学位論文要旨



No 126808
著者(漢字) 梶原,康嗣
著者(英字)
著者(カナ) カジワラ,コウジ
標題(和) 光波コヒーレンス関数の合成法による分布型長尺FBGセンサの多点化技術
標題(洋)
報告番号 126808
報告番号 甲26808
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7449号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 特任教授 何,祖源
 東京大学 教授 山下,真司
内容要旨 要旨を表示する

本研究は光エレクトロニクスの応用技術の一つである「光ファイバセンサ」に関する研究である.これまで多種多様な光ファイバセンサが提案・研究されてきているが,本研究ではFBGと呼ばれる,特定の波長のみを反射する光ファイバをセンシングヘッドとして利用したシステムの研究を行う.FBGの反射波長はブラッグ波長と呼ばれ,FBGに印加された歪や温度変化に対して線形に変化することから,ブラッグ波長の測定により,これらの物理量を測定するセンサとして利用することができる.

一般的にFBGは全長数mm程度のものを点型のセンサとして利用し,1本の光ファイバ中に複数配置した多点型・準分布型のセンサとして利用される.この場合,FBGが配置されていない部分に印加された摂動は検知することができず,死角領域となってしまう.飛行機,橋,ビルといった建築物,構造物内部の破損しやすい部位には有限の幅があり,安全な構造物診断のためには,この領域の連続分布的にセンシングなセンシングが要求され,本研究では長尺FBGによりこれを実現する.従来の多点型センサでは,各FBGの反射スペクトラムを測定していたのに対し,長尺FBGでは,内部の局所的な区間の反射スペクトラムを測定する必要がある.本研究ではこれを,光波コヒーレンス関数の合成法(SOCF)と呼ばれる位置分解技術により測定している.

SOCFは干渉計を利用し,参照光とFBGからの反射光である信号光の間の干渉特性を制御する技術である.光源であるレーザの光周波数を変調することで,デルタ関数形状の光波コヒーレンス関数(干渉のコヒーレンス度と光路差の関係)を合成することができる.このデルタ関数のピークは,コヒーレンスピークとよばれ,この地点から反射された光のみが参照光と干渉するため,光検出部における干渉信号を測定することで,ピークからの反射光を選択的に測定することができる.コヒーレンスピークの位置は光源の変調周波数により容易に制御することができ,さらに光源の中心光周波数をブラッグ波長の周囲で掃引することで測定位置の局所的な反射スペクトラムを取得することができるため,コヒーレンスピークを長尺FBG全体にわたって掃引することで,ブラッグ波長分布を測定することができる.SOCFにより光波コヒーレンス関数を合成する際にはアポダイゼーションによりコヒーレンスピークの周りに生じるサイドローブを抑制しており,アポダイゼーション手法の最適化なども本研究の対象となる.

また本センシングシステムの理論的な検証に利用するシミュレーション手法も構築されており,光源の光周波数変調から合成される光パワースペクトラムを計算し,T-matrix法により計算された長尺FBGの反射スペクトラムとフーリエ変換によって,分布測定結果をシミュレーションすることができる.

本研究では長尺FBGによる比較的短い区間における連続分布型のセンサを任意の地点に配置し,多点化することにより,構造物内部の破損しやすい部位の重点的な診断が可能なセンシングシステムの構築を主目的としている.本論文では,長尺FBG内の分布測定の原理について概説した後,これまで提案されている長尺FBGセンサの高性能化に関する研究について述べる.そして長尺FBGセンサを多点化し各長尺FBG内の分布測定を行う.また,多点化に際して必要となる課題について述べ,課題解決のための要素技術の提案および検証結果等について議論する.

まず,本センシングシステムの測定精度に関する評価を行う.提案するセンシングシステムにおいては,センサとなるFBGの反射率が測定の精度に大きく影響するものと考えられる.ここでは,センサとなる長尺FBGの反射率と測定精度の関係を明らかにする.これは反射率が高すぎる場合,長尺FBG後方に到達する光のパワーが大幅に減衰してしまうため,正しく局所反射スペクトラムを測定できなくなってしまうことが予想されるためであり,逆に,反射率が低すぎると,測定のSN比が低下することが予想されるためである.本研究ではこれらの関係についてシミュレーション等による評価を行う.

次に,本センシングシステムの性能向上に関する内容について述べる.はじめに測定速度に関する内容について記述する.SOCFでは光源の変調周波数により測定位置を選択し,中心周波数の掃引により局所的な反射スペクトラムを測定している.そのため,干渉信号がそのまま局所スペクトラム形状を反映しているおり,高速かつランダムアクセス可能な測定を実現することができるという利点がある.高速測定の実証実験では,長尺FBG内を位置分解しながら1点当たり1kHzのサンプリングレートで高速測定し,部分的に与えられた振動の測定に成功している.また長尺FBG全体のリアルタイム測定のためには,1chの変調信号によるアポダイゼーションが必要とされるが,移送回路や増幅器の導入によりこれを実現している.

また,本システムの空間分解能向上に関する研究を行う.SOCFを利用した分布測定においては,空間分解能が光源の変調振幅に反比例しているため,レーザにかけられる最大変調振幅により空間分解能が制限されてしまう.本システムで利用しているDFB-LDでは最大変調振幅が10GHz程度であり,これに相当する空間分解能は10mm程度である.ここでは,同じDFB-LDにより空間分解能を向上させる手法として,外部光位相変調を導入する.光源からの出射光の光パワースペクトラム帯域を外部位相変調により拡大し,空間分解能の向上を実現する.この提案手法により合成される光波コヒーレンス関数は,従来の周波数変調により合成される光波コヒーレンス関数と,光位相変調のみにより合成される関数の積の形状で表されることがわかっており,空間分解能は従来手法の10mmから4mm程度にまで向上されている.長尺FBGセンサに適用した際には,これまで検出不可能であった5mmの局所的なブラッグ波長シフトの検出に成功している.

次に,本研究の主目的である,「任意地点における分布型センシング」のための,長尺FBGセンサの多点化に関する研究を行う.高速測定時においては,光源の中心周波数高速掃引に伴い,ヘテロダインビート周波数がFBGの位置に応じてシフトしてしまうことがわかっている.これは信号光と参照光の間の遅延によりPDにおける両者の中心周波数が異なるためであり,本システムではこれをAOMにおける周波数シフト量を変化させることで補正し,多点化を実現している.実験では3本の長尺FBGによる多点センシングを行い,各FBG内部の分布測定を行っており,各FBGに与えられたブラッグ波長シフトを正しく測定している.また,シミュレーションにより最適なFBG反射率を求め,5%以下により十分な精度が得られることを確認している.

さらに,多点化の際には測定レンジが重要な指標となる.従来SOCFを利用した分布測定では周期的に合成されるコヒーレンスピークの間隔で測定範囲が制限されていた.しかし,本システムでは反射スペクトラム測定のために,光源の中心周波数を高速掃引していることから,上記で述べたように,位置ごとにヘテロダイン検波のビート信号が異っている.これを利用することで,複数のコヒーレンスピークをビート信号の周波数領域で分離することが可能となる.実験では実際に長尺FBGを1次ピーク,2次ピーク付近に配置した状態で,分離測定を行い,-30dB程度分離されていることを確認している.また,シミュレーションにより,他のコヒーレンスピークのクロストークや雑音要因に関する考察も行う.

多点化により測定レンジが長くなる場合,合成される光波コヒーレンス関数において,コヒーレンスピーク以外のサイドローブによる雑音の影響が大きくなってくるため,サイドローブやダイナミックレンジに関する議論も非常に重要になってくる.既に述べたように,本センシングシステムでは,SOCFにおいてコヒーレンスピーク周辺のサイドローブを抑制するために,アポダイゼーションをかけている.しかし,コヒーレンスピーク周辺のサイドローブの抑制量が大きくなるほど,コヒーレンスピーク間におけるサイドローブが上昇し,高いノイズフロアが形成されるため,ダイナミックレンジやS/N比を劣化させるというトレードオフの問題があった.そこで,本研究では光強度変調をによるアポダイゼーションにおいて,従来の変調波形の半分を切り捨てた波形による変調手法を提案する.これにより従来と同様にコヒーレンスピーク周辺のサイドローブを抑制しつつ,中間領域のノイズフロアも抑制しており,従来に比べて10dB以上ダイナミックレンジを向上している.実験ではシミュレーションにより得られたダイナミックレンジを実現することはできないが,これは強度変調器の消光比や変調波形オフセットの厳密な調整が要求されるためであり,これらのずれとノイズレベルの関係に関する考察も行う.

最後に,光源のコヒーレンス長(可干渉長)外における分布測定について議論する.本センシングシステムの応用を考えた場合,構造物の診断区間長は数百メートルオーダであると考えられる.SOCFはコヒーレンス長内を対象とした技術であるが,既にコヒーレンス長外においても有効な位置分解技術であることが確認されており,本研究の長尺FBGセンサについても同様にコヒーレンス長外における有効性を確認する.また,これまで提案してきた手法についてもコヒーレンス長外において有効であるかを確認する.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「光波コヒーレンス関数の合成法による分布型長尺FBGセンサの多点化技術」と題し、8章よりなる。光波の干渉特性を光源の光周波数変調により制御する「光波コヒーレンス関数の合成法(SOCF)」を分布測定原理とし、長尺光ファイバブラッググレーティング (FBG) 内のブラッグ波長分布測定技術およびその多点化技術についての独自手法を提案・実証した論文である。

第1章「序論」では、まず本研究で提案する多点型の長尺FBGセンサを、従来の分布型センサと多点型センサのいわば中間的存在として位置付ける。測定対象となる構造物内部における接合部や素材の境界部分など、負荷のかかりやすい部位を重点的に分布測定するためのセンシングシステムの実現が目的であり、測定部位の有限長区間を連続的に分布測定する長尺FBGセンサを、任意の地点に多点配置するための複数の技術の提案と検証を行う。

第2章「光波コヒーレンス関数合成法による長尺FBG分布型センサ」においては、まず筆者がこれまで修士課程の研究テーマとして取り組んできたSOCFによる長尺FBG内ブラッグ波長分布測定手法の原理と、シミュレーションおよび実験結果が説明されている。本測定システムでは、信号光である長尺FBGからの反射光と参照光の干渉をヘテロダイン検波により観測し、SOCFにより測定位置を掃引し、光源の中心光周波数掃引により長尺FBG内部の反射スペクトラム形状を測定している。つづいて、本研究で対象とする具体的研究課題を述べている。まず第一に、1つの分布型長尺FBGセンサの性能に関する研究として、低反射率FBGの導入による測定精度およびSNRの評価、高速分布測定およびリアルタイム分布測定の実現、空間分解能の向上が実施される。つづいて、長尺FBGセンサの多点化技術を提案して、多点化された長尺FBGセンサ内の分布測定を実施し、測定レンジの拡大が図られる。さらに、多点化システムでのダイナミックレンジの向上、光源レーザのコヒーレンス長を超えた領域における分布測定が検討される。

第3章「長尺FBGセンサの分布測定精度評価」では、長尺FBGの反射率と分布測定精度の関係、ならびに反射率と分布測定のSNRの関係が評価される。反射率を低下させることにより長尺FBGの後方部分へ到達する信号光のパワーが高くなり、正確な分布測定が実現できる。一方、反射率が低下すると受光器で検出される信号光強度が低下するが、SNRの計算により全長100mmで反射率1%に相当する弱いグレーティングであっても、30 dB以上のSNRが得られることを確認している。

第4章「分布型長尺FBGセンシングシステムの高性能化」では、センシングシステムの性能向上として、測定速度の高速化と空間分解能の向上に関する研究が展開される。高速測定の実証実験として、長尺FBGに印加された振動を測定し、kHzオーダのサンプリングレートを実現した。その際、反射スペクトラム測定のための高速な光源中心光周波数掃引に伴うビート周波数シフトを補償する手法を導入した。さらに、アポダイゼーションのための光強度変調法を工夫して、長尺FBG全長にわたるリアルタイム分布測定も実現した。また、光源レーザからの出射光に外部位相変調をかけ、光パワースペクトラムの帯域を広げることで、これまでの空間分解能10mmを、4mmにまで高めることに成功した。

第5章「分布型長尺FBGセンサの多点化技術の提案と性能評価」では、長尺FBGの多点化手法を提案している。はじめに、シミュレーションにより利用する長尺FBGの反射率を見積もった。次に、検証実験として3本の長尺FBGを多点化し、各FBG内部のブラッグ波長分布の測定に成功した。その際、高速測定によるFBGごとのビート周波数シフトを光周波数シフタの駆動周波数を制御することにより補償した。また、SOCFで周期的に合成されるコヒーレンスピーク間隔により制限される測定レンジを拡大する手法として、測定位置ごとにビート周波数が変化することを活用した手法を提案・実証した。

第6章「分布型長尺FBGセンサの多点化システムにおけるクロストークの低減」では、ダイナミックレンジの拡大として、新たなアポダイゼーション手法を提案した。従来のアポダイゼーション手法では、コヒーレンスピーク周辺のサイドローブ抑制効果はあるものの、周期的コヒーレンスピークの中間の領域においてサイドローブが高くなるという問題があった。本研究では、光強度変調に基づいたアポダイゼーション手法において、従来の変調波形と異なる半波形状波形を用いた新たな光強度変調によるアポダイゼーション手法を提案し、従来の-7 dBのノイズフロアを-20 dBにまで低減させることに成功した。

第7章「分布型長尺FBGセンサの多点化システムにおけるコヒーレンス長外への測定レンジの延伸」では、より広範囲な測定レンジを考える際に問題となる、光源レーザのコヒーレンス長を超えた領域について研究した。コヒーレンス長を超えた領域における長尺FBG内分布測定をはじめ、第6章までに議論したSNRの評価、コヒーレンスピーク間の分離測定、ノイズフロア抑制のためのアポダイゼーション手法についても同様に検討している。光源レーザ光の位相雑音によりビート信号のパワースペクトラムが広がるものの、コヒーレンス長内と比較してSNRが大きく低下することはない。第5章で提案したコヒーレンスピーク間の分離測定については、高次ピーク周辺のクロストークが大きく、コヒーレンス長を超えた領域においては適用は不適切であることが示された。半波形状強度変調によるアポダイゼーション手法は、コヒーレンス長内と同様に有効である。

第8章は「結論」であり、本研究により、分布型長尺FBGセンサを多点化するために必要な基礎技術として得られた成果をまとめている。

以上のように、本論文では、分布型長尺FBGセンサを光ファイバに沿って多点配置するというセンサ構成を実現するために必要な技術課題を抽出し、これらを実現するための独自手法を提案して、シミュレーションにより機能評価を行うとともに実証実験も行うことにより、本センサ構成のための基礎技術を固めたものであって、電子工学、特に構造物ヘルスモニタリング技術の発展に大きく貢献するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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