学位論文要旨



No 126828
著者(漢字) 石川,亮
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,リョウ
標題(和) AB2/AB5ブロック積層型超格子化合物の水素吸蔵特性と局所構造
標題(洋)
報告番号 126828
報告番号 甲26828
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7469号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 阿部,英司
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 准教授 枝川,圭一
 東京大学 講師 長汐,晃輔
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言(1~3章)

人類が直面している環境・エネルギー問題の解決には,持続的なエネルギーシステムを如何に構築するかにかかっており,その一つとして水素エネルギー利用が提案されている. ある種の金属・合金は常温・常圧雰囲気下で多量の水素を吸蔵-放出することが可能であり,その水素原子密度は液体水素をも超える. この気体水素と金属との反応を利用した水素吸蔵合金は水素の貯蔵・輸送材料の担い手として期待されており,特に燃料電池 (車体搭載用) およびニッケル水素2次電池 (Ni-MH電池)は商用化も進んでいる.

1960年代後半に端を発する水素吸蔵合金の研究は,これまで主にABx (x=1/2, 1, 2, 5; Mg2Ni, TiFe, ZrV2, LaNi5)に代表される合金系であった. 最近の(La, Mg)Ni3合金の発見以来,新たな合金系として, 希土類(RE)-Ni系超格子化合物群が注目を集めている. この合金系は常温・常圧雰囲気下 (T < 373 K, PH2 < 5 MPa)において水素吸蔵-放出が可能であり,1.0 H/M以上の高い有効水素吸蔵量を示す. またその構造は2つの異なるAB5/AB2層 (AB5: Haucke相,AB2: Laves相) がn : 1の比で積層する特徴を持っている. これらのうちLaNi3 (n=1), La2Ni7 (n=2), La5Ni19 (n=3)に代表されるLa-Ni系超格子化合物は応用上最も重要であるが,(i) 水素との可逆的な反応性に乏しい,(ii) 合金の熱力学的安定性が低いため,水素吸蔵に伴い合金の分解反応が起こる,などの問題がある. LaサイトのMg置換はこれらの問題の改善に有効であることが示された. しかしながら,なぜMg置換が上記の問題改善に有効であったのか,また置換元素をどのように選択すれば良いのかは明らかではない. 本研究では一連のRE (= Sc, Y, La, Ce, Pr, Nd, Sm, Gd, Tb, Dy, Ho, Er)で置換を行った (La, RE)5Ni19超格子化合物に注目し,水素吸蔵特性と水素吸蔵-放出に伴う局所構造変化の関連性を検討することにより,水素吸蔵メカニズムの理解および新たな合金設計の指針を構築することを目的とする. 特に,これまで行われてこなかった水素吸蔵に伴う原子レベルでの微細構造変化を,走査透過型電子顕微鏡法 (STEM)による原子スケールでの直接観察および電子エネルギー損失分光 (EELS),エネルギー分散型X線分光 (EDS)による分光分析を併用することで詳細に検討した. 以下に得られた研究成果について述べる.

2. 超格子化合物の結晶学的特徴(4章)

一般に,化合物は同一の物理的条件下 (温度,圧力など)である種の異なる構造群を形成する性質を持っており,これを構造多形性という. この構造多形体に属する構造は,同一の構造・組成からなる層 (単位細胞)の1次元的な積み重なりとして表現される. 構造多形体では,2次元の格子定数 (a, b)は保存されるが積層方向の格子定数 (c)は互いに異なっており (同じ場合もある),その格子定数cは単位層の定数倍である. 1912年にBaumhauerがSiCでの構造多形体を発見して以来,様々な化合物 (酸化物,合金)において多くの構造多形体が見いだされている. 同一の物理的条件下においてなぜ様々な構造多形体が形成されるのかは明らかではなく,また困難な課題である. 本章ではRE-Ni超格子化合物に対して,1)CRZS法 (Cyclic Representation of Zhdanov Symbol)に基づいた形成可能な構造多形体の探索・分類,2) 電子回折法および原子分解能STEM法による空間群決定法の確立を行った.

CRZS法を用いることによって,形成可能な構造多形体の空間群は7種類に限定されることが明らかとなった.さらにCRZS図形の対称性に基づいて形成可能な構造多形体の空間群を決定し,分類を行った.その結果,構造多形体の空間群は積層数が4以下の場合は電子回折法のみから,また5以上の場合は電子回折法および原子分解能STEM法による積層周期の直接決定を組み合わせることによってユニークに決定できることが明らかとなった.

以上の知見を踏まえて,(La0.6RE0.4)5Ni19系化合物 (RE=Mg, Y, Nd)で形成される構造多形体の特定を実験的に行った. La-Ni系超格子化合物ではこれまでに最も単純な積層周期をもつ3R, 2Hのみが報告されてきたが,これらに加えてさらに積層周期の長い5T, 8H, 9R, 12R, 15Rが存在していることが分かった. これらのうち15R構造は積層周期の異なる複数の構造多形体が存在するが,原子分解能STEM法による直接観察を通して積層周期が(32)3 (Zhdanov symbol),空間群がR-3mと決定できた. このように電子回折法と原子分解能STEM法を組み合わせることによって,粉末X線回折法では見落とされていた超格子構造相の同定に成功した.

3. RE-Ni系超格子化合物系における水素吸蔵特性(5章)

水素吸蔵特性と局所構造の関連性を明らかにするため,本章ではLaサイトの一部を12種類の異なるRE (=Sc, Y, La, Ce, Nd, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er)による置換を行い評価した. ここでは構造の観点から (La, RE)5Ni19 系化合物の水素吸蔵特性を改善するための合金設計指針を示す.実験手法としてはPCT(Pressure-Composition-Temperature)測定による水素吸蔵特性の評価に加え,電子回折法,原子分解能STEM法およびSTEM-EELS法による局所構造解析を行った.

PCT測定の結果からこれらの合金は2種類のタイプに分類されることが明らかとなった. RE=Y, La, Ce, Pr, Nd, Sm, Gd, Tb, Dy, Hoによる大部分では,1.0~1.3 H/Mと比較的高い最大水素吸蔵量を示すものの,およそ半分程度 (0.4~0.6 H/M) が合金中に残存する. 一方RE=Sc,Erでは同程度 (~1.1 H/M)の最大水素吸蔵量を示し,残存水素量は0.1~0.25 H/Mと少なく,水素吸蔵-放出のサイクル特性の大幅な改善に有効であることを見いだした.

STEM/EELSによる構造解析を行った結果,添加元素の内最も小さな原子半径を有するSc,ErのみがAB2格子層のLaサイトを選択的に置換する規則構造をとることが判明した.一般に,AB2型構造相(Laves相)は原子サイズ化合物と呼ばれ,原子半径の小さな元素による置換はAB2格子の収縮を伴う.しかし,AB2/AB5ブロック積層構造内のAB2 格子層は隣接するAB5格子層によって強い拘束を受けており,Laに対して相対的に原子半径の小さなSc, Er が置換してもAB2格子層の格子は収縮できない.その結果,局所的な空隙容積が相対的に増加し,水素吸蔵-放出のサイクル特性が改善されたと考えられる.以上の結果を踏まえて原子サイズ化合物の指標である原子半径比に基づく合金設計指針を提案した.Laves相での水素吸蔵に対して適正な原子半径比rA/rBは1.37以下であることが経験的に知られているが,隣接するAB5格子層からの強い拘束を受けたAB2格子層における最適値は1.31 < rA/rB < 1.42 (= rEr/rNi)であり,Laves相の条件とは異なっている.この条件から,RE=Mg, Tm, Yb, Luが水素吸蔵特性の改善に有効な添加元素であることが示唆される.このように超格子化合物の局所構造の特徴を活かし,添加元素によるAB2格子層の構造制御を行うことによって,水素吸蔵特性の改善が可能であることが明らかとなった.

4. 水素吸蔵に伴う微細構造変化 (6章)

(La, RE)5Ni19化合物群 (RE=Y, La, Ce, Pr, Nd, Sm, Gd, Tb, Dy, Ho)では2段階の水素吸蔵過程 (プラトー領域)を示し,特に第1プラトー領域で形成された水素化物 (β-hydride)は熱力学的に安定であるため水素を放出しない.本章では (La0.6Y0.4)5Ni19化合物に注目し,水素吸蔵-放出に伴う局所構造変化を明らかにした.

電子回折法および原子分解能STEM法による構造解析を行った結果,β-hydrideはc軸方向へのみの異方性膨張を示し,さらにその異方性膨張はAB2格子層のみが担っていることが明らかとなった.AB2格子層は隣接するAB5格子層によってa/b軸格子が強い拘束を受けている.このため,AB2格子層の水素吸蔵に伴い,AB2格子層がc軸方向へのみの異方性膨張を示したと考えられる.第1プラトー領域においてAB2格子層の水素吸蔵は完了しているため,第2プラトー領域ではAB5格子層のみが水素吸蔵を行う.このようにAB2/AB5格子層の局所的な環境(性質)の違いにより異なる水素吸蔵挙動を示し,全体として2段階の水素吸蔵過程を示すことが明らかとなった.

β-hydrideの局所構造解析を行なった結果,水素吸蔵に伴い元のAB2格子層のNiが欠損するとともに,局所的にYが濃化することで安定な(La,Y)-Ni水素化物が形成され,水素が放出できなくなることが明らかとなった.またβ-hydrideのAB2格子層における水素濃度の測定を行うため,原子スケールでのSTEM-EELS法によるプラズモン・エネルギー (EP)の測定を行った.自由電子近似が成立する系に限られるが,局所的な水素濃度を測定する手法としてEPシフトに基づく算出は有効である.AB5格子層では水素吸蔵前後でのEPに変化は見られず,水素吸蔵に寄与していないことが分かる.一方AB2格子層では水素吸蔵に伴い0.57±0.11 eVのEPシフトが観察された.そこでNi欠損を含め自由電子近似を用いてAB2格子層における水素量の見積もりを行った結果,8.1±0.3であった.これはマクロなPCT測定から得られた7.6±0.1と良い一致を示す.以上より,水素吸蔵特性の改善にはAB2格子層の構造制御が有効であることが示唆されるが,これは第5章で示したように,Sc, Erを添加することにより形成される規則構造によって実現する.

5. 総括(7章)

本論文では,La-Ni系超格子化合物に注目し,電子顕微鏡による構造解析を行うことによって,結晶学的特徴および微視的構造と水素吸蔵特性との関連性を明らかにした.AB2格子層の構造制御が水素吸蔵特性の改善に特に有効であることが明らかとなったが,これは性質の異なるAB2/AB5格子層が積層し格子を共有する特異な構造であることに起因している.AB5格子層による格子の拘束条件下において,原子半径の小さな元素を用いたAB2格子層の構造制御はLa-Ni系のみならず様々な超格子化合物系においても水素吸蔵特性の大幅な改善に有用であることが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

水素をエネルギー媒体とする新たなクリーンエネルギーシステムの実現に向けて,水素を大量かつ安全に貯蔵するための新たな技術開発が大きな課題となっている.特に, 燃料電池車の水素貯蔵タンクへの応用に対する関心は高く,その貯蔵媒体として水素吸蔵合金が期待されている.希土類(RE)-Ni系超格子化合物は,大気圧近傍での水素吸蔵-放出特性に加えて,比較的高い水素吸蔵量を示すことから,近年注目を集めている.本論文は「AB2/AB5ブロック積層型超格子化合物の水素吸蔵特性と局所構造」と題し,(La, RE)-Ni系超格子化合物の結晶学的特徴,および水素吸蔵特性と局所構造の関連性について論じており,全七章から構成されている.

第一章の序論では,水素吸蔵合金の歴史的背景,熱力学的視点からの水素吸蔵-放出メカニズム,およびRE-Ni系超格子化合物の従来の研究について概説している.また,本研究の位置づけ,新規性,独創性などについて記述し, 研究目的について述べている.

第二章では,水素吸蔵特性を制御する際の合金設計指針について,これまでよく用いられてきた経験則ついて概説している.これを踏まえ,AB2/AB5ブロック積層型化合物の水素吸蔵特性を制御する際に有効と考えられる設計指針についても述べている.

第三章では,試料作製方法,水素吸蔵特性の評価法,電子顕微鏡による構造解析手法について述べている.

第四章では,RE-Ni系超格子化合物の結晶学的特徴の決定法ついて述べている.積層周期の違いによって様々な構造多形体が形成されるが,CRZS(Cyclic Representation of Zhdanov Symbol)法を用いることによって,形成可能なすべての構造多形体の空間群は7種類に限定されることを明らかにした.これに基づき,特定結晶方位からの電子回折および原子分解能走査型透過電子顕微鏡(STEM)観察によれば,AB2/AB5ブロック積層構造の空間群がユニークに特定可能であることを明らかにした.以上の知見を踏まえ, (La, RE)5Ni19系超格子化合物で形成される構造多形の特定を実験的に行ない,従来報告されてきた2H, 3R型構造に加え,積層周期の長い5T, 8H, 9R, 12R, 15R構造が存在していることを明らかにした.電子回折法と原子分解能STEM法を効果的に併用することにより,粉末X線回折法では見落とされていた超格子構造相の同定に成功した点で意義深い.

第五章では,12種類の異なるRE(= Sc, Y, La, Ce, Pr, Nd, Sm, Gd, Tb, Dy, Ho, Er)により,Laサイトの一部を置換した(La, RE)5Ni19化合物の水素吸蔵特性を調べた.その結果, RE=Sc, Erによる置換が水素吸蔵-放出のサイクル特性の大幅な改善に有効であることを見いだした.STEMと電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いた構造解析の結果,Sc, ErのみがAB2層のLaサイトを選択的に置換する規則構造をとることが判明した.一般に,AB2型構造相(Laves相)は原子サイズ化合物と呼ばれ,原子半径の小さな元素による置換はAB2格子の収縮を伴う.しかし,AB2/AB5ブロック積層構造内のAB2格子層は隣接するAB5格子層によって強い拘束を受けており,Laに対して相対的に原子半径の小さいSc, Erが置換してもAB2格子層は収縮せず,結果として置換前よりも局所的な空隙容積が増加することになる.このような効果により,(La, RE)5Ni19化合物の水素吸蔵-放出のサイクル特性が改善される,との考察がなされた.超格子化合物の局所構造の特徴を活かした元素置換により,水素吸蔵特性の改善が図られたことになる.

第六章では,(La0.6Y0.4)5Ni19合金に注目し,水素吸蔵-放出に伴う局所構造変化の検討を行っている.この化合物では,ブロック積層構造中のAB2層とAB5層で異なる水素反応挙動を示すため,全体として2段階の水素吸蔵過程を示すことが明らかとなった.AB2層に関して特徴的な振る舞いが観察され,1)水素吸蔵に伴い,c軸方向への異方性格子膨張を引き起こすこと,2)吸蔵水素は非常に安定な水素化物を形成し,容易に放出されなくなること,の2点が見いだされた.この局所水素化物の構造解析を行った結果,元のAB2層のNiが欠損するとともに,局所的にYが濃化することで安定な(La, Y)-H水素化物が形成され,水素を放出できなくなることが明らかとなった.さらにこの水素化物の水素濃度を決定するため,ナノメーター領域でのEELS測定を行い,プラズモンピークのシフト量からその水素量を8.1±0.3と見積もった.これは,マクロなPCT(Pressure-Composition-Temperature)測定から求められる値7.6±0.1と良い一致を示す.自由電子近似が成り立つ水素化物系に限定されるが,ナノメーター領域における水素濃度測定が可能であることが示された.

第七章では本研究の成果をまとめ,本論文の結論を述べている.

このように本論文では,La-Ni系合金におけるAB2/AB5ブロック積層型超格子化合物に注目し,これらの水素吸蔵特性を調べるとともに,微視的構造と特性との関連性について系統的な議論を展開している.添加元素による水素吸蔵特性の改善を実現するとともに,電子顕微鏡の計測特性を活かした解析に基づいて,構造多形の空間群決定法の確立や,水素吸蔵-放出に伴う微細構造変化等の解析に成功している.ここで得られた知見を基に,ブロック積層型化合物の構造的特徴を利用した合金設計指針の提案へと結びつけており,今後の水素吸蔵合金開発の展開も見据えた研究内容として十分に評価できる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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