学位論文要旨



No 126801
著者(漢字) 白澤,洋次
著者(英字)
著者(カナ) シラサワ,ヨウジ
標題(和) 大型宇宙膜面構造物における,多粒子モデルを用いた運動解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 126801
報告番号 甲26801
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7442号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川口,淳一郎
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 小松,敬治
 東京工業大学 准教授 古谷,寛
 東京大学 准教授 松永,三郎
内容要旨 要旨を表示する

太陽光圧を推進力とするソーラーセイルをはじめとして,大型アンテナの反射面,太陽発電衛星などの大型宇宙構造物において,膜面の利用が注目を集めており.特に,軽量で小さく収納して打ち上げることが可能な特徴から,展開型の宇宙構造物への利用が構想されている.このような大型膜面の展開方法の一つとして,遠心力を用いたスピン展開方法が提案されている.この方法は,支柱などを用いずに軽量でシステムを構築でき,膜面の大型化にも対応できるという利点があるが,その展開運動の予測が難しいという課題がある.膜面はわずかな力でも変形を起こすため,重力や空気抵抗の影響を受けない宇宙空間での遠心力が支配的な運動を,地上実験で模擬することは非常に困難である.このため,数値解析による予測技術の確立が重要な課題となっている.

膜構造の運動を解析する手法としては,有限要素法(FEM)モデルを用いた方法が提案されている.しかしこの方法は,数値解析モデルの構築が容易でなく,特に動的な運動解析においては計算負荷も高いために,パラメトリックな解析に適しておらず実用的ではない.これに対し,膜面をバネ・質点系モデルで近似する多粒子モデルを用いた解析が提案されている.このモデルは,有限要素法モデルを用いた解析に比して計算負荷が低く,また容易に運動方程式が記述できるため数値解析モデルの構築,変更が容易であるという利点がある.一方で,張力モデルにおいて大きな近似を行っているため,解析対象によっては挙動予測精度が落ちると考えられ,その適用可能な範囲を規定することが課題となっている.

本論文では,多粒子モデルとFEM モデルの関係を理解してモデルを使い分けることが実際のミッションにおける展開挙動解析において重要となると考え,多粒子モデルによる予測手法の適用可能な範囲の検討を実施した.さらに,実証機IKAROSの軌道上データとの比較を行い,膜面の運動に関して理解を深め,事前解析において構築した多粒子モデルの改良および運動解析手法の提案を行った

実証機IKAROSでは,繰り出し速度を制御して十字状に膜面を展開する準静的一次展開と,膜面を十字状に支持するガイドを解放することにより膜面を四角形状に展開する動的二次展開からなる二段階の展開方法を採用している.本論文ではまず,この二段階の展開方法それぞれに対応して新たに多粒子モデルを構築した.このモデルを用いて,事前解析として展開挙動のシミュレーションを実施し,その結果をFEMモデルによる計算結果と比較した.この結果,展開挙動の予測は大域的に両者でよく一致することが明らかとなり,多粒子モデルによる予測の有効性を示した.さらに,FEM モデルを用いて,膜面の構造特性や質量特性の展開挙動への影響を調べる感度解析を実施した.感度解析では,一次展開においては膜面の曲げ剛性,二次展開においては,膜面の減衰係数・圧縮剛性・膜面間の質量アンバランス・膜面に搭載されているデバイスの曲げ剛性及び折り目剛性の展開挙動への影響を調べた.この結果,これらのうち二次展開において膜面の減衰係数,圧縮剛性,膜面間の質量アンバランスが展開挙動に大きく影響することが明らかになった.この結果より,多粒子モデルによる事前の解析においても,これらの感度の高いパラメータに対して網羅的な展開挙動の予測解析をすべきであるという結論を得た.これらの点に注意することで多粒子モデルによる解析も十分可能であるとして,実証機IKAROSの設計要求条件の設定や展開シーケンスの策定においては多粒子モデルによるパラメトリックな解析が実施されている.

以上の事前解析の後に打ち上げられた実証機IKAROSの軌道上での展開時のデータに対して,多粒子モデルによる解析結果との比較を実施した.まず一次展開において,展開時の探査機本体のスピンレート履歴は,多粒子モデルにおいて膜面の質量分布を適切に与えることで軌道上データとよく一致することが示された.またスピンレートの振動減衰については,新たに膜面の根元における振動角速度に比例する減衰モデルを加えることで軌道上データとよく一致させられることが示された.一方で探査機本体の面外振動周波数については複数の周波数ピークのうち一部は多粒子モデルの予測と異なることについても明らかとなった.

次に二次展開の軌道上データに対して比較を行なった.まず,探査機搭載のモニタカメラの画像と探査機本体の角速度データの履歴から,二次展開は段階的に展開が進んだものと考察し,それを基に修正を加えた多粒子モデルによるシミュレーションを実施した.この結果,スピンレート履歴,面外角速度の振動振幅について多粒子モデルと軌道上データで大域的な挙動がよく一致することを示した.また,軌道上データのスピンレート振動の急激な減衰履歴から,膜面には非常に大きな減衰が加わっていたことを明らかにし,展開後の減衰比は,現状の多粒子モデルによる解析結果では再現できないことも明らかにした.

以上の結果をまとめて,多粒子モデルにより予測できる項目と予測できない項目を整理し,探査機本体および膜面の運動をあらわす項目ごとに,改良された多粒子モデルによる展開挙動予測手法を提案した.特に,IKAROSの事前解析および軌道上データの解析を通し,膜面減衰が大きい状態での展開運動の解析を行なうことの重要性を明らかにした.大型膜面の遠心力展開に関する大域的な挙動については多くの項目において多粒子モデルによる予測が可能であり,この適用可能な範囲を考慮した上で多粒子モデルによる解析を積極的に用いることにより,実際のミッションにおける予備検討や,設計,運用計画を効率的に進めることが可能となる.

以上のように,本論文では実証機IKAROSの事前解析,軌道上データの解析,その結果を基にした数値解析モデルに対する考察を踏まえ,大型膜面の展開運動解析手法に対する提案を行った.この成果は次世代の大型膜面を用いた宇宙構造物における膜面展開方法の検討および膜面運動の解析に対して大きく貢献するものである.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)白澤洋次提出の論文は,「大型宇宙膜面構造物における,多粒子モデルを用いた運動解析に関する研究」と題されており,本文6章から構成されている.

膜面を用いた宇宙構造物は,その軽量で小さく収納して打ち上げることが可能な特徴から,特に展開型の大型宇宙構造物における利用が構想されている.このような大型膜面の展開方法の一つとして,桁構造を要せず軽量でシステムを構築できることから,スピン運動による遠心力を用いて展開する手法が提案されている.しかしながら,宇宙空間では,重力や空気抵抗の影響を受けず,遠心力が支配的であるがために,その展開運動の模擬は地上実験では困難であり,宇宙空間での飛行実験と,それを補完する数値解析による予測技術の確立が重要な課題となっている.

膜構造の動的な展開過程の解析においては,有限要素法(FEM)モデルでの解析は,膨大な計算負荷を要求し,パラメトリックな解析は困難で実用的とは言えなかった.本論文は,この課題に対して,膜面をバネ・質点系モデルで近似する多粒子モデルを用い,その改良と運動解析手法としての確立,予測手法の限界の検討に取り組んだ.論文では,まず有限要素法(FEM)での結果と比較することによって,提案された多粒子モデルのもつ予測手法としての限界を明らかにしつつ,同モデルが動的な展開運動を大域的によく模擬できることが述べられている.さらに,実際に宇宙空間での膜面展開に成功した小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」を対象として,独自の多粒子モデルを構築・適用し,その結果を宇宙空間で得られた実験データと比較して,さらなる多粒子モデルの改良を行い,それを用いた新たな展開挙動の予測手法の提案を行っている.

第1章は,序論であり,ソーラーセイルを代表とする大型膜面宇宙構造物における技術的課題を概観している.特にその大型膜面の遠心力展開運動を模擬することの困難さについて説明しており,設計段階における数値解析による予測手法の重要性について述べている.さらに,FEMモデルを用いた解析に対して,近似精度は低いが計算負荷が低くモデル構築が容易で,パラメトリックな予測解析を多用できる,多粒子モデルによる解析手法を確立することの意義および目的を述べている.

第2章では,本研究で解析対象とする,実証機IKAROSにおいて採用された膜面構成および準静的な一次展開と動的な二次展開からなる二段階の膜面展開方法について解説し,展開挙動において評価するべき事項を規定している.さらに,この展開方法における膜面挙動の特徴を,簡易な数値解析によって予備的に考察している.論文は,続いて,これをふまえた多粒子法によるモデル構築の方法,および展開挙動のシミュレーション方法を解説し,後続の記述への導入としている.

第3章では,数値計算手法間の結果の比較と評価を行っている.多粒子モデルを用いて行った展開挙動の事前予測の結果を,FEM モデルによって得た結果と比較し,その結果から,展開挙動の予測は,大域的に両者でよく一致することを示し,多粒子モデルによる予測の有効性を示している.論文は,その一方で,FEM モデルを用いた,膜面の減衰係数,圧縮剛性,質量アンバランス,膜面に搭載されているデバイスの曲げ剛性及び折り目剛性の展開挙動への影響を調べる感度解析を実施し,これらのうち膜面の減衰係数,圧縮剛性,質量アンバランスが展開挙動に大きく影響することを述べており,粒子モデルによる事前の解析においても,これらの感度の高いパラメータに対して網羅的な展開挙動の予測解析をすべきであるなど,適用上の留意点の抽出を行うことに成功している.

第4章では,飛翔実験結果に基づく膜面挙動の解析と,対応する数値計算結果の比較を行っている.すなわち,実証機IKAROSによって取得された宇宙空間での膜面展開時の,探査機本体で計測された角速度データについて述べ,多粒子モデルによるシミュレーション結果と比較し,その結果を考察している.論文では,膜面の挙動をよく再現し捉えるとともに,その中で,特に一次展開,二次展開においては,ともに事前予測に比して非常に大きな減衰が働いていることを明らかにし,その挙動を再現するために,多粒子モデルの改良・修正を試みている.この結果,一次展開の振動減衰については膜面の根元における振動角速度に比例する減衰を加えることで再現できることを明らかしている.

第5章では,飛翔で確認された,事前に想定していなかった挙動,および多粒子モデルによっては再現できなかった挙動について,それの要因を考察しており,多粒子モデルにより予測できる項目と予測できない項目を識別することに成功している.論文は,その結果に基づき,探査機本体および膜面の運動をあらわす項目ごとに,改良された多粒子モデルによる展開挙動予測手法を具体的に整理・提案している.

第6章は,結論であり,本論文で得られた成果を要約している.

以上まとめると,本論文では,大型膜面の展開挙動について,多粒子モデルによって予測できる範囲を,FEMモデルによる計算結果および軌道上データを基に考察し,提案された改良型の多粒子モデルによって,低い計算負荷のもとでありながら,大域的に動的な展開運動を模擬また評価できることを報告している.同時に,本論文は,多粒子モデルで数値的に予測できる挙動とそうでない挙動を具体的に掲げることができたことを述べている.これらの成果は,次世代の大型膜面を用いた宇宙構造物における,膜面の展開方法や設計,開発において重要な指針となるものであり,航空宇宙工学に貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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