学位論文要旨



No 126836
著者(漢字) 北中,佑樹
著者(英字)
著者(カナ) キタナカ,ユウキ
標題(和) 欠陥制御によるビスマス系強誘電体単結晶の分極機能設計と高機能化
標題(洋)
報告番号 126836
報告番号 甲26836
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7477号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 准教授 下山,淳一
 東京大学 准教授 野口,祐二
 東京大学 准教授 溝口,照康
 東京工業大学 教授 鶴見,敬章
内容要旨 要旨を表示する

強誘電体は、自発分極(Ps)を持ち、そのPsの向きが電界の印加により反転する機能を有する。強誘電体の分極反転機能は、不揮発性メモリーや圧電素子などの様々な電子デバイスに広く用いられている。それらのデバイスの多くには、チタン酸ジルコン酸鉛[(Pb,Zr)TiO3]に代表される鉛系強誘電体材料が独占的に使用されており、人体に有害な鉛が多量に含まれている。一方、近年の環境意識の高まりから、電子デバイスにおける鉛の使用を規制する動きが広がっており、強誘電体デバイスにおいても材料の非鉛化が急務となっている。近年、鉛を含まない強誘電体材料として、ビスマス系強誘電体材料が注目されている。主にセラミックスや薄膜において、ビスマス系強誘電体のデバイス特性向上を目指した研究が世界各国で行われているが、鉛系材料を代替しうるほどの決定的な特性向上には至っていない。特性向上のための材料開発指針を得るには、粒界や基板の影響がない単結晶における系統的な物性評価が望まれる。しかし、多くのビスマス系強誘電体単結晶において、強誘電・圧電特性の有用な報告例はほとんど無い。これは、結晶育成時にBiの揮発に伴って生じる格子欠陥が、電界によるPs反転を妨げ、特性を劣化させるためである。格子欠陥が引き起こす特性劣化は、揮発性元素(Pb, Bi, アルカリ金属など)を含む多くの強誘電体における共通の問題となっている。

本研究は、ビスマス系強誘電体における特性劣化のメカニズムを解明し、ビスマス系強誘電体における機能設計指針を得ることを目的としている。雰囲気の高酸素分圧(高Po2)化によって、結晶育成時における欠陥の生成を抑制し、ビスマス系結晶の高機能化を図った。単結晶の育成手法として、種結晶の使用により結晶成長の制御が可能な溶液引き上げ法[Top-Seeded Solution Growth (TSSG)法]を採用した。フラックス法では結晶成長が困難な低温度域において結晶を育成して、欠陥の生成を抑制することにより、高品質かつ高機能なビスマス系結晶の育成に成功した。圧電応答顕微鏡(Piezoelectric Force Microscope: PFM)観察および第一原理計算により強誘電ドメインの微細構造解析を行い、特性劣化のメカニズムを解明した。結晶の格子欠陥濃度を大幅に低減させる高圧酸素下TSSG法を新規に開発し、高機能なビスマス系強誘電体結晶を得るための設計指針を確立した。

以下に、本論文の構成を示す。

第1章では、本論文の序論として、研究背景および目的を述べた。

第2章では、本研究で新たに開発した高圧酸素下TSSG法について述べた。結晶育成炉の加熱方法や炉内構造を検討し、有限体積法に基づく熱流体解析を併用して、結晶育成環境の最適化を行った。高圧酸素下における炉内の温度環境を制御する上で、熱対流の抑制が極めて重要であった。融液近傍の温度分布を最適化し、TSSG法による単結晶育成に適した結晶成長環境を構築した。

第3章では、高圧酸素下TSSG法によるチタン酸ビスマス(Bi4Ti3O12: BiT)強誘電体単結晶の育成、および特性評価結果について述べた。種々の育成温度(Tgrowth=960 °C~1075 °C)において、シードからの単核成長を達成し、BiT単結晶の引き上げに成功した。単核成長によって結晶成長を促進させることで、通常のフラックス法では結晶育成が困難な低温(Tgrowth=960 °C)で、BiT結晶の育成が可能となった。高圧酸素下TSSG法により育成したBiT結晶の、a(b)軸方向において分極特性を測定した結果、Tgrowth=1075 °Cで育成した結晶は、残留分極Pr=46 μC/cm2, 抗電界Ec=35 kV/cmを示した。一方、低い育成温度(Tgrowth=960 °C)において高Po2下TSSG法で得られた結晶は、きわめて矩形性の良いヒステリシス曲線を示し、大きなPr(48 μC/cm2)と低いEc(29 kV/cm)を示した。大気中でフラックス法により育成したBiT単結晶の分極特性(Pr=38 μC/cm2, Ec=38 kV/cm)と比べて、非常に優れた強誘電特性であった。高Po2下の低温育成によりリーク電流密度(J)が約2桁減少し、60 kV/cmの電界下において10ー8 A/cm2程度の非常に小さいJが達成された。また、高Po2下TSSG法で得られた結晶(Tgrowth=1075 °C)において、世界で初めて共振・反共振法によるBiT単結晶の圧電特性評価に成功した。決定された電気機械結合定数k11は37%、圧電定数d11は37 pC/Nであった。

第4章では、高圧酸素下TSSG法によるチタン酸ビスマスナトリウム[(Bi0.5Na0.5)TiO3: BNT]強誘電体単結晶の育成、および特性評価結果について述べた。高圧酸素下TSSG法により、種結晶からの単核成長に成功し、(100)cubic面が明瞭に現れた6 ×6 ×3mm3程度のBNT単結晶が得られた。フラックス組成の最適化により、従来の育成法と比べて150 °C程度低いTgrowth=1100 °Cの低温で、結晶の育成に成功した。得られたBNT単結晶の<100>cubic方向における分極特性を評価した結果、Prは33 μC/cm2、Ecは19 kV/cmであった。大気中育成(フラックス法)により得られた結晶(Pr=18 μC/cm2, Ec=36 kV/cm)と比べて、非常に大きなPrおよび低いEcを示した。結晶のJについても、高圧酸素下TSSG法育成により、1桁程度低減した。以上の結果から、BiTと同様に、BNTにおいても高Po2下TSSG法が結晶の高機能化に有効であることを示した。

第5章では、高圧酸素下TSSG法による結晶高品質化のメカニズムを考察するため、強誘電体単結晶中に形成される強誘電ドメインの微細構造を、PFMにより観察した。BiTは結晶のa軸方向およびc軸方向にそれぞれ反転可能なPs成分(Ps(a), Ps(c))を持ち、複雑なドメイン構造を形成することが知られている。BiT単結晶のa-b面およびa(b)-c面においてPFM観察を行うことで、BiTのPs(a)とPs(c)により形成されるドメイン構造の観察を達成した。BiTのa(b)軸方向に電界を印加した際の分極反転(Ps(a)反転)に伴うドメインダイナミクスをPFM観察により解析した結果、BiTの分極反転は180°ドメインの生成・成長により達成されること、およびPs反転が阻害(クランプ)された90°ドメインが結晶中に残留することで、分極特性が劣化することが示された。高Po2下TSSG法で育成した高機能BiT結晶においては、90°ドメインはほとんど観察されず、ほぼ結晶全域においてPsが電界印加方向を向いていた。この結果は、高機能結晶ではほぼ全域でPsが反転していることを示している。結晶において測定されるPrの値は、電界印加によりPsが反転した領域の体積分率に比例する。高Po2下で育成したBiT結晶において、反転がクランプされた90°ドメインが減少し、結晶のほぼ全域でPsが反転した結果、特性向上が達成されたことが明らかとなった。

第6章では、Ps反転挙動に及ぼす格子欠陥の影響についての知見を得るために、PbTiO3(正方晶系ペロブスカイト)の強弾性(90°)ドメインと格子欠陥の相互作用を、第一原理計算により評価した。酸素空孔およびAサイト空孔の安定サイトを評価した結果、最安定サイトはいずれもドメイン壁近傍に存在することが判明した。格子欠陥の最安定サイトが90°ドメイン壁近傍に存在する理由は以下のように考察される。バルク領域と比べて、強弾性ドメイン壁近傍において、ドメイン壁に対し垂直方向のPs成分が減少する。この結果は、ドメイン壁に電位障壁が生じ、電界(反電場)が発生することを示している。電荷を帯びた格子欠陥は、反電場によってドメイン壁近傍の安定サイトに蓄積して、ドメイン壁が格子欠陥位置で安定化され、電界によるドメイン壁の移動がクランプされる。酸素空孔が90°ドメイン壁に対してより大きな安定化効果を示したこと、および酸素空孔がAサイト空孔と比べて大きな移動度を持つことから、ビスマス系結晶におけるクランプされた強弾性ドメインは、ドメイン壁の移動が酸素空孔の蓄積により妨げられて、Ps反転が阻害されたために形成されたと結論した。

最後に第7章で、本研究で得られた結果を総括した。育成雰囲気の高Po2化および結晶育成の低温化により、格子欠陥濃度を大幅に低減させることが可能な高Po2下TSSG法を新規に開発し、従来にない高特性を示すビスマス系強誘電体結晶の育成に成功した。PFM観察および第一原理計算により、結晶育成時に生成する酸素空孔が、強弾性ドメイン壁の移動をクランプすることによって、特性劣化を引き起こすことが明らかになった。育成時の高Po2化および結晶育成の低温化が酸素空孔の生成を抑制した結果、欠陥の影響が極めて小さい、高特性を示す単結晶が得られた。本研究で提案する高Po2下TSSG法が、ビスマス系強誘電体単結晶の高機能化に有効な手法であることを示し、欠陥制御によるPs反転挙動の制御が、分極機能設計に重要であることを実証した。

審査要旨 要旨を表示する

強誘電体の分極反転機能は、不揮発性メモリーや圧電素子などの様々な電子デバイスに広く用いられている。それらのデバイスの多くには、チタン酸ジルコン酸鉛に代表される鉛系強誘電体材料が独占的に使用されており、材料の非鉛化が急務となっている。近年、鉛を含まない強誘電体材料として、ビスマス系強誘電体材料が注目されている。特性向上のための材料開発指針を得るには、粒界や基板の影響がない単結晶における系統的な物性評価が望まれるが、これまでにビスマス系強誘電体における有用な報告例はほとんど無い。これは、結晶育成時にビスマスの揮発に伴って生じる格子欠陥が、電界による分極反転を妨げ、特性を劣化させるためである。本研究は、ビスマス系強誘電体における特性劣化のメカニズムを解明し、ビスマス系強誘電体における機能設計指針を得ることを目的に、格子欠陥の生成を抑制して高品質単結晶を育成してその強誘電特性評価を行うとともに、強誘電ドメインの微細構造解析等により特性劣化のメカニズムを解明した成果をまとめたものである。

第1章では、研究背景としてビスマス系強誘電体の課題、単結晶育成手法、ドメイン微細構造解析法を概説し、研究目的と方針を述べている。

第2章では、高圧酸素下での溶液引き上げ(TSSG)法を用いて高品質単結晶の育成手法を確立した結果を述べている。加熱方法と炉内構造の検討および有限体積法に基づく熱流体解析により、融液近傍の温度分布を最適化し、単結晶成長に適した結晶育成環境を構築した。高圧酸素下における炉内の温度環境を制御する上で、熱対流の抑制が極めて重要であることを明らかにしている。

第3章では、高圧酸素下TSSG法によるチタン酸ビスマス(BiT)強誘電体単結晶の育成とその特性評価を行った結果を述べている。シード結晶からの単核成長によって結晶成長を促進させることにより、通常法では結晶育成が困難な低温域で大型なBiT結晶の育成に成功した。得られた結晶は、大気中で育成した結晶と比べて、非常に優れた強誘電特性と低いリーク電流特性を示すことを確認している。また、本方法による結晶において世界で初めて、電界誘起歪み測定および共振・反共振波形測定による、BiT単結晶の圧電特性評価に成功している。

第4章では、高圧酸素下TSSG法によるチタン酸ビスマスナトリウム(BNT)強誘電体単結晶の育成および特性評価を行った結果を述べている。フラックス組成の最適化により、従来の育成法と比べて150 °C程度低い温度で、高圧酸素下TSSG法によるBNT単結晶の育成を達成している。得られたBNT単結晶は優れた強誘電特性と低いリーク電流特性を示し、高圧酸素下TSSG法がBNTにおいても単結晶の高機能化に有効であることを実証している。

第5章では、ビスマス系強誘電体結晶中に形成される強誘電ドメインの微細構造をPFMにより観察した結果を述べている。電界印加時のドメイン反転挙動を解析することにより、分極反転が阻害(クランプ)された強弾性ドメインが結晶中に残留することが分極特性の劣化をもたらすことを解明している。高圧酸素下で育成した高品質なBiTおよびBNTの単結晶においては、クランプされたドメインが減少し結晶のほぼ全域で分極反転が達成されることを明らかにした。

第6章では、格子欠陥が強弾性ドメインをクランプするメカニズムを、第一原理計算の結果を基に考察した結果を述べている。強誘電体の強弾性ドメイン構造において、格子欠陥の安定サイトを評価した結果、ドメイン壁近傍に最安定サイトが存在することが判明した。これに基き、電荷を帯びた格子欠陥、特に酸素空孔が強弾性ドメイン壁近傍に蓄積してドメイン壁の移動がクランプされる機構を提唱している。

第7章では、本研究で得られた結果を総括するとともに、今後の展望を述べている。

以上のように本論文では、酸素空孔が強弾性ドメイン壁の移動をクランプするという特性劣化機構を明らかにし、酸素空孔濃度を大幅に低減させて分極反転挙動を制御することがビスマス系強誘電体単結晶の高機能化に有効であることを実証している。これらの成果は、強誘電体の機能設計をはじめとする物性化学、材料科学の分野の今後の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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