学位論文要旨



No 126810
著者(漢字) 武田,敏信
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,トシノブ
標題(和) CF3Iガス絶縁特性の基礎研究
標題(洋)
報告番号 126810
報告番号 甲26810
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7451号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日,邦彦
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 准教授 古関,隆章
 東京大学 准教授 熊田,亜紀子
 東京大学 准教授 井,通暁
内容要旨 要旨を表示する

現在、主要な電力機器において、SF6ガスによる電気絶縁が多用され、高い品質の電力輸送、変換が高い信頼性で達成されている。しかし、SF6ガスは地球温暖化係数がCO2の23900倍もあることから、1997年12月に京都で開催された「第3回気候変更枠組み条約締約国際会議(COP3)」においてCO2 、CH4、N2O 等と共に温暖化ガスに指定され、将来その使用が大きく規制される可能性も示唆されている。

そのような情勢下で、SF6ガスを使用している電力機器(特にビルなどの地下に設置されるガス絶縁開閉装置やガス絶縁変圧器)からの漏洩防止に付いては電気事業者や個々の設備保有企業の努力により確実に対策が進められている。その結果、経済産業省産業構造審議会化学・バイオ部会地球温暖化防止対策小委員会の報告によると、1995年の基準年では1100 万t(CO2 換算値)に対して、2005年には70 万t(CO2 換算値)大幅な温室効果ガスの削減を実施し、大きな成果をあげている。

しかしながら、海外に目を転じると、国家的な産業基盤整備を推進する中国、インドなどにおいて急速なインフラ整備が進展中であり、SF6ガスを用いる電力機器についても急速に普及が進む状況にある。このような地域においても、SF6ガス漏洩防止の徹底が不可欠であるが、基本となる回収・除害設備の普及が不十分という課題が顕在化しつつある。今後、世界的に電力系統の拡充が進むことから、機器からの絶縁ガス漏洩防止や点検時のガス回収・除害作業の軽減は不可欠であり、更に進んで、可能であればSF6ガスに代わる温暖化係数の小さい絶縁性ガスの投入が長期的観点から望ましい。

こうした背景からSF6ガスにかわる代替ガスの模索が行われてきたが、いまだ決定的なものは提案されておらず、SF6ガスと窒素・二酸化炭素などの混合ガスが現実的な案と考えられている。中でもSF6-N2 混合ガスの火花電圧は混合比に対する相乗効果を持つことが知られており、工学的に重要であるばかりではなく、そのような混合ガスの放電進展メカニズムを追究することは物理的見地からも非常に興味深い。

このような背景からSF6代替ガスを見つけ出す必要があり、本研究へと繋がっている。過去30年に亘り、筆者らを含めて新しいガスの探索が行われてきたが、絶縁性能、消弧性能、環境保全性、毒性の有無、不可燃性、科学的安定性、液化特性、生産コストなどの面で総合的にSF6ガスに勝るガスは発見されておらず、今後開発するにしても非常に長い年月がかかることは避けられないと考えられてきた。しかし、近年申請者らを中心に、ハロン消火剤(オゾン層破壊物質として法的規制)の代替物質の一つであるCF3Iガス(ヨウ化トリフルオロメタン)に着目した。

CF3Iガスは地球温暖化係数が1と非常に低く、ある一定条件下であるがCF3Iガスの絶縁性能はSF6ガスより優れていることが示され、CF3Iガスを電気絶縁媒体に適用することが期待できる状況となった。CF3Iガスを実用機器に応用するに当たり解明しなければならない特性が多数存在しており、地球環境が問われる新世紀において、今まさに更なる研究が求められている。

本論文では、地球温暖化への寄与が大きいSF6ガスの代替ガスであるCF3Iガスを電力絶縁機器への適用可能性を検討した。測定の際には実用時の状況を想定し、以下の様な項目について測定を行った。

・通状の仕様状態である準平等電界下放電特性

・ 弱点となりうる不平等電界下放電特性、沿面放電特性、ガス混合による液化防止

・アクシデント発生時である副生成物発生時の放電特性

以下,章ごとに内容を箇条書きでまとめる。

1.CF3IガスのV -t 特性

・ギャップ長10mm、100mm 半球―平板電極という準平等電界においてはCF3Iガス中の最低スパークオーバ電圧は112kVと高い値を示している。

・CF3Iガスは電界に敏感なガスであり、針―平板電極のように電界不平等性が強い場合は絶縁性能の低下が著しい。

・負極性急峻方形波印加時は正極性急峻方形波の場合と異なり、3種類の不平等電界でのV -t 特性を比較すると針電極のV -t 特性がもっとも高く、また、針電極の正負極性のスパークオーバ電圧を比較すると長時間領域では、負極性のほうが正極性の約2倍のスパークオーバ電圧であることが分かった。

2.CF3IガスとSF6ガスの絶縁性能の比較

・電界不平等性の指標である電界利用率を用いてCF3IガスとSF6ガスの電界に対する絶縁性能を比較を行った。

・準平等電界においてはCF3IガスはSF6ガスより高い絶縁性能をもっていることが分かった。

・ 一方で、電界不平等性が強い針―平板電極ではその関係は逆転しCF3IガスはSF6ガスより低い絶縁性能になってしまう。

・CF3IガスとSF6ガスの実行電離係数と電界の関係が交差していることが原因の一つであると考えられる。

3.沿面放電特性

・沿面放電においてもCF3IガスはSF6ガスと同等以上の高い絶縁性能を持っていることが分かった。

・ しかし、背後電極がない場合では放電によって発生する副生成物である固体ヨウ素が誘電体スペーサ表面に付着し絶縁性能低下の原因となっている。

・100 回以上放電した後の沿面フラッシオーバ電圧は、上昇法によって測定された誘電体スペーサ表面が清浄な状態での沿面フラッシオーバ電圧の半分ほどの値になっている。

・ 背後電極ありの場合は背後電極なしの場合と異なり、誘電体スペーサ表面が清浄な状態でも絶縁性能はCO2と同等である。

・ 背後電極ありの場合は放電によって誘電体スペーサ表面に固体ヨウ素が付着しても絶縁性能が余り低下しない。

・ 高速度カメラを用いて沿面放電の様子の撮影を行い、背後電極の有無や、固体ヨウ素付着による影響で放電の形状が異なることが観測された。

4.CF3I 混合ガスの放電特性

・ CF3I 混合ガスとして主としてCF3I/CO2 混合ガスの放電特性の測定を行い、比較するために一部CF3I/N2 混合ガスの測定も行った。

・CF3I/CO2 混合ガスは測定を行った全ての条件でシナジズム特性を示した。

・CF3I 混合率が20~40%でCF3I/CO2 混合ガスを用いることによって、背後電極なしの場合では高い絶縁性能を保ち、背後電極ありの場合では低い絶縁性能を補うと共に、CF3Iの液化を防ぐことが可能である。

5.電界計算による考察

・沿面放電においては背後電極の有無が最大電界に大きく作用し、電界に敏感なCF3Iガスの沿面フラッシオーバ電圧に大きな影響を与える。

・ 背後電極ありの場合では沿面距離が一定以上になると背後電極の電界への影響が支配的になり、最大電界が沿面距離に左右されなくなる。

・高電圧印加電極付近に固体ヨウ素が付着することによって絶縁性能が低下することは、固体ヨウ素の導電性などではなく、電界への影響が大きいと考えられる。面積則によるV -t 特性の定量的評価

・ 面積パラメータFを用いてV -t 特性の定量的評価を行った。

・CF3Iガス、SF6ガス、CF3I/CO2 混合ガスの面積パラメータFは電圧によって2種類のパターンがあり、電圧が低い場合は電圧の2 次関数的に変化し、電圧が高い場合は電圧の1 次関数的に変化する。

6.放電による副生成物

・ 放電による副生成ガスとして、C2F6、C2F4、CHF3、C3F8、C3F6、C2F5Iの6種類が検出された。また、固体ヨウ素が副生成物として生成され、電極やスペーサ表面に付着していた。

・気体放電と沿面放電いずれにおいても、副生成ガスの生成量は放電回数と比例して増加し、また充電エネルギーではなく印加電圧に比例して増加していた。

・ 準平等電界ギャップの気体放電では、放電1300 回後のガスや電極表面が劣化した場合は、ガスや電極表面が清浄な場合に比べてスパークオーバ電圧の最低値が約11%低下する。

・沿面放電においては、スペーサ表面が清浄な場合はCF3IガスはSF6ガスと同等の絶縁性能を持つが、1 回でも沿面放電が起きてしまうとスペーサ表面に固体ヨウ素が付着し沿面フラッシオーバ電圧が半減する。

審査要旨 要旨を表示する

現在、絶縁ガスとして使用されているSF6ガスは地球温暖化に与える影響が大きく、地球温暖化係数はCO2の約23900倍となっている。そこでSF6に代わる、ないしはSF6ガスを削減できる絶縁方式の検討が期待されている。本論文は、SF6代替ガスとして,温暖化係数がCO2並みに小さいが絶縁性能がSF6ガスに匹敵するCF3Iガスについて、種々の電界条件での絶縁特性を明らかにし、また、放電副生物の絶縁特性への影響を明らかにすることにより、機器への適用可能性について検討を行ったもので、「CF3Iガス絶縁特性の基礎研究」と題し、全10章から構成されている。

第1章「序論」では、研究背景、過去の研究、研究目的について述べている。SF6ガスは今現在多くのガス絶縁機器で用いられているが、温暖化ガスであるSF6ガスに対する規制は進められており、フロンガスのように完全撤廃も視野に含んでいる。その状況で近年開発されたCF3IガスをSF6代替ガスとして用いることが考えられている。本研究ではnsオーダの短時間領域の測定を行うために立ち上がり時間16nsの急峻方形波を用いており、急峻方形波を用いた過去の研究を紹介している。本論文の目的はSF6代替ガスであるCF3Iガスのガス絶縁機器への適応可能性について検討することである。

第2章「実験装置」では、測定に用いた実験装置の構成を紹介している。急峻方形波発生装置である「SPURT」、各種形状の電極、交流電圧印加実験用タンク、放電進展現象観測用の高速度カメラ、副生成ガス測定用のGC/MSDなどを用いて、様々な観点からCF3Iガスの絶縁特性の測定を行ったことについて述べている。

第3章「V -t特性」では、主な測定対象であるV -t特性の定義と、V -t特性を用いた絶縁性能評価について述べている。

第4章「供試ガスの特性」では、測定対象であるCF3Iガスと比較対象であるSF6ガスの化学的特性について述べ、CF3Iガスの飽和蒸気圧が低く他のガスと混合する必要があるといった課題を明らかにしている。

第5章「CF3I純ガスの放電特性」では、CF3Iガス単体での放電特性を述べている。準平等電界においては、CF3Iガス中の正極性急峻方形波印加時の最低スパークオーバ電圧は112kVと高い値を示し、また、ほとんどの時間領域で負極性V -t 特性は正極性V -t 特性より高いスパークオーバ電圧を示すことを明らかにしている。50Hz 交流電圧印加時のスパークオーバ電圧は正極性V -t特性の最低スパークオーバ電圧より5%低い電圧値となるとこを述べている。準平等電界においてはCF3IガスはSF6ガスより高い絶縁性能をもっているのに対し、電界不平等性が強い針―平板電極ではその関係は逆転しCF3IガスはSF6ガスより低い絶縁性能になることを明らかにしている。沿面放電においてもCF3IガスはSF6ガスと同等以上の高い絶縁性能を持っているが、背後電極がない場合では放電によって発生する副生成物である固体ヨウ素が誘電体スペーサ表面に付着し絶縁性能低下の原因となっていることを論じている。

第6章「CF3I混合ガスの放電特性」では、CF3IガスをN2やCO2など他のガスと混合した場合での放電特性を述べている。準平等電界ギャップにおけるCF3I /N2 混合ガス、CF3I / CO2混合ガスの放電特性ではシナジズムは見られないが、不平等電界ギャップにおけるCF3I /N2 混合ガス、SF6/N2 混合ガスでは強いシナジズム特性を示し、同様に、沿面放電におけるCF3I / CO2混合ガスでもシナジズム特性を示していることを明らかにしている。CF3I混合率が20~40%でCF3I / CO2混合ガスを用いることによって、背後電極なしの場合では高い絶縁性能を保ち、背後電極ありの場合では低い絶縁性能を補うと共に、CF3Iの液化を防ぐことに有効であることを述べている。

第7章「面積則によるV -t 特性の定量的評」では、印加電圧Vを放電遅れ時間tで積分した面積パラメータFを用いて行ったV -t 特性の定量的評価について述べている。CF3Iガス、SF6ガス、CF3I / CO2混合ガスの面積パラメータFは電圧によって2種類のパターンがあり、電圧が低い場合は電圧の2 次関数的に変化し、電圧が高い場合は電圧の1 次関数的に変化することについて論じている。

第8章「放電による副生成物」では放電によるCF3Iの化学反応によって生じる副生成ガスと副生成物について述べている。放電による副生成ガスとして、C2F6、C2F4、CHF3、C3F8、C3F6、C2F5Iの6種類が検出され、また、固体ヨウ素が副生成物として生成され、電極やスペーサ表面に付着していることを明らかにしている。沿面放電においては、スペーサ表面が清浄な場合、CF3IガスはSF6ガスと同等の絶縁性能を持つが、1 回でも沿面放電が起きてしまうとスペーサ表面に固体ヨウ素が付着し沿面フラッシオーバ電圧が半減することについて論じている。

第9章「結論」では、以上の成果をまとめ、内容を総括している。

第10章「今後の方向性」では、本研究で測定された基礎データから一歩進み、実用化を視野に入れた高ガス圧下放電特性測定の必要性について述べている。

以上これを要するに、本論文は、環境に優しくSF6代替の電気絶縁気体として期待されているCF3Iガスについて、単体および他の気体との混合における絶縁特性を広範な実験条件で明らかにし、また、放電副生成物の絶縁特性への影響を検討し、電気機器への適用に向けての示唆を与えている点で、電気工学、特に高電圧、放電工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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