学位論文要旨



No 126797
著者(漢字) 野々,晃平
著者(英字)
著者(カナ) ノノセ,コウヘイ
標題(和) メタ認知に基づくチーム認知モデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 126797
報告番号 甲26797
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7348号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 准教授 和泉,潔
 東京大学 准教授 菅野,太郎
 東京大学 教授 太田,順
 自治医科大学 教授 河野,龍太郎
内容要旨 要旨を表示する

医療活動や危機対応、大規模人工物の操作など安全性や効率性が求められる多くの場面でチームによる活動・運用がなされている。そうした場面では効果的に協調し、チームとしての能力を向上させることが重要である。従来の研究ではチーム協調で重要と思われる行動を観察・分類することが主に行われているが、それらは表面的な行動の観察・分類に過ぎず、協調の背後メカニズムを捉えているわけではない。また、チームワーク行動の重要な要因の一つとされるチーム認知研究においても、チーム認知とチームワーク行動との関係は不明瞭である。適切なチームワーク行動の背後メカニズム及びチーム認知とチームワーク行動の関係を明らかにすることがより深いチーム協調の分析や理解には必要である。

そこで本研究では、チーム協調の背後にある認知メカニズムを表すモデルを提案する。提案モデルの作成は二つの段階で構成されている。第一段階として、チーム協調実験を通じて、盗調に関する内省報告の収集を行い、過去のチーム研究や人間の認知特性を参考に、協調におけるメタ認知を整理するモデルを作成する段階がある。次に、チーム協調と協調へのメタ認知の関係を考察し、その知見を第二段階で形成された協調についてのメタ認知を整理モデルに組み入れる。これにより、チーム協調と協調へのメタ認知の関係を考慮にいれたメタ認知に基づくチーム認知モデルが完成する。

まず、航空管制シミュレータを用いた二人一組のチーム協調実験を行い、協調への内省報告に関するデータを収集した。その際、メタ認知と協調の関係を考察するため、2種類のメタ認知的手掛かりを作成した。一つはメタ認知の対象が他の構成員やチーム全体に広がると考えられる「チーム志向型」、もう一つは主に協調中の自分の認知が主たる対象となると考えられる「自身志向型」とした。

参加者には、ランダムに表れる離着陸機を出来るだけ安全かつ効率的に運用させることを求めた。試行は1セットあたり15分、計3セット行つた。試行は7.5分ごとに中断され、参加者は1セット当たり2回、最終的に計6回、メタ認知的手掛かり(自身志向型(7チーム)、またはチーム志向型(6チーム))内省報告を自由記述方式で行った。セット毎に対処する空域が異なり、しだいに空港は複雑に、対処機体数は増加した。そのため、2、3セット目では効率的な協調ができていなければ、成功機体数の減少や安全違反時間の増加を招くと考えられた。

そして、協調中の内省報告の内容分類を行った。分類は、ある一塊の内省報告内容について、各カテゴリのどのような下位概念(サブカテゴリ)に相当するかをカテゴリごとに行い、その組み合わせでその内省報告内容を表現することで行った。既存のサブカテゴリでは対応しない内容である場合、そのカテゴリに対応しつつその内省報告内容を表すことが可能なサブカテゴリを作成し、そのカテゴリに組み入れた。また、内省報告内容の分類過程で区分すべきと考えられた内省報告内容が存在し、かつそれが既存のカテゴリによっては分類不可能であると判断される場合、新しいカテゴリを作成するという方針で行った。

その結果、内省報告内容から「視点」「主体」「内容」「メタ認知的活動」の4つのカテゴリ及びサブカテゴリが抽出、体系化された。「視点」はその内省報告内容が協調特有のものであるかの区別に対応するカテゴリ、「主体」は人間の社会的認知における二種類の視点に対応するカテゴリ、「メタ認知的活動」は評価や思考の比較、改善等メタ認知的活動に対応するカテゴリである。「内容」は内省報告で言及されている内容そのものを表すカテゴリで、メタ認知的活動の対象となるカテゴリである。

この分類システムの構成要素とチームに関する研究や人間の認知特性に関する研究の知見を統合し、協調についてのメタ認知を整理するチーム認知モデルを構築する。「視点」カテゴリの「タスクワーク」と「協調関係」の定義の関係は、従来のチームに関する研究で「タスクワーク」(チームタスクの一部を他の構成員とは独立して考え、行動する)と「チームワーク」(他の構成員とタスクを達成するために考え、行動する)と分類される関係にそれぞれ対応していると考えられる。「主体カテゴリ及びそのサブカテゴリの定義は、人間の2種類の社会的認知の視点に対応していると考えられる。すなわち、「自分」と「他の構成員」は、相互信念に代表される人間の還元主義の視点における認識単位と、「チーム」というサブカテゴリは、Group mindやCollective Conscienceに代表される人間の非還元主義の視点における認識単位と対応しており、そうした視点が協調中に存在することが表われていると考えられる。「内容」カテゴリ及びそのサブカテゴリはタスクワークやチームワークに関係する様々な要素を表わしていると考えられる。「メタ認知的活動」カテゴリ及びそのサブカテゴリは、「主体」と「内容」をオブジェクトレベルと位置づけた場合のメタレベルの活動と考えられ、内省報告内容が人間の認知的活動の表れであることを踏まえると、メタ認知研究における「メタ認知的活動」と対応していると考えられる。例えば、「評価(悪/良)」や「問題点の把握」はメタ認知的モニタリング、「改善策」や「調整」はメタ認知的コントロールの考えと一致する。以上から、「主体」、「内容」、「メタ認知的活動」の主カテゴリ及びそのサブカテゴリで構成されるチーム協調における構成員のメタ認知の内容を表すチーム認知モデルを作成した。これは、協調におけるメタ認知を整理するモデルであり、提案モデルの第一段階である。

次に、協調についてのメタ認知(提案モデル)とチーム協調の関係を検討するため、メタ認知的手掛かりによる内省報告への影響、チーム志向型の実験群と自身志向型の実験群の成績(成功機体数、安全違反時間)と発話データを比較した。

まず、各実験群の内省報告の分類の結果、チーム志向型の実験群では他の構成員やチーム全体に関する記述、チーム内での分担やそれに関する改善策、構成員の置かれている環境条件の特性把握に関する記述が多く見られた。これは協調関係へのメタ認知が引き起こされやすくなっていたことを示している。

次に発話データを分析し、比較した。その結果、2セット目3セット目になるにつれ、チーム志向型は自身志向型に比べ、「プラン」「着陸判断」「離陸判断」という意思決定の関わる内容について、片方の構成員が意見を伝える割合が高くなっていた。また、より詳細に各チームで生じていた会話における問題点や効率性を分析するため、ある指示に関する提案や命令を片方が行ってからその了承や指示が実行されるまでの会話プロセスの分析を行った。その結果、チーム志向型では自身志向型の実験群に比べ、「認識の補完」の会話(両構成員が空域の状況や機体への指示状態などを把握できておらず、その把握を行っている会話)が次第に減っており、「相互認識の修正」の会話(認識の違いに気付き、その回復を目指す発話が行われている会話)が全体的に少なかった。また、「プラン」についてのQuery Beliefの発話割合も高くなっていた。また、チーム志向型のチームでのみ協調方法の確立に関する発話がなされていた。これは、チームの中で役割分担が形成され、片方が意思決定の関わる内容について主導権を取り始め、もう片方が相手の考えの確認や積極的な抽出を行うようになったことを意味していると考えられた。それにより、1人当たりのサブタスクに関わる情報量が減少し、チーム内で補完的にタスク全体の情報を把握することが可能になったことで「認識の補完」の会話が減少したと考えられる。また、構成員の指示系統が確立された場合、両者が異なる機体に着目することが少なくなり、片方が言及している機体の位置の確認などが最小限で済み、「相互認識の修正」の会話が少なくなったと考えられる。

最後に、実験群間の平均的な成績や成績の推移を比較した結果、2セット目以降、チーム志向型では成績が維持、改善されたのに対し、自身志向型では2セット目や3セット目に急激に成績が悪化するチームがいた。また、チーム志向型の実験群は自身志向型に比べ、平均的に成績が向上していた。

以上の結果をまとめると、チーム志向型のメタ認知的手掛かりにより他の構成員やチーム全体へのメタ認知が引き起こされ、その結果チーム内の協調関係の確立や役割分担などチーム内のリソースの整理が行われ、成績の向上につながったと考えられる。

次に、メタ認知の内容と成績との関係を検討した。その結果、両実験群に共通に見られた成績が安定して比較的良いチームのメタ認知の内容の特徴として、(1)自身らの置かれた環境条件の特徴を把握し、(2)「全体」ではなく「自分」や「他の構成員」の関係で協調関係を詳細に捉える事が可能であり、(3)ともにメタ認知的活動を行い、(4)他の構成員への積極的な意識によるメタ認知的活動が活発である、ということが示唆された。

さらに、この知見を再検討するため、思考の比較や行動の調整、問題点の把握などノ協調へのメタ認知的活動が促されやすい手掛かりを用いて実験を行った。その結果、チーム志向型の実験群と同様、半数のチームで参加者は協調の在り方についての提言を行い、成績も改善や「認識の補完」や「相互認識の修正」と言った発話も減少していた。これらは、優れたチーム協調を行うためには、自分のみならず、相手やチーム全体など広範囲の主体、内容に対するメタ認知、特にメタ認知的活動を相互に行うことが重要であることを示している。この協調へのメタ認知とチーム協調の関係を、協調へのメタ認知の整理を行うモデルに組み込み、メタ認知に基づくチーム認知モデルが完成された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、チーム協調の背後にあるチーム認知についてのモデルを提案し、協調に関するメタ認知の重要性を示している。モデルの提案は二つの段階で構成されている。まず、チーム協調実験を通じて、協調に関する内省報告の収集を行い、過去のチーム研究や人間の認知特性についての知見を参考に協調におけるメタ認知を整理するモデルを作成している。次に、メタ認知のさせ方による成績や行動への影響及びチームの成績と内省報告内容の関係などチーム協調と協調へのメタ認知の関係を考察し、その知見を先の段階で形成された協調についてのメタ認知を整理したモデルに組み入れている。これにより、チーム協調と協調についてのメタ認知の関係を考慮したメタ認知に基づくチーム認知モデルを完成させている。本論文は10章から構成される。

第1章は序論であり、チームに関する先行研究の概要を示し、その問題点を指摘し、本論文の概要と目的を示している。

第2章では、モデル提案に際し、その理論的基礎である「メタ認知」と「社会的認知の二つの視点」について述べ、モデル構築のプロセスについて説明している。

第3章では、協調についての内省報告を獲得し、また、協調へのメタ認知のあり方がチーム行動に与える影響を検討するために行ったチーム協調実験について説明している。協調へのメタ認知のあり方がチーム行動に与える影響について考察するため、メタ認知の対象が異なるメタ認知的手掛かり(チーム志向型と自身志向型)を用意し、協調中の構成員に内省報告を求めている。

第4章では、抽出された内省報告内容の分析を、人間の認知特性やチームに関する先行研究を参考に行い、その分析結果に基づき協調に関するメタ認知を整理するモデルの構築を行っている。

第5章では、チーム行動の変化を捉えるために開発した発話分析手法について述べている。これは実験で用いたタスクの主たる協調手段が発話であり、発話分析によりチーム行動の変化を捉える事ができると考えられたためである。手法として、あるタスク内容についての役割分担の程度を反映するとされるRole Sharing Ratio(RSR)や、相手の考えを積極的に確認・要求する発話、冗長な会話及びその下位分類について説明している。

第6章では、チーム志向型と自身志向型の2つの実験群間の成績や発話行動(第5章で説明された手法に基づく分析)の比較を行っている。これにより協調におけるメタ認知のあり方が協調にとって重要であるかを検討している。比較の結果、チーム志向型のメタ認知的手掛かりにより他の構成員やチーム全体へのメタ認知が活性化し、チーム内の協調パターンや役割分担の確立などチーム内のリソースが整理され、成績の安定・向上が見られたとしている。このことから自分のみならず、相手やチーム全体など広範囲の主体、内容に対するメタ認知が行われることにより適切なチーム行動が可能となることを示している。

第7章では、内省報告内容と成績の関係について考察している。各チームの総合的な成績と構成員の内省報告内容を提示し、成績が良く安定的なチームの内省報告内容の特徴について述べている。その結果、そうしたチームの内省報告内容の特徴として、自身や相手の置かれた環境条件の特徴を把握していること、「全体」ではなく「自分」や「他の構成員」の関係で協調関係を詳細に捉える事が可能であること、共にメタ認知的活動を行っていること、特に他の構成員への積極的な意識によるメタ認知的活動(調整・比較等)が活発であることを示している。

第8章では、これまでのメタ認知的手掛かりによる行動への影響や内省報告内容と成績の比較分析によって得られた、協調へのメタ認知とチーム協調の関係についての知見を検討するための実験について説明している。実験の結果、協調へのメタ認知的活動を積極的に促すことにより、チーム行動の改善が見られており、協調へのメタ認知の重要性が示されている。

第9章では、提案モデルの詳細と考察について述べている。提案モデルは「主体」とその「内容」で構成されるオブジェクトレベルと、メタレベルによるオブジェクトレベルへの監視・制御を表わす「メタ認知的活動」で構成されている。そして、「自分や自分以外の様々な主体、内容へのメタ認知的活動の一部がチームワーク行動の背後にある認知メカニズム、またはチームワーク行動そのもの」と提案モデルとチーム協調との関係を位置づけ、既存のチーム研究との関係やチーム認知モデルとしての特徴などについて述べている。

最後に第10章では結論を述べている。

以上のように本論文の成果は、チーム協調の背後にあるチーム認知についてモデル化を行い、協調へのメタ認知の重要性を示したことである。今後、得られた知見を生かし、現場でのチーム訓練への応用が期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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