学位論文要旨



No 126798
著者(漢字) 河村,政昭
著者(英字)
著者(カナ) カワムラ,マサアキ
標題(和) 弱電離プラズマ流と磁場印加型鈍頭物体との干渉効果に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 126798
報告番号 甲26798
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7439号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 小紫,公也
 東京大学 教授 李家,賢一
 東京大学 教授 大崎,博之
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

惑星大気圏に再突入する際、宇宙機前方の空気が断熱圧縮されることによって強い衝撃波が発生し、衝撃波背後が非常に高温となった結果、機体表面は厳しい空力加熱環境下にさらされることとなる。これらの空力加熱から機体を保護するためには、適切な熱防御システムを施さなければならない。現在、アブレータ、耐熱タイル、断熱材などの使い捨て型の熱防御システムが主に利用されているが、コスト面や効率面を考慮すると現在の使い捨て型の熱防御システムから再使用型の熱防御システムへ移行する事が必要不可欠である。

その再使用型の熱防御システムの候補の1つに「電磁ヒートシールド」と言う手法がある。これは、衝撃波背後に発生した弱電離プラズマ流をローレンツ力により制御する方法である。弱電離プラズマ流に対して、宇宙機内部から磁場を印加する事で機体前方周方向に誘導電流をまず発生させ、その誘導電流と磁場がさらに干渉する事によって、ローレンツ力を発生させる。このローレンツ力は、弱電離プラズマ流に対しておおむね逆向き、つまり弱電離プラズマ流を機体前方に押しだす方向にはたらくため、衝撃層全体が前方に押し出され、結果として衝撃層が拡大する(衝撃層拡大効果)。更には、衝撃層を押し出す反作用の力を磁場発生機構が受けるため、結果として宇宙機にはたらく抗力が増大する事となる(抗力増大効果)。これらの効果から、各々次のような効果が期待できる。

【衝撃層拡大効果】

宇宙機前方の衝撃層が拡大する事により、機体前方の衝撃層内の温度勾配が緩やかになる。その結果、機体へ流入する熱流束が低減され、空力加熱が低減できる。

【抗力増大効果】

宇宙機にはたらく抗力が増加する事により、地球大気圏高高度で減速する事が可能になる。その結果、飛行経路を変更する事で、空力加熱が低減できる。

このように、電磁ヒートシールドを用いた熱防御システムを利用した場合、衝撃層拡大効果を利用した直接的な空力加熱低減だけでなく、抗力増大効果を利用した間接的な空力加熱低減も期待できる。また、耐熱タイル等のように1枚1枚点検・修理を行う必要性がなく、メンテナンスに要する時間も短縮でき、コスト面、効率面でのアドバンテージも大変大きいと言える。

この電磁ヒートシールドに関する研究は、理論研究や数値計算による研究が先行しており、衝撃層の拡大による空力加熱の低減、抗力の増大など弱電離プラズマ流に対する印加磁場の効果を示唆する結果が数多く報告されている。またホール効果が、これらの効果を弱める可能性があることも報告されている。一方、実験的研究では、衝撃層の拡大効果が確認されているのみであり、全容の解明が必要である。

そこで本研究では、弱電離プラズマ流と印加磁場との干渉効果に関する一連の物理現象について実験的に理解する事を第1の研究目的としている。次に、数値計算で示唆されている印加磁場効果に対する試験模型表面の導電率の影響について実験的に検証する事を第2の研究目的とし、最後に印加する磁場の配位を従来の磁場配位(主流の軸と磁極の向きがなす角0°)から変化させた際に印加磁場の効果がどのような影響を受けるか実験的に検証を行うことを第3の研究目的として研究を行った。

第2章では、弱電離プラズマ流を発生するための装置であるアーク加熱風洞について述べ、気流条件を特定するために行った気流診断の結果について述べる。

本研究では、試験気体としてアルゴンを用い、真空チャンバー内に設置されたアークヒーターを通過する際に放電させることによってアルゴンの弱電離プラズマ流を発生させる事が出来る。この弱電離プラズマ流の気流条件を知るために、試験模型を設置する位置での気流診断を行った。この気流診断により、本研究で重要な干渉パラメータ、ホールパラメータ、磁気レイノルズ数などの重要なパラメータについても見積もることが可能となる。

第3章では、衝撃層拡大効果を確認するにあたって行ったレーザー吸収分光法を用いたプラズマの並進温度計測の手法について述べる。

衝撃波の位置では、温度分布が急激に上昇すると言う物理現象から、衝撃波の位置を特定する事ができ、吸収分光法を用いて試験模型前方よどみ線上の並進温度分布計測する事によって、印加磁場の効果により衝撃層がどのように変化するのか検証する事が出来る。磁場がない場合は、得られる吸収プロファイルはGauss型分布をしているためGaussian Fittingを行うことにより並進温度を算出する事が出来るが、磁場を印加した場合、吸収プロファイルはゼーマン効果の影響を受けた形状となり、Gaussian Fittingを行って並進温度を決定する事が出来ない。そこで、先だって開発された磁場影響下での並進温度算出方法を用いて並進温度を決定した。なお、磁場の影響がない場合の吸収プロファイルから得られた並進温度は、レーザーが通過したプラズマ流中の平均の温度であり、淀み線上の温度を算出するためにはアーベル変換が必要である。

第4章では、試験模型を弱電離プラズマ流中にさらした際に試験模型が受ける空気力がどのように変化するか検証するために行った、Total Drag計測、Side Force計測、Lorentz Force計測についての各手法について述べる。

Total Drag計測により抗力増大効果の検証を、Lorentz Force計測により本手法の原理そのものとも言えるローレンツ力の検証を、Side Force計測により磁場配位の影響についての検証を行うことができる。空気力の計測を行うにあたって、振り子システムを用い、試験模型にはたらく空気力を試験模型上部に設置したロードセルで感受し、あらかじめ行ったキャリブレーションのデータと比較する事で得られた電圧データを力のデータに変換する事ができる。

第5章では、磁場の効果によって試験模型表面の熱流束分布がどのように変化するか検証するために行った模型表面熱流束分布の計測方法について述べる。

熱流束を算出するにあたり、まず試験模型表面の温度分布が必要となる。磁場の影響を受けない温度計測法として、赤外線サーモカメラを使用する方法があるが、この場合、測定対象となる物体の放射率が分かっていないと正確な温度測定はできず、結果として正確な熱流束分布の算出はできなくなる。そこで、試験模型に黒体塗料を湿布して、放射率が一定の0.94となるようにした。また、カメラに対する試験模型表面の角度によって放射率が変化するため、予備実験として放射率の角度依存性についての検証も行った。この結果を利用して、赤外線サーモカメラを用いて試験模型表面の温度分布を磁場がある場合とない場合で取得した。この温度分布から模型表面上の各位置において温度の時間履歴を求めた。次に、この温度履歴から熱流束分布を求めるために、1次元熱伝導方程式を用いてモデル化し、実験結果と計算結果を比較する事で熱流束を算出した。なお、1次元熱伝導の仮定は、時間が経過し過ぎると成立しなくなるため、1次元熱伝導の仮定が十分成立すると考えられる時間でフィッティングを行い熱流束を求めた。

第6章では、第1の研究目的について行った検証結果について述べる。

試験模型は鈍頭形状(絶縁壁)とし、内部に磁場発生機構としてネオジウム製の永久磁石を設置した。試験模型前方の並進温度計測により、磁場を印加する事で衝撃層が拡大する事を再確認し、空気力計測によって試験模型にはたらくTotal Dragが増加する事を確認した。また、磁場発生機構にはたらく力を計測する事によって間接的にローレンツ力の発生を確認した。これらの結果により、理論及び数値計算結果が示唆していた磁場効果について実験的に確認する事が出来た。しかし、試験模型に流入する熱流束は、印加磁場の影響によって増加すると言う結果となり、理論及び数値計算で示唆されていた結果と逆の結果となった。これは、ホール効果の影響で試験模型壁面に沿ってホール電流が流れそれに伴って形成されるホール電場の影響で理論では考慮されていないジュール加熱が発生したことが原因であると思われる。

第7章では、第2の研究目的について行った検証結果について述べる。

試験模型は第6章で使用した模型にアルミニウムを真空蒸着させて導体壁とし、それ以外は第6章と全く同じ条件下で検証を行った。その結果、試験模型表面が導体壁の場合、絶縁壁の場合と比較して衝撃層の拡大が小さく、Total Dragの増大も小さくなり印加磁場効果が弱くなることが確認できた。これは数値計算で示唆されていた結果と同じ傾向を示した。

第8章では、第3の研究目的について行った検証結果について述べる。

試験模型は絶縁壁模型で、内部の永久磁石の磁極の向きを主流の軸に対して傾ける事で磁場配位の影響について検証を行った。この結果、印加する磁場の配位を変化させると、流れの様子、それに伴う空気力、熱流束分布が大きく変化する結果となった。磁場配位として、流れに対して永久磁石の極の軸が垂直な場合が、最もTotal Dragが増大し、淀み点付近の熱流束が減少する結果となった。また、磁場配位によってはSide Forceが発生する事も確認され、磁場配位を変化させることによって、弱電離プラズマ流と磁場印加型鈍頭物体との干渉効果について様々な可能性を実験的に確認する事が出来た。

以上の実験的な検証の結果、弱電離プラズマ流に対する印加磁場の効果について、一連の物理現象を詳細に理解する事ができただけでなく、理論及び数値計算の示す結果の限界など、電磁ヒートシールドの新たな可能性についても確認する事ができた。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)河村政昭提出の論文は「弱電離プラズマ流と磁場印加型鈍頭物体との干渉効果に関する実験的研究」と題し、本文9章及び付録4項から成っている。

大気中を高速飛行する飛翔体周りに生じる極超音速流れは高温であり、弱電離した状態になっているが、そのような流れに曝される飛翔体の空力加熱を防ぐことが機体設計において重要な課題となっている。従来は、機体に耐熱構造を持たせることにより、機体を防御する手法を取っているが、これとは異なる方法として、電磁力を利用して、弱電離した流れを制御し、その結果として空力加熱を制御する方法(磁気シールド効果)が従来から提案されている。この方法では、飛翔体周りに発生させる磁場との干渉効果により発生するローレンツ力が弱電離プラズマ流れに作用し、衝撃層を拡大させることになる。本研究は、このような磁気シールド効果について基礎的な知見を実験的に得ることを目的としている。

第1章は序論であり、大気中を高速に飛行する飛翔体周りに生じるような弱電離プラズマ流と磁場印加型鈍頭物体との干渉効果について、その原理や研究の経緯を述べている。

第2章では、本実験において用いられたアーク風洞設備と気流条件について述べている。

第3章では、気流の並進温度の計測方法を述べている。並進温度の計測は、淀み点付近の衝撃層の様子を明らかにするために用いられる。計測は吸収分光法に基づいており、磁場の影響を考慮した並進温度の同定法の概要を述べている。

第4章では、模型に働く抗力の測定法について述べている。さらに、流れに作用するローレンツ力の反作用として磁場発生源に働く力の測定法についても述べている。本研究では、磁場発生源として、従来とは異なり、球形のネオジウム磁石を用いる。上述の反作用の測定は、このような工夫により初めて可能となったものである。本実験では、球形の磁石の向きを模型の中で変化させることにより、模型周りにさまざまな磁場配位を発生させ、その効果も計測する。

第5章では、模型表面に入射する空力加熱量分布の計測法について述べている。計測は赤外線サーモカメラによる模型表面温度履歴の計測結果に基づいている。

第6章では、基本的磁場配位(磁極が鈍頭体の淀み点に位置する)における印加磁場効果について述べており、干渉の結果として、衝撃層拡大の効果、表面加熱率への影響、ローレンツ力の反力による抗力の増大効果が示されている。また、ローレンツ力の反力の直接測定により、流れへのローレンツ力の作用を確認している。

第7章では、模型表面の導電性の影響について述べている。実験に用いられた気流ではホール係数が大きく、その結果、模型表面の導電性により磁気シールド効果が影響を受けることを、衝撃層及び抗力の測定結果により明らかにした。

第8章では、模型周りの磁場配位をさまざまに変化させ、磁気シールド効果に対する影響について述べている。その影響は、模型に流入する熱流束分布のみならず、抗力の計測結果を通して明らかにされている。

第9章は結論である。弱電離プラズマ流と磁場印加型鈍頭体との干渉効果を、衝撃層の構造、模型表面への熱流束分布、模型に働く抗力、ローレンツ力の反力等、様々な物理量の計測により多角的に捉えたこと、さらに、そのような干渉効果に対する、基本的な磁場配位を含む、様々な磁場配位の影響も明らかにしたことが結論されている。

以上要するに、本論文は弱電離プラズマ流と磁場印加型鈍頭体との干渉効果を多角的に明らかにした点で、宇宙工学に貢献するところが大きいと認められる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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