学位論文要旨



No 126829
著者(漢字) 蔡,靖楠
著者(英字)
著者(カナ) ツァイ,ジンナン
標題(和) 化学センシングに向けたシリコン微小共振器の作製と評価
標題(洋) Fabrication and Characterization of Silicon Microcavity Resonators for Chemical Sensing
報告番号 126829
報告番号 甲26829
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7470号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 和田,一実
 東京大学 教授 近藤,高志
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 准教授 神原,淳
 東京大学 准教授 石川,靖彦
内容要旨 要旨を表示する

The objective of this work is to design, fabricate, measure, and demonstrate the silicon microcavity resonator sensor for chemical sensing. The basic concept of this photonic sensor is based on the measurement of infrared absorption spectrum, the fingerprint for identifying chemical molecules.

In order to realize the sensor for infrared absorption sensing, ring resonator based on single mode silicon strip waveguide is designed as the basic structure of the sensor. The analysis on ring resonator shows that high quality factor is demanded to make the sensor with high sensitivity. During the device fabrication, a special design is applied to control the electron beam spot size and beam scanning step during the electron beam lithography process and this method is demonstrated to be efficient for fabricating better waveguide. Aiming to obtain better waveguide quality, we also apply the direct and indirect treatment methods on waveguides. For the indirect treatment, an upending resist reflow process is used for the investigation of waveguide sidewall smoothing. The result shows that the roughness is estimated to be reduced from 7.4±0.5nm to 6.2±0.5nm, demonstrating that the resist reflow is a simple way to smooth the sidewall roughness of many kinds of waveguides. On the other hand, the direct treatment, a hydrogen plasma treatment on silicon waveguide is performed for the investigation of waveguide sidewall smoothing and waveguide trimming. Due to the etching effect during the hydrogen plasma treatment, the small amount of surface silicon is removed. The result indicates that after the treatment, the typical loss of waveguide is reduced from 63cm-1 to 37cm-1. The fingerprint of OH-group absorption at near infrared is demonstrated that it can be measured via a ring resonator. The absorption coefficient of OH-group at near infrared (around 1537nm) is estimated to be about 19cm-1. About 7% of OH-group concentration could be the detection limit of this sensor based on the equipment used. By using the "model-solid" method, the calculation of strained silicon shows that the band gap of silicon shrinks under strain. The band gap tuning by strain is proved by using a silicon beam structure via the photoluminescent measurement. However, although high strain is generated in the silicon beam, a calculation result shows that there was no obvious photoelastic effect in the beam. The symmetric and complementary strain distribution in the beam is the main reason. From the PL results, obvious resonant peak shifted for the bending silicon beam, which meant that the refractive index changed. The strain caused the variety of refractive index, leading to the shift of resonant peak.

審査要旨 要旨を表示する

情報処理および情報通信技術をシリコンチップ上で統合する基盤技術としてシリコンフォトニクスが提案されたが、近年バイオ医療技術への展開が盛んに進められている。特に、溶液中の化学分子の同定と定量化を目指すセンシング技術へのシリコンフォトニクスの展開は以下に述べるように極めて重要な意味がある。

一般に、化学分子は中赤外の波長域において指紋領域と呼ばれる固有の吸収スペクトルを持ち、この領域での吸収スペクトルの測定により分子の完全な同定と定量が可能である。具体的には、溶液の通る微小な流路を作製し、その流路に浸漬した導光路に吸着した分子はその光吸収スペクトルによりセンシングが可能となる。こうした考え方は「Monochrometer on chipあるいはLab on chip」などと称され、その歴史は古い。近年、石英系光ファイバーの実用化に触発されて、石英系導光路チップが開発され、上記センシングに関する期待感が高まった。しかし、石英は光通信に用いられる近赤外域での吸収は小さいが、中赤外域では光吸収が極めて大きい。しかも、急峻な導光路曲げが伝播損失を助長するため、チップサイズを小型にすることが難しく、このため、中赤外の指紋領域での化学分子センシングには適していない。

現在主流になっている石英系導光路を用いた化学センシング法では、導光路表面に吸着した化学分子による導光路の有効屈折率の変化を検出することが一般的である。金属表面プラズモン共鳴を用い検出するため、高感度センシングが可能であり、かつ可視域の光を用いることができ、石英系導波路の上記問題を解決することができる。しかし、この方法では測定対象である分子のみを導光路表面に選択的に吸着する、いわゆる表面修飾が必要であり、任意の化学分子を同定しその濃度を定量化することは困難である。

この問題の解決には、導光路材料を石英系からはシリコン系に変えれば、よい。シリコンは10ミクロンまでの中赤外に対して高い透明性を持ち、ゲルマニウムはさらに10ミクロン以上の波長域でも高い透明性を持つ。従って、吸着分子の中赤外波長領域での吸収スペクトルを直接測定する化学分子センシングが可能となる。シリコンフォトニクスはこの意味で化学センシングにも適正を持つ技術であり、情報機器開発の流れの中で、医療機器開発への道が同時に拓かれている技術ということができる。

本論文は,"Fabrication and Characterization of Silicon Microcavity Resonators for Chemical Sensing"(化学センシングに向けたシリコン微小共振器の作製と評価)と題し,上記シリコンフォトニクスによる化学センシングへの応用をセンサーの設計・製作・評価に関する結果をまとめたものであり,全部で8章からなる。

第1章では、研究背景と従来の研究をまとめ、本研究が目的とする化学センシングの原理について述べている。

第2章では、導光路設計を行うとともにセンサー部に共振器を用いる特徴を明確にし、リング共振器からなる化学センサーの構造とその設計に関する結果について述べている。

第3章では、設計した導光路とリング共振器を電子線露光法とドライエッチング法により製作した結果について述べている。使用した電子線露光装置はシリコンの電子素子製作を念頭に設計されているため、曲線の多い光素子の製作に適用するとその側面に微小な凹凸が生じ、結果として導光路の伝播損失の増大とリング共振器の品質因子の低減をもたらすことを明らかとなした。この問題を電子線露光装置の描画方法の最適化により解決する方法について述べている。

第4章では、第3章で述べた方法を用いシリコン導光路を製作しても、導光路側面に凹凸が残存し、それをさらに低減するためドライエッチプロセスの前段に電子線露光用レジストをそのガラス転移点以上の温度に加熱しレジスト表面の流動性を増すことにより凹凸を減少する「レジストリフロー法」を開発し、その方法と得られた結果について述べている。

第5章では、第4章で述べたレジストリフロー法を用いてもなお残存する微小な凹凸を低減するため、ドライエッチプロセスの後段に水素プラズマ処理を導入し、導光路およびリング共振器の表面を平滑化する方法とその結果について述べている。以上の結果、シリコン導光路の伝播損失を17dB/cmまで低減し、リング共振器の品質因子を20,000まで高めることに成功した。以上により、武田先端知クリーンルームにおいて世の中で報告されているレベルのシリコン導光路の製作が可能なこと、およびその製作手順を明らかにした。

第6章では、製作した化学分子センサーにより化学分子の吸収スペクトルの測定および同定について原理確認を行った結果について述べている。被測定対象として水を選定し、1.5ミクロン帯の波長可変レーザーを用い、製作した化学センサーによる吸収スペクトルの測定を行った。この波長帯で報告される水の吸収係数を実験的に再現することができ、本手法による化学センシングの原理確認に成功した。

第7章では、本化学センシング法の小型化を目指し行った、リング共振器への応力印加による共振波長の制御に関する理論と実験結果について述べている。シリコンの片持ち梁を製作し、応力を印加することにより、共振波長のシフトを定性的に確認することができた。定量的には光弾性理論の予想を遙かに超える屈折率変化が生じることを見いだした。この理由がシリコンの禁制帯の収縮に関連していることを考察により明らかにした。

第8章では上記の成果を取りまとめ,本論文の結論を述べている。

このように、論文は化学分子の中赤外域での吸収スペクトル測定により分子同定と定量化を可能とする化学センシング法をシリコンフォトニクスにより実現することを提唱し、センサーの設計、素子の製作および最適化を通しセンサーを製作することにより、その原理を明確に示すことに成功した。上記は、この新しい光吸収に基づくセンシング法による医療機器へのシリコンフォトニクスの応用展開の端緒となるものである。以上により、本研究はマテリアル工学の発展に多大な貢献をするものであり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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