学位論文要旨



No 126803
著者(漢字) 福正,博之
著者(英字)
著者(カナ) フクショウ,ヒロユキ
標題(和) 単・二関節筋同時駆動ロボットの四肢の運動制御
標題(洋)
報告番号 126803
報告番号 甲26803
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7444号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 古関,隆章
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 久保田,孝
 東京大学 准教授 馬場,旬平
 東京大学 准教授 藤本,博志
 東京大学 准教授 橋本,秀紀
内容要旨 要旨を表示する

今日、人間を直接手助けするためや人間が立ち入れない環境下で代わりとなって働くための介護・アシストロボット等の研究が行われている。本論文は、産業応用分野と異なり、人間の生活環境のようにある程度広い環境適応性を持つロボットの四肢を対象とし、ヒトの持つ筋骨格構造と出力特性を生かした運動制御の理論と簡単かつ柔軟な制御手法の提案およびそれら工学的検証に関して論ずる。四肢の二次元平面運動は、上肢における物を押したり持ち上げる動きに相当し、下肢における直立・着地・二足歩行などの基本となる。ロボットがスムーズな二足歩行を実現することは、階段などの段差が存在する環境下に直接適応出来る点で有用であり、ヒトの筋骨格構造に学びロボットの腕や脚の制御が簡単化されれば、直接的にヒトの手助けが実現する点で有用性がある。

本論文では、医学者や理学療法士らが注目する生物の筋骨格構造の中で、生体に特有の二関節筋と呼ばれる筋肉の役割と一関節筋と呼ばれる筋肉との協調性に着目する。生体に特有の二関節同時駆動とは、二関節筋と呼ばれる二つの関節にまたがった筋肉が、収縮時に両関節を同時に同じ力で回転させる駆動系を意味する。従来のロボットは各関節に一関節駆動を装備し、各関節を独自に制御することで多関節マニピュレータの運動を実現してきた。それぞれの関節を独自に駆動するマニピュレータの運動制御手法はロボット工学によって確立されているが、生体には二関節筋が存在することは事実であり、一関節筋と二関節筋の協調活動が行われていることが筋電図測定より明らかになっている。

最初に、3 対6 筋モデルと呼ばれるヒトの上肢と下肢に備わる筋骨格構造の特徴を利用した2 リンクアーム・レッグのモデル化を導出した。次に、静止状態におけるヒトの構造的特徴と一関節・二関節同時駆動の協調性を生かした、先端での力と関節トルクの関係を理論的に検証した。ヒトが頻繁に行う基本動作である支点と先端を結んだ方向への力の発生に着目し、ヒトの構造的特徴として二つのリンクの長さと関節の回転半径がそれぞれ等しいという条件の下で、一関節・二関節同時駆動の協調性を考慮したアクチュエータ出力と先端力の関係を定式化した。この条件下では、アクチュエータの制御が特異的に簡略化出来ることを理論的に導いた。この特徴的な条件は、先行研究のヒトの先端力と筋電位の同時測定の結果と一致し、ヒトが一関節筋と二関節筋の協調活動によって合理的な先端力制御を行っていることが分かった。そして、二関節筋を持つヒトは、支点と先端を結んだ軸に対称な先端力分布を備えおり、筋電図測定で示された各筋肉の出力制御により先端力の方向を見通し良く制御している。これに習ったアクチュエータ出力の制御手法を提案した。

続いて、腕や脚の運動における質量や慣性および重力の影響を考慮した関節トルク制御の理論を導いた。前述と同じヒトの基本動作である曲げ伸ばし運動に着目し、各リンクの質量が等しいという仮定を置くことで、関節トルクの数学的記述が簡略化出来る。この伸縮運動時の関節トルク分布を計算し、一次関数と二次関数を主とした関数であることから、伸縮運動時の非線形性の補償は簡単であることを導いた。

さらに、生物の柔軟性を仮想的なバネ・ダンパで再現した電磁アクチュエータ制御を利用し、支点と先端を結んだ軸に仮想的なバネ・ダンパを備え、粘弾性をソフトウェアで簡単に調整出来る制御の考え方を提案した。この基本的な伸縮運動が、以上の先端力制御と前項のトルク補償の重ね合わせで実現することを利用し、伸縮運動のヒトに学んだ簡略化手法を提案した。

また、ヒトの歩行についてのモデル化を行い、立脚時に地面を踏む力の方向が支点と先端を結んだ方向を基準に微少変化していることに着目して、提案した伸縮動作を応用した歩行動作を制御する方法を提案した。

そして、提案した伸縮運動制御を実験機に実装し、性能と問題点の評価を通じてその有効性を検証した。

本論文は、ヒトの構造的特徴と運動の特性の何が具体的に優れているのかという視点でヒトの特徴を抽出し、運動を工学的に解析した。その結果、ヒトの持つ二関節筋の役割とリンク長が等しいなどの構造的特徴が、基本動作の簡単な実現に役立っていることが明確化され、ロボットの運動制御の簡単化に役立つことを示した。そして、その制御の具体的実装と実験的検証を試験機を用いて行った。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「単・二関節筋同時駆動ロボットの四肢の運動制御」と題し、従来医工連携の中で関連研究者が熱心に主張してきた、多くの生物がもつ二関節筋の存在が腕・脚の運動制御にもたらす利点について、工学者の視点から批判的に吟味した。そして、その知見を具体的にロボットの運動制御に利用するための原理を、理論・実験の両面から研究したもので、8章からなる。

第1章は序論として、先行研究を紹介しつつ生物の筋骨格構造と、人工物としての既存のロボット駆動系との相違を説明し、生物に学ぶ運動制御に工学的有用性を見出す研究目的と基本的考え方をまとめている。

第2章では、研究背景として、二関節筋と筋骨格構造を備える生物の構造と、人工物である一般的ロボットの制御の相違を具体的に解析し、生物が腕・脚の先端力を発生させる方法を概観している。

第3章では、静的な先端力発生を集中的に扱い、二関節筋と一関節筋が協調的に駆動することで制御が簡単化される利点が、ヒトなどが進化の結果獲得した形質である、腕・脚の2つのリンクの慣性および回転半径がほぼ等しいという特徴と、頻繁に用いられる腕・脚をまっすぐに伸縮するという運動の中で、特徴的に発揮されることを示している。

第4章では、腕・脚の伸縮運動の動特性を理論的に解析し、一般的には慣性や重力の影響が非線形性を持ち数学的に複雑な記述となる一方、上記の特徴的条件の下で、運動が1つの関節角のみの関数で表現され、顕著に簡略化されることを明確にした。したがって、これらは、動的運動制御器にあらかじめ適切なデータベースあるいは関数を準備することで、容易に補償できる。

第5章では、筋の粘弾性に対応する関節の剛性、ダンパ要素を関節モータの制御系で擬似的に再現する方法論をまとめている。

第6章では、これまでの章で提案してきた方法論を実験を通じて実証・評価する作業を説明し、その実験方法と測定結果の考察を述べている。

第7章では、ここまでに提案した伸縮運動制御の脚への1つの重要な応用として、二足歩行の運動制御の中で、提案制御の考え方をどのように生かすべきかを論じている。

そして、第8章では結論としての総括と今後の課題を具体的に記述している。

以上要するに、本論文は、生物がもつ二関節筋の存在が腕・脚の運動制御にもたらす利点を工学的応用の観点から考察し、二関節筋の存在のみならず、ヒトに近い哺乳類が進化の結果獲得してきた構造上の特徴と、日常多用する伸縮運動に着目した解析の重要性を示し、腕・脚の伸縮における先端力の発生や、動的挙動における慣性・重力の補償則が、顕著に簡略化されることを数理的に明確にするとともに、2リンクのロボットを用いて、その有効性を明らかにし,かつ,実装上の問題点をまとめたもので、電気工学、制御工学への貢献が少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/44130