学位論文要旨



No 126826
著者(漢字) 南,さつき
著者(英字)
著者(カナ) ミナミ,サツキ
標題(和) 大規模流体構造連成問題のための効率的有限要素解法
標題(洋) Efficient Finite Element Solution Methods for Large-Scale Fluid-Structure Interaction Problems
報告番号 126826
報告番号 甲26826
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7467号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 教授 奥田,洋司
 東京大学 准教授 陳,
 東京大学 講師 渡邉,浩志
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

流体-構造連成(Fluid-Structure Interaction; FSI)解析は近年原子力工学や生体工学など多くの工学分野で研究され,人工物の設計や現象の理解に利用されている.特に,より高精度な解を得るために,様々な並列計算機に適した大規模FSI解析手法の開発が課題となっている.

FSI問題の解析手法は,分離型解法と一体型解法の二つに大別され,分離型解法の中でも逐次互い違い法と分離反復型解法に分けられる.分離反復型解法は既存のコードを利用することで効率的に大規模並列解析が実現でき,また多種多様なFSI問題に適用できるという特徴を有する一方で,流体・構造間に強い連成効果を有する問題では数値的不安定になりやすいことが知られている.また,一体型解法は高精度かつ安定な解法として知られており,連成効果の強い問題に用いられる一方で,一般に効率的な大規模並列解析の実現が困難とされており,問題ごとにコーディングを行う必要もある.このように分離反復型解法,一体型解法のいずれにおいても,大規模FSI解析における安定性,効率性の観点で未だに課題が残っているといえる.

本研究では大規模FSI解析に適した効率的な解法の提案及び開発を分離反復型解法と一体型解法の両側面から行う.分離反復型解法に関してはより安定で高効率な解法の提案を行うことで,多種多様なFSI問題に適用可能で,かつ比較的連成効果の強い問題でも安定で高効率な大規模FSI解析ソルバの実現を目指した.また,一体型解法に関してはアコースティックFSI問題における大規模解析に適した解法の開発を行うことで,非常に連成効果の強い問題でも安定で高速,かつアコースティックFSI問題に特化した大規模FSI解析ソルバの実現を目指した.このようにそれぞれの特徴を活かすことで,より幅広い問題に対応できる大規模FSI解析ソルバの実現を目的としている.

2.大規模汎用FSI解析に適した分離反復型連成アルゴリズムの提案

分離反復型解法に関しては,安定性・効率を高めるための解法の提案が現在までに多くなされている.しかしながら,それらの中には様々な工夫を施すことによって実装の複雑さ・使用メモリが増加したり,特定の問題の特徴を利用した解法が多く存在している.また,各解法の性能は連成効果を表す様々な物理パラメータによって異なることが指摘されており,そのような連成効果を考慮した解法の比較・検討が重要といえる.

そこで本研究では大規模汎用FSI解析に適した非線形アルゴリズムを分離反復型解法に適用し,性能を比較することで,最適なアルゴリズムの提案を行った.非線形アルゴリズムは探索方向を決定する非線形解法とステップ幅を決定する直線探索からなるが,本研究では大規模汎用FSI解析を目的として,汎用的な非線形解法および探索方向の中から(a)ヤコビ行列を陽に計算する必要がなく, (b)コードの改変を最小限に抑えることができ, かつ(c)使用メモリも少なく抑えることのできるものを採用した.従って,非線形解法としては

・Block Gauss-Seidel法(GS)

・直線補間法(LE)

・Jacobian-Free Newton-Krylov法(NK)

・Broyden法(BR)

の4つを考慮し,直線探索としては

・フルステップ(FS)

・劣緩和(UR)

・Aitken補外(AT)

・Backtrack(BT)

の4つを考慮した.なお,BTに関しては直線探索を行うかどうかの判定に2種類の方法BT1(残差が前回より増加した場合), BT2(いずれかのソルバで解析が失敗した場合)を用いた.

比較の概要としては,非圧縮性粘性流体-大変形構造連成問題を対象とし,連成効果を表す物理パラメータを変化させたときの各解法の性能を安定性および効率の観点から調べた.モデル問題としては,大変形するFSI問題を代表する以下の3つの問題

(1) コラプシブル水路内の定常流れ

(2) 底面に膜を有する非定常Cavity流れ

(3) フレキシブルな壁のある水路内の非定常流れ

を採用し,物理パラメータとして(1)においてはレイノルズ数・変形量といった非線形の強さと初期値を,(2),(3)においては付加質量効果と時刻ステップを変化させた.

数値実験より,BR法+BT2直線探索が比較的連成効果の強い問題でも安定で高効率であることが分かった.これはBR法の速い収束性を引き継ぎながら,BT2直線探索によりBR法の不安定な部分を修正しているためと考えられる.また,LE法は妥当な速さで収束し,かつ安定性が高いことが確認された.NK法は効率がKrylov法の収束判定や連成効果によって大きく影響されてしまうため,実用問題には不適であることが分かった.また,最も基本的なGS法に関しては,連成効果が強くなると効率・安定性ともに急激に悪化する様子が確認された.以上からBR法+BT2直線探索が有力な解法として提案できた.

BR法+BT2直線探索は,分離反復型解法のため既存のコードの組み合わせで大規模並列解析が容易に実現できるとともに多種多様なFSI問題に適用可能である.また,最小限のコードの追加で比較的連成効果の強い問題でも安定かつ高速に収束する.もちろんこの解法でも連成効果が強くなると収束性の悪化は避けられず,注意が必要であるが,既存コードを利用して大規模汎用FSI問題をできるだけ安定にかつ効率的に解きたい場合に,この解法は有効であると考えられる.

3.大規模アコースティックFSI解析に適した一体型解法の開発

一体型解法に関しては,大規模連成解析の実現を目的とし,係数行列の条件数を改良するための様々なアルゴリズムや前処理が現在までに提案されている.しかしながら,それらのいくつかは構造側の自由度が流体側の自由度に比べ小規模である場合を想定している.このような問題設定は生体力学などの分野では妥当であるが,一方で原子炉内構造物における連成問題などでは構造物が非常に複雑な形状をしているため,流体側だけではなく構造側の自由度も大規模になる.したがって,流体・構造両方が大規模な問題でも効率的な一体型解法の開発が重要と考えられる.

そこで,本研究では特に大規模構造解析の分野で発展してきたバランシング領域分割法(Balancing Domain Decomposition; BDD)に基づくアコースティックFSI問題のための一体型解法の構築を行った.BDD法は反復型領域分割法に前処理としてNeumann-Neumann(NN)前処理とコースグリッド修正を用いた解法で,大規模並列有限要素解析のための効率的な解法の一つとして知られている.最近では,構造解析に限らず熱伝導解析,流体解析など様々な分野に適用され,成功を収めている.特に本研究では,アコースティックFSI解析における流体-構造間の連成項に着目し,NN前処理とコースグリッド修正にそれぞれ二つのケース(NN-I,NN-CとCGC-FULL,CGC-DIAG)を考慮した.NN-Iは流体・構造部分領域それぞれで独立に近似逆行列を計算するのに対し,NN-Cでは連成面に隣接する流体と構造の部分領域を結合し,その領域で近似逆行列の計算を行った.また,CGC-FULLはコースグリッド修正におけるコース行列を完全に計算するのに対し,CGC-DIAGではコース行列の連成項を省いて計算した.以上のNN-I,NN-CおよびCGC-FULL,CGC-DIAGを組み合わせることにより,以下の4つのBDDタイプの解法を導出し,性能比較を行った.

・NN-I + CGC-FULL

・NN-I + CGC-DIAG

・NN-C + CGC-FULL

・NN-C + CGC-FULL

数値実験より,NN-I + CGC-FULLが部分領域数・流体の付加質量・流体および構造の自由度数に大きく依存することなく速い収束性を示し,一般的に最良な解法であることが分かった.また,このアルゴリズムは並列環境下でも高い並列効率を実現できることが確認された.一方で,NN-I + CGC-DIAGも並列環境で特にコース行列が大規模になる場合などには有効になる可能性があることも示唆された.

これらの解法は大規模並列解析に適し,非常に強い連成効果を有する問題でも安定にかつ高速に収束する解法であるといえる.前述のように,これらの解法は大規模アコースティックFSI問題に特化したものであり多種多様なFSI問題に適用はできないが,大規模アコースティックFSI問題を連成効果の強さに依らず安定にかつ効率的に解きたい場合に有効であると考えられる.

4.結言

本研究では大規模FSI解析を目的とし,効率的な有限要素解法の研究を分離反復型解法と一体型解法の両面から行った.その結果,

・大規模汎用FSI解析に適した分離反復型連成アルゴリズムの中で,BR法+BT2直線探索の組み合わせが比較的連成効果の強い問題でも安定で高効率な解法として提案できた.

・大規模アコースティックFSI解析に特化したBDD法に基づく一体型解法を開発し,その中で特にNN-I+CGC-FULLの組み合わせが非常に連成効果の強い問題でも安定で高効率な解法であることを示した.

これらを用いることで,幅広い問題に対応できる大規模FSIソルバの実現が可能であると考える.

審査要旨 要旨を表示する

流体-構造連成(Fluid-Structure Interaction; FSI)解析は近年原子力工学や生体工学など多くの工学分野で研究され,人工物の設計や現象の理解に利用されている.特に,より高精度な解を得るために,様々な並列計算機に適した大規模FSI解析手法の開発が課題となっている.FSI問題の解析手法は,分離型解法と一体型解法の二つに大別され,分離型解法の中でも逐次互い違い法と分離反復型解法に分けられる.分離反復型解法は既存のコードを利用することで効率的に大規模並列解析が実現でき,また多種多様なFSI問題に適用できるという特徴を有する一方で,流体・構造間に強い連成効果を有する問題では数値的不安定になりやすく,安定性に影響を与えるパラメータも多い.また,一体型解法は高精度かつ安定な解法として知られており,連成効果の強い問題に用いられる一方で,効率的な大規模並列解析の実現が困難とされており,問題ごとにコーディングを行う必要もある.このように分離反復型解法,一体型解法のいずれにおいても,大規模FSI解析における安定性,効率性の観点で未だに課題が残っているといえる.

本論文では大規模FSI解析に適した効率的な解法の提案および開発を分離反復型解法と一体型解法の両面から行った.分離反復型解法と一体型解法のそれぞれの特徴を活かすことで,より幅広い問題に対応できる大規模FSI解析ソルバの実現を目的としている.本論文は7つの章から構成される.

第1章は序論であり,大規模FSI解析の必要性について述べている.また,分離反復型解法と一体型解法の現状と課題についてまとめ,本研究の目的を述べている.

第2章では,本研究で考慮するFSI問題の支配方程式とその離散化式について述べている.具体的には,非圧縮粘性流体-大変形構造連成問題およびアコースティック流体-構造連成問題の二つの問題を扱い,前者は分離反復型解法を,後者は一体型解法を適用することを念頭に離散化を行っている.

第3章では,FSI解析手法の主な分類についてまとめ,各手法のメリット・デメリットを述べている.また,分離反復型解法と一体型解法に焦点をあて,既往研究についてサーベイすると同時に,大規模FSI解析を効率的に実施する上でそれぞれの解法が抱える問題点を示すことで,本研究で提案・開発する解法が有するべき特性を明確にしている.

第4章では,大規模汎用FSI解析に適した分離反復型連成アルゴリズムの提案について述べている.具体的には,大規模汎用FSI解析に適した非線形アルゴリズムを数種類選定し,非圧縮性粘性流体-大変形構造連成問題において様々な連成パラメータを変化させながら性能比較を行っている.数値実験の結果,Broyden法+Backtrack2直線探索の組み合わせが比較的連成効果の強い問題でも安定・高効率で,連成パラメータの種類に依存しにくい分離反復型解法として提案できたとしている.

第5章では,大規模アコースティックFSI解析に適した一体型解法の開発について述べている.具体的には,バランシング領域分割法をアコースティック流体-構造連成問題に適用し,その過程でいくつかの定式化を示している.相互比較の結果からNN(Neumann-Neumann)前処理にNN-I(incomplete Neumann-Neumann)前処理,コースグリッド修正にCGC-FULL(full Coarse Grid Correction)を用いた解法が最も良い性能を示し,その解法は流体の付加質量や自由度数によらず高速で安定に収束することが分かった.また,並列環境でコース行列が大規模になるような問題ではコースグリッド修正にCGC-DIAG(Coarse Grid Correction with Diagonal scaling)を用いる解法も有効になる可能性があることが示唆された.

第6章では,上記の一体型解法(NN-I+CGC-FULLおよびNN-I+CGC-DIAG)の,階層型領域分割法に基づく並列化実装について述べている.並列化効率・スピードアップ率などの性能検証を通し,これらの一体型解法は高い並列性を有することが確認された.また,1千万自由度程度の比較的大規模な問題の解析を通し,計算時間の点においても高速であることが示されている.

第7章は結論であり,提案・開発した分離反復型解法および一体型解法のまとめと,大規模FSI解析における有効性について述べられている.

以上を要するに,本論文では,従来の分離反復型解法と一体型解法の大規模FSI解析における問題点をそれぞれ指摘し,それを解決するための解法を提案・開発している.また,数値実験を通して提案・開発手法の高い安定性および効率性を示すと同時に,大規模連成解析への有用性を議論しており,これらの解法を,数千万~数億自由度を有する原子炉内構造物の丸ごと地震応答問題などといった実用的な問題に適用することも可能であり,システム量子工学における本論文の価値は高いといえる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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