学位論文要旨



No 126823
著者(漢字) 福田,憲二郎
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,ケンジロウ
標題(和) 自己組織化単分子絶縁膜を用いた有機薄膜トランジスタの物性評価と集積回路応用
標題(洋)
報告番号 126823
報告番号 甲26823
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7464号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 染谷,隆夫
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 教授 土井,正男
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 講師 関谷,毅
 東京大学 教授 櫻井,貴康
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

有機トランジスタは印刷可能であること、プラスチック基板上に作製可能であることから、大面積・フレキシブルなアプリケーション応用への注目が集まっている。有機トランジスタの絶縁膜として一般的に使用されるポリマー系材料は、絶縁膜の厚みが100nm以上必要である。これは厚みが100nm以下になると、絶縁膜にピンホールが発生してしまい、リーク電流が増大してしまうためである。厚みがある程度必要であるために、ポリマー絶縁膜では駆動電圧が10 V以上と高くなる。

本研究では有機トランジスタの低消費電力化・高速動作へ向けた取り組みとして、自己組織化単分子膜(SAM)を絶縁膜として利用した有機トランジスタの作製とその性能評価、回路・アプリケーション応用を行った。

トランジスタ単体の物性評価

SAMは金属酸化膜上に自己組織的に形成され、厚さ2nm程度の非常に薄く、かつ均一な膜を形成することが可能である。本研究ではSAM絶縁膜としてホスホン酸系分子を用い、アルキル鎖長を変化させ、トランジスタの絶縁膜用途としての最適化実験を行った。またSAM絶縁膜、ペンタセン半導体層を用いた有機トランジスタの熱安定性、DCバイアスストレス安定性についても詳細に測定を行った。

アルキル鎖長を変化させた場合、アルキル鎖長14まではアルキル鎖長増大に伴い移動度は上昇したが、アルキル鎖長14を超えると移動度は再び減少に転じた。最大の移動度を示したのはアルキル鎖長14のホスホン酸をSAM絶縁膜として用いた場合であり、有機半導体にジナフトチエノチオフェン(DNTT)を用いたトランジスタにおいて、2 Vの駆動電圧で2.0cm2/Vs以上が達成された。リーク電流は100 pA程度に抑えられており、オンオフ比は105以上を達成した。この値は低電圧駆動有機トランジスタとしては世界最高水準の値である。アルキル鎖長による電気的特性の変化の起源を解明するべく、半導体の表面状態をX線回折(XRD)及び原子間力顕微鏡(AFM)を用いて詳細に調べた。XRDの結果、アルキル鎖長14のSAMが最も平坦な膜をゲート電極上に形成することが示された。また、アルキル鎖長14、16、18の三種類のSAM上に成膜された半導体層の表面を、AFMを用いて観察したところ、アルキル鎖長14のSAM上の半導体において最も大きいグレイン(~3 μm)を持つことがわかった。これらの実験結果から、アルキル鎖長14のSAMは最も平坦な膜を形成するため、その上の半導体層の結晶性が良くなり、電気的特性の向上につながることが考えられる。アルキル鎖長による平坦性の変化は過去の金属酸化膜上へのSAM形成に関する研究から説明可能である。SAMの形成には分子同士の分子間力が必要であり、充分な分子間力を得るためにはある程度のアルキル鎖長が必要である。一方で長鎖アルキル鎖を持つ分子には、Gauche欠陥と呼ばれる3次元的な構造の乱れが存在し、長いアルキル鎖においてその影響は増大する。この2つの効果は、最適なアルキル鎖長において最もSAMの平坦性が良くなり、それより長い分子でも短い分子でも表面の平坦性が乱されるという実験結果を端的に説明できる。

SAM絶縁膜、ペンタセン半導体を用いた低電圧駆動トランジスタの熱安定性を測定したところ、100℃付近に大きな移動度の劣化が観測された。AFMによる半導体層の結晶構造解析の結果、100℃の加熱によってペンタセンの結晶構造がバルク相から薄膜相へと相転移する様子が観測された。ペンタセンバルク相の出現は電気的特性の劣化につながるという報告がなされており、本研究における移動度の劣化もこのバルク相の出現が原因であると考えられる。作製したトランジスタ全体を高分子材料であるパリレンを用いて封止したところ、熱安定性が劇的に向上することが分かった。100℃での移動度の減少は、封止膜無しの場合には55%であったが、封止膜有りでは11%にまで低減された。封止膜有りのトランジスタは160℃の加熱後までバルク相が現れないことがXRDの測定により明らかになった。封止膜による高密度のパッキングによって、半導体層の結晶構造の変化を抑制することを示している。

トランジスタに一定電圧を印加し続けることで閾値電圧がシフトし、ソース・ドレイン電流の値が変化(一般的には減少)することが薄膜トランジスタでは観測される。これをDCバイアスストレス不安定性と呼び、有機トランジスタの安定性を考える上で非常に重要な問題である。本研究で作製した低電圧駆動有機トランジスタにおけるDCバイアスストレス不安定性について詳細に測定を行った。酸素や水などの大気中ガス分子と有機半導体層が反応し電気的特性が変化する場合があるため、DCバイアスストレス不安定性の測定は窒素雰囲気中で行った。アルキル鎖長14のSAM絶縁膜を用いたトランジスタの場合、ソース・ドレイン電圧及びゲート電圧-2 Vの一定電圧を印加し続けると、1時間後のソース・ドレイン電流の減少量は12%であった。DCバイアスストレス不安定性の要因として、チャネル領域におけるトラップサイトの存在が寄与していることが考えられる。有機半導体は上記のように付着分子と半導体層が反応することでトラップサイトを形成することが知られているため、この吸着分子を脱離させるために、70℃、13時間の窒素中アニールを行った。その結果、DCバイアスストレス不安定性が劇的に改善された。アニール処理を行ったデバイスでは同じ電圧条件での1時間後のソース・ドレイン電流の変化はわずか1%であった。この値は他の有機トランジスタや、アモルファスシリコントランジスタなどと比べても良好な値である。SAM絶縁膜を用いたトランジスタにおいて、加熱処理がDCバイアスストレスストレス効果の低減に効果的であることが示された。

回路応用: 擬CMOS回路

SAM絶縁膜を用いたトランジスタを複数集積化させて回路を作製し、その応用可能性を検討した。擬CMOS回路とはHuangらによって近年新しく提唱された、P型もしくはN型のどちらか1種類のチャネルでCMOSのような動作をする回路のことである。大気安定なN型の開発が難しい有機半導体分野や、逆に高移動度のP型作製が困難な酸化物半導体分野への応用が期待されている。本研究では、アルキル鎖長14のホスホン酸をSAM絶縁膜に、半導体にはDNTTを用いたデプレッション型擬CMOSインバータ回路を作製した。その結果、2 V駆動においてゲインが400を達成するインバータ回路が実現された。この値は従来のPMOS有機インバータ回路と比べると最高の利得特性であり、CMOS有機インバータ回路と比較しても非常に高性能である。また駆動電圧0.5 Vでもインバータ特性を示した。このインバータを5段繋げることによってリングオシレータを作製したところ、駆動電圧2 Vにおいて発振周波数は4.27 kHzであった。この結果から求められる1段あたりのシグナルディレイは23 μsと見積もられた。この値は5 V以下の有機トランジスタを用いた回路としては世界高速度を達成している。

アプリケーション応用: 4 V駆動点字ディスプレイ

SAM絶縁膜を用いた有機トランジスタのアプリケーション応用の可能性を実証するため、カーボンナノチューブ(CNT)アクチュエータとの集積化による、シート型点字ディスプレイの試作を行った。このシート型ディスプレイは大電流駆動制御トランジスタ、低電圧駆動・高速動作有機SRAMの回路技術を用いている。

大電流駆動トランジスタを目指し、チャネル幅(W)/チャネル長(L)=5000という非常にW/Lの大きなデバイスを作製した。SAMとしてアルキル鎖長14のホスホン酸、半導体層にはDNTTを用いることで、3 V駆動において電流値が3 mAを超え、またオンオフ比も105以上という、有機トランジスタとしては非常に優れた特性を示した。

低電圧駆動有機SRAMの実現にもアルキル鎖長14のSAMと、DNTTを用いた。作製されたSRAMの駆動電圧は2 Vという非常に低電圧でありながら、その書き込み速度は1.5 msという非常に高速な動作が実現された。従来のポリイミド絶縁膜を用いた有機SRAMでは駆動電圧40 V、書き込み速度40 msであったのに対し、SAM絶縁膜を用いることで駆動電圧、書き込み速度共に1桁程度改善された。

これらの技術を応用させ、複数の回路・素子を集積化し、実用可能なアプリケーションを創出することを目的として、低電圧駆動点字ディスプレイの試作を行った。点字表示に用いる素子としてカーボンナノチューブアクチュエータを用い、大電流駆動有機トランジスタ及び低電圧駆動有機SRAMの集積化を行い、アクチュエータの動作特性を測定した。集積化された1点動作において、4 V駆動において点字の上下認識に必要な変位300 μmが達成された。また、300 μmの変位を得るに必要な時間は4.5 V駆動において2.9 sであった。このことから、6×4文字の点字ディスプレイ全体の表示に必要な時間が3 s以下と見積もられた。

低電圧駆動実現のためにSAM絶縁膜を利用することで、低電圧かつ高移動度のトランジスタが作製可能であり、高速動作の回路応用も実現可能である。また他の素子との応用も容易に行えることが実証された。本研究における技術は将来的な低電圧駆動点字ディスプレイの応用に十分可能な性能を有していることを示すと共に、有機トランジスタが将来の「フレキシブル・アンビエントエレクトロニクス」の創出に応用可能であるということを示す結果である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究においては、有機トランジスタの低消費電力化と高速動作を同時に達成するため、自己組織化単分子膜(SAM)をゲート絶縁膜に活用した有機トランジスタを作製した。さらに、集積回路を試作して点字ディスプレイ応用を行うことによって、そのフィージビリティーを示している。

まず、前半では、SAMをゲート絶縁膜に活用した有機トランジスタの性能向上、信頼性向上、物性評価について述べられている。SAMは金属酸化膜上に自己組織的に形成され、厚さ2nm程度の非常に薄く、かつ均一な膜を形成することが可能である。本研究ではSAM絶縁膜としてホスホン酸系分子を用い、アルキル鎖長を変化させ、トランジスタの絶縁膜用途としての最適化実験を行った。またSAM絶縁膜、ペンタセン半導体層を用いた有機トランジスタの熱安定性、DCバイアスストレス安定性についても詳細に測定を行われている。特に、SAM絶縁膜、ペンタセン半導体を用いた低電圧駆動トランジスタの熱安定性を測定したところ、封止膜有りのトランジスタは160℃の加熱後までバルク相が現れないことがXRDの測定により明らかになるなどの重要知見を得ている。また、SAM絶縁膜を用いたトランジスタにおいて、加熱処理がDCバイアスストレスストレス効果の低減に効果的であることが示されている。

後半は、SAM絶縁膜を用いたトランジスタを複数集積化させて回路を作製し、その応用可能性を検討している。擬CMOS回路とはHuangらによって近年新しく提唱された、P型もしくはN型のどちらか1種類のチャネルでCMOSのような動作をする回路のことである。大気安定なN型の開発が難しい有機半導体分野や、逆に高移動度のP型作製が困難な酸化物半導体分野への応用が期待されている。本研究では、アルキル鎖長14のホスホン酸をSAM絶縁膜に、半導体にはDNTTを用いたデプレッション型擬CMOSインバータ回路を作製した。その結果、2 V駆動においてゲインが400を達成するインバータ回路が実現された。この値は従来のPMOS有機インバータ回路と比べると最高の利得特性であり、CMOS有機インバータ回路と比較しても非常に高性能である。また駆動電圧0.5 Vでもインバータ特性を示した。このインバータを5段繋げることによってリングオシレータを作製したところ、駆動電圧2 Vにおいて発振周波数は4.27 kHzであった。この結果から求められる1段あたりのシグナルディレイは23 μsと見積もられた。この値は5 V以下の有機トランジスタを用いた回路としては世界高速度を達成している。

SAM絶縁膜を用いた有機トランジスタのアプリケーション応用の可能性を実証するため、カーボンナノチューブ(CNT)アクチュエータとの集積化し、シート型点字ディスプレイの試作を行った。このシート型ディスプレイは大電流駆動制御トランジスタ、低電圧駆動・高速動作有機SRAMの回路技術を用いている。

低電圧駆動有機SRAMの実現にもアルキル鎖長14のSAMと、DNTTを用いた。作製されたSRAMの駆動電圧は2 Vという非常に低電圧でありながら、その書き込み速度は1.5 msという非常に高速な動作が実現された。従来のポリイミド絶縁膜を用いた有機SRAMでは駆動電圧40 V、書き込み速度40 msであったのに対し、SAM絶縁膜を用いることで駆動電圧、書き込み速度共に1桁程度改善された。

これらの技術を応用させ、複数の回路・素子を集積化し、実用可能なアプリケーションを創出することを目的として、低電圧駆動点字ディスプレイの試作を行った。点字表示に用いる素子としてカーボンナノチューブアクチュエータを用い、大電流駆動有機トランジスタ及び低電圧駆動有機SRAMの集積化を行い、アクチュエータの動作特性を測定した。6×4文字の点字ディスプレイ全体の表示に必要な時間が3 s以下にまで低減できることが示された。

以上、要するに、本研究においては、低電圧駆動実現のためにSAM絶縁膜を利用することで、低電圧かつ高移動度のトランジスタが作製可能であり、高速動作の回路応用も実現可能であることが示された。また他の素子との応用も容易に行えることが実証された。本研究における技術は将来的な低電圧駆動点字ディスプレイの応用に十分可能な性能を有していることを示すと共に、有機トランジスタが将来の「フレキシブル・アンビエントエレクトロニクス」の創出に応用可能であるということを示す結果である。これらの研究成果は有機トランジスタの新応用として大面積センサ・アクチュエータの可能性を明らかにしたもので、物理工学における貢献は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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