学位論文要旨



No 126832
著者(漢字) 栃木,栄太
著者(英字)
著者(カナ) トチギ,エイタ
標題(和) アルミナにおける転位構造・偏析および双晶形成に関する研究
標題(洋)
報告番号 126832
報告番号 甲26832
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7473号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 榎,学
 東京大学 准教授 阿部,英司
 東京大学 准教授 枝川,圭一
 東京大学 准教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

点欠陥、転位、粒界に代表される結晶格子欠陥は材料物性と密接な関わりがある。例えば、結晶性材料の強度特性を向上させるため、転位密度を上昇させる、結晶粒径を小さくする、ドーパントを添加するなどの手法が工業的にも広く行われている。近年では、転位を利用してセラミックス中に導電性や高いイオン伝導性を付加するといった研究報告がなされており、格子欠陥を積極的に活用した新規デバイスの創成も視野に入りつつある。今後はいかに格子欠陥を利用して材料特性を制御するかということが材料設計において極めて重要になるはずである。しかし、現状では材料設計における格子欠陥の利用は限定的である。これは、格子欠陥の制御が難しく構造と特性との相関に関して未だ十分な知見が得られていないためと考えられる。この問題を解決するためにはまず、結晶中に高精度に格子欠陥を導入する手法を確立し、それらの構造を原子レベルで明らかにしていくことが必要である。

アルミナは高温構造用セラミックスとして広く実用に供されている。特に変形特性の向上が期待されており、長年にわたって塑性変形挙動を担う転位と変形双晶に関する研究が続けられてきた。しかし、転位のコア原子構造や変形双晶の形成過程に関しては未だ不明な点が多い。これは、転位は十分に制御して結晶中に導入することが困難であり、系統的な構造解析が行われていないこと、変形双晶はその形成過程が動的に観察されていないことが要因として挙げられる。

本研究ではアルミナをモデル材として、まず結晶中に転位を高精度に導入する手法を提案し、それらが導入されるメカニズムと原子構造を解析、検討する。さらに、転位にドーパントを効率的に偏析させる手法を提案し、実際にドーパントの偏析分布を原子レベルで観察することで転位偏析メカニズムを検討する。また、変形双晶の形成過程を動的に観察することによって、その形成メカニズムを検討する。最終的にはアルミナにおいてこれまでの手法では明らかにできなかった格子欠陥構造に関する様々な情報を取得し、イオン性結晶における格子欠陥に関して一般的な知見を得ることを目的としている。

本論文は「第1章 序論」、「第2章 小角粒界に形成される転位配列の検討」、「第3章 転位コア構造の解析」、「第4章 basal転位におけるドーパント偏析挙動の検討」、「第5章 菱面双晶の形成過程の動的観察」、「第6章 総括」の6章構成となっている。

第1章では諸言に本研究の背景、目的を述べ、転位および変形双晶の一般論、アルミナの結晶構造とこれまでの研究状況、本研究にて主に用いた透過型電子顕微鏡法の順に記述している。

第2章では小角粒界を用いた転位の導入手法を検討している。小角粒界には転位が周期的に配列するが、その構造や周期性は粒界の方位関係に強く依存する。そこで、小角粒界を用いた転位構造および配列の制御手法を検討するため、双結晶法によってアルミナ{112(-)0}<11(-)00>2o小傾角粒界と(0001)/[0001]小角ねじり粒界を作製し、広範な粒界転位構造をTEMによって観察した。{112(-)0}<11(-)00>小傾角粒界には粒界の傾角成分を補償する1/3<101(-)0>と1/3<011(-)0>部分転位対が周期的に配列しており、また、さらに長い周期で3-17本の奇数本が一組となった部分転位構造が観察された。g.bアナリシスによる解析から、奇数本一組の部分転位構造は正味としてらせん成分を有していたことから、この部分転位構造は双結晶作製時に付加されたわずかなねじり成分によるものであることが分かった。部分転位構造の周期性から粒界のねじり角は0.10oと見積もられ、このようにわずかなねじり角でも粒界転位構造が複雑に変化し得ることが分かった。(0001)/[0001]小角ねじり粒界には六方状の転位ネットワーク構造に加え帯状の構造が周期的に観察された。g.bアナリシスの結果、らせん転位ネットワークは1/3<12(-)10>らせん転位から構成されており、約0.45oの粒界ねじり成分を補償していることが分かった。帯状の構造は初期基板に由来する粒界傾角成分を補償している構造であると考えられる。以上より、小角粒界中の転位構造は、粒界方位差の二次的な成分は周期的に現れるため、たとえ二次的な成分が残留していたとしても比較的局所的な領域においては、意図した転位構造を実現できると結論付けられた。

第3章ではアルミナにおいて重要な転位を双結晶法によって作製し、転位コア原子構造を詳細に解析した。小角粒界中の転位のバーガースベクトルは基本的に粒界面に、転位周期性は粒界方位差に依存する。粒界方位関係を高精度に制御することで、様々な転位構造を作製可能である。本研究では{112(-)0}<11(-)00>2-24o小傾角粒界、{11(-)00}<112(-)0>2o小傾角粒界、(0001)/<112(-)0>2o小傾角粒界、{1(-)104}<112(-)0>2o小傾角粒界、(0001)/[0001]小角ねじり粒界選択した。それぞれの粒界転位構造をHRTEMおよび第一原理計算によって詳細に解析した。まず、{112(-)0}<11(-)00>小傾角粒界における粒界構造の角度依存性を検討したところ、10o程度までは粒界転位配列は弾性論で論じることが出来るが、14o粒界は部分転位配列ではあるが転位間距離が近く弾性論での議論は適切ではないと考えられる。18oおよび20o粒界では粒界転位構造は完全転位であると見なすことが出来、24oになるといわゆるランダム粒界に移行したことから。20oから24oの間に粒界構造の転移点があると考えられる。また、その他の粒界構造も同様に解析した結果、これまで明らかとなっていなかった<11(-)00>完全転位の分解構造と{11(-)00}面上のカチオン積層欠陥(2種類)、1/3<22(-)01>完全転位の分解構造と(0001)面上のアニオン積層欠陥構造、1/3<12(-)10>basalらせん転位コア構造を同定することが出来た。これらの知見はアルミナの塑性変形挙動や結晶としての性質を本質的に理解するために重要である。

第4章は転位偏析に関する章である。転位はドーパントの偏析サイトとなることが知られているが、ドーパントが転位コアにどのように偏析するかについては十分に明らかとなっていない。そこで本研究ではアルミナ{112(-)0}<11(-)00>2o小傾角粒界と(0001)/[0001]小角ねじり粒界を用いbasal刃状転位およびbasalらせん転位にドーパントを偏析させ、その偏析分布をHAADF-STEM法で解析した。双結晶を熱拡散で接合する際、予め単結晶表面上に金属を堆積させたものを用いた。このようにすることで、転位配列の形成と金属元素のドープを同時に行えると考えられる。basal刃状転位へはドーパントとしてSr、Ni、Er、Zr、Tiを選択した。イオン価が3価であるErは2本の部分転位コア近傍に偏析しており、その分布は転位列のひずみ場に依存していることが示唆された。Sr、Ni、Er、Zr、Tiを比較すると、イオン価が2価と思われるSr、Niとイオン価が4価であると思われるZr、Tiの偏析挙動は大きく異なり、転位のひずみ場では説明できない。従って、ドーパントは部分転位コアと相互作用している可能性が考えられ、これらの偏析分布は部分転位のコア構造は等価なものではないことを示唆している。先と同様の方法で、basalらせん転位にErを偏析させた。Erは転位線に沿って比較的ランダムに偏析しており、特定のサイトに限って偏析するというものではないことが分かった。Erの分布は転位コアからおよそ半径1b (=0.476nm)の領域に顕著に見られた。従って、らせん転位へのErの偏析は弾性的なひずみ場というよりも、転位コアとの相互作用によるものであることが示唆された。

第5章ではアルミナ{11(-)02}<1(-)101>rhombohedral変形双晶は広い温度域で形成され、アルミナにおいて極めて重要な変形モードである。これまでrhombohedral双晶は静的にしか観察されておらず、その形成メカニズムについてはdouble-cross-slip mechanismが提案されてはいるものの十分な検証は成されていない。本実験ではナノインデンテーションTEMその場観察によってrhombohedral双晶の形成過程を動的に捉えることで、その形成メカニズムを明らかにすることを目的とした。まず、アルミナ{112(-)0}および{11(-)00}単結晶試料の[0001]方向にインデンテーチップを挿入したところ、再現性良くrhombohedral双晶が形成することが分かった。次に双晶を動的に観察したところ、双晶先端部分は応力の影響を受け転位のような挙動で可動した。また、比較的小さい双晶についてはインデンテーチップを引き抜くとともに縮小し、消滅することが分かった。双晶は最終的に半円状に消えていったことから、基本的に双晶は双晶面上に等方的に広がると考えられる。双晶面がedge-onとなる方向から双晶/母相界面の動きを動的に観察したところ、2枚ある界面はどちらも可動するが、その速さには差があることが分かった。さらに試料端に達して比較的安定になった双晶の緩和過程を観察すると、双晶/母相界面上に平行移動するコントラストが観察された。以上より、変形双晶は基本的に双晶転位のすべり運動により形成され、可逆的なプロセスであるということが分かった。インデンテーションによって形成された双晶/母相界面原子構造の解析より、一方の界面は比較的平坦であり、もう一方の界面は多数のledge構造から形成されていることが分かった。また、双晶先端部は双晶面およそ5 layerに渡ってコントラストの変化が見られた。このことから、双晶転位はlayer-by-layerで可動するというよりもある程度の領域で集団的に可動している可能性が示唆された。rhombohedral双晶はこれまで提案されているdouble-cross-slipメカニズムでは正しく記述できないことから、新たな双晶メカニズムの構築が必要であると結論付けられた。

そして、第6章にて本論文を総括している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は代表的構造用セラミックスであるα-アルミナ(α-Al2O3)における種々の転位構造、ドーパントの転位偏析挙動および変形双晶の成長過程について、透過型電子顕微鏡法(TEM)による解析を中心として詳細に論じられている。α-Al2O3は高温構造材料として広範に用いられており、さらなる機械特性の向上が望まれている。結晶塑性と密接な関わる格子欠陥である転位および変形双晶は古くから研究対象とされてきたが、それらの原子レベルの構造や動的な振る舞いに関しては未だ十分に理解されたとは言い難い。これは、転位および変形双晶の結晶中への導入を制御することが難しく詳細な欠陥構造の解析には至っていないためであると言える。このような点を踏まえ、本研究では転位の導入には双結晶法、変形双晶の導入にはナノインデンテーション法を採用することで、転位の原子構造および変形双晶の動的挙動の解析を実現している。

本論文は、第1章にて序論が述べられ、第2章の双結晶法を用いた転位配列制御手法の考察、第3章の転位コア原子構造の解析、第4章の転位へのドーパント偏析の解析、第5章のTEMナノインデンテーション法による変形双晶の動的観察、そして第6章にて総括される6章から構成されている。

第1章では、転位および変形双晶の一般論に始まりα-Al2O3に関するこれまでの研究報告がまとめられている。そして、それらを踏まえた上で本研究の目的が述べられており、本論文の学術的位置づけ、重要性が明確に読み取れる。

第2章では双結晶法によって作製されたα-Al2O3{112(-)0}/<11(-)00>小傾角粒界および(0001)/[0001]小角ねじり粒界に形成される転位配列のTEM解析がなされている。小傾角粒界には刃状転位、小角ねじり粒界にはらせん転位が周期的に配列しており、これは粒界方位関係の幾何学的要件によるものであることがわかった。また、比較的長い周期でその理想的な転位配列が乱れ、特異な転位配列が観察された。本実験により、この特異な転位配列は双結晶作製時にわずかに導入された粒界方位差の2次的な成分によって形成されたことが明らかとなった。これらの知見は、双結晶法を用いた転位配列制御技術の指針となるものである。

第3章では、α-Al2O3{1120}/<1100>、{1100}/<1120>、{1104}/<1120>小傾角粒界および (0001)/[0001]小角ねじり粒界に形成された転位のコア原子構造を高分解能TEMにて解析している。また、第一原理計算により部分転位間に形成される積層欠陥構造を理論的に構築し、実験結果と比較検討した。本研究により、b=<1100>転位やb=1/3<0221>転位の分解構造、b=1/3<1120>らせん転位のコア構造、{1100}面および(0001)面に形成される積層欠陥構造などが明らかとなっており、α-Al2O3の転位構造に関して非常に重要な知見が得られたと言える。

第4章ではα-Al2O3のbasal転位への金属元素の偏析挙動について論じられている。basal刃状転位にはドーパントとしてSr、Ni、Er、Ti、Zrが選択され、いずれの元素についても部分転位対のコア近傍に偏析が認められた。しかし、細かな偏析挙動はドーパントによって異なり、元素のイオン価に強く依存した偏析傾向があることが明らかとなった。これは、イオン性結晶では転位コア-ドーパント間に電気的相互作用が存在することを示唆している。また、本結果より対をなす部分転位コアは構造的に等価ではないと結論付けられた。このことは、これまで数十年に渡ってなされてきたbasal転位のコア構造に関する議論に一定の結論を見出すものである。

第5章では、α-Al2O3における菱面双晶の成長機構に関して詳細に検討されている。第一にin situ TEMナノインデンテーション法を採用することにより菱面双晶の成長および回復過程が動的に捉えられている。第二に超高圧TEM解析によって双晶先端および双晶/母相界面の原子構造が明らかとなっている。これまで変形双晶の動的挙動や先端部分が実験的に観察されたことは極めて少なく、これらの観察に成功したことは学術的価値が非常に高いと認められる。また、α-Al2O3において菱面双晶は双晶転位の連続的な二重交差すべり(double-cross-slip)によって形成されると考えられてきたが、この機構では本結果をよく説明できないということが議論されている。つまり、変形双晶の成長機構を新たに模索する必要性を訴えており、本研究は変形双晶に関する学理を構築するための基礎となるものと考えられる。そして第6章において本論文が総括されている。

本論文にはα-Al2O3における転位、積層欠陥、偏析、変形双晶を実験、理論の両面から総合的かつ緻密に解析、考察した結果がまとめられている。各々の論題は新規性を有しており、得られた結果についても新たな知見が多分に含まれている。従って、当該分野における研究意義は十分であると認められる。本研究の結論は論理的な議論によって導かれており、合理的に支持できるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク