学位論文要旨



No 126804
著者(漢字) 鬼塚,隆祐
著者(英字)
著者(カナ) オニツカ,リュウスケ
標題(和) III-V族化合物半導体太陽電池の高速・高原料効率・高品質結晶成長に向けた有機金属気相成長のプロセス解析
標題(洋)
報告番号 126804
報告番号 甲26804
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7445号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 杉山,正和
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 准教授 岡田,至崇
 東京大学 准教授 岩本,敏
 東京大学 教授 霜垣,幸浩
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、化合物半導体結晶成長の手法である有機金属気相成長法(Metal-organic Vapor Phase Epitaxy: MOVPE)の太陽電池構造結晶成長への応用および反応炉内での流体力学・化学反応シミュレーションに関するものであり、化合物半導体太陽電池の性能・生産性向上に資するものである。本研究は、結晶品質がデバイス特性に大きく影響する太陽電池に着目し、その電気特性および結晶特性と結晶成長条件との関係を明らかにし(第3章)、反応炉形状による炉内分布特性の差異による反応炉大型化に対する問題を指摘し(第4章)、特にInGaAsP系MOVPEに着目し、既存の反応炉シミュレーションを改善して精度の向上をはかり、さらに結晶に取り込まれる不純物濃度を予測する(第5章)、本論文のまとめとして成長条件と生産コストの観点から最良の成長条件を提案する(第6章)から構成される。

第1章では、MOVPEの原理および応用の観点から、本論文に関わる研究状況を述べる。化合物半導体太陽電池の進展や問題点について調査し、本論文において解決すべき問題が何か、どのような解決方法をとるかを示した。

第2章では、本研究で用いた装置の構造・原理について述べる。

第3章では、光デバイスのうち特に不純物や結晶欠陥の影響が大きいと思われる太陽電池に着目し、高速・高原料効率・高結晶品質な結晶成長方法をめざし、様々な成長条件での結晶品質や太陽電池特性の比較を行った。まず、V族・III族原料供給量比(V/III比)を変化させ、結晶成長中のin-situ表面異方性解析(Reflectance anisotropy spectroscopy, RAS)、結晶成長後の表面の顕微鏡像、AFM(Atomic force microscope)像から、結晶成長可能な成長条件の探索を行った。次に、標準条件に比べてV/III比が低い、結晶成長としては厳しい条件を用いて実際に太陽電池構造の作製を行った。光の吸収層が薄い場合には性能の劣化が発生しないが、吸収層が厚い場合には性能の劣化が発生し、高速成長によってキャリア寿命が短くなっていることを示した。この吸収層について、ホール効果測定およびSIMS(Secondary Ion-microprobe Mass Spectrometer:二次イオン質量分析)を行って、結晶中の不純物濃度および成長条件(成長速度)の関係を示した。

また、装置・原料ガス・ウェハ・電気などのコストおよび太陽電池特性を勘案し、低コスト・高品質・高原料効率・高生産量を満たす成長条件について議論を行う。

第4章では、MOVPE反応炉大型化による化合物半導体結晶生産のスループット向上により発生する問題点について調べるために、MOVPE反応炉の形状のうち、特に水平型枚葉式反応炉とプラネタリ型反応炉のそれぞれについて、GaAs結晶成長における膜厚・意図せずドープされる不純物・意図的にドープした不純物などの炉内分布について調査を行った。また、より一般的に光電子デバイス作製のために、InGaAsPの結晶成長について、膜厚・組成・PL(Photo Luminescense)強度について反応炉内での分布を調べ、プラネタリ型リアクタでは形状に起因する炉内流速の分布が結晶品質に影響し、流速の遅い部分で結晶品質が劣化することを示した。

第5章では、既存のInGaAsP系MOVPE反応炉モデルの改良についての研究を述べる。InGaAsP系MOVPEでは、結晶に取り込まれるIII族物質は気相および表面での拡散に律速されるため、結晶内への取込はその原料供給量に依存し、2種類のIII族が存在する場合には固相組成は原料供給比によって決まるため、予測は容易であった。一方、V族物質は結晶表面において吸着・脱離の反応を繰り返すため、表面での化学反応速度に関する調査が必要であり、原料供給比から固相組成を予測するのは容易ではなかった。本論文では、表面異方性解析を用いて、V族原料物質の供給有無による表面再構成形状の時間的変化を調査し、その速度定数から活性化エネルギーを求め、さらにサセプタ表面での分解反応を考慮することにより、シミュレーションの精度が向上したことを示す。また、異なる形状の反応炉にシミュレーションが適用可能かを調査する。

最後に第6章では、本論文のまとめを行い、果たした役割と今後の展望を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は," III-V族化合物半導体太陽電池の高速・高原料効率・高品質結晶成長に向けた有機金属気相成長のプロセス解析"と題し,超高効率太陽電池製造の基礎であるInGaAsP系化合物半導体の有機金属気相成長(MOVPE)について,成長の高速化・V族原料供給量の抑制による高原料利用効率化,大面積リアクタ内の結晶成長特性均一化を通して太陽電池製造にかかるスループットの向上,コストおよび環境負荷の低減を目指すための実験的・理論的な検討結果をまとめたものであり,6章から構成される.

第1章は序論であり,III-V族化合物半導体を用いた超高効率太陽電池普及への展望と,そのためにMOVPEプロセスに求められる高スループット化,原料利用効率向上の要請について述べている.

第2章では,MOVPEの手法と成長した結晶の評価法,太陽電池の作製・評価法を述べている.

第3章は,太陽電池用のIII-V化合物半導体結晶のMOVPEにおける,高スループット化,原料利用効率向上のケーススタディーである.もっとも単純な系としてGaAs単接合セルを対象とし,GaAsのMOVPEにおいて成長速度を向上させつつ過剰に供給されるAs原料の浪費をどこまで抑えられるかを,in situ表面観察とGaAs結晶層の不純物濃度測定,さらにGaAs単接合セルの光電変換特性から考察した.その結果,成長速度を上げてAs原料とGa原料の分圧比(V/III比)を下げると炭素不純物が増加するが,適切なドーピングプロファイル設計により空乏層厚さを確保すれば光電変換特性の劣化が防げることを示した.

第4章では,MOVPE装置大型化に付随する課題を,成長速度および不純物濃度の装置内分布の実験観察を通して論じている.小型枚葉式リアクタと多数のウエハが原料導入口を中心に衛星状に回転するプラネタリリアクタの特性の相違を検討した結果,プラネタリ型の方が直線的な成長速度分布が得られるためウエハ回転による成長速度の均一化が容易である一方,装置の周辺部でガスの滞留時間増加による気相寄生反応に起因すると思われる膜質の悪化が顕著にみられることを見出した.また,成長速度分布に随伴して不純物濃度の分布が形成されることも併せて見出した.

第5章は,前章で観察された装置内の製膜特性分布を理論的に解析し,大型装置の最適設計を効率的に行うための数値流体力学シミュレーションについて述べている.InGaAsP結晶層のAs/P組成分布をより正確に予測するために既往の反応モデルを見直した.すなわち,in situ表面反射率異方性観察により成長中の結晶表面からのAs, P脱離の速度定数を結晶組成に対する依存性とともに再検討し,流れ方向のInGaAsPのAs/P組成分布の予測精度向上に成功した.

第6章は結論であって,本研究で得られた成果を総括するとともに将来展望について述べている.

以上のように,本論文は,超高効率III-V化合物半導体太陽電池の普及に際して不可欠となるMOVPEプロセスの高スループット・高原料利用効率・低環境負荷化に関し,in situ表面観察と結晶中の不純物量・太陽電池特性の評価を一貫して行うことにより基本的なメカニズムを明らかにするとともに,装置大型化に対する指針へと議論を展開したものであり,今後のIII-V化合物半導体太陽電池用MOVPEプロセス開発に関する方向性を得た点で電子工学に貢献するところが少なくない.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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