液抽出法を新規手法として検討した。重金属類については牛血清アルブミン溶液、疎水性物質についてはドデシル硫酸ナトリウム溶液を用い、非毒性底泥に適用した結果、抽出後の模擬消化管液の残留とその毒性影響が課題として残された。また抽出操作および洗浄操作によって、懸濁微粒子が増加するなど底質が大幅に改変されており、TIEの分画手法としての適用性は低いと考えられた。

以上の結果から、whole sediment TIEの吸着剤添加法が河川底泥へ適用可能であることを示し、手法上の課題を明らかにすることができた。さらに、対象毒性要因以外の、pHや塩分影響について把握し、アンモニアの毒性応答データを得るなど、カイミジンコ底質毒性試験を用いてTIEを実施に当たって必要な知見を収集した。今後は毒性を低減したAmbersorbから毒性画分を回収して、極性に基づく分画を行い、網羅的な化学分析と毒性試験によって、毒性物質の同定することが課題である。

第5章では道路塵埃のカイミジンコに対する毒性評価を行った。交通量の多い幹線道路および高速道路の6か所(St.1ー6)から採取した道路塵埃を試験水と混合して1時間後に曝露を開始した場合、全ての地点で100%の致死率を示した。一方、交通量の少ない住宅地(St.7)から採取した道路塵埃は致死率3%と毒性を示さなかった。致死毒性を示した6試料のうち、カイミジンコの曝露開始を、道路塵埃と試験水を混合してから24時間後に遅らせた場合、1時間後に曝露を開始した場合に比べて、St.4ー6の3試料において著しく致死毒性が低減した。このとき、溶存態重金属類やアンモニアの化学分析結果と毒性応答データとの比較により、これらが原因として関与している可能性は否定された。このうちSt.6においては、毒性がpHに依存する有害化学物質の関与が示唆されたが、遊離アンモニアは無致死濃度を下回っており、要因特定には更なる分析による検討が必要である。

第6章では、雨天時流出過程おいて道路塵埃の毒性がどう変化するか評価するために、高い致死毒性を示したSt.1ー3の塵埃を用いて、雨天時流出過程における変化を想定した様々な条件で道路塵埃の前処理を行い、毒性試験に供した。

まず、道路塵埃中の易溶性の画分は雨と接触直後に溶出し、道路排水として流出されることが想定した。塵埃と標準淡水である試験水を固液比1:2(v/v)で混合して1時間後、溶出する画分を遠心分離によって除去し、湿潤化した道路塵埃と溶出画分の毒性評価をそれぞれ行った。結果、溶出画分、湿潤化塵埃ともに高い致死毒性を示し、降雨で一度洗われた塵埃も毒性を持つことが示された。しかし、2か月後、St.3の塵埃を用いて同様の試験を行った際には湿潤化塵埃は毒性を示さず、毒性画分は全て溶出画分に移行したことが分かった。

さらに、降雨強度の増加を想定して塵埃と試験水の固液比を上げていくと、溶出画分も固液比1:8において毒性を示さなくなることが分かった。よって、降雨量が多いときは、道路排水は十分希釈されるため水域における毒性リスクは低いと考えられた。

しかし、水域に流入するまでに下水管や雨水貯留池等で滞留することを想定し、溶出画分と湿潤化塵埃を分離する前の保持時間を24時間、7日間と増やしたところ、7日間の滞留後は、湿潤化塵埃は再び致死毒性を示すことが分かった。よって、流出時間が24時間以内のときは、道路塵埃の毒性は主に溶存態に存在するが、長時間、管路内などで滞留した場合は、水域流出後の粒子態にも毒性があることが示唆された。したがって今後も、道路排水だけではなく、塵埃粒子の毒性も評価していく必要があると分かった。

第7章ではSt.1ー3の道路塵埃に対し、whole sediment TIE手法の適用によって毒性要因推定を試みた。湿潤化塵埃に吸着剤添加法を適用したところ、AmbersorbおよびXADによって除去される疎水性物質が毒性要因だと推定された。同様に、溶出画分についてもXADによって除去される疎水性物質が毒性要因だと推定された。疎水性物質による毒性を確認するため、St.3の塵埃に添加したXADから疎水性物質を有機溶媒で回収し、毒性試験に供したところ、MeOHで溶出される画分において高い致死毒性を示した。よってMeOHに溶出するような比較的親水性の高い有機化合物質が毒性要因であると推定された。一方、St.1の湿潤化塵埃においては、対照系のBaselineで遊離アンモニア態の濃度がLC50を超過していたため、アンモニアも毒性要因の一つとして推定された。

St.2, 3の湿潤化塵埃およびSt.3の溶出画分についてはChelexによっても毒性が低減されたが、溶存態重金属類の濃度はLC50を超過していなかった。そこで、St.3の塵埃に添加したChelexをMeOHによって溶出し、毒性試験に供したところ、高い致死率を示した。よって、Chelexの基盤であるポリマーに疎水性物質が吸着したことで、毒性低減が起きたと考えられた。今後はXADやChelexに吸着し、MeOHに溶出する画分をLC-MSやGC-MS分析に供し、化学物質を同定して毒性確認を行うことが課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,「雨天時流出過程における道路塵埃の毒性評価とwhole sediment TIE手法による毒性要因推定」と題して,8つの章から論文が構成されている.

第1章では,研究の背景と目的,および論文の構成を述べている.

第2章では,我が国における日本の底質汚染の現状,底質毒性評価方法,US-EPAにより開発されたToxicity Identification Evaluation(TIE)手法,さらには,底泥の毒性起源として着目している道路塵埃のリスク評価に関する文献の整理を行っている.

第3章では,研究対象とした都市河川底泥や道路塵埃の採取方法,カイミジンコを用いた底質毒性試験手順,毒性要因を推定するWhole sediment TIE手法,さらには,試料の物理・化学分析の手法ついて記載している.

第4章では,都市河川底泥を対象として,カイミジンコを供試底生生物とした毒性試験を用いてwhole sediment TIE手法の適用性評価を行い,US-EPAのガイドラインに基づいた吸着剤添加法を適用することで毒性要因の推定を行っている.疎水性吸着剤であるAmbersorbによって,12試料中1試料において致死率,6試料において成長阻害率が対照系Baselineに対し有意に低減したため,Ambersorbで除去される疎水性の有害化学物質が成長阻害要因として推定した.さらに,吸着剤添加法の改良のために,陰イオン交換樹脂の導入,吸着剤添加量の増量,複数吸着剤の同時添加の3点について検討を実施している.そして,標準法では毒性が低減できなかった底泥に対して,Ambersorbの増量と底泥の希釈によって,毒性を低減することができること,TIE手法における対象毒性物質群以外のpHや塩分などの因子の影響を考慮する必要性など,手法の改良やカイミジンコを用いる場合の留意点など,whole sediment TIE手法の適用性の検討結果を整理している.

第5章では,道路塵埃と水を混合した系に直接カイミジンコを曝露させて毒性評価を行った結果をまとめている.まず,交通量の多い幹線道路や高速道路から採取した6つの塵埃試料は全て100%の致死率を示したが,交通量の少ない住宅地の道路塵埃は致死率3%と毒性を示さなかったこと,道路塵埃と試験水を混合してから,1時間後ではなく24時間後に曝露を開始した場合に,著しく致死毒性が低減する試料があったことを報告している.これらの結果は,交通量に関連して道路塵埃の毒性が支配されている可能性,雨天時流出過程を経ることで道路塵埃の状態やその毒性が変化する可能性が考えられることなど興味ある知見を提示している.

第6章では,5章の結果を受けて,雨天時流出過程おいて道路塵埃の毒性がどのように変化するかを調べるために,その変化に影響すると考えられる(1)道路塵埃と水の固液比,(2)道路塵埃の粒径,(3)道路塵埃と水が接触した後の滞留時間の3つの要因に着目した毒性試験を実施した結果を示している.まず,塵埃試料の基本前処理条件として固液比1:2から,段階的に固体濃度を低下させた場合,高い致死率を示した溶出画分も毒性を示さなくなることから,降雨によって希釈されることで毒性を示さなくなることを示した.次に,63 μm未満の画分の方が,63‐2000 μm画分より毒性が高く,雨により流出しやすい微粒子の方が,粗粒子より毒性影響が大きいことも示している.また,溶出画分と湿潤化塵埃を分離する前の保持時間を24時間から7日間と増やした結果,湿潤化塵埃も致死毒性を発現することも示している.したがって,水と接触した直後は道路塵埃の毒性画分は主に溶存態として存在するものの,湿潤状態で長時間滞留される場合は,水域流出後に毒性が発現をする可能性を示すなど,非常に興味深く新規性の高い成果を得ている.そして,これらの知見を総合して,道路塵埃の毒性評価手順の試案を提案している.

第7章では,毒性のある湿潤化塵埃および溶出画分に対し,whole sediment TIEの吸着剤添加法の適用によって毒性要因推定を試みている.まず,吸着剤添加試験結果から,湿潤化塵埃および溶出画分とも,XADによって除去される疎水性の有害化学物質が毒性要因であると推定している.そして,毒性を低下させた塵埃添加のXADから疎水性物質を有機溶媒で分画回収し,毒性試験に供したところ,MeOHで溶出される画分において高い致死毒性があることを示した.したがって,MeOHに溶出するような疎水性の有機化合物質が毒性要因と推定している.

第8章では,上記の研究成果から導かれた結論と総括,ならびにWhole sediment TIE手法や道路塵埃の毒性評価における課題と展望が述べられている.

以上の成果は,底泥の毒性要因を推定する手法として,我が国では検討例が限られているwhole sediment TIEを取り上げ,供試底生生物としてカイミジンコを用いて河川底泥と道路塵埃に対して毒性試験を精力的に実施した結果に基づくものである.特に,底質汚染起源として道路塵埃に着目して,毒性要因推定や底質毒性に与える影響を評価していること,雨天時流出過程における道路塵埃の毒性変化を想定した前処理を行うことで,毒性評価を行うことの重要性を示した点は,斬新であり貴重な成果である.本研究では,底質汚染による生態影響を評価し,汚染・浄化対策を検討することに役立つだけでなく,その汚染底泥の毒性要因推定するためのwhole sediment TIEの道路塵埃に対する適用性を検討するとともに,その手法の改良も提案している意欲な内容で,非常に有用なデータや知見を提供しており,都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク