学位論文要旨



No 126833
著者(漢字) 畑山,博樹
著者(英字)
著者(カナ) ハタヤマ,ヒロキ
標題(和) 世界の経済発展と産業構造の変化を考慮した素材循環分析モデルの構築
標題(洋)
報告番号 126833
報告番号 甲26833
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7474号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 准教授 松野,泰也
内容要旨 要旨を表示する

20世紀後半より、様々な環境問題が時間的、空間的な境界を拡大しながら議論されてきた。その中で、各種資源の有限性が世界規模で考えるべき重要な課題として認識されるようになった。特に金属資源はエネルギー資源と並んで非再生資源であり、世界経済が拡大する中での持続可能な利用システムの構築がもとめられている。持続可能な利用システムの構築に不可欠とされているのが循環利用すなわち使用済み製品に含まれる素材のリサイクルである。循環利用をおこなうことで天然資源の消費速度を抑制することが可能であり、またいくつかの金属では、天然資源からの生産に比べエネルギーの優位性が示されている。そこで、各種金属について循環型の社会システムを構築していくために、社会における素材の流れを中長期的に分析することが必要とされている。そのための手法としては、一定の空間的、時間的境界の中での素材のフロー(流れ)とストック(蓄積)を分析するマテリアルフロー分析(Material flow analysis, MFA)が広く用いられてきた。マテリアルフロー分析は資源利用、廃棄物管理、環境保全など様々な場面での意思決定ツールとして活用されている。その一方で、既往の分析モデルは対象地域や対象時間が限定的であり、世界規模での資源循環を議論するモデルとしては不十分と考えられる。また、将来の金属素材の利用のほとんどが需要予測に基づいておこなわれているが、素材は製品として社会に存在している間その機能を持続するものである。近年では経済規模とストックの関係性を通したマテリアルフローの分析も試みられているが、その手法論は未だ確立されていない。さらに、既往の研究では、社会における素材の流れは量の情報として示されてきた。しかしながら、実際のリサイクルには、スクラップ中の合金元素や不純物の存在が大きく影響している。マクロな素材の流れの可視化にとどまらず、循環利用促進のための方策の提案に資するためには、素材の品位を考慮したマテリアルフロー分析がもとめられる。このような背景から、本研究では、従来の時間的、空間的に限定された動的マテリアルフロー分析を拡張した、中長期的な素材循環の分析モデルを世界規模で構築することを目的とした。そして、構築したモデルを用いて、持続可能な社会の構築に向けた政策や技術開発について、その影響を評価した。

本論文は、5章より構成されている。第1章に本研究の背景と目的を示した。第2章では、鉄鋼を対象として、2050年までの素材循環の分析を世界規模でおこなった。第3章では、アルミニウムを対象として2050年までの素材循環の分析を世界規模でおこなった。第4章では、次世代自動車の導入がアルミニウムの素材循環に与える影響を評価した。最後に、第5章において、本論文を結論づけた。

第2章では、世界42カ国を対象として鉄鋼のマテリアルフローを2050年まで推計した。中長期的な予測に際して、まず現状の鉄鋼の利用状況を明らかにするために2005年までを対象として動的マテリアルフロー分析をおこなった。その結果、2005年の世界の鉄鋼蓄積量は127億トン(人口1人当たり2.5トン)であると推計され、それぞれの地域における用途ごとの鉄鋼の蓄積量、排出量を明らかにした。そして、推計された1980年から2005年までのマテリアルフローの推移を基に、2050年までの予測をおこなった。将来予測では、素材サイクルの中の蓄積量の部分に着目して分析をおこない、その中で各国の人口密度や都市化度に応じた蓄積レベルの違いを考慮した。その結果、2050年において土木、建築、自動車用途での鉄鋼蓄積量は2005年の6倍の550億トンに達すると推計された。また、消費量は2025年ごろに18億トンに達した後漸減し、2040年ごろに再び増加すると推計された。蓄積量および消費量の増加はそのほとんどが中国、インドを抱えるアジアでのものであり、これら新興国では2025年までは土木、建築用途での需要が増加するものの、その後は自動車用途へとシフトする様子が示された。また、将来予測についてはその手法の健全性を検証し、経済成長速度が消費量予測に過剰に反映されることや、現時点で蓄積量が十分でない国に対する予測の不確かさについて議論した。このように第2章では、世界全体での鉄鋼サイクルを中長期的に分析し、2050年までの蓄積量予測から需要量と排出量について推計することができた。しかしながら、単純に両者を比較することでは循環利用の評価は不十分である。例えば、解体時の不純物の混入が多い建築物の鉄スクラップは自動車向け鋼板には利用が困難となっている。このように、スクラップの品位と再生材に要求される品位についても考慮した循環利用の評価が素材循環の分析にはもとめられる。この点について、第3章でアルミニウムを対象として分析をおこなった。

第3章では、日本、米国、欧州、中国を対象としてアルミニウムのマテリアルフローを2050年まで推計した。マテリアルフロー分析では、各用途に使用される合金の種類を推定することで、各フローでの素材品位を4種の合金元素の濃度として推計した。これにより、多元素ピンチ解析を用いての、素材の品位を考慮した循環利用の分析が可能となった。2005年を対象とした多元素ピンチ解析では、アルミニウムスクラップの回収を促進することで、それぞれの地域での新地金消費量を現在の水準の15-70%削減できるポテンシャルがあると推計された。また、地域ごとに異なる産業構造や製品の輸出入がアルミニウムの循環利用のしやすさに影響を与えていることを指摘した。2050年では、4地域全体でのアルミニウム需要量とスクラップ供給量はともに5,800万トンと推計されたが、地域間でスクラップの授受をおこないリサイクルフローを最適化することで、新地金消費量は1,000万トンまで削減できる可能性があると推計された。そして、さらなるスクラップの利用に向けた方策としては、合金元素の中でも特にCuの濃化を回避することが有効であると本章のシナリオでは分析された。第3章でおこなった分析は、素材の蓄積量や排出量をリサイクルポテンシャルとみなしていた従来の研究では考慮されていなかった、リサイクルプロセスにおける実際的な制約を考慮したものであった。このような分析は、中長期的な視点から既存のリサイクルシステムに欠けている要素を検討する上で有用であり、想定される様々な社会の変化に対する方策の提案に資すると考えられる。そこで第4章では、中長期的な将来シナリオとして次世代自動車の導入を想定し、既存のリサイクルシステムで生じる課題と、その改善案の効果の評価をおこなった。

第4章では、第3章で構築した素材循環の分析モデルをもとに、次世代自動車の導入が循環利用に及ぼす影響を分析した。分析では、International Energy AgencyのBLUE Map scenarioをもとに、2050年までのハイブリッド自動車と電気自動車の導入シナリオを設定した。さらに、高度なリサイクルシステムの構築のための方策として検討されているスクラップからの合金種別の回収について、自動車スクラップを対象に実施されたシナリオを設定した。それぞれのシナリオを対象としてマテリアルフロー分析に基づいた多元素ピンチ解析をおこなった結果、次世代自動車の導入は、2030年ごろにアルミニウムを循環利用しにくい状況を生じることが示唆された。これは、他元素の許容濃度が高い鋳造品の使用量が少ない電気自動車の生産が拡大する一方で、鋳造品の使用量が多いガソリン自動車由来のスクラップが増加し続けていることが原因と考えられた。また、自動車スクラップからのアルミニウムの合金種別回収の実施は循環利用を促進することが示され、2030年で15%、2050年で25%程度の新地金消費量の削減に貢献する可能性が示唆された。このように第4章では、政策や技術開発が資源循環に中長期的に及ぼす影響について、第3章で構築した素材循環の分析モデルを用いて定量的に評価できることを示した。循環型社会の形成に向けて、本研究のように世界全体を対象とした素材循環の分析モデルに基づいて様々な方策の効果を評価することは、その実現に大きく貢献すると考えられる。

以上のように本研究では、従来の時間的、空間的に限定されたマテリアルフロー分析を拡張することで、世界規模での資源利用の分析を可能とした。また、素材サイクルについて、量だけでなく品位の側面についての理解を可能としたことで、従来に比べて実際的な循環利用可能性の評価が可能となった。そして、実際に導入が検討されている政策や技術開発を例として素材循環に与える影響を分析したことで、本研究で構築した分析モデルが、循環利用を促進するための政策や技術開発などの提案に資する可能性を示した。

本研究で構築した素材循環の分析モデルは、個々の素材の持続可能性の検討に大いに貢献するものであると考えられる。しかしながら、複雑な社会・産業システムにおいては、政策や技術開発は複数の素材サイクルに影響を及ぼす場合が多い。例えば、異なる素材による代替は、2つの素材の持続可能性の間でトレードオフを生じる可能性がある。従って今後は、より多くの素材について分析モデルを構築し、包括的な持続可能性の評価を可能とするような取り組みがもとめられる。

審査要旨 要旨を表示する

持続可能な社会への転換に向けて、循環型社会の構築に向けた様々な技術開発や法令の整備が進められている。社会・産業システムにおいては、複数の素材のライフサイクルが関わり合って存在しており、その関係性は経済の発展にともない変化している。この複雑なシステムにおいて、循環型社会の構築に向けた各種方策の効果を定量的に評価するために、本論文では中長期的な素材循環の分析モデルを世界規模で構築している。分析モデルは、従来の時間的、空間的に限定された動的マテリアルフロー分析を拡張すると同時に、素材の量だけでなく品位を考慮した循環利用可能性の評価を可能としている。また、この分析モデルを用いて、次世代自動車の導入がアルミニウムの循環利用に与える影響について世界規模での評価をおこなっている。

第1章では、金属資源の持続可能性の検討において、現在用いられている素材循環の分析手法は不十分であることを示している。非再生資源であるエネルギー資源と金属資源について、そのライフサイクルの相違点を整理し、金属の持続可能性を分析するシステムモデルにもとめられる要素を示している。一方で、現在素材循環の分析に広く用いられているマテリアルフロー分析についてその現状を示し、分析対象の時間的、空間的な拡張と、素材の品位を考慮した循環利用の可能性の評価が必要とされていることを述べている。

第2章と第3章ではそれぞれ鉄鋼とアルミニウムを対象として、素材循環の分析モデルを構築している。第2章では、42カ国を対象として、2050年までの鉄鋼蓄積量、需要量、排出量を動的マテリアルフロー分析によって推計している。前半では2005年までのマテリアルフローの推移を分析し、2005年での地域ごとの鉄鋼の使用状況を人口1人当りの用途別蓄積量として示している。後半では、土木、建築、自動車の3つの用途を対象として2050年までのマテリアルフロー分析をおこなっている。ここでは各国の人口密度や都市化度に応じた蓄積量の推計をおこない、推計された2050年までの蓄積量から需要量、排出量を算出する将来予測手法を開発している。結果としては、中国やインドを含むアジアにおける蓄積量、需要量の顕著な増加が予測されている。また、アジアにおける鉄鋼需要は2025年ごろにピークを迎え、それを境に土木、建築用途から自動車用途へとシフトする様子が示されている。この予測手法および結果については、再現性やGDP成長率の感度を解析することで、その健全性の検証がなされている。

第3章の前半では、日本、米国、欧州、中国の4地域を対象として、2050年までのアルミニウムのマテリアルフローとその素材品位を推計している。ここでは従来の動的分析のように用途ごとの投入量を考慮するだけでなく、使用合金種の特定をおこなうことで、各フローの品位を成分組成として考慮している。後半では多元素ピンチ解析を用いて、スクラップの利用可能量に関する評価をおこなっている。評価ではまず2005年の状態における循環利用について、スクラップの回収の促進によるそれぞれの地域での新地金消費量の削減ポテンシャルを示している。削減ポテンシャルは地域ごとの産業構造や製品の輸出入の状況などによって異なり、実際の消費量の15-70%と推計されている。また、2050年での4地域全体の最適なリサイクルフローを導出した結果、5,800万トンの需要に対して新地金消費量は1,000万トンまで削減可能であること、そしてさらなるスクラップの循環利用のためには合金元素の中でもCuの濃化を回避する取り組みが有効であるとの提案をおこなっている。

第4章では、第3章で構築したアルミニウムの素材循環の分析モデルを用いて、2050年に向けて次世代自動車の導入が進むシナリオについて分析をなっている。その結果、次世代自動車への転換期においては、電気自動車の生産の拡大に伴う鋳造品需要の縮小によって素材品位の制約によって循環利用できないスクラップの割合が高くなる可能性を示している。また、自動車スクラップを対象とした合金種別の回収によって、従来のカスケードリサイクルが回避され、4地域全体で15-25%程度の新地金消費量の削減効果が得られると推計している。

以上のように本論文では、従来の時間的、空間的に限定されたマテリアルフロー分析を拡張することで、世界規模での資源利用の分析をおこなっている。また、素材サイクルについて、量だけでなく品位の側面についての理解を可能としたことで、従来に比べて実際的な循環利用可能性の評価を可能としている。そして、実際に導入が検討されている政策や技術開発を例として素材循環に与える影響の分析をおこない、構築した分析モデルが循環利用を促進するための政策や技術開発などの提案に資する可能性を示している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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